要撃
9月23日 1109時 エジプト上空
"ウォーバーズ"が放ったミサイルが炸裂し、J-10Bが鋼鉄の破片を食らって切り刻まれた。一部の機体は燃料タンクに複数の穴を空けられ、ジェット燃料をばら撒きながら墜落していく。
『こちら"ウォーバード4"。隊長、12時の方向に4機の敵機だ。距離は90マイル!』
AMRAAMで撃つには少し遠い距離だ。最新のAIM-120Dならば100kmを超える射程を持つために射撃が可能だが、残念ながら、今回持ち込んでいるのはAIM-120C-7だ。
『隊長、俺とレベッカに任せてくれないか?俺たちのミサイルならば、余裕で射程内だ』
ハンス・シュナイダーのタイフーンFGR.4とレベッカ・クロンヘイムのJAS-39Cには、射程100kmを超えるミーティア空対空ミサイルを搭載している。
攻撃はタイミングが肝心だ。敵に素早く接近し、絶妙な位置と距離から最大限の効果を発揮する攻撃を行い、反撃の隙を与えずに行う必要がある。そして、攻撃が終わった後は、敵の編隊が攻撃の継続を諦めざるを得ない程の損害を与えなければならない。
「"ウォーバード1"より各機へ。少し待って、1番機に続いてくれ」
佐藤は航空自衛隊にいた頃『ファイターウェポンコース』と呼ばれる教育課程を受けていた。この内容は、アメリカ軍など、西側の軍隊における戦闘機乗りに対して行われる教育課程と似通ったようなものでもある。
佐藤は頭の中で、敵機を撃つための最適な位置を素早くシミュレートした。最初の1撃を放ったら、即座に回避機動。一旦、敵から離れて再びシュートチャンスを覗う。これが最近"ウォーバーズ"が採用している戦術だ。気づかれる前に素早く敵に近寄り、最大限の効果のある攻撃を仕掛け、撃ったら即座に敵の攻撃範囲から逃れる。空中戦の神髄だ。
ウェッジテイルが離陸していれば、AEWからの誘導で自機のレーダーを使うことなく敵に接近できるため都合が良いが、今回はそうもいかない。おまけに、最初の攻撃で敵はこっちに気づいただろう。
『ウォーバード隊、聞こえるか?こちら、カイロ管区要撃管制司令部。コールサイン"バンカー"だ。君たちから見て12方向に敵機がいる。迎撃せよ。要撃コースを指示する』
「"バンカー"、了解した。奴らをぶっ飛ばす」
ウォーバーズの9機はエジプト空軍の要撃管制官からの指示を受け、綺麗に編隊を組んだ状態で、少し迂回してから敵の後ろに回り込むコースを飛んだ。敵が第4世代機や第4.5世代機を送り込んできている以上、正面で向き合ってのBVR戦闘を仕掛けるのはリスクが高いからだ。先ほどの攻撃が上手くいったのは、あくまでも奇襲による効果であり、敵がこちらの存在に気づいた可能性がある今は、同じ手は二度と使えない。
やがて、要撃管制司令部から送られてきたデータにより、戦術マップが更新された。こちらに向かって複数の敵機が向かってきているのがわかる。
『こちら"ウォーバード4"、敵機確認。だがまだこっちのレーダーの覆域外だし、ましてやミサイルも届かない』
「"ウォーバード1"より"4"へ。焦らず、"バンカー"の指示に従って接近すればいい。奴らの後ろに回り込んで、アクティブレーダーミサイルを叩きこむ。できる限り不意打ちして排除するんだ」
『"ウォーバード1"、こちら"バンカー"だ。君たちに新しい迎撃コースを指示する。確認してくれ』
ややあって、佐藤のF-15CのMFDに表示されている戦術マップのデータが更新された。数百キロ先にいる敵機の様子が丸わかりだ。そして、マップ上には要撃管制官が指示した迎撃コースも表示されている。
「"ウォーバード1"、迎撃コースを確認した。指示に従う」
9機の戦闘機は編隊を組み、先程よりも多少半径の小さい旋回を始めた。そして、お互いの距離をそれぞれ少しずつ距離を離していき、アローヘッドから、横一直線に並ぶアブレストに編隊を組み替える。これは遠距離攻撃を仕掛ける時に効果的と言われており、中長射程ミサイルによる一斉攻撃がやりやすく、敵が反撃を仕掛けるには味方同士の距離が遠くなり、目標が分散されるので、防御の面でも優れていると言われている。
9月23日 1112時 エジプト上空
ジェイソン・ヒラタはF-16Vのコックピットの中で周囲を見回した。どこまでも広がる青い空と、周囲に小さく散らばる雲以外、何も見えない。だが、よく目を凝らすと、僅かに隊長機であるF-15Cの姿が見えた。F-15の弱点の一つがこれだ。機体が大きい分、目が良いパイロットから目視で発見されやすい。しかし、佐藤勇のような、腕利きパイロットが乗るF-15は、敵に回すと非常に危険な存在だ。特に、高高度での機動性に関しては、世界で運用されている戦闘機の中でもトップクラスであり、アメリカ製の戦闘機の中では、F-22、F-35に次ぐ空戦性能を未だに有しているとされている。『高高度においてイーグルやフランカーにドッグファイトを挑むのは馬鹿者か、もしくは自殺志願者のやることだ』とも言われているくらいだ。
ヒラタは三沢基地に配属されていた時、北海道と青森県を挟む太平洋上で、千歳基地に所属するF-15J相手に頻繁に空戦訓練を行っていた。
ある日の訓練中、ヒラタと彼を引き連れていた編隊長は、偶発的に、北海道に棲む日本最強の動物、ヒグマの絵をあしらった2機のF-15J相手に偶発的にドッグファイトに持ち込まれた。しかも、そこは21000フィートという、F-15Jの"領域"とも言える高高度。そして実際には15分も無かったのだが、3時間とも思われる程長い後ろの取り合いが続いた。
そこでヒラタが目にしたのは、小さくてすばしっこいF-16CJに全く引けを取らないレベルで動く、自機の倍近いサイズの大型戦闘機だった。
当時、まだ中尉に昇進したばかりだったヒラタは、驚く程素早く動くF-15Jの姿だった。あんなにも大きな機体が、そのサイズからは想像もできないくらい俊敏に戦闘機動をする。
それを見たヒラタが想起したのは、日本の相撲の力士だ。彼らは一見、体が大きいだけで、愚鈍そうに見えるが、いざ取り組みが始まると予想外の速さで動き、相手を土俵の上から突き落としたり、投げ落としたりする。
その日の訓練はイーブンに終わった。ヒラタは被撃墜判定を食らった一方で、編隊長が1機撃墜の判定を出していた。その出来事が、後にヒラタのF-15に対する警戒心をつくることとなったのだが。
ヒラタは、今の編隊長の指示に注意を向けた。間もなく、次の矢を放つことになる。敵機の姿は、レーダーサイトからのデータリンクによって確認済みだし、そいつらはあと少しでAMRAAMの射程内に入る。AMRAAMは、あと3発残してあるし、ドッグファイトに持ち込まれても、サイドワインダーが2発ある。後は、どっちが先に最初の一撃を放つことになるかだ。
ディエゴガルシア島周辺の空域で、日頃からドッグファイトの訓練にはかなり多くの時間を割いてきたが、まともな戦闘機乗りならば、普通はドッグファイトにもつれ込むような状況は避けるのだが、混戦しているとどうしても敵機と自機との間隔が狭くなっていき、短射程空対空ミサイルの射程内に入り込む状況が生まれる。
『迎撃に上がった部隊へ。こちら"バンカー"だ。敵の増援は今のところやって来ていないようだ。だが、侵入している敵機はエジプト領空内に留まり続けている』
敵の目的が何であれ、ここで阻止しなければエジプト南部が空爆され、大きな被害が出てしまう。
『"バンカー"よりウォーバード隊へ。ターゲット方位177。そのままの高度で飛び続け、敵を攻撃せよ。それと、上がっている我々の戦闘機の一部をそちらの援護に向かわせる。IFF情報を認してくれ』
"ウォーバーズ"とエジプト空軍は一時的にIFFの情報を共有しているので、しっかりと友軍同士であるとデータ上で表示されるようになっている。そのため、友軍誤射をする可能性が低くなっていた。
"ウォーバーズ"を率いている佐藤勇は、F-15Cのコックピットからキャノピー越しに周囲の状況を窺い、続いてレーダー画面と戦術マップ、JHMCSⅡに表示されている情報を順番に確認した。自分たちの編隊から見て900マイル東の位置にエジプト空軍のラファールの編隊が飛んでいるようだ。そして、こちらから見て正面、方位177の位置に敵機の編隊がある。距離は240マイル、高度は9700フィート、マッハ0.9でこちらに向かって来ている。
わざわざこちらを撃つチャンスを敵にくれてやる理由は無い。いつも通り、先制攻撃を食らわせ、やられる前に殺す。これが"ウォーバーズ"のやり方だ。
9月23日 1114時 エジプト上空
味方にかなりの損害が出ているとはつゆ知らず、4機のMiG-21MFランサーAに乗っているキム・チョルジュは目標を目指し続けた。キムの任務は、このMiG-21MFで、エジプト南部に攻撃を仕掛けるSu-25SMTフロッグフットを護衛することだった。
このルーマニアで改良された新世代のMiG-21の同型機は、キューバ、シリア、パキスタン、ブラジル、ウクライナ、ベラルーシなどで大量に製造され、闇市場に溢れかえっている。キムの祖国である北朝鮮も、この戦闘機をウラニウム鉱石と引き換えに、パキスタンから大量に密輸していた。
国際的な武器の拡散に歯止めがかからなくなった現状は、北朝鮮、シリア、ベラルーシ、イランといった、ならずもの国家に大きな恩恵をもたらした。何しろ、個人顧客を装って大規模な武器の通販サイトにアクセスし、クリックして代金を振り込み、受け渡し場所を例えば第三国の、太平洋やインド洋に浮かぶ小さな島国などに指定すれば良い。
優良業者は、しっかりと期日に指定した場所に武器を用意してくれるし、代金の支払いも、例えば電子貨幣からレアメタル、レアアースなどの戦略的価値の高いものでの支払いも受け入れてくれる。
キムの祖国である北朝鮮は、武器の代金の支払いに鉱物を利用してきた。それも、極めて純度の高いウラン鉱石だ。北朝鮮の国内には、無数の天然のウラン鉱山が幾つも存在し、リスクを冒して海外から核物質を調達する必要が無い。北朝鮮は、それを利用して自国の核兵器を開発してきた他、それを高値で買い取ってくれる個人や国家に売りつけたりもしていた。
ウラン鉱石そのものでも、闇市場では非常に高値で取り引きされるため、武器の代金としては申し分ない"貨幣"として機能していた。
やがて、レーダー画面上にデータリンクで敵の情報がアップデートされた。スーダン北部に設置された、中国製の移動式パッシブフェーズドアレイレーダーは、極めて良く機能しており、このように上空を飛ぶ戦闘機とのデータリンク機能もある。よって、例え数少ないKJ-500早期警戒機が整備中だったり、場合によっては撃墜されたとしても、兵器の性能でこちらを上回ると思われるエジプト空軍に対しても互角の戦いに持ち込めると自分たちを率いるリーダー、グラント・ウォーマーズは請け合っていた。
MiG-21MFは、機体の大きさから、赤外線追尾ミサイルであるR-73のみが搭載可能で、視界外戦闘能力には欠けてしまうという、どうひっくり返しても逆らえない弱点はあるが、Su-35SやSu-30SMといった新鋭機に搭載されるスーラヘルメット搭載照準装置と、小型軽量の機体ゆえに元々から備わっている優れた機動性が、それを補うことができるはずだ。




