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地中海上の演習

 9月28日 0911時 エジプト カイロ西空軍基地


 F-16Cに次々とAIM-9MサイドワインダーやAIM-120C、増槽が搭載されていく。エジプト国内の各空軍基地では4機の戦闘機が常に出撃可能な状態で整備され、スクランブル発進に備えていた。一方で、このカイロ西空軍基地に滞在している"ウォーバーズ"は独自に戦闘機に兵装を搭載させていつでも出撃可能な状態にしているものの、エジプト軍との折衝の結果、軍が支援を受ける必要がある時のみに呼び出しを行う、ということが決定された。


 しかしながら、"ウォーバーズ"としても通常の飛行訓練を疎かにする訳にはいかなかった。そのため、スタンリーがサイード・バリス大佐と交渉した結果、通常の飛行訓練を行う許可は取り付けることができた。

 偶発的な接敵を避けるため、"ウォーバーズ"が飛行訓練を行う空域はエジプト北部の地中海沿岸空域が割り当てられた。


 エプロンから"ウォーバーズ"の戦闘機がぞろぞろと移動し始めた。増槽とシーカーだけが搭載された近距離空対空ミサイルの模擬弾、増槽、そして一部の機体には空戦機動の計測・記録を行うACMIという装置が取り付けられている。


『カイロタワーより"ウォーバード1"へ。ランウェイ16への進入を許可する』

「"ウォーバード1"了解。ランウェイ16へ向かう」

 佐藤勇は未だなおアナログ計器が大半を占めるF-15Cのコックピットを見た。しかしながら、アメリカ空軍でMSIPⅡと呼ばれる改修を施され、この慣れ親しんだ機体とも間もなくお別れとなる。スタンリー司令官は、手持ちの4機のF-15に対してF-15CX及びF-15EXへ改修する契約と、新造のCX機とEX機を購入する契約をアメリカのメーカーと結んだ。それには、佐藤勇、ウェイン・ラッセル、ケイシー・ロックウェルの3名の機種転換訓練も含まれている。


 佐藤は一度、滑走路の端でF-15Cイーグルを停止させた。すぐ隣にはニコライ・コルチャックが乗るSu-35Sフランカーが並ぶ。改めて見ると、とても大きな戦闘機だ。空戦訓練をしていると、コルチャックのこのフランカーだけはいとも簡単に目視で見つけることができる。一方で、ジェイソン・ヒラタのF-16Vファイティングファルコンやレベッカ・クロンヘイムのJAS-39Cグリペンは目視で見つけるのは難しい。

 佐藤は一度、JHMCSⅡのバイザーを上げ、眼鏡を調整した。空中戦の訓練中にズレが起きないよう、今のうちにしっかりと顔にフィットさせておかねばならない。そしてHUDと計器に目をやり、一度、ブレーキをかけたままエンジンの出力をミリタリーパワーまで出力を上げた。

『カイロタワーより"ウォーバード1"、離陸を許可する。離陸後は周波数121.22でレーダーサイトとコンタクトせよ。その後、1万2000フィートまで上昇し、方位010で訓練空域へ向かへ。以上だ』

「タワー、"ウォーバード1"了解。離陸する」

 佐藤はF-15Cのスロットルレバーを前に倒し、ブレーキをリリースした。F100-PW-220Eエンジンの強烈な推力が大きな戦闘機を一気に加速させる。このエンジンは比較的古いタイプになるが、F-15CやF-16C用のエンジンとして未だに広く生産、取り引きされている。

 戦闘機がステルスや電子戦の時代に入って久しいが、空力面だけの話ならば、F-15こそ最高の戦闘機の一つだと佐藤は信じて疑わない。何度かF-16DやSu-27UBM、JAS-39Dを操縦させてもらったことはあるが、やはりF-15Cほどの"楽しさ"を感じることは無かった。


 9月28日 0916時 エジプト 地中海沿岸上空


 "ウォーバーズ"の9機の戦闘機はあっという間に訓練空域に到達した。今朝のブリーフィングにおいて、注意事項として地中海でフランス海軍空母戦闘団が戦闘態勢で航海を行っているため、間違って接近しないようにとの警告を受けていた。

 勿論、ヨーロッパ諸国はエジプトで現在起きている事態は把握済みであるが、決して干渉することは無いだろう。NATO加盟国諸国は欧州に引きこもって防衛することと、コソボに平和維持軍兼停戦監視部隊を派遣することで精いっぱいな状況だ。そのフランス海軍空母戦闘団は、バルカン半島におけるミッションを行っている最中だろう。


 佐藤はデータリンクでウィングマン3機が所定の配置につき、距離を取って編隊を組んでいることを確認した。アグレッサーを務める5機は、一度東側に向かって飛行してから会敵する予定となっている。

 今回、佐藤の僚機を務めているのはジェイソン・ヒラタとパトリック・コガワ、ニコライ・コルチャックだ。相手側の編隊長はMiG-29Kに乗るオレグ・カジンスキー。油断ならない相手だ。勿論、普段からディエゴガルシア島周辺で空戦訓練をしている相手だけに手は知り尽くしてはいるが、それは向こうも同じことである。


 オレグ・カジンスキーは自分を含めた5機を、それぞれ3機と2機の編隊に分けた。そして、お互いを援護しつつ、まずは1番機を狙うと僚機たちに告げた。

「"ウォーバード5"より各機へ。まずは隊長機を落とすぞ。周囲の僚機に気を付けつつ、高低差を利用して2つの編隊で挟み込む」

『"ウォーバード6"了解』

『"7"』

 MiG-29KやF-15Eがコンバットブレイクして僚機との距離を取り始めた。固まっていればあっという間に"敵機"の餌食になってしまう。搭載しているのは短射程空対空ミサイルの模擬弾やAN/ALQ-188訓練用電子妨害ポッド、増槽だ。

 "ウォーバーズ"の戦闘機乗りたちは、常日頃から航空作戦における様々な戦術を研究、実践、評価をしているため、非常に腕が立つ。お互いの実力は、ほぼ五分五分と言っても差し支えないが、その中でも頭一つ抜けた実力を持っているのが"ウォーバード1"こと佐藤勇だ。

『畜生。隊長が"敵側"だって?俺は一度もあいつにキルコールができた試しが無い』


 ワン・シュウランはカジンスキーの指示通り、離れた場所で待機していた。僚機を務めるのは、レベッカ・クロンヘイムが乗るJAS-39Cグリペン。

 この訓練に関する注意点として、地中海の公海上でイタリア海軍空母艦隊とフランス海軍揚陸艦隊が合同演習を行っており、その演習エリアに接近しないようにとのことだった。下手に接近すれば、イタリア海軍のF-35B戦闘機が即座に迎撃しに向かってくるだろう。

 一番良いのは、エジプト領空外まで進出しない事だ。勿論、この訓練ではそう規定されていたし、領空外に出そうになった場合は即座にエジプト空軍の管制官が警告を発するだろう。


 9月28日 0922時 地中海 エジプト領空


 "ウォーバーズ"のパイロットたちによる演習が続いていた。最初に撃墜判定を食らったのはレベッカ・クロンヘイムのJAS-39Cグリペン。ACM訓練用ソフトウェアが、AIM-120Dを食らったと警告音を出した。

『くそっ、誰よ全く!信じられない!』

 クロンヘイムは毒づいて周囲を見回した。勿論、機体にはデジタル式の演習ミッション用のソフトウェアがインストールされているため、デブリーフィングで経過を確認すれば、誰が自分を"撃墜"したのかはわかる。

 クロンヘイムは規定通り、カイロ西空軍基地へと機首を向けた。他の8機は未だに空戦をしている途中なので、彼女は野郎どもをその空域に置いて帰ることにした。


 佐藤勇は珍しく苦戦していた。ついさっき、クロンヘイムのグリペンを"撃墜"したのだが、今度は遠くからAMRAAMとR77を矢継ぎ早に撃たれ、僚機共々、追いかけまわされているという状況だ。

『隊長、上昇して奴らを撒こう!』

 佐藤はヒラタの提案に乗り、F-15Cの操縦桿を引いた。3機の僚機が距離を離しつつも、隊長機である自分に追随してくるのがちらりと見える。HUDのGメーターと高度計の数値がじわりじわりと増えていき、操縦桿とスロットルを握る腕に強烈な加速重がかかる。後ろを見るために首を動かすことができず、レーダー警戒モードに切り替えておいた多機能ディスプレイとHUDの表示に注意を向けるのがやっとだ。勿論、僚機である3人の仲間も、同じような状況なのだ。


 オレグ・カジンスキーは僚機のユーロファイターをちらりと見た。実は、この戦闘機に乗るハンス・シュナイダーは、エジプトにやって来る少し前にトランシェ2仕様の機体からブロック3B仕様の機体に乗り換えたのだ。紆余曲折あったものの、開発した4か国がトランシェ4仕様の開発と調達が軌道に乗り始めたため、一部のトランシェ3及びトランシェ3B仕様の機体が市場に流れ始めたのだ。

 シュナイダー曰く、転換には殆ど訓練を必要とせず、トランシェ2仕様に慣れているパイロットならば、すぐに乗りこなせるとのことだった。


 カジンスキーは目の前の"標的"に集中した。F-15CとF-16V。見たところ、かなりのGをかけているのがわかる。それもそのはず、さっきまでカジンスキーとシュナイダーは、機体に限界ギリギリのラインまで荷重をかけながら"標的"を追尾していたのだ。しかし、如何に鍛え上げられた戦闘機パイロットであっても、個人差はあるものの、Gに耐えられる時間の限界というものがある。視界が狭まるのを感じたところでカジンスキーは追跡を諦めた。

「くそっ」

 フルクラムにかけていた加速重をゆっくりと抜いていく。すると、F-15CとF-16Vが緩やかに旋回し、一度水平飛行に入った後にスプリットSでターンして離れて行くのが見えた。

 勿論、これが実戦だったら多少の無理をしてでも敵機を撃墜しにかかったであろう。しかしながら、これはあくまでも演習だ。こんなことでブラックアウトを起こして命を失う訳にはいかない。

『オレグ、無理はするな』

 シュナイダーの声が無線から聞こえてきた。

「ああ、くそっ」

 流石にオーバーGの状態にならなかったが、機体にかなり大きな負荷をかけてしまったことはカジンスキーくらいのパイロットになれば感覚でわかってしまう。彼自身の感覚で言うならば、8G以上の荷重をかけてしまっているはずだった。

 後で整備隊に大きなGを機体にかけてしまったことを報告しておかなければならない。カジンスキーはそう自分の頭の中にメモを残しておいた。

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