撃墜
10月3日 0914時 エジプト上空
『ターゲット確認。マーベリックでやる』
ジェイソン・ヒラタが乗るF-16Vが前に出た。ヒラタは、スナイパーXRターゲティングポッドから送られてくる赤外線画像を確認した。そして、火器管制システムをAGM-65に切り替え、レティクルをT-80と思しき戦車に合わせる。
ターゲットロックの文字がMFDに表示され、ヒラタは操縦桿のミサイル発射ボタンを押す。AGM-65Dが1発、3連ランチャーから飛び出し、戦車に向かった。
『"ウォーバード3"、ファイア』
パトリック・コガワのホーネットからもマーベリックが発射された。2発の空対地ミサイルがそれぞれの目標に命中し、爆炎が立ち上る。
『ターゲット破壊。次だ』
F-16VとF/A-18Cは、地対空ミサイルに捉えられるのを避けるため、フレアを散発的に撒きながら上昇した。今のところ、レーダー照射の警報は聞こえてこない。
佐藤勇は、周辺を見回した。佐藤のF-15Cは対地攻撃能力が無いわけでは無いが、この機体はそもそもが制空戦闘機として設計され、正確な爆撃などできるはずもない。よって、飛行隊長はオレグ・カジンスキーと共に、上空を見回し、敵機を警戒する役目に専念した。
「"ウォーバード1"より全機。空の敵はしっかり見張ってやるから、安心して獲物を狩ってくれ」
『了解だ隊長。オレグ、ちゃんと隊長のこと守ってやれよ』
ハンス・シュナイダーの声が無線から聞こえてくる。
『任せとけ"ウォーバード7"。それよりも、とっとと敵をぶっ飛ばして稼いだらどうだ?』
『ああ。レベッカ、突入するぞ』
『任せて頂戴!』
タイフーンFGR.4とJAS-39Cが爆撃コースに入った。そして、それぞれブリムストーンとマーヴェリックを1発ずつ発射する。それぞれのミサイルは、T-90MとT-72BMに命中し、頑丈なはずの戦車をドロドロに溶けた鉄の棺桶に変えた。
「シュウラン、目の前に獲物だ。やるぞ」
パトリック・コガワは、F/A-18Cの機種に搭載されているAN/APG-65レーダーの対地モードで複数の地上目標があるのを確認した。
『ああ。狩りの時間だ、やるぞ!』
F/A-18Cには8発のCBU-105/Bクラスター爆弾、ミラージュ2000Cには4発のBLG-66ベルーガクラスター爆弾が搭載されている。
対地モードにしたレーダーの情報によれば、多数の装甲車両がそこに集まっている。クラスター爆弾で片づけるにはうってつけだ。
F/A-18Cとミラージュ2000Cは、それぞれ少し距離を取って編隊を組み、低空飛行した。敵の車列の中に、SA-11"ガドフライ"やSA-8"ゲッコー"のような、移動式の地対空兵器があった時に備えての飛び方だ。
やがて、F/A-18Cの胴体側面に搭載したAN/AAQ-28ライトニングポッドが、敵の車列を捉えた。HMDにターゲットの画像が、HUDにターゲットまでの距離が表示される。ヒラタは高度を確認し、慎重に操縦する。ターゲットを破壊する前に墜落だなんて、とんでもない笑い話だ。だが、こっちを狙ってくるSAMやAAガンにも注意せねばならない。
やがて、破壊すべきターゲットが見えてきた。遠目からは辛うじて戦車だと分かる程度だが、恐らくはT-72やT-80の系列の戦車だろう。今までと同じようにやればいい。まずは1発お見舞いして、攻撃の効果を確認する。もし、再度攻撃する必要がありそうならば、一旦離脱して、別のコースから爆撃を行う。
常に爆撃時の進入コースを変えること。これが重要だ。2度も3度も同じコースから飛び込めば、生き残っている対空兵器の餌食になってしまう。
「"ウォーバード3"、ターゲット確認。攻撃まで30秒」
『"ウォーバード9"、攻撃準備完了』
武装勢力のキャラバンを率いる隊長は、突如として飛行機のエンジン音が鳴り響いていることに気づいた。狙われている!隊長は自らトラックの後ろの荷台に向かい、SA-16"ギムレット"こと9K38"イグラ"携行式地対空ミサイルのランチャーを掴み、記録的な速さでバッテリーをセットし、肩に担いだ。だが、そのテロリストができたのはそこまでだった。飛行機の姿を探そうと空を見回した直後、凄まじい衝撃波が襲い掛かり、隊長はあの世へと強制送還された。
「ターゲット破壊確認。次だ」
ヒラタは後ろをちらりと見ながら操縦桿を引き、ミリタリーパワーで戦闘機を上昇させた。下手にアフターバーナーを燃焼させると、スティンガーのいい的になってしまう。そして、ワンのミラージュがしっかり付いてきて、僚機の位置に入るを確認した。
「おい、隊長。敵機がやって来たりしていないよな?」
『今のところは大丈夫だ。今のところは、な』
『どいたどいた!そうれ!』
ヒラタのF/A-18Cを、ウェイン・ラッセルとケイシー・ロックウェルが乗るF-15Eストライクイーグルが追い抜いて行った。今回、この機体には10トン近い爆弾が搭載されている。右側のダッシュ4コンフォーマルタンクにはGBU-22ペイブウェイレーザー誘導爆弾が4発、左側にはCBU-105/Bクラスター爆弾が6発という組み合わせだ。勿論、自衛用のAMRAAMとサイドワインダーも、翼下のランチャーに2発ずつ搭載している。ストライクイーグルは一度、背面飛行に入り、急降下してから地上のBMP歩兵戦闘車の列にクラスター爆弾を2発投下し、フレアを撒きながら上昇するという一連の機動を30秒でやってのけた。久々の狩りで、ラッセルはかなりハイになっている様子だった。
『イーヤッハー!見たか今の!BMPの丸焼きの出来上がりだ!』
『このあたりの敵は掃討できたな。さて、"ブラックアイ"に報告とするか』
10月3日 0917時 エジプト上空
「あー、"ウォーバード1"。敵の掃除が終わったのならば、燃料の状態を知らせてくれ。次のターゲットだが・・・・・ちょっと待て。今、連絡が入った。俺たちの部隊でそこはやっつけた。だから、そうだな。後はビンゴになるまで、その辺りで目についた敵を掃除しつつ、敵機を警戒してくれ」
E-2Cホークアイの狭い座席で、レーダーディスプレイを眺めるマームード・アル・ムラート少佐が指示を出した。
味方の攻撃は極めて順調で、エジプト領内にいる武装勢力の機甲部隊をかなりの勢いで破壊していた。勿論、敵勢力の状況を考えた時、これで終わるとは思えない。十中八九、敵は何か隠し玉を用意しているはずだ。それが弾道ミサイルなのか、毒ガスなのか、はたまた原爆なのかはわからない。
「あー、敵だが・・・・どうやら掃除が終わったようだ。これより・・・・何だ?高速で4機が接近中!IFFに反応無し!警戒せよ!」
10月3日 0918時 エジプト上空
「何だ、こいつら。迎撃するぞ!」
佐藤はF-15Cのエンジンをミリタリーパワーに入れた。コルチャックのフランカーとカジンスキーのフルクラムが続く。
『4機か。誰か援護してくれ。流石に3対4じゃ分が悪い』
コルチャックが味方に支援を要請する。
『じゃあ、俺がやる!ジェイソン、レベッカ、その空域から一旦退避してくれ。俺と隊長たちでそいつらをやる』
『任せたわよ、シュウラン』
『援護が必要だったら言ってくれ。サイドワインダーなら2発残っている』
『いや、俺はまだMICAを4発、TC-1を2発残している。弾の数なら余裕があるからな。おい、ケイシー、ウェイン。お前らも爆撃で疲れただろ』
『おいおい、大丈夫なのか?無理はするなよ』ロックウェルは少々不安げだ。
『ヤバかったら、すぐに駆け付けるからな』ラッセルも戦う気は満々のようだが、ここは隊長たちに任せることにした。
佐藤勇はデータリンクシステムを呼び出した。Su-35SとMiG-29K、ミラージュ2000Cが長く距離を取り、横並びになって飛んでいる。燃料を確認した限り、数回は空戦をする程度は残っている。先に増槽の燃料から使っておいて良かった。ドッグファイトになれば、間違いなく、この3つの増加燃料タンクはただの邪魔な存在にしかならないからだ。
『隊長、来るぞ!センタータンクゼッション、アウタータンクゼッション・・・・・・ナウ!』
カジンスキーのフルクラムが燃料タンクを投下した。佐藤は敵機がAMRAAMの射程圏内に入るのを待って燃料タンクを投棄した。
「ターゲット確認・・・・レーダーロック!"ウォーバード1"、Fox1!」
『"ウォーバード4"Fox1!』
『"ウォーバード5"Fox1!』
戦いの火ぶたが切って落とされた。
4機の敵機はJ-10Cだった。ミサイルがこちらに向かってくると、中国人の傭兵パイロットはECMを作動させた。そして、PL-12の発射準備をする。
「"ゴート1"、Fox1!」
『"ゴート2"、Fox1!』
戦いはあっという間に結末が出た。3機のJ-10Cがミサイルを食らい、墜落する。1機は辛うじてミサイルを躱したらしく、そのまま逃走したようだ。そして、F-15C、MiG-29K、Su-35Sは何とか敵のミサイルに当たらずに済んだが・・・・・。
『畜生!ミサイルがまだ付いてくる!チャフ!チャフ!』
ワン・シュウランのミラージュ2000Cは、まだPL-12に追われていた。PL-12はアクティブレーダー誘導なので、ミサイル自体のレーダーシーカーが生きている限り、発射母機が撃墜されてもターゲットを追いかけ続ける。
「"ウォーバード9"、全速力で飛べ!ミサイルの燃料はそれほど持たない!」
『畜生・・・・・ダメだ・・・・・まだ追って来やがる!』
ワンはミサイルに追われる恐怖感から、チャフとフレアをいっぺんに全部放出した。しかしながら、どういう訳か、ミサイルは騙されなかった。
『ECM・・・・作動しているのに!くそっ!くそっ!』
その言葉を最後に、PL-12はワン・シュウランのミラージュ2000Cの真下で近接信管を作動させ、無数の金属片を浴びせた。
10月3日 0920時 エジプト上空
「シュウラン!"ウォーバード9"!畜生!畜生!」
佐藤はF-15CのMFDのデータリンク画像から、"ウォーバード9"の信号が消えたのを確認した。撃墜されたのだ。
「おい、誰かパラシュートを見なかったか!?」
沈黙。
「おい!誰か報告しろ!パラシュートを見なかったのか!」佐藤がついに怒りを爆発させる。
『隊長、こっちでは確認できなかった』カジンスキーだ。
「くそっ!」
『隊長、そろそろ燃料がやばい。まずはボスに報告だ。シュウランのことは、その後だ』
『おい、その前にやることがあるだろ!救難ヘリを寄越して、救助活動の間、燃料が持つまで上空警戒だ!』ジェイソン・ヒラタが割って入る。
『いえ、まずは帰りましょう。それに、国境近くとは言え、こっちはエジプト領内よ。エジプト陸軍に拾われていれば、すぐに帰って来れるわ』クロンヘイムの意見には一理あった。
『隊長、頼む。少しだけでいい。頭を冷やして、一旦帰ろう。司令官に報告して、今後のことを考えよう。それに、遅かれ早かれ、俺たちの誰かがこうなる日が来るのは、みんなわかっているはずだ』コルチャックの言う事には、一片の間違いも無かった。まずは帰還し、スタンリー司令官に報告せねばならない。
「わかった。みんあ、すまない・・・・・・」
『それでいいんだ、隊長。それでこそ、俺たちの隊長だ』




