陸上、上空、それぞれの戦い-1
10月6日 1041時 エジプト・スーダン国境地帯
「こちら"スコルプ1"。東から回り込む」
8機のAH-64Dアパッチ・ロングボウ攻撃ヘリが低空を飛び、敵の機甲部隊に迫っていた。その中に、"ウォーバーズ"のシモン・ツァハレムとデイウィッド・ベングリオンの乗機もあった。
『こちら"アナコンダ"。ターゲットの情報を確認する』
やがて、先行していた無人機からデータが送信されてきた。敵の戦車や装甲車の座標が、アパッチのコックピットの多機能ディスプレイに表示される。
「"スコルプ1"より"スコルプ2"、"スコルプ3"、"スコルプ4"。我々が先行し、敵に第一撃を食らわせる。他の者は後ろから援護せよ」
攻撃ヘリにとっての天敵は、敵の短射程ミサイルや歩兵が持つ携行式地対空ミサイル、高射機関砲などだ。注意していないと、あっという間にそれらの餌食になってしまう。
「なあ、シモン。10年前のレバノンでの作戦を思い出さないか?」
デイウィッド・ベングリオンがAH-64Eの後席からインカムで相棒に話しかける。
「ああ。あれは最悪だった。空軍のF-15やF-16が来てくれなかったら、俺たちはとっくのとうにあの世行きだったな」
ベングリオンとシモン・ツァハレムは、現役のイスラエル航空宇宙軍のアパッチのパイロットだった時、イスラエルで大規模テロを起こした連中への報復として、レバノン南部の武装集団の拠点を攻撃する命令を受けて出撃した。
その連中は、とんでもない武装をしており、連中のキャンプにはBTR-80やBMP-1といった装甲車があった。ベングリオンたちはヘルファイアでそれらを破壊したものの、思わぬ伏兵に攻撃された。SA-8やSA-11といった地対空ミサイルである。まさか軍が持っているような短射程・中射程の地対空ミサイルをテロリストが持っているとは思ってもいなかったイスラエル空軍部隊は、あっという間にアパッチやブラックホークを撃ち落とされ、かなりのピンチになった。
もし、空軍のF-16IやF-15Iが援護にやって来て、そいつらを空爆してくれなかったら、ツァハレムとベングリオンはこの場にいないどころか、"ウォーバーズ"の隊員にすらなることは無かっただろう。
『"スコルプ1"より攻撃部隊全機へ。敵のSAMとAAガンに注意しろ。ヘルファイアを最大射程で撃て。ターゲットは自分で選べ』
他の僚機たちは、無線機のスイッチを2回動かして返答した。実は、この攻撃ヘリ部隊の更に先を、エジプト空軍の無人偵察機が3機、先行していたのだ。無人偵察機は既に敵の地上部隊に近づきつつあった。
「データリンクオンライン。間もなくヘルファイアの射程内に入る」
10月6日 1044時 エジプト・スーダン国境地帯上空
AH-64Dアパッチ・ロングボウとAH-64Eアパッチ・ガーディアンの編隊が一定の間隔を空け、横並びの編隊を組みつつ、速度を徐々に落とす。
アパッチはAN/APG-78ロングボウレーダーを作動させ、地上のターゲットを探した。このレーダーは、ミリメートル波のK、L、およびMバンド周波数帯の電波を飛ばし、地上のターゲットを発見、追跡、捕捉、攻撃をすることができる。おまけに、地面からの反射派を除外して車両や建物だけをターゲットとして表示できる優れものだ。
『こちら"スコルプ1"、ターゲットをロックした。攻撃準備ができ次第、攻撃して良い。尚、敵の対空射撃に十分注意せよ』
8機のアパッチは徐々にスピードを落とし、ホバリングを始めると同時に1発ずつ、ヘルファイアミサイルを放った。ミサイルは少しだけ上昇しながら真っすぐ飛び、それぞれターゲットを目指す。射撃を終えた攻撃ヘリたちは、一斉に低空へ向かい、反転しつつECMを作動させながらエジプト領内の方へ向かって逃げる。攻撃ヘリにとっては、この時が一番危険なのだ。
『攻撃編隊へ。こちら"パペッティア"。ターゲットを更に確認した。データアップロード』
無線で報告してきたのは、遠く離れた空軍基地にいる無人機のオペレーターだ。
『"パペッティア"より攻撃編隊へ。アルファ・タンゴにいる敵は撃つ必要は無い。陸軍の砲兵がそいつらをやる。繰り返す。エリア・アルファ・タンゴには向かうな。陸軍の砲撃に巻き込まれるぞ』
10月6日 1046時 エジプト
「砲撃を開始せよ!座標、エリア・アルファ・タンゴ。ノヴェンヴァー22.068599、エコー28.684654!」
K9自走砲が超信地旋回をして砲身の仰角を調整する。この砲撃陣地の遥か前方には、M1A2エイブラムズ戦車やM113装甲車によって構成された防御陣地がある。
「榴弾装填!装薬準備!」
「装填完了!」
「射撃開始10秒前!・・・・・・5、4、3、2、1、てーっ!」
ずらりと並んだ自走砲の長い砲身が一斉に吠え、激しい轟音、炎、黒煙、そして炸薬がたっぷりと詰まった砲弾を吐き出す。
「次弾装填!急げ!」
砲兵たちが薬室に榴弾を押し込み、そして、計算通りの数の、白い円筒形の装薬の包みを入れる。
「装填完了!」
「撃て!」
ズドーン!榴弾砲が再び敵に向かって射撃を開始する。この一斉射撃を終えると、砲兵たちは即座に撤収の準備を始めた。ぐずぐずしていると、敵の反撃を食らいかねない。
「全員乗車!」
砲兵たちは、自走砲やトラック、装甲兵員輸送車に素早く乗り込む。
「乗車!」
「陣地転換!撤収開始!」
トラックと自走榴弾砲はエンジンの唸りを上げ、予め決められていた次なる砲撃陣地となる地点を目指した。
10月6日 同時刻 エジプト上空
「おい、ウェイン。敵機が正面にいるぞ。AMRAAMを準備する」
ウェイン・ラッセルとケイシー・ロックウェルの乗機であるF-15EのAN/APG-82レーダーが敵機を捉えていた。
「よし、やるぞ」
ラッセルはIFF質問信号を送信した。予想通り、返答信号は帰って来ない。間違いなく敵機だ。
『"ウォーバード6"、こちら"ウォーバード3"だ。援護する』
「ああ、頼む」
『データリンクオンライン。敵機確認』
「ターゲット選択、捕捉完了!」
コックピット内に毎日のように聞いている電子音が鳴り響く。AMRAAMの先端に搭載されたシーカー部分が、敵機を捉えたことを知らせる音だ。
「Fox1!」
主翼に搭載されたランチャーからAMRAAMが1発、射出された。AMRAAMは即座に自身のアクティブレーダーを作動させ、テロリストのSu-30MKの機影を捉え、そのまま真っすぐ飛んで行った。
「見つけたわ!レーダーロック!」
レベッカ・クロンヘイムはレーダーで敵機を捉えた。それにしても、このターゲットは速度が遅く、レーダー断面積も随分大きい。それもそのはず、この機体は武装集団が持っているH-6K爆撃機なのだ。この中国製爆撃機は、世界中ありとあらゆる場所で生産され、闇市場に流されている。
「Fox1!」
クロンヘイムのJAS-39Cはミサイルを放つと、ECMを作動させつつチャフとフレアを散発的に撒きながら反転した。そして、ニコライ・コルチャックのSu-35Sが即座に彼女の乗機の二番機の位置に入る。AMRAAMはH-6Kのすぐ近くまで飛んで行き、翼の真下で近接信管を作動させた。大きな中国製爆撃機は、機体に無数の鋭い金属片を浴びたが、エンジンや操縦系統にそれほどダメージが入っていないのか、すぐに逃げ出す様子は無い。
「くそっ!あいつ、まだ飛んでるの!?」
『いや、待て。燃料が漏れ出している。多分、あいつは長く無いだろう』
状況を知らせてきたのは、パトリック・コガワだ。クロンヘイムが上を見ると、F-16VとMiG-29Kが編隊を組んで自分の上を飛んで行くのを見た。
「了解。ニコライ、ジェイとオレグに合流しましょう。フォーメーションを組みなおして、あいつらを撃ち落とす」
『了解だ、お嬢さん。ミサイルと燃料は残っているか?俺はまだまだ戦えるが、そろそろきついんじゃないのか?』
「それもそうね。でも、あと1機くらいは撃ち落とせる」
『了解だ。なあ、これで撃墜記録を伸ばして、隊長をびっくりさせてやろうぜ』
「あら、それはいいわね。でも、気を抜いて撃ち落とされないように気を付けなさいよ」
『当然だ。機体も、パイロットも、五体満足で帰らないと意味が無いからな。ボスがいっつも言っていることだが』
『"ウォーバード2"よりウォーバード各機へ。燃料が少ない機体は知らせろ。そうでなければフォーメーションを組みなおし、再度攻撃する』
「了解だ。ジェイ、燃料はあと1回交戦したら補給に行かないとダメそうだ」
『了解。ウォーバード全機へ。次の攻撃を終えたら、補給に戻ろう。以上だ』




