陸上、上空、それぞれの戦い-2
10月6日 1124時 エジプト カイロ西空軍基地
佐藤勇は強化シェルターの中で整備されているF-15Cを眺めていた。最初はスタンリーらとオペレーションルームにいたのだが、いあやり機体が気になると言って抜け出してきたのだ。整備員たちは、エンジンやAPU、更にはCASのコンピューターの筐体まで取り外し、点検を行っている。
正午が近くなり、雲の無い青い空に地上に灼熱を送り込む太陽がかなり高い位置に上ってきている。佐藤はきつい度が入った、真っ黒なサングラスを外し、柔らかい布にグラスクリーナーを数滴たらして丁寧に拭った。例え風が吹いていなくとも、細かい砂塵が宙に浮いているため、いつの間にか砂まみれになっていることも珍しくは無い。佐藤の今の住居であるディエゴガルシア島や、生まれ故郷の日本では、ほとんど経験しない事だ。
やがて、凄まじい轟音が鳴り響いた。空を見上げると、4機のラファールが編隊を組んで滑走路の上空の高いところを通過し、1機ずつ、右に旋回して分かれていく。それと同時に、向こうのエプロンではエジプト空軍の兵士たちが、慌ただしくミサイルや爆弾を載せたローダーやタンクローリーを動かす。
また、ヘルメットやGスーツを身に着けたパイロットの姿も見えたので、人員の交代もするのだろう、と佐藤は予想した。
「さあ、急げ!急げ!敵は待ってくれないぞ!」
ラファールがエプロンで停止すると、整備員がタラップを持って駆け出した。戦闘機のキャノピーが開くと、乗っていたパイロットが降りて、交代のパイロットに引き継ぐ。4発のMICA空対空ミサイルは使わなかったのか、胴体両脇と両翼端のランチャーに搭載されたままだ。
兵器のローダーを、ベテランの整備員がまるで職人技のような速さで機体の下に滑り込ませ、SBU-54を搭載し、タンクローリーから伸びたホースを機体に接続し、航空燃料をどんどん入れていく。
『カイロタワーより"ヴァイパー1"へ。エンジンはミニマムパワーにしたら、そのまま回しておけ。交代だ』
「はいよ。全く、奴らめ。次から次にやって来やがる」
パイロットはキャノピーを開き、機体から降り、すぐに交代のパイロットに戦闘機を明け渡す。交代のパイロットは既にミッション前ブリーフィングを終わらせており、出撃準備はすっかり完了していた。
「カイロタワー、こちら"ワスプ1"だ。"ヴァイパー"から機体を引き継いだ」
『了解だ"ワスプ1"。ランウェイ16まで滑走せよ。風は方位191から4ノット。離陸後は8000フィートまで上昇しつつ方位089に向かえ。8000フィートで水平飛行に移行後、周波数102.33で"バンカー"と交信し、指示に従え』
「"ワスプ1"了解。8000フィートに上昇後、102.33で"バンカー"と交信する」
10月6日 1134時 エジプト中部上空
ジェイソン・ヒラタのF-16Vを先頭に、"ウォーバーズ"の編隊はカイロ西空軍基地に向け北に飛行していた。その間、南からやって来る敵機に対する警戒も怠らない。
"ウォーバーズ"のパイロットたちは、この戦闘で合わせて10機もの敵機を撃墜した。内訳は、J-11、Su-30MK、H-6Kがそれぞれ1機、J-7が2機、クフィルC.7が2機、ミラージュF-1が3機だ。
「ようし、お前ら、後ろの敵に気を付けろよ。まだ敵機は諦めてくれちゃいないからな」
『エリア・タンゴ・ブラヴォーを飛行中の編隊へ。そちらのコールサインを知らせよ』
どうやら、この辺りのエジプト防空軍のレーダーサイトがヒラタたちの編隊を捉えたらしい。当然ながら、ヒラタたちの戦闘機はエジプト軍のIFFでは味方として表示されるが、カイロ西空軍基地が管轄している防空司令部以外の地域では、事情を把握していない部隊もいるようだ。
「こちらは"ウォーバード2"だ。カイロ西空軍基地に問い合わせたら、俺たちが味方だと答えが来るだろう」
『"ウォーバード2"、待機せよ。これから問い合わせる』
ややあって、レーダーサイトから返答が来た。
『"ウォーバード2"、確認が取れた』
「はいよ。俺たちはカイロ西空軍基地へ向かう」
『了解した"ウォーバード2"。通信終了』
ヒラタはため息をついた。どうやら、防空軍と空軍との間で、演習にやって来ている傭兵部隊の情報が共有されていないようだ。
「全く、こんなので大丈夫なのかね?エジプト軍は。とても傭兵やPMCと演習をたくさんやっているようには思えないな」
10月6日 1135時 エジプト中部 ナイル川のほとり
ナイル川の東に見て、エジプト陸軍と傭兵部隊"ブラックエレファンツ"の機甲部隊が防御陣地を固めていた。M1A2エイブラムズ戦車に加え、ルクレール戦車やマルダー歩兵戦闘車、ストライカー装甲車などの姿が見える。ルクレール、マルダー、ストライカーは傭兵部隊の車両だ。
「隊長、無人機の映像を確認しました。敵の戦車や装甲車がずらずらこっちに向かってきていますよ」
"ブラックエレファンツ"の司令官であるジョージ・ウォーターソンは、部下のアンリ・ドレフュスが差し出したタブレット端末を見た。画面には先ほどここから飛ばしたRQ-2パイオニア無人偵察機の光学カメラが、上空から捉えた敵の車列の様子が映っている。
「ふむ。T-80にT-90、99式もか。奴ら、随分と買い込んだみたいだな」
「こんなの、闇市場じゃかなりありふれた戦車ですからね。値段も手ごろだし、ああいうならず者どもには手ごろですし」
「そうだな。それに、見てみろ。T-72BMにT-84Mオプロート、T-80UMまである」
「厄介な相手ですね。我々の120mmのAPFSDSでぶち抜けるかどうか」
「それはやってみないと分からないな。その前にオカダに連絡を取ろう」
10月6日 1137時 エジプト中部
"ブラックエレファンツ"の砲兵部隊の指揮官、岡田翔太はてきぱきと部下に指示を送っていた。岡田は陸上自衛隊出身で、現役時代は特科大隊に所属し、MLRSに乗っていた。
岡田は、そのMLRSとHIMARSの混成部隊の指揮をウォーターソンから任されていた。攻撃の準備は整い、後はウォーターソンの指示を待つだけとなってた。
「ボス、そろそろ乗り込みましょう。砲撃が始まったら、ロケットの煙に巻き込まれて窒息死ですよ」
「そうだな、そうしよう」
M270のコックピットから話しかけてきたウォルフ・クローデルの声に、岡田はそそくさと多連装ロケットランチャーの狭いコックピットに乗り込み、ドアを閉めてロックした。そして、射撃管制コンソールの画面を確認する。地形図と敵と味方の位置が表示され、改修によって無人機による偵察映像も見ることができる。やがて、クローデルが無線に出て、ヘッドセットを岡田に差し出した。
「ボス、ウォーターソンからです」
「はいよ」
岡田はヘッドセットを受け取り、頭に装着した。
「岡田だ」
『ウォーターソンだ。そっちはどうなっている?』
「いつでも攻撃準備完了だ。そっちの命令さえあれば、奴らを火だるまにできる」
『素晴らしい。座標を送信するから、すぐにそこにロケットをぶち込んでくれ!』
「わかった。撃ったらいつも通り後退して、補給、陣地転換だな」
『ああ。いつも通り、だ』
「了解。では、攻撃を開始する」
M270とM142のランチャーがモーター音を立てて起き上がり、南の方にランチャーを旋回させた。そして、断続的にロケット弾を放つ。このロケットはM30と呼ばれるタイプの弾薬で、GPS誘導で飛翔し、弾頭にはM85複合目的改良型通常弾薬子弾と呼ばれる小さな爆弾が、1つのロケット弾につき404発が弾頭に収納されている。
ロケットを撃ち終えたM270はランチャーをたたみ、素早く北に向けて移動を開始した。ぐずぐずしていると、敵の攻撃機や攻撃ヘリ、または短距離弾道ミサイルによる反撃を受けてしまう。
この攻撃で、侵略者の戦車や装輪装甲車、トラック、ジープなど、多数の車両を破壊することはできたものの、それでも、グラント・ウォーマーズという強欲なテロリストの野望を打ち砕くには、あまりにも足りなかった。




