ドッグファイトと砲撃戦
10月6日 1036時 エジプト上空
ジェイソン・ヒラタが率いる編隊から40マイル程東の空域では、エジプト空軍と武装集団の空中戦が展開されていた。F-16Cから放たれたスパローが武装集団のMiG-21MFを破壊し、更にJ-8Ⅱが爆発し、真っ黒な煙を引きながら墜落していく。
敵は掃討な数の機体を用意していたらしい。MiG-21やJ-7のような、極めて安価な旧式機が主体のようだが、闇市場で大量に出回っているこれらの機体には、イスラエル製やフランス製の最新型のレーダー、電子防御装置、さらには短射程ミサイル用のヘルメット搭載型照準装置すら搭載されているため、見た目だけで判断するのは危険だ。
アフマド・アリー・シャリク大尉は、今回は対地攻撃に向かう編隊の護衛をしていた。シャリク大尉のF-16CはAMRAAMとサイドワインダーを搭載し、護衛を受けるラファールCの編隊はSBU-54精密誘導弾とMICA空対空ミサイルという装備だ。
「"サンド1"より"タランチュラ1"へ。敵機はこっちで引き受ける。そっちは敵の地上部隊に集中してくれ」
『"バンカー"よりサンド隊、タランチュラ隊へ。敵機がそちらに接近中だ。数、8。距離130マイル、高度1万1000フィート』
「了解だ。"サンド1"より各機へ。聞いたな?やるぞ」
"バンカー"が捕らえたのは、テロリスト部隊のJ-16とJ-10Bだった。J-16は、中国がロシアから輸入したSu-27UBK及びSu-30MKKを参考に設計した、複座型のマルチロール機。エンジンやレーダー、ECM装置などが中国製のものに置き換えられ、極めて高性能の機体だとされている。
4機のJ-16にはPL-11とPL-12という2種類の空対空ミサイルに加え、FT-1誘導爆弾を6発搭載している。
一方、同じように編隊を組んでいる4機のJ-10Bは護衛のようで、R-73を2発とR-77を4発。そして、胴体中央のハードポイントには増槽を1つ搭載している。
これらの部隊は、エジプト国内は侵入する地上部隊に対して近接航空支援を提供する予定であった。また、同じように航空支援をする航空部隊として、Su-33に護衛されたSu-24MやJH-7もスーダンからエジプトに向けて北上していた。
10月6日 同時刻 エジプト上空
"ウォーバーズ"の戦闘機は、4機のJ-8Ⅱ、2機のSu-34を撃墜した。そして、ジェイソン・ヒラタは2機の敵機がサイドワインダーの射程内に入ってくるのをレーダーで確認した。
初期のサイドワインダーは、射程は僅か8km程度で、誘導性能の信頼性も低かった。そのため、ミサイルを使った射撃をよく理解していなかったパイロットは、上手く敵機を排除することができず、その結果、高い代償を払った。
ヒラタはJHMCSのモードを切り替え、遠くに見えた小さな機影をひと睨みする。ヘルメットに搭載されたデジタル画面に、目標指示ボックスと丸いボアサイトが表示される。そして、目標指示ボックスが動いて遠くにある小さな機影に重なり、コックピット内で電子音が鳴り響いた。ロックオンだ。
「"ウォーバード2"、Fox2!」
『"ウォーバード3"、Fox2!』
F-16VとF/A-18Cが、それぞれサイドワインダーを1発ずつ放つ。それに気が付いたテロリストが操縦するJ-15がフレアを撒きながら離脱していく。放たれたサイドワインダーがAIM-9M以前のモデルであれば、フレアに騙されてしまった可能性もあっただろう。だが、このAIM-9Xは、赤外線以外にも、敵機の形状それ自体を記憶して追尾するため、フレアで騙すという方法が使えない場合が多い。
サイドワインダーは急旋回して中国製フランカーに追いすがり、すぐ近くで弾頭を炸裂させた。鋭い金属片が大きな機体に食い込み、燃料配管、電気系統の配線、油圧アクチュエイターなどを切り刻む。
フランカーの機体に刻まれた亀裂から白い燃料の飛沫が勢いよく飛び、大きな戦闘機がスピンしながら高度を下げる。やがて、J-15のキャノピーが後方に飛び、射出座席がパイロットを虚空へと撃ち出した。
オレグ・カジンスキーのMiG-29Kとハンス・シュナイダーのタイフーンFGR.4が編隊を組み、敵機を後方から追跡し始めた。カモノハシのような扁平な機首とカナード翼、2基のエンジンの間にある巨大なテールブームが特徴の機体、Su-34"フルバック"戦闘爆撃機だ。
傭兵部隊の戦闘機の追跡に気づいたテロリストのパイロットは編隊を解き、それぞれ左右に分かれ、更に、ドッグファイトに備え、機体を少しでも軽くするために搭載していたKAB-1500誘導爆弾を投下した。
『オレグ、ハンス。援護する』
遠くからその様子を見ていたニコライ・コルチャックが後ろからSu-34へと向かう。コルチャックのSu-35Sの二番機の位置にいるのが、レベッカ・クロンヘイムのJAS-39、そして三番機の位置にはウェイン・ラッセルとケイシー・ロックウェルが乗るF-15Eだ。
カジンスキーはMiG-29のスロットルレバーをミリタリーパワーに入れ、操縦桿を引いて一旦上昇し、機体を傾けて高度を落とす。ハイGヨーヨーという機動だ。そして、敵機のオーバーシュートに警戒しつつ、やや遅れ気味にターゲットを追う。ラグ・パシュートというテクニックである。
Su-34のパイロットはそんなカジンスキーのフルクラムに気づき、暫く真っすぐ飛行したのち、機首を急に上向きにして急減速する。コブラだ。
だが、そのパイロットにとって最悪だったのは、完全に畳の上の水練だったことだ。おかしなタイミングで急減速した戦闘機は、空中で止まるただの標的である。
「バカめ」
カジンスキーは操縦桿のトリガーをほんのコンマ数秒の間だけ引いた。30mmの劣化ウラン弾がSu-34の背面に命中する。カジンスキーは即座に操縦桿を引いて機体を上昇させ、敵機との衝突を回避する。ちらりと後ろに目をやると、並列複座の大型戦闘機から2つのパラシュートが飛び出るのが見えた。どうやら、今日のあいつらは運が良かったようだ。
『"ウォーバード6"、Fox1』
F-15EからAMRAAMが放たれた。この高性能のミサイルは、遥か50km先にいるJ-10Cを捉え、弾頭を派手に炸裂させた。J-10Cのパイロットは射出座席のハンドルを引いたものの、何も起きない。再び引いても、射出座席は作動する気配すら見せない。そうしている間にも、シャープで小型な中国製戦闘機は、どんどん地面を目指していった。
10月6日 1039時 エジプト・スーダン国境地帯
エジプト陸軍のM1A2やM60A3の主砲が火を吹いた。標的は、国境を越えてきた正体不明の機甲部隊である。
陸軍の戦車部隊は、相手が国境を超えない限り射撃してはならないと厳命されていたが、現場の指揮官たちは不満たらたらだった。なにせ、敵は国境を越えて砲撃をして来る。
「畜生!早く攻撃ヘリの援護を寄越すように言え!それと、戦闘機からの空爆もだ・・・・・何!?戦闘機を出せないとはどういう事だ!?」
『"リザード1"、敵との距離が近すぎる。その位置だと、空爆や砲撃をした時に、君らを巻き込むことになる』
「畜生!」
戦車部隊の指揮官であるマームード・ビン・ザハート中佐は、かなぐり捨てるように無線機を放り出した。暫くすると、隊の後方で爆発音が響いた。敵の榴弾が着弾したようだ。
「アフマド!アフマド大尉!」
「はっ!」
「全部隊に知らせろ!ここから一旦50マイルほど北上し、前線を下げる!」
「しかし、ここから離れたら、奴らは一気に我が国になだれ込んで来ます!ここで食い止めねばなりません!そして、中佐。味方の砲撃はどうなっているのです!?」
「砲兵の奴ら、俺たちを巻き込むから撃てないとぬかしやがった!だが、味方の砲撃で死にたくなかったら、部下に後退するように命令しろ!」
「はっ!」
アフマド大尉は敬礼し、踵を返して通信兵がいる方向へと走って行った。やがて、命令が伝達され、ザハート中佐の命令を待つばかりとなった。
「全部隊、砲撃しつつ後退!じきに味方の砲兵が撃ってくる!巻き込まれたくなかったら、死ぬ気で後退しろ!以上だ!」
エジプト陸軍の機甲部隊は、敵に砲身を向けつつ、全力で後退を始めた。周囲で榴弾が炸裂し、徹甲弾が地面にめり込む。やがて、不運にもエジプト陸軍のM113装甲兵員輸送車が、敵のT-90Mから放たれた125mmHEAT弾の直撃を受けた。燃料にも引火し、あっという間に炎が車体全体に広がる。可哀そうに。きっと中にいた兵士たちは、丸焼きになってこの世で最悪な死に方をしているに違いない、と、ハッチから上半身を出しているM1A2戦車のある車長は思った。
砂漠の向こうには、敵の戦車の姿が見える。双眼鏡で確認すると、T-90MSや99式といったロシア製や中国製の新鋭戦車に加え、T-84Uオプロートやアル・ハーリド、VT-1Aなど、あまりお目にかかれない戦車の姿もある。どうやら、敵は闇市で戦車をかき集められるだけかき集めたらしい。確かに数を揃えることはできるものの、一体、後方支援体制はどうなっているんだ、と遠くから敵の機甲部隊の動きを眺めていたザハートは考えていた。




