表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/84

夜明けの工作

 9月30日 0611時 エジプト カイロ西空軍基地


「こちらカイロタワー。"ボルタ21"、ランウェイ34への着陸を許可する。風向きは方位006から2ノット。方位087からの1ノットの風に注意せよ。そのまま着陸進入し、着陸後は113.33でグランドとコンタクトせよ」

『"ボルタ21"了解』

「カイロタワーより"ボルタ22"へ。北のチャーリー・エコー空域でそのまま待機せよ。"ボルタ21"が着陸したら着陸誘導する。"ボルタ23"、引き続きチャーリー・フォックストロットで旋回待機せよ」

 空軍の管制官が、この早朝に次々と着陸する予定である輸送機の着陸誘導を開始した。この早朝だけで、8機もの大型輸送機が離発着する予定だ。この輸送機は傭兵部隊の運び屋が持っているもので、クウェートのクウェート国際空港、スリランカのバンダラナイケ国際空港に拠点を持っている。

 管制官が効いた話では、この傭兵部隊は、複数のコールサインを使い分けているので、なかなか正体が掴めないという。もっとも、それは傭兵部隊全般にいえるのだが。


 9月30日 0612時 エジプト上空


 ハーバート・ボイドはC-17Aのコックピットの中で、HUDと多機能ディスプレイ、そして窓の外を注意深く見ながらILSの電波に乗って高度を下げるC-17AグローブマスターⅢを操縦していた。

 オーストラリア空軍にいた頃を含めると、実に20年以上、この輸送機を操縦している。ボイド自身、空軍に入隊したばかりの頃は、F-35AライトニングⅡまたはEA-18Gグラウラーのパイロットを目指していたが、空軍のパイロット基礎訓練の過程を終えた時に、輸送機の適性でトップの成績を出してしまったのだ。

 その時、まだ駆け出しの少尉だったボイドは、どうにか戦闘機の過程に進めないかと当時の教官である中佐に願い出たが、それも虚しく、ボイドには基礎訓練課程修了後の異動先として、KA350キングエアによる輸送機基礎操縦訓練課程を示された。

 この時、まだ21歳だったボイドは迷った。パイロットになるのは、幼いころからの目標だった。だが、それほど裕福ではないボイド家では、民間のパイロット養成学校にハーバートを通わせるための資金など無く、もし、この辞令を断れば、パイロットになる道は、恐らく永久に断たれてしまうだろう。

 不本意ながら、ボイドは輸送機部隊の所属となり、あっという間に機長の資格を取ったのち、15年勤め上げて空軍を除隊し、クウェートで傭兵部隊を立ち上げた。

 人だけはすぐに集まった。オーストラリア空軍、ニュージーランド空軍、アメリカ空軍、イギリス空軍、そして航空自衛隊から、現役時代に付き合いのあった連中が集まった。だが、問題は活動資金、拠点、そして飛行機やその運行に必要な装備と燃料だった。

 最初は、活動資金を航空学校の臨時教官のアルバイトをやって稼いだり、クラウドファンディングすら利用した。勿論、出資してくれるのは、おかしな性格の金持ちばかりだった。


 最初は中古のB737とB777Fを使っていた。だが、次第に以来が多く飛びこむようになり、やがてC-17AやKC-10A、C-5Mすら調達できるようになった。

「やけに混んでいますね。今は観光シーズンでも無いのに」

 ボイドの隣にいる副操縦士のブレンダン・ニシダが言った。彼はアメリカ空軍出身の日系人で、現役の空軍パイロットだった頃だけでC-17Aで1500時間の飛行経験がある。

「その理由は神のみぞ知るところだな。それ、着陸するぞ」


 C-17Aは滑走路にゆっくりと着陸し、すぐにエンジンの推力を落として減速した。一旦、滑走路の中ほどで停止したのちにグランドとコンタクトを取り、空軍基地側へタキシングを始める。ボイドがちらりとエプロン側に目をやると、ミサイルを積んだSu-35SとMiG-29Kが掩体壕に向かってトーイングされているのが見えた。明るい青と灰色の斑模様に、尾翼にロービジ塗装で描かれた、足でライフル銃を掴む大きな鷲のマーク、そして黒い文字で小さくエストニアの航空機登録番号が書かれているおかげで、この機体が"ウォーバーズ"が所有しているものだとすぐに分かった。ちらりと見ただけだが、翼の下には、どちらの戦闘機もR-73とR-77を吊り下げているようだった。


 9月30日 0624時 エジプト カイロ西空軍基地


 1機のE-2Cホークアイが翼を広げ、ターボプロップエンジンを回し始めた。8枚ブレードのNP2000プロペラが回転する独特な音がエプロンに響く。その傍らで、4機のラファールCが燃料補給を受け、更にMICA-EMとMICA-IRという二種類の空対空ミサイルを2発ずつ搭載されていく。

 ホークアイはボイドが率いる輸送機部隊の着陸を待った後、離陸許可を得て明け方の空に向かって飛び去って行った。


 9月30日 0631時 エジプト カイロ西空軍基地


 佐藤勇は自分に与えられた個室の中で、寝間着のスウェットからジャージに着替えて、航空自衛隊にいた頃からのルーティーンとしていた軽い柔軟体操を始めた。そして、独特な動きをする体操に切り替える。これは『自衛隊体操』というもので、これは陸海空全自衛官が入隊した時に、基礎教育課程で叩きこまれるもので、同じ自衛隊出身である原田景や田村ひとみ、高橋正も同じ体操を習得しているはずだ。

 眼鏡をかけ、机の引き出しにしまっておいた、シグP226拳銃が入ったホルスターを身に着ける。拳銃自体、空自にいた頃は滅多に訓練で撃つことは無かったし、ましてや、これを持ったままその辺りを歩き回るなど、日本にいた頃には考えたことも無かった。

 軽く基地の中でランニングをしたら、自分のF-15Cの様子を見に行こう。部屋にある小さな冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、口の中を湿らせる。そして、部屋の中を軽く点検してから出て、扉に鍵をかけた。


 早朝のカイロは過ごしやすい気候だ。佐藤はエプロンを格納庫や管制塔のすぐ近くをゆっくりと通った。そして、"ウォーバーズ"が占有している掩体壕の方へ走っていく。掩体壕を見ると、中にF-15CやSu-35Sが入れられているのが見え、周囲には整備員が集まり、機体の状態を確認している。そして、その外側では、戦闘服、防弾チョッキ、PASGTヘルメットを身に着けHK416を持つ警備員が警戒している。

 あれはスティンガーミサイルだな、とトラックの後ろ荷台に乗っているコンテナに目をやりながら佐藤は思った。そのトラックの荷台には、自動小銃を持つ"ウォーバーズ"の警備員がいる。

 滑走路の向こう側のスフィンクス国際空港のターミナルの周囲には、色とりどりの旅客機が並んでいる。


 やがて、北のほうに白い小さな光点が見えた。それはスフィンクス国際空港の側の滑走路へ近づいていく。

 佐藤は一瞬、それをC-5Mギャラクシー輸送機かと思った。だが、白地に黄色と紺のストライプが入っているのがわかった。An-124だ。

 ウクライナ製の巨大輸送機で、サイズや積載量、航続距離はC-5とそれほど変わらないが、空中給油ができないという弱点がある。ロシアでは『ルスラーン』と呼ばれていたがNATOコードネームは『コンドル』だ。着陸したAn-124は空港の貨物ターミナルへとタキシングしていく。

 ここを10周くらいしたら朝食にしよう。それから待機状態に入るはずだ。エジプト空軍がどの程度の支援をこちらに要求してくるのかわからないが、あらゆる事態に備える必要があるのは確かだ。


 9月30日 0645時 エジプト カイロ西空軍基地


 "ウォーバーズ"が占有している弾薬庫に様々な種類のミサイルや爆弾が運び込まれていた。短射程空対空ミサイルのパイソン5やAIM-9Xサイドワインダー、誘導爆弾のGBU-38にぺイヴウェイⅣ、空対地ミサイルのkh-59にAGM-158Bだ。

 弾薬が入っていたコンテナには、イスラエルやインドにある兵器メーカーのロゴが描かれている。これらのメーカーは、主に傭兵組織と取引がある。


 オレグ・カジンスキーは、自分のMiG-29Kの前に並べられた特殊なアダプターが取り付けられたパイロンをじっくりと眺めた。なんでも、このパイロンはMiG-29やSu-27、Su-30といったロシア製戦闘機からAMRAAMやIRIS-T、マーヴェリックといったアメリカ製兵器やヨーロッパ製兵器を搭載できるようにするものだという。

「なあ、レベッカ。この装備、上手くいくと思うか?」

 カジンスキーは、一緒にこの新しい装備を眺めているレベッカ・クロンヘイムの方を見て言う。

「あっちはインドネシア空軍とマレーシア空軍、インド空軍での運用実績をうたい文句にしているわね。それと、噂なんだけど、イラン空軍も顧客リストにいるそうよ」

「イラン、イランねぇ。まあ、確かにファントムやトムキャットにR-27とかR-73を搭載しているような使い方しているからな」

「でも、まずはテストをしてみないことにはどうにもならないわ。そんな訳で、今日はエジプト空軍の地中海沿岸の訓練空域を使って無人機を撃ち落とす訓練とのお達しよ。ブリーフィングは0900時から」

「それなら、そろそろ朝飯を食べに行かないとな」

「そういうこと。ボスはもう起きていると思うけど、ねぼすけさんもいるから、みんなを叩き起こしに行くわよ」

「はい、マーム」

 二人は戦闘機に張り付いて作業をしている技術班の連中を後目に、そそくさと"ウォーバーズ"が占有している宿舎へと向かって行った。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ