日中のパトロール
9月30日 1033時 エジプト カイロ西空軍基地
2機のF-16Cが離陸し、更にラファールCの編隊が続く。どの機体も空対空ミサイルの実弾4発と増槽3つという形態で武装していた。4機は離陸した後、高度を上げつつ南下していく。いずれもエジプトを襲撃してきた、正体不明の武装組織に対する哨戒任務だ。
基地には常時PAC-2ミサイルを搭載したM-901ランチャーが展開し、自動小銃を持った空軍兵や機関銃を搭載したジープが警備のために周回している。
"ウォーバーズ"の警備兵も、Mk16-SCAR自動小銃やM870散弾銃、更にはMk48軽機関銃を持って基地内部で借用している区域を警備している。この連中はPASGTヘルメットに米軍のMIL規格でレベルⅣのボディアーマー、暗視装置に無線機、ホルスターにグロック19拳銃とコンバットナイフ、予備弾倉と応急セットという装備を身に着けている。
立て続けに5機のC-5M輸送機が着陸した。尾翼にはキプロス籍のレジナンバーが描かれており、機体には『Arsenal Logistics』というロゴが描かれている。
巨大な輸送機は"ウォーバーズ"が借用している区画のエプロンへゆっくりとタキシングし、停止するなり前後のランプを開いた。中にはコンテナが幾つも並んでいる。
ギャラクシーにタラップが掛けられると、すぐにパイロットやクルーが降りてきて、荷ほどきを始める。荷物は戦闘機の予備部品とミサイル、精密誘導爆弾、機関砲の砲弾などだ。積み荷は"ウォーバーズ"が借りている倉庫へと運ばれ、技術班によって一つ一つが検品される。
C-5Mのコックピットから一人の男が降りてきて、ふらふらと"ウォーバーズ"の飛行機が収められている掩体壕の区画へと歩いて行った。そして、ゴードン・スタンリー司令官の姿を見つけて右手を上げる。スタンリーの方もその男に気づき、右手を振った。男の名はハーバート・ボイド。傭兵部隊"アーセナル・ロジスティックス"のボスだ。
「またまた厄介ごとに巻き込まれたのか?ゴーディ」
「いつものことだぜ。俺たちが中東を放浪していた頃のことを覚えているだろ?」
「あー、確かオマーンだったか?イエメンで暴れていたおかしな奴らがいきなり殴りかかってきて、お前らとオマーン空軍でグルになってぶっ叩いたやつだっけ?あのF-15に乗った日本人が、1回の出撃でミグを6機も落とした時の」
「ああ。あいつがようやくエースパイロットになった時のやつだな。そこそこの高額報酬が手に入ったし、未だにオマーンの油田の利権を持ったままでいるよ」
「石油王になった気分だっただろ?」
「そうでもない」
「そうだ。今日、イスラエル空軍が公表したレポートがある。見るか?」
「見せてくれ。それと、後でそれを俺のGメールアカウントに同じデータを送って欲しい」
「いいぜ。それじゃ、まずこいつを見てくれ」
ボイドはタブレットPCを取り出した。
「イスラエル空軍が出したレポートは、主にシリア上空のことだ。お前らも知っての通り、ここは飛行禁止だ。ロシアの息がかかったPMCと無法者がミグをぶんぶん飛ばしている。そのせいでイスラエル北東部じゃ、イスラエル軍がCAPをやっている。ここを飛ぶには、事前にイスラエル空軍当局へ通告とトランスポンダーの提出が必要だ。そうしないと、F-35やF-15がすぐに飛んできて、イスラエル国内の飛行場に強制着陸させられる。それに従わなければ、当然ながら撃墜だ。まあ、まともな神経の持つ主ならば、敢えてそこを飛ぶだなんて事はしないだろう。スーダンの状況はまるでわからん。俺のコネクションで繋がっている傭兵仲間に、あの国に入っていく奴らはいない」
「だろうな。情報収集のための資産が不足していて、何が起きているのかも皆目見当もつかない。ただ、一つだけ言えるのは、シリアやスーダンには、どうも無法者どもが集まっているらしい、ということだ」
「こっちに来るときに、おかしな飛行機が飛んでいるとか見なかったか?」
「いや、全く。だが、密輸業者は主に夜にフライトするし、レーダーの覆域を下回る高度で飛ぶケースも少なくない。それに、そういう連中が使うのは、C-130やAn-12のような汎用輸送機じゃないで、DHC-6やAn-26といった、そこそこの量の荷物やそこそこの人数の人員が積めて、そこそこの航続距離、そしてどこでも離着陸できるような飛行機を使うケースが多いからな」
確かにその通りだ。世界各地で民間人の間でも売買・運用されているとはいえ、軍用輸送機はそこそこ目立ち、目を引きやすい。
「なるほど」
「それに、密かにスーダンを飛行機で出入りするなら、ケニアからウガンダ、南スーダンを通るルートの方がやりやすい。南スーダン空軍はそういった密輸機を追尾する能力が無いし、ウガンダ空軍のSu-30MKやケニア空軍のF-5Eの運用状況なんて、たかが知れているだろう」
「ああ。それで、お前らはすぐにここから出るんだろ?」
「荷物を全部降ろしたら、給油して帰るだけだ。そっちは?」
スタンリーは左の手首に身に着けているブライトリングの腕時計を見て言った。
「そろそろ俺たちの部隊がパトロールを始める頃だ」
9月30日 1045時 エジプト カイロ西空軍基地
『カイロタワーより"ウォーバード1"へ。滑走路への進入を許可する。"ウォーバード2"、続いて進入せよ』
「"ウォーバード1"了解」
『"ウォーバード2"了解』
佐藤勇はF-15Cのブレーキをゆっくり解除し、滑走路の端で待機した。すぐ隣にジェイソン・ヒラタが乗るF-16Vが並ぶ。
今回の任務はCAPで、中射程空対空ミサイルと短射程空対空ミサイル、増槽を搭載する。佐藤のF-15Cは増槽3本にAMRAAMとAIM-9Xをそれぞれ4発ずつという、フル装備でのレギュレーションとなっている。そのF-16Vも、増槽3本にAMRAAM5発、サイドワインダー1発というフル装備だ。
後ろから付いてきているのは、ハンス・シュナイダーのタイフーンFGR.4とパトリック・コガワが乗るF/A-18Cだ。この2機は、先行するF-15、F-16とは装備が少し異なっていた。
まず、タイフーンに搭載されているのは、4発のミーティア空対空ミサイル、2発のIRIS-T空対空ミサイル、3つの増槽と2発のタウルスKEPD350巡航ミサイル。F/A-18Cの武装は、AIM-9XとAIM-120Cが2発ずつ、増槽3つに加えて2発のAGM-158B JASSM-ERだ。
『カイロタワーより"ウォーバード3"、誘導路で待機せよ。"ウォーバード7"、誘導路で待機』
『"ウォーバード3"了解』
『"ウォーバード7"了解』
他のパイロットは地上で待機となるが、不測の事態に備え、Su-35SやJAS-39Cなども、フル武装で燃料を入れられた状態だ。勿論、パイロットや整備員たちも、すぐに出撃できる体勢を整えている。
『"ウォーバード1"、"ウォーバード2"、離陸を許可する。離陸後は高度9800フィートまで上昇し、高度を維持せよ。方位087に向かい、周波数112.22で空域を警戒中のE-2Cとコンタクトせよ。E-2Cのコールサインは"ハボック1"だ』
「"ウォーバード1"了解」
『"2"了解。離陸する』
F-15CとF-16Vがアフターバーナーに点火し、滑走路から離れてからはなだらかな角度で上昇を始めた。タイフーンとホーネットの編隊は、少し急ぎ気味で離陸し、イーグルとファイティングファルコンに追い付こうとした。
9月30日 1056時 エジプト上空
佐藤勇はF-15Cのコックピットの中で、JHMCSのバイザーディスプレイとキャノピー越しに空の様子を見回した。フィンガーチップ編隊で飛ぶ3機の僚機以外は、薄青い空が広がるばかりだ。レーダーの探知モードを何度か切り替えたが、他に機影は確認できない。もっとも、武装勢力がSu-57やJ-20、J-31のようなステルス戦闘機を運用していなければの話だが。
このF-15Cにはアメリカ空軍のMSIPに準じた改修が適応されているため、オリジナルのF-15と比較してデジタルディスプレイの数が大幅に増えている。しかし、この任務が終われば、この機体で飛ぶのも最後になるだろう。
佐藤が乗るF-15Cは、実はサウジアラビア空軍が手放した機体で、それから闇市場を巡り巡りつつ、寿命を延長する工事を受けながら飛んでいた機体だ。既に後継となるF-15EXを、イスラエルのとある工場に発注済みだ。また、スタンリー司令官曰く、佐藤の相棒となるF-15EXのWSOも、近々ディエゴガルシア島にやって来ると言う。そいつが何者なのか、スタンリーは知っている様子だったが、佐藤は教えてもらえなかった。
間もなく指定された9800フィートに差し掛かる。佐藤は予め指定された周波数に無線機を設定し、飛行中のエジプト空軍のE-2Cにコンタクトを試みた。
「"ハボック1"へ、こちら"ウォーバード1"。聞こえるか?」
やや間があって、かなりだみ声の英語が返ってきた。
『こちら"ハボック1"だ。よく聞こえるぜ。君らはブリーフィングの通り、その空域を警戒してくれ。交戦規定は、そっちで決めてあるんだろ?』
「その通りだ」
"ウォーバーズ"の交戦規定は至極単純。『撃たれる前に撃て』だ。つまり、向こうがレーダーを照射してきた時点で脅威とみなし、即時反撃する。相手が何者だろうが関係ない。
『"ハボック1"よりウォーバード隊へ。そちらから見て南東に600マイル離れた空域にわが軍のラファールが8機、パトロールをしているから注意してくれ。1番機のコールサインは"シャドー1"だ』
「了解だ"ハボック1"」
佐藤は空を見回し、レーダー画面とGPS画面を確認した。仲間たちはアブレスト編隊を組んでおり、データリンクでお互いの位置を把握することができる。帰還予定時間までに何事もなければ、と思いながら佐藤は周囲を再び注意深く見回した。




