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一時的な引き上げ

 9月23日 1118時 エジプト上空


 "ウォーバーズ"は8000フィートの低い位置に5機、13000フィートの高い位置に4機の編隊を飛ばしていた。空中戦をするときに頻繁に行う、高度を使って敵を挟んで追い詰めるという戦術を使う時の配置だ。

 佐藤はレーダー画面を見やった。そして、燃料の残量、戦術マップを確認し、帰投までの時間を頭の中で軽く再計算する。いざとなったら、カイロ西空軍基地に置いてあるKC-10AやKC-46Aを呼べば問題無いが、交戦空域にすぐに呼ぶことができるかどうかは未知数だ。むしろ、このように敵機がうようよいる場所に無防備な空中給油機を呼ぶのは無理だ。

「"ウォーバード1"より各機へ。残燃料を知らせろ」

 他の8人の仲間から順番に返事が来た。全機、ある程度戦闘をこなすのに十分な燃料が残っているようだ。

「了解だ。攻撃を続ける」


 エジプト空軍のF-16Cの編隊が北西から回り込み、敵の側面を攻撃する位置についた。地上の早期警戒レーダーからの情報によれば、敵は依然としてエジプト国内にとどまり続けているものの、増援はやって来ていないとのことだった。

 ここで敵機を排除できれば、ひとまずはしのげるはずだ。敵とて航空機の燃料に限りはあり、永久に飛ばし続けることはできない。

 この戦いは根競べだ。より長く戦闘機を空域にとどめることができる方が勝つ。一つだけ懸念があるとしたら、敵がどの程度の戦力をこっちに振り向けてきているのか不明なところだ。


 9月23日 1122時 スーダン北部 某所


 グラント・ウォーマーズは航空作戦司令室の椅子に座り、レーダーモニターを眺めていた。司令室と言っても、簡易的な大型バラックに、ネットワークシステムによって、スーダン各地に設置した移動式防空レーダーや、上空を飛ぶKJ500やKJ200といった早期警戒機が捉えた情報を映し出す程度のものだ。

 ウォーマーズは、管制官が無線機で攻撃部隊に出している指示をじっくり聞いておくにとどめていた。自分がレーダー画面を見ていると戦況がわかるため、ついつい口を出してしまいそうになるが、それによって起きる弊害をウォーマーズは十分に理解していた。

「ボス、静かですね」

 話しかけてきたのは、部下の一人で北朝鮮人の男だ。朝鮮人民軍には、ウォーマーズがかき集めた、ロシア製やイスラエル製の高度な電子機器が無く、この北朝鮮人にとっては、毎日がエキサイティングの連続だったという。何でも、朝鮮人民軍は、基本的に電子装置は1980年代のもので時間が停止してしまっており、ロシア製や中国製の先端のものも、経済制裁の影響からか殆ど入って来ないのだという。

 西側諸国は、北朝鮮が行う瀬取りに対して、以前にも増して厳しい対応を取るようになったようだ。まず、疑わしき船舶は、例外なく韓国海軍やアメリカ海軍が臨検を行っている。海上自衛隊は、空や海から不審な船舶の捜索や監視を行っているだけだが、怪しい船を見つけた場合は、即座に米軍へ通報して、臨検をさせているとのことだった。

「ああ。これからどうするか考えている。全ては損得勘定で考えるのが一番だ。こっちの損耗と敵の損耗のバランス、そこを計算して、引き際を見ないとな」


 9月23日 1123時 エジプト上空


『"バンカー"より"ウォーバード1"へ。敵機確認、方位179、距離300マイル、高度9800フィート。4機だ』

 佐藤勇のF-15Cのデータリンクシステムが、自動的にエジプト空軍・防空軍が使用している防空ネットワークに接続された。コックピットのレーダー画面に新たな獲物を示す光点が表示される。このF-15CにはMSIPⅡ改修相当のにアップデートが施されているため、敵機の位置の他、高度、速度も同時に表示される。複数の敵を同時追跡、捕捉、攻撃をすることができるため、スペック上は手持ちのAMRAAMをいっぺんに発射して、敵を攻撃することもできる。

『隊長、俺が先に撃って様子を見るか?』

 話しかけてきたのはハンス・シュナイダーだ。彼のタイフーンFGR.4に搭載されているミーティア空対空ミサイルは、100km以上の射程を誇り、ラムジェットエンジンで飛ぶためAMRAAMよりも速度が速く、その分運動エネルギーも大きいため回避するのは難しいと言われている。

「いや、同時に攻撃した方が効果的だ。パット、ウェイン、それからニコライ。僕に続いてくれ。他は後ろから援護して、撃ち漏らした敵機や後ろから来る敵に対処してくれ。奴らに最初の一撃を同時に食らわせる。攻撃側はアブレスト編隊を組む。防御側はジェイ、君が指揮してくれ。もし撃ち漏らした敵がいたら、レベッカとオレグが対処に向かってくれ」

『了解だ。じゃあ、タイミングは隊長に任せるぜ。おいみんな、聞いたな?攻撃を仕掛けるぞ』


 "ウォーバーズ"の戦闘機が、再び間隔を大きく空けた横並びの編隊を組み始めた。中射程ミサイルでの攻撃が、最近"ウォーバーズ"が取る戦術の7割以上を占めている。

 敵から攻撃される前に攻撃し、敵を撃ち落とす。先手必勝が空戦のセオリーの基本の一つだ。9機の戦闘機は、エジプト防空軍の地上レーダーサイトからのデータリンクで誘導を受け、敵機に対して後ろから攻撃できるよう、大回りをしながら獲物へと向かって行った。


『"バンカー"より"ウォーバード1"へ。データをアップデートする』

 佐藤はちらりとレーダー画面を見た。だが、今は目の前の敵に集中することが先決だ。やがて、AMRAAMの射程圏内に敵機が入ってきたことを知らせる電子音が鳴る。

「"ウォーバード1"、攻撃準備完了」

『"ウォーバード2"、AMRAAM発射準備完了』

 仲間たちも攻撃可能な状態になったようだ。先手必勝。敵に初弾を撃たせる前に撃墜する。これが"ウォーバーズ"の流儀だ。

「やれ!」

 佐藤の合図で、仲間たちの戦闘機が一斉にミサイルを放った。それと同時に、佐藤はF-15CのDEWSのスイッチを入れる。これによって強力な妨害電波が周囲に巻き散らされ、敵のレーダー誘導ミサイルの"目"を塞ぐ。ジェイソン・ヒラタもF-16Vに搭載されているAN/ALQ-184も激しく電波を飛ばし始める。

 しかし、このDEWSもメーカーの部品の枯渇が始まっており、ディエゴガルシア島にあるスペアパーツのストックも十分にあるとは言えない。そのため、ゴードン・スタンリーは新たにF-15CXとF-15EXの導入を佐藤とケイシー・ロックウェル、ウェイン・ラッセルに提案していた。

 この演習が終了すれば、佐藤ら3人はハワイでイーグルⅡへの機種転換訓練を受ける予定であったが、この騒ぎによってスケジュールがずれ込むことになってしまった。


 "ウォーバーズ"の戦闘機から放たれた様々な種類のミサイルが敵機を目指した。それに気づいた武装集団の航空機が回避機動を取り、ECMを作動させつつ、チャフやフレアをばら撒く。

 だが、"ウォーバーズ"が持つミサイルはECCM能力向上改修が行われたタイプが多く、ミーティア、AMRAAM、R77が敵機に追い付き、弾頭を炸裂させてMiG-23MLやJ-10C、J-11BHの機体を切り裂く。

『"バンカー"より"ウォーバード"各機へ。まだやれそうか?』

 佐藤は素早く燃料計を見た。ドッグファイトを行っていないので、増槽の中も十分に燃料が残っているが、カイロ西空軍基地へ帰るために使う燃料も計算に入れなければならない。こんな不毛の砂漠地帯で、燃料切れによってベイルアウトだなんてことになったら悲惨だ。

「"ウォーバード1"より各機へ。ビンゴまでどのくらい余裕があるか知らせ。それから、武器の状況も」

 仲間たちから残りの燃料と武器の状況が佐藤に報告された。その報告を総合すると、空戦を続けるにもあと30分程度が限度といったところか。エジプト防空軍からのデータによると、未だ複数の敵機がエジプト領空内に留まり続けている。

「"バンカー"、"ウォーバード1"だ。あと30分以内が限度だ。我々の部隊に、ミサイルと燃料の用意をするよう知らせておいてくれ」

『ラジャー。応援の戦闘機が離陸準備中だ。もう暫く待ってくれ』


 9月23日 1137時 エジプト カイロ西空軍基地


 4機のF-16Cが立て続けに離陸した。いずれの機体も増槽を3基とAMRAAMを4発、サイドワインダー2発の防空戦仕様の装備だ。

 続いて、4機のラファールCが滑走路に着陸した。増槽もミサイルも無い、クリーンな形態。恐らく、ミサイルは撃ち尽くし、増槽は空戦のために砂漠のどこかに投げ捨ててきたのだろう。着陸したラファールはエプロンで簡易な整備点検を受け、燃料と兵装の搭載、パイロットの交代が行われると、再び飛び去って行く。


 エプロンに駐機しているE-7Aウェッジテイル早期警戒管制機のすぐ近くで、ゴードン・スタンリーは真っ黒なサングラスを額に上げ、左腕に着けたブライトリングの腕時計を見た。あと30分程度で、迎撃に向かった部下たちの戦闘機は"ビンゴ"を迎えるはずだろう。KC-10Aが離陸準備をしているが、これが必要になったとしたら、相当まずい事になっているということだけは確かだ。


 9月23日 1139時 スーダン 某所


「くそっ、思った以上に飛行機の損耗が激しい。これ以上やられると、これからの侵攻に影響が出る。航空攻撃部隊を一旦引き上げさせろ」

 グラント・ウォーマーズは航空作戦の責任者を呼び出し、こう命じた。J-16やSu-30MK2といった高性能な戦闘機を調達できたとは言え、エジプトでも随一の航空戦力を持つ国を攻め落とすのは容易ではない。

「了解です、ボス。地上部隊はどうしますか?」

「航空部隊の掩護が見込めない以上、進軍は一旦停止だ。補給はどうなっている?」

「Mi-8やZ-19といったヘリで燃料や食料、水の供給はできています。明日にはAn-70で大量の物資を送り込めます」

「了解だ。他には?」

「Su-30MKやSu-24MP、Su-24M2、Su-25SM3をカザフスタンの工場から調達できます。それぞれ10機ずつ。早ければ5日以内に揃うでしょう」

「それと、地上部隊の守りはどうなっている?あのままおいて置けば、敵の航空機のいい的だ」

「それについては抜かりありません。9K33ブークや9K330トール、そしてHQ-6Aで守りを固めています。巡航ミサイルでも飛んで来ない限り、そう簡単に攻撃されることは無いでしょう」

「よろしい。では、1500時に作戦運用部の連中を集めてくれ。体制を立て直して、今後の侵攻作戦の計画を練り直す。使える資産、調達できそうな資産を検討し、どういう作戦ならばエジプトを叩き、南部の油田や鉱山を占領できるか、最初からやり直す」

「了解しました」

 ウォーマーズは管制塔から自分の基地を見下ろした。各所はまだ工事中で、ブルドーザーやショベルカー、タイヤローラーが作業をしているのが見えるが、それも間もなく終わるはずだ。エプロンにはSu-25SM3攻撃機やJ-10C戦闘機、IL-78空中給油機の他、Y-8G電子偵察機の姿もある。

 そして、最大の目標はエジプトとスーダンの国境地帯にあるこのレアアース鉱山だ。ここを我が物としてしまえば、世界のレアアース市場のほんの一部ではあるが、我が物とすることができる。スーダン国内の金鉱山やダイヤモンド鉱山は既に手中にあり、一部の武器商人は、この金やダイヤによる支払いに応じている。

 一旦兵を引くが、これは続く更なる攻撃の予兆に過ぎない。数日後には、更なる苛烈な攻撃がエジプトを襲うことになるだろう。 

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