攻撃指令
9月23日 1023時 スーダン・エジプト国境付近
エジプト陸軍の機甲部隊と空軍のヘリ部隊がその知らせを受けたのは、ほんの10分前だった。スーダン北部から国境に向かって、正体不明の戦車部隊が向かってきている、と。
陸軍基地からBMP-1歩兵戦闘車とM1A2エイブラムズ戦車が動き出し、更にはAH-64Dアパッチ・ロングボウ攻撃ヘリまで動員されているが、その上空を援護する戦闘機はというと、数が足りずにすぐに回せないとの知らせが空軍から来た。
「くそっ、こんな時だと言うのに、空軍は援護を出せないだと!」
戦車中隊を率いるサリム・アブー・マキリ少佐は吐き捨てるように言った。エジプトがこれだけの軍を動員するのは、実に中東戦争以来となる。しかも、相手はスーダン軍では無く、正体不明で重武装のギャングもどきだという。
「少佐、戦闘機は来ませんか?」
「ああ。どうやら、敵の攻撃機を迎撃に行くので手一杯らしい」
「でも、少佐。おかしくないですか?スーダン空軍は、ミグやその中国製コピーの戦闘機を持っていますが、どれも数が少なく、我々が持つF-16やラファールに対抗できるほどの近代化改修もされていないはずです。それなのに・・・・・」
突如としてジェット機の轟音が聞こえてきた。マキリ少佐は、はじめは空軍のラファールかF-16がやってきたのかと思った。しかし、遠く上空を見ると、見たことが無い、細いデルタ翼の飛行機が編隊を組んでこちらに向かってくるのが見えた。
「くそっ、敵機だ!」
兵士の一人が、装甲車の中からスティンガーミサイルのランチャーを抱え、慌てて出てきたが、エジプト陸軍の戦車部隊にとって、その行動は余りにも遅すぎた。
4機編隊で降下してきたJ-10BがFT-2誘導爆弾を連続して投下し、即座に上昇してその場から離脱した。エジプト陸軍部隊の戦闘車両は全く反撃ができないまま、鉄屑と化していた。
9月23日 1027時 エジプト 防空司令部
「くそっ!どこが突破された!?」
司令部で叫んだのは、マームード・アル・カミリ中将だ。
「南部のアブシンベルの防空陣地がやられました!敵機は真っすぐ来たを目指しています!」
「出撃させられる戦闘機は!?」
「アスワンの基地もカイロの基地も、殆ど出払っています!今、地上にある機体は、殆ど整備中と言っていいでしょう。それに、カイロの基地の機体は、万が一、敵機が首都上空に到達しそうになった場合に備え、ある程度温存する必要があります。しかし・・・・・」
「何かあるのか?」
「将軍、現在、わが軍は各地から傭兵を招聘して訓練をしているのはご存じですよね?」
「ああ。陸軍、空軍、防空軍が傭兵相手に演習をしているのは把握している」
「この際、連中に防空任務を肩代わりしてもらうのはどうです?奴らの評判はかなりのものですし、事前に目を通した資料の内容は間違いありません」
「ふむ・・・・。それで、その連中はどこにいる?」
「カイロ西空軍基地に戦闘機を主体とした傭兵組織。連中は首都防空部隊と訓練を行っています。それから、防空軍と演習を行っている連中もいます。そいつらは、SAMを数セット、実弾込みで我が国に持ち込んでいます」
「わかった。連中が配置されている基地と連絡は取れるか?」
「勿論です」
「すぐに連絡しろ。その傭兵連中のボスと話がしたい」
9月23日 1033時 エジプト アスワン
エジプト防空軍と演習を行っていた傭兵部隊"ブラックマウンテンズ"は、既にエジプト領侵攻の知らせを受け、独自にミサイルを引っ張り出して迎撃態勢を整えていた。
連中はかなりの数のPAC-2GEM、S-300、NASAMS、アベンジャー防空システム等と、標的用無人機を持ち込んでいた。この連中は実弾射撃訓練も兼ねていたので、かなり大量の地対空ミサイルの実弾を持ち込んでいた。
「畜生!どうしてこんなことになるんだ!?こんなの、契約には入って無かったぞ!」
"ブラックマウンテンズ"のボス、ジョゼフ・ガーフィールドは、自らパトリオットミサイルの火器管制システムのソフトウェアの調整を行っていた。
「ボス、仕方ないです。それに、何とかしないと、我々までやられてしまいますよ!」
「ああ、全くその通りだが、頭ではわかっていても、納得いかん!」
「ボス、S-300は全て発射準備完了とのことです。PAC-2やNASAMSも間もなく射撃準備完了します」
重々しい音を立て、"ブラックマウンテンズ"の2K22ツングースカ自走対空システムが動き出した。実際、こいつが射撃を開始したとなると、自分たちは既に敵の戦闘機の地対空ミサイルの射程内に入ってしまっており、この2つの機関砲が23mm砲弾を空に向かってばら撒き始める前に、AGM-65マーベリックやKh-29ケッジといった空対地ミサイルによって、こっちがやられてしまっているのだが。
9月23日 1035時 エジプト カイロ西空軍基地
"ウォーバーズ"が使っている掩体壕区画では、俄かに人の動きが慌ただしくなっていた。整備員たちがF-15に搭載されたパイソン5やAMRAAM、そして機体アクセスパネルを開閉して戦闘機の様々な箇所を入念に調べている。
"ウォーバーズ"の戦闘機パイロットは出撃準備完了といったところだが、エジプト空軍から正式に出撃の許可や援護の要請が出るか、ボスであるゴードン・スタンリーが出撃の判断を下さない限りは機体を離陸させることはできない。
「ボス、こっちはいつでも出撃OKなんですがね。エジプト空軍は何も音沙汰無しですか」
掩体壕の中に置かれた、MiG-29Kフルクラムのストレーキの上に座っているオレグ・カジンスキーがエプロンを歩いているゴードン・スタンリーに話しかける。
「まだだオレグ。エジプト空軍から出撃許可が出ていない。それに、俺が判断を下すのは、本当に後が無くなってしまった時だ」
「そうは言ってもですね・・・・・・」
そこで、カジンスキーはこちらに近づいてくる人物に気づいた。この基地の司令官である、サイード・バリス大佐だ。
「スタンリー司令官」
「バリス大佐」
スタンリーがバリスに敬礼し、バリスが答礼する。そして、バリス大佐は"ウォーバーズ"の戦闘機が収められた掩体壕をざっと見渡した。
「もう既に知っているだろうが、我が国に正体不明の軍用機が侵入し、攻撃を仕掛けてきている。軍の最高司令部は、防空軍と演習をするために地対空ミサイルを持ち込んでいる傭兵部隊に対して既に防空戦闘への協力要請を出した。そして、君たちへの防空戦闘における協力要請を出したいそうだ。スタンリー司令官、これを。空軍の上層部が君と話をしたいそうだ」
バリスが差し出したのは衛星通信機だ。スタンリーはそれを受け取り、ヘッドホンとつなげる。
「もしもし?」
『私は防空司令部のマームード・アル・カミリ中将だ。君が"ウォーバーズ"のゴードン・スタンリー司令官かね?』
「ええ、そうです」
『これより、君たちにエジプト領空に侵入しつつある武装勢力の航空機を排除するための協力を要請する。君たちは、あらゆる手段を使用して、脅威と判定される航空機を自分たちの判断で攻撃することを許可する。これは、エジプト空軍及び、エジプト防空軍からの緊急措置としての要請である。この要請は、我々が君たちの協力を不要と判断した時、あるいは我々がこの危機的状況を完全に回避可能と判断した時に無効とするものとする。以上だ』
「わかりました」
『それでは、早速だが取り掛かってくれ。まずは、君たちの戦闘機を急いで出撃させるんだ』




