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ゴーサイン

 9月30日 1059時 エジプト上空


 "シャドー1"ことマームード・アル・シェリク大尉は、ラファールCの燃料計をちらりと見た。燃料は満タンで、増槽3本、そしてMICA-EMが4発とMICA-IRが2発という装備で飛行している。

 シャドー隊は8機編成でこの空域をパトロールしており、同じ場所を飛ぶE-2Cホークアイ早期警戒機の援護も受けている。


 シェリク大尉は不満そうに唸った。どうしてカイロの部隊が共同訓練のために呼び寄せた傭兵の連中まで巻き込むのだろうか。アフリカ大陸随一のレベルの空軍は、ここまで落ちぶれてしまったのだろうか。

『"ハボック1"より"シャドー1"へ。方位110へ進路を変更しつつ、高度12000フィートまで上昇せよ。そのままだとウォーバードとのコリジョンコースに入る』

「"ハボック1"了解」

 ややあって、"ハボック1"の管制官が"ウォーバード"に対して高度を下げる指示を出すのが無線から聞こえた。


 先日の武装勢力との交戦で、シェリクは2人も部下を失った。どちらも経験は少ないものの成績優秀で、将来有望としか言いようがない若手パイロットだった。その武装勢力は、Su-30MKまたはSu-30MK2と思われる戦闘機で攻撃してきて、あっという間にシェリクが率いていたラファールCを2機、撃墜した。そして、撃墜された戦闘機からはパラシュートが飛び出すことは無かった。

 シェリクと生き残った部下は反撃したものの、ミサイルは外れてしまい、長いドッグファイトにもつれ込んだ。その間にお互いに燃料が無くなっていき、お互いに帰還せざるを得なくなった。

『大尉、例の傭兵連中が飛んでいるようですね』

「ああ。IFFをよく確認しろ。間違って撃ち落としたら問題になるからな」

『了解です』

 シェリクはレーダー画面とキャノピーの外を交互に見て、周囲を警戒した。いつ敵が来てもおかしくない状況なだけに、一瞬たりとも気を抜くことはできない。


 9月30日 1103時 スーダン北部 急ごしらえの飛行場


 グラント・ウォーマーズはMi-8のキャビンから地上を見下ろした。コンクリートで固められた1本の3000mの滑走路と2ヶ所のエプロン、誘導路、移動式管制レーダーや地対空ミサイルのランチャーなどが見える。

『"サイト22"より"ロイヤル1"へ。着陸を許可する。東側エプロンの2番ヘリスポットを使え』

「"ロイヤル1"、着陸する」

 Mi-8は滑走路に沿って飛行し、指定されたヘリスポットに着陸した。ヘリスポットには、Z-10やMi-24D、Ka-62といった多種多様なヘリが並んでいる。

 飛行場にはひっきりなしにトラックやダンプカーが出入りし、至る所でショベルカーやクレーンが作業を行っている。パッと見た限り、工事の殆どは終わっているようにも見える。


 ウォーマーズはヘリが接地し、まだローターを回している間にエプロンに降り立った。この飛行場の責任者であるアンリ・ドラクロワが迎えに来ていた。

「よお、グラント。よく来たな」

「進捗はどうだ?見た限り、殆ど完成しているようにも見えるが」

「ああ、殆ど終わっている。そろそろ飛行機が来るはずだが・・・・・」

 ドラクロワがそこまで話した時、いきなり爆音が轟いた。上空を見ると、真っ青な空に4機の機影が編隊を組んで飛んで行くのが見えた。やや扁平にも見える機首の左右両側からカナード翼をが生え、山形の大きな主翼、長く突き出たテールブームが特徴的な戦闘機だ。

「来たな。あれだ」

「Su-34か」

「ああ、そうだ」

 Su-34は上空で編隊を解き、旋回しつつ1機ずつ滑走路に着陸した。機体は西側のエプロンへとタキシングし、エンジンをカットした。

「アンリ、弾薬の方はどうだ?」

「たっぷり蓄えている。あと3日もあれば、この拠点はかなり大規模な基地になるだろう」

「スーダン空軍の退役パイロットも10人程雇い入れることができた。あいつら、カネをぶら下げたらアホな鱒のように食いついて来やがる」

「ほう」

「2人がMiG-29のパイロットで、なんと機体と一緒に来た。まあ、スーダン政府は機能停止状態だから、そんな人間はいくらでもやって来る。そうだ、グラント。整備工場の方はどうだ?」

「明日から稼働できる。1日で20機のミグを整備できるくらいのレベルだ」

「だとしたら、それほど時間をかけずに作戦を開始できそうだな」

「その通りだ。そっちの方はどうだ?」

「既に作戦のタイムラインは出来上がっている」

「それはいい話だ。こっちのパイロットの練度は上々だ。みんな、とっとと戦争を始めろとせっついていてね」

 再び爆音。飛んで行ったのは2機のSu-24Mだ。増槽とKh-59空対地ミサイルの模擬弾を搭載している。続いて、2機のMiG-29MU2が離陸した。増槽1つにR-60とR-27ETの2種類のミサイルを2発ずつ搭載している。

 ウォーマーズはそこでA4サイズの封筒をドラクロワに差し出した。ドラクロワは封筒を開き、中の書類を取り出してざっと眺めた。

「見ての通りだ。やり方は問わない」

「やっとか。みんなこれを心待ちにしていたんだ。今日のミーティングで知らせたら、大喜びだろう」

「それに合わせて、地上部隊は北上中だ」

「しかし、ここで侵攻を止めるのか?」

「当然、カイロまで攻撃する戦力は我々には無い。あくまでもこの鉱山と油田が目的だからな」

「言えてる」

「そして最初の一撃には、アレを使う」

「だな。しかし北朝鮮の奴ら、よくアレを譲ってくれたな」

「なぁに、ある程度ドルをちらつかせたら、尻尾を振って、ご機嫌よくワンワン鳴きながら譲ってくれた。俺もこれには驚いたくらいだ」

「そいつはまた・・・・・ビックリだな」

「だろ?」

「弾頭は?」

「高性能爆薬だけだ。化学剤や核は譲ってくれなかった」

「だろうな。奴らにとって、それは大事な虎の子だからな」

「他に知らせは?例えば、弾薬とか」

「戦闘機に載せるミサイルは、十分な数を確保できている。CJ-10やKh-55といった巡航ミサイルに、空対空ミサイルもだ」

「航空攻撃をするとして、パイロットは十分に確保できているのか?」

「ああ。アルメニアやパキスタン、ペルー、キューバ、エリトリアから結構な数がやって来た」

「地上部隊の方はどうだ?」

「戦車に装甲戦闘車、自走榴弾砲に多連装ロケット砲。ジープとトラックは数えきれんほどだ。移動式の対空レーダーや対砲レーダーに、車載式の電子妨害装置も」

「それはいい話だ。それで、ミサイルを撃った後は?」

「航空攻撃だ。だが、地上部隊の体勢がまだ整っていないのが問題だ。我々の目的を達成するには、地上部隊で場所を確保することが不可欠だ」

「橋頭保を確保して、輸送機で物資を送り込むのか」

「そうだ。必要なものがあれば、当面は輸送機で航空投下する」

「わかった。必要な物資のリストは、逐次メールで送る」

「それでいい。輸送機だが、An-12やY-8を使うつもりだ」

 ウォーマーズは腕時計を見た。

「さて、そろそろ他の拠点の様子を見に行く。作戦の概要は後程、メールで送る」

「ああ。いつでも出撃できるよう、こっちは準備しておくから心配は無用だ」

 ウォーマーズは踵を返し、右手を挙げるとまだローターを回し続けているMi-8に向かい、体を屈めて乗り込んだ。キャビンのドアが閉まるのを確認し、周囲のクルーがヘリから遠ざかるのを待ってパイロットはヘリを離陸させた。


「首尾はどうだ?グラント」

 ヘリのパイロットはMi-8が安定した飛行に移るのを待って、キャビンにいるウォーマーズに訊ねた。

「上々だ。後はエジプト空軍さえなんとかできれば、鉱山や油田は我々のものだ」

「そりゃいい。今まで居場所が無かった我々だが、ようやくここを拠点にすることができるって訳だ」

「その通り」

「その後はどうするんだ?スーダンを中心に、どんどん勢力を広げるか?」

「我々の目的は、あくまでも金儲けだ。我々の資源を闇市場に流し、得たカネでまた"事業"の拡大をして、更にカネを儲ける」

「最高だな」

「だが、そのためには、我々は生き残らなければならない」

 やがて、ウォーマーズのスマホが振動した。彼はホルスターから拳銃を引き抜くガンマンの如く、それを引き抜いた。

「ウォーマーズだ・・・・ああ、そいつはいい。想像以上に順調だな。よし、攻撃準備に取り掛かろう。初手は計画通り、航空攻撃による防空網の破壊だ。全てタイムラインに従って進めてくれ。攻撃開始の指示は追って出すから、準備だけして待機してくれ。以上だ」

 ウォーマーズは通話を終え、ヘリの窓の外を眺めた。雲がほとんど無い青い空の下には、黄色がかかった白い広大な砂漠が広がっている。アフリカの砂漠で問題になると思われるのは水の確保だが、ここスーダンにはナイル川が通っているのでそれほど問題は無い。おまけに、拠点に繋がる用水路の建設工事も始まっている。当然ながら、スーダン政府には無許可で行っているが、当のスーダン政府、特に地方自治体の役所は腐敗しきってしまい、役人などごく僅かな賄賂を手渡すだけで、ウォーマーズたちがやる事全てに目をつむってしまう有様だ。

 なんと都合の良い国だ。しかしながら、そのような国は当節では珍しくも無くなってしまっている。特に、ここアフリカでは。

「グラント、3時方向。味方だ」

 ウォーマーズはパイロットの声に、キャビンの右ドアの窓越しに外を見た。機体上面をサンドイエローとブラウン、下面をスカイブルーに塗装した、Mi-24Dハインドが4機、編隊を組んで飛んでいる。機体には黒または紺色で二桁、または三桁の数字が描かれている。

「ハインドか」

「ああ。こいつはアルメニアから調達した機体だ」

 確かに、兵器類の帳簿にはそれなりの数のハインドがあったのをウォーマーズは思い出したそして、再び電話をかける。

「今日の午後にWeb会議の用意をしておいてくれ。作戦開始の最終確認だ。そして・・・・ああ、そうだ。全て計画通りに行うよう、各部隊の指揮官に伝えておくように。後で追って伝える。では」

 ウォーマーズは電話を切り、腕時計を見る。軍にいた頃に買った古い時計だが、しっかりと調整していれば問題無く動いてくれている。ネット通販で買えるミグと同じだ。

 いよいよだ。あと数日で、数年もの間温めていた計画を実行する。こちらの戦力はかなりのももで、ある程度の小国ならば数日で占領できてしまうだろう。敢えてエジプトを狙ったのは、やはり拠点であるスーダンに近い地理的な要因と、莫大な天然資源が埋まっていることが確認できたからだ。

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