陸上、上空、それぞれの戦い-3
10月6日 1154時 カイロ西空軍基地
"ウォーバーズ"の整備兵たちがAGM-158やKh-29をローダーに載せて、慌ただしくエプロンに向かって行った。また、タンクローリーも準備を始めている。
シェルターに鎮座し"ハンガー・クイーン"と化している佐藤勇のF-15Cの点検・整備を担当していない整備兵たちは、他の戦闘機が戻ってきた時に備えていた。また、滑走路を挟んで向こう側にあるヘリスポットでは"ウォーバーズ"のAH-64E、CV-22B、HH-60Wが、万が一、ジェイソン・ヒラタたちが撃墜された時に救助に向かうために準備をしている。
やがて、滑走路の向こうから、ランディングライトを灯した戦闘機の姿が見えた。そして、その姿はどんどん大きくなり、甲高いエンジン音を響かせながら滑走路に接地した。佐藤は、それがオレグ・カジンスキーのMiG-29Kだとすぐにわかった。カジンスキーはミグのドラッグシュートを使わないよう、かなり着陸速度を落としてアプローチしてきたようだ。その直後、JAS-39Cグリペン、F-16Vが立て続けに着陸する。
戦闘機は列を成し、かなり高速で誘導路を滑走していた。そして、マーシャラーの誘導に従って、エプロンで停止する。エンジンは回したままだ。
"ウォーバーズ"の整備兵たちは、戦闘機の後輪に輪止めを取り付け、1機につき7人で素早く機体の外側の点検を行った。そして、すぐにタンクローリーがホースで機体にJAT-A1航空燃料を送り込み、無線でオーダーされた通りの爆装がパイロンに搭載されていく。
あらゆる整備を終えると、整備員は次々と戦闘機の輪止めを外し、マーシャラーが合図をした。F-16Vがエンジンの調子を確かめるため、ブレーキをかけたまま数回蒸かすと、翼の下に新しいクラスター爆弾を6発搭載した状態で滑走路に向かい始める。
F-16に乗っていたジェイソン・ヒラタはあっさりと再出撃に向かったが、Su-35Sのパイロットであるニコライ・コルチャックはエプロンで佇む佐藤に気づき、軽く手を振ってから出撃した。更に、後続のハンス・シュナイダーも、普段ならば自分たちを率いてF-15Cを飛ばす隊長に敬礼してから再度出撃に向かう。
畜生。F-15Cがどうにかなりさえすれば、上空援護と指揮統制を自分に任せておけるのに。その肝心のイーグルはというと、今日はエンジンとAPUを外され、更に燃料系統や油圧系統、CASまで徹底的に点検されている有り様だ。
仲間たちの戦闘機が列を成して、再び滑走路に向かっているのを眺めていると、いつの間にか佐藤の隣に救難ヘリのパイロットであるブライアン・ニールセンが立っていた。
「よお、ここじゃ暑いだろ。ほら」
ニールセンは、つい先ほど冷蔵庫から取り出してきたゲータレードを佐藤に差し出した。そこで佐藤は、この格納庫でF-15Cの整備を眺めている間、ずっと水を飲んでいなかったこのに気づいた。
「ありがとよ」
「ボスが言うには、向こうはクルクスのドイツ軍やソ連軍並みの戦車を揃えているんだと。全く、とんでもない奴らだぜ」
「戦車か。厄介者だな」
「おまけに、SAMやシルカを護衛に付けてやがるらしい。射程がある程度長いミサイルが無いと危険だそうな」
「考えたくもないな」
「あんな場所であいつらが撃ち落とされても、俺たちは救助に行かないといけない。だけど、覚悟はいつだってできている」
佐藤は頷いた。確かに、ニールセンやロバート・ブリッグズのようなヘリやオスプレイのパイロット、そして、トーマス・ボーンのような救難隊員がいるからこそ、自分たち戦闘機パイロットは、安心して飛ぶことができる。そのトーマス・ボーンや相棒のバック・コーエンは、迷彩ズボンとTシャツ姿で、先ほどの強風で頭に付いた砂を全く気にしない様子で腕立て伏せをしている。
佐藤はシェルターに目を向けた。F-15Cイーグルは、レドームを開けられ、AN/APG-63(v)3レーダーの四角いアンテナが剥き出しになっていた。開いた機首のアクセスパネルに整備員のアマンダ・フレインが両手を突っ込み、何かを回しているのが見える。技術班のリーダーであるスペンサー・マグワイヤは、この際だし、エンジンや燃料系統だけでなく、電子装置や兵装関係も徹底的に点検する決断をしたのだ。
ディエゴガルシア島にある、大きな飛行機整備工場で行えるIRANにはかなわないものの、この場でできる最大限の整備を、彼らはやってくれている。
暫しの間、F-15Cを修理しているレンチの音だけが格納庫の中で響いていたが、突如として飛行機のターボファンエンジンの音がだんだんと大きくなり、やがて、巨大なグレーの飛行機が1機、着陸した。そいつはC-5Mギャラクシー戦略輸送機だった。
C-5Mの所有者は"アーセナル・ロジスティクス"。"ウォーバーズ"と同盟関係にある傭兵部隊だ。
まるで建物とも思われる程の巨体の輸送機が、滑走路からフォローミーカーに誘導され、こちらのエプロンにゆっくりと向かってきた。C-5Mは予定されていた駐機スペースにぴったりと停止すると、エジプト空軍のクルーがコックピットの後ろにタラップを設置した。
10月6日 1203時 カイロ西空軍基地
「すまんな。せっかく荷物を持ってきてもらったのに、またディエゴガルシアにとんぼ返りさせるだなんて」
「そんな事無いですよ。こっちは追加料金を払って貰ったんですから、それくらいのことはしますって」
ゴードン・スタンリーは、降りてきたC-5Mの機長であるアルバート・ミハラと話していた。ミハラは、元アメリカ空軍パイロットで、C-5での飛行時間は、空軍パイロットの時は1400時間、傭兵になってからは1900時間のベテランだ。"アーセナル・ロジスティックス"の司令部であるハーバート・ボイドからの信頼も厚い。
「帰りは、一旦、北回りで地中海に向かい、アラビア半島かイラク、クウェートの上を飛んだ方がいい。スーダン上空は避けてくれ。いつ、戦闘機や地対空ミサイルにやられるかわからない状況だ」
「肝に銘じておきます。それで、またこっちに来る時も同じルートですかね?」
「そうしてくれ。君のフライトプランは、もうディエゴガルシアにメールで送ってある。我々の基地に着いたら、一泊しておくといい。ディエゴガルシアに着いたら、1日のフライト時間の限界になる頃だろう」
「わかりました。他に注意することはありますか?」
「我々の基地に近づいたら、多分、フランカーが2機、インターセプトしに来るだろうが、いつものコールサインを言えばエスコートしてくれるはずだ。それでも何か言われたら、君の名前の所属、俺の名前、君のボスの名前を出せば着陸許可が出るはずだ」
「了解です」
「では、ディエゴガルシアに近づいたら、くれぐれも管制官の指示に従ってくれ。さもないと、S-300やPAC-2、NASAMSなんかが飛んでくるからな」
「注意しておきます」
ミハラは大きな手帳に、スタンリーから今しがた言われたことを全てメモした。これを間違えたら、最悪の場合、友軍から撃たれて死亡、だなんていう笑い話にもならない事態になってしまう。
エジプト空軍のクルーが、C-5Mへ燃料を入れている。その傍ら"アーセナル・ロジスティクス"のクルーの一人がエジプト空軍の二等軍曹に燃料代の小切手を渡した。
『隊長、あと15分で荷物を全部下ろし終わります。後は飛行前点検とルート確認、フライトブリーフィングを始めます』
ミハラの部下の一人、キャサリン・ボールドウィンの声がイアピースから聞こえてきた。輸送機のAPUの音が鳴り響いているため、そうでもしないと会話ができない。
「了解だ。手が空いている奴らを集めて、ブリーフィングの準備をさせろ。すぐに行く」
ミハラはスタンリーに向き直る。
「それでは、そろそろ失礼します。我々も忙しいので」
「ああ。ハーバートによろしくな。それじゃ、くれぐれも気をつけて帰ってくれ」




