スカイクラブ
8月4日 1143時 ディエゴガルシア島
パイロットたちが訓練飛行を行っている間、『Diego Garcia Sky Club Hunger』という文字が大きく描かれた格納庫では、整備員たちが航空機の整備をしていた。この格納庫の中には、セスナ172とビーチクラフト350といった、自家用機として人気の小型機とリアジェット36、セスナ680サイテーション・ソブリンの2機のビジネスジェット、ヘリコプターのEC-225LPとS-76D。更にはL-39アルバトロス練習機に加えて、アルファジェット2練習/軽攻撃機、MiG-21UMとF-104D、F-5Fといったレトロな戦闘機も格納されている。そのうち、民間機はゴードン・スタンリー、軍用機は佐藤勇の所有物だ。これらの機体は、彼ら2人が得た報酬で買ったもので、時折、飛行要員では無い整備員や警備部隊隊員らを後席や客席に乗せてフライトをしている。
「なあ、ミスター・サトウにこいつに乗せてもらったことがあるか?」
アメリカ人整備員の一人がF-104の機体を軽く叩いて言った。
「ああ、あるぜ。こいつは凄いぞ。エンジンが回った途端、すぐに座席に体が押さえつけられるんだ。あまりコーナリングは良くないんだが、真っ直ぐ飛ぶと、何というか、ロケットみたいな飛行機だよ」
「へえ。今度、頼んでみるかな」
「何だ。まだ乗せてもらって無かったのか」
「いや、ジェット戦闘機というのが、なんともおっかなくてね」
「音速超えを体験したことがないとは勿体無いな」
「ほう。どんな感じなんだ」
「驚くかもしれないが、最初はエンジンの音が逆回しにしたように聞こえるんだ。そして、更に速度を上げると、ほとんど全く聞こえなくなるんだよ。すごく静かだぜ。でも、燃料が無くなるから、そこまで速度を出すのは、ほんの少しの間だけだがな」
「へえ。しかし、こんなものによく乗る気になったな」
「折角の機会だったからな。今度、乗せてもらえよ」
8月4日 1214時 ディエゴ・ガルシア島
4機の戦闘機がオーバーヘッド・パターンで滑走路上を通過した。島の北側でブレイクし、先頭のF-15Cから順番に着陸を始めた。最後の戦闘機がタッチダウンすると、更に4機が滑走路上をオーバーヘッドし、その4機が着陸すると、最後尾のSu-35SがGCAでゆっくりと着陸アプローチを開始した。
戦闘機が訓練を終え、エプロンへタキシングしていく頃、AH-64E、CV-22B、HH-60Wが飛行訓練のために離陸していった。更に、パイロンに増槽とMk50魚雷を搭載したS-3Bヴァイキング対潜哨戒機が滑走路へ向かっていく。
『"ジョーズ01"、タキシングを許可する。ランウェイ13へ向かえ』
「"ジョーズ01"了解」
まるで甲高い掃除機のような音を立てながら、ヴァイキングは滑走路へ向かう。彼らの任務は、対潜・洋上哨戒のため、外征することは稀だが、必要に応じて、基地から出張することもある。更に、必要があれば、A/A42R-1ホース・ドローグ・ユニットを搭載し、簡易空中給油機として利用することもある。
8月4日 1235時 インド洋
「さてと、今のところMADとESMに反応は無しか。まあ、この辺で見かけるのは、インド海軍かモルディブ辺りの漁船くらいだからな」
アラン・マッキンリーがターキーサンドイッチをかじりながら、MADとESMのデータを表示している画面を眺めている。インド洋のど真ん中にある、捨てられた小さな飛行場に来る物好きなど存在しないし、なにより、大抵の場合、傭兵部隊の支配している地域は、接近するとほぼ確実に撃ち殺されるという噂話が広がっているものだ。アフリカや中央アジアの砂漠などに拠点を置いている傭兵部隊は、基地の周辺に対戦車濠や有刺鉄線、更には地雷原を設けて外敵の侵入に備えている。そして、基地へ続く道路には、数キロ置きに、警告の看板を立て、一般市民が不用意に近づいてこないようにしてある。
「ちっ、今日はクジラがいないな。昨日は、そこそこ見かけたんだが・・・・・・」
モーガン・スレーターが、一眼レフカメラを手に、窓越しに海面を見ていた。波はやや高く、白い飛沫が目立つ。
「それで、次の演習は俺たちも付いて行くことになるのか?」
マッキンリーがコックピットの方へ大声で訊ねた。
「ああ。ボスが、お前たちも来いとさ。いざとなったら、予備の空中給油機として活躍してもらう、だと」
ロイ・クーンツが答えた。
「やれやれ。タンカーは3機もあるというのに、それでも足りなくなることがあるのかよ」
マッキンリーが、勘弁してくれと言わんばかりの調子で返す。
「それに、今まで演習だの簡単な監視任務だのに出かけて、俺たちがトラブルに巻き込まれなかったことなんてあったか?」
しかし、クーンツが言うことも最もだった。ヨーロッパやアフリカ、中東を転々としていた頃も、何かと演習や防空、警戒監視の任務に様々な国に雇われてきたが、その度に、おかしな奴らがやって来て、自分たちが追い払わなければならない羽目に遭っていた。