スーダン
8月8日 0126時 スーダン ドンゴラから西300kmの砂漠
砂漠の気候は極端だ。日中は、気温が40度以上にもなるが、日が沈んだ途端、気温が一桁代にまで下がる。この過酷な環境であっても、遊牧民らは馬に乗り、布でできたテントを張って伝統的な生活を続けていた。いや、正確にはそうでは無い。近年、彼らは文明の恩恵を受け始めていた。中型のソーラー発電機で生み出した電力をリチウムイオン電池に溜め込み、インターネットの繋がったパソコンやスマートフォンを利用していた。そのおかげで、彼らは、気候や気温をウェブサイトで知り、仲間内でメールのやり取りをして、情報交換を行っていた。
そんな静かな砂漠の夜空を、突然、エンジンの轟音が切り裂いた。真っ暗な空に、小さな青と赤、白色の光の点の塊が地面目掛けて落ちていく。激しい轟音の主は、砂漠にドシンと着陸し、後ろに砂を巻き上げ、暫く滑走してから止まった。
飛行機の着陸点から1km東に外れた場所に、突如として幾つもの明かりが瞬き、飛行機へと向かっていった。ジープやトラック、そして装甲兵員輸送車の群れだ。
これらの車両は、スーダン軍のものと思われたが、そうでは無かった。スーダンは、南北分離後、双方ともに経済状況が悪化し、かなり危機的状況が続いていた。そんな中、南スーダンは欧米や日本などからの援助によって何とか立て直し、スーダンも天然資源採掘権を担保に、中国やロシアからの融資などで経済を立て直そうとしていた。しかし、次にスーダンを襲ったのは通貨危機だ。経済関係者から言わせたら、スーダン・ポンドが身も凍りつくような速度で暴落し、スーダンという国そのものが破産してしまったのだ。政府は完全に崩壊し、役所や軍隊、その他公的機関は事実上、消滅した。そんな中、都市部では治安が悪化し、国外へ脱出する人々も目立つようになった。完全に無政府状態になったスーダンは見捨てられ、かつてのソマリアのような状況になってしまった。しかし、そんなスーダンの状況を好機とみなした人間も少なくなかった。テロリストや傭兵部隊だ。
基本的に、傭兵部隊というのは、人目につかない辺境の地を本拠地にすることが多い。テロリストは言わずもながだ。そして、グラント・ウォーマーズもまた、そんな人間の一人だ。
ウォーマーズは、かつては南アフリカ陸軍に所属しており、現役時代は少佐でAH-2ローイファルク攻撃ヘリの飛行隊長を務めていた。しかし、殆ど実戦に参加すること無く、ただただ訓練を繰り返す日々に退屈を感じていた。そんな中、行き当たったのが傭兵稼業というものだった。
現在では、傭兵稼業のハウツー本や『0から始める傭兵』『傭兵になる方法~武器と人脈、情報網を手に入れる基礎』といったウェブサイトがそこら中に溢れているし、傭兵になるためのセミナーというものも世界中で無数に開かれている。ウォーマーズは退役後、まず、こういったものを利用して、傭兵のノウハウを学んだ。軍に所属していたので、技術的な面での基礎は問題無かった。が、問題は、情報網と人脈だった。
そこで、ウォーマーズは、南アフリカ軍の中に、独立して傭兵生活を始めたがっている人間がいないかどうかを調べた。そして、知り合いの中に10名ほど、そのような人間を見つけた。ウォーマーズは、彼らが退役するよう仕向け続け、最終的に仲間に引き込んだ。やがて、ウォーマーズの部隊は南アフリカ以外にも、南米、ヨーロッパ、アジアなどから退役軍人が集まり、5000名を超す大規模な組織となった。
ウォーマーズの部隊は、所謂『ならず者国家』に雇われることが多い。ここに来る前は、シリア政府に雇われ、トルコのNATO部隊基地やイスラエル軍の基地にテロ攻撃を繰り返していた。しかし、敵に睨まれてる節を感じると、ウォーマーズはシリアとの契約更新を断り、満期になったのを期にアフリカに向かい、今度は崩壊したスーダンに身を置くことにした。
スーダンは現在、ほぼ全域をウォーマーズの部隊の支配下に置かれている。中には、スーダン軍からウォーマーズの部隊に鞍替えした兵士も多い。だが、こんなアフリカの崩壊した国のことなど、気にかける人間など、殆どいないし、アフリカ連合でも、スーダンのことは、ほぼ無視されていた。
「ボス。今夜は、この便で最後です。重装備は、明後日到着予定です」
「よし。全部予定通りだな。明後日は何が到着する?」
「戦闘機です。J-10AとMiG-35S、サーエゲが続々と来ます」
「パイロットは?」
「フェリーフライトでやって来ます。Il-78で空中給油しながら」
「よし。それにしても、簡単なものだな。一昔前だったら、絶対にこんな風に手に入ることは無かったのだからな」
ウォーマーズはタブレット端末を操作しながら言った。画面には、Mi-24VとT-84の画像が表示されている。
「そいつは売れ筋ですからね。闇工場の生産ラインからゾロゾロ出てきている類のものですよ」
「まあ、我々にとっては都合がいいことこの上ない。おまけに、アフリカや中央アジアならば、そこら中に隠れ家もある」
「それで、エジプトを攻撃してどうするのですか?」
「我々の目的はここだ」
ウォーマーズがタブレット端末に、エジプトとスーダンの国境付近の地図を表示させた。国境線の向こうのエジプト側に、幾つもの油田や鉱山が記号で載っている。
「こいつを手に入れるのですか。しかし・・・・・」
「確かに、簡単なことでは無い。が、我々にはどれだけの武器があるか、わかっているだろう?」
ウォーマーズが端末の表示を切り替えた。その画面には、Su-30かSu-27UBの改造機と思しき機体の3DCGが映っている。右下には、"J-16EW Electric Strike Fighter Jet"という文字が表示されていた。