熱砂の要塞
9月26日 1603時 エジプト カイロ西空軍基地
滑走路に1機のC-17AグローブマスターⅢ輸送機がタッチダウンした。尾翼にはライフル銃を足で掴む白頭鷲のイラスト。"ウォーバーズ"の所属機だ。このC-17Aはディエゴガルシア島を離陸し、途中、イスラエルに降りて荷物を搭載してからエジプトにやって来た。
C-17Aはエジプト空軍の管制官とマーシャラーの指示に従い、"ウォーバーズ"が仕様しているエプロン区画へとタキシングしていく。エプロンではゴードン・スタンリー司令官と佐藤勇飛行隊長が出迎えに来ていた。
「やあ、お疲れさん。道中はどうだったか?」
スタンリーがC-17Aのパイロットであるハワード・コーベンに話しかけた。輸送機の後部ランプが開き、"ウォーバーズ"の地上クルーたちが荷物を下ろして格納庫へと運び込んでいく。
「イスラエル人たちは親切にしてくれましたよ。それにしてもボス、また随分とおもちゃを買い足しましたね。他に注文はありますか?」
「早速で悪いが、またイスラエルとの間を往復してもらうことになりそうだ。これを見てくれ」
スタンリーがコーベンにタブレット端末の画面を見せた。兵装や戦闘機の予備パーツ、治具の注文リストだった。
「わかりました。それで、いつ頃受け取りに向かえばいいですか?」
「品物が揃うまで3、4日ほどかかるようだ。それまでここでゆっくりしていくといい」
「ところで、またトラブルですか。どうして俺らはこんな事ばかりに巻き込まれるんですかね?」
「さあ、誰かが貧乏神なんだろうな。こういうトラブルを平気で呼び寄せているんだろ」
「勘弁してくださいよ、ボス。基地の方は、問題ないそうです。オルガたちがしっかりと守ってくれていますよ」
「了解だ。それでは、特に連絡があるわけでは無いから、少しの間だが、居住区で休憩していてくれ」
掩体壕の中には、細長い電子機器が運び込まれていた。これは、イスラエル製のEL-8212という電子戦システムで、アメリカ製のAN/ALQ-99やALQ-249のように、敵のレーダー施設や通信施設に対して妨害電波を仕掛けることができる。この装置最大の特徴は、搭載する機体を選ぶことが無いのだ。F-15でも、F-16でも、F/A-18でも、胴体や翼の下に搭載するだけで、簡易的な電子攻撃機に転換することができる。
「こいつの操作は簡単だ。いつも訓練で使っている、ALQ-188やALQ-131と操作方法は全く同じ。違うのは、こいつが発信するのは模擬的な訓練用の妨害電波じゃないで、本格的に敵のレーダーや通信機器に目くらましができるというところだ」
スペンサー・マグワイヤが佐藤勇、パトリック・コガワ、ジェイソン・ヒラタらにEL-8212の使い方をレクチャーしていた。
「なるほど。俺のフランカーやオレグのフルクラムにそいつは搭載できないのか?」ニコライ・コルチャックがマグワイヤに訊く。
「残念ながら、こいつのアンビリカル端子やサスペンションラグはNATO規格だ」
「そうか。それなら、仕方が無いな」
立て続けに鳴ったアフターバーナーの轟音が彼らの会話をかき消した。エジプト空軍のラファールCが上空哨戒のために離陸したのだ。カイロやルクソールといった大都市の近郊では、防空軍の地対空ミサイルが配置され、テロリストの攻撃に備えている。このような状況になれば、いつ、どこから敵が侵入し、攻撃してくるかわからない状況と言っても過言ではないのだ。
9月26日 1617時 エジプト南部上空
1機のE-2Cホークアイ早期警戒機がターボプロップの軽快な音を立てながら、砂漠の上を飛行していた。太陽は西の方に向かい始め、間もなく夜のとばりが降りてくるはずだ。
E-2Cのキャビンでは空軍のクルーがレーダー画面とにらめっこをしていた。このような状況でありながら、エジプトに向かう民間航空会社の旅客機の数は極めて多い。エジプト航空当局は、ICAOとIATAに対して、旅客機が限定的な戦闘に巻き込まれる危険性が高いと通達していたものの、旅客便が減少する様子は無さそうだった。
「くそっ、こんな中から怪しい飛行機を見つけろとでも言うんですか?冗談きついですよ」
新米クルーであるムハンマド・ラッシード・アッバス三等軍曹は、レーダー画面に映る無数の輝点を眺めながら言う。この輝点の全てが、E-2Cのレーダーの覆域を飛行している飛行機なのだ。
「よし、俺が教えてやる。いいか、この飛行機が南北に連なっているラインだが、これが民間機の航路だ。基本的には、軍の飛行機の航路や訓練空域はここと重ならないように設定されている。勿論、カイロ西空軍基地に向かう民間機は、アプローチに入ったらこの航路を通ることになる。だが、この航路から外れた飛行機がいた場合は要注意だ。勿論、フライトプランを提出している小型飛行機ならば話は別になる。それと、トランスポンダーの信号も確認しろ。民間機ならばモードCの信号を発しているはずだ」
「わかりました」
「とにかく、民間機の航路から外れた機体を見つけたら知らせろ。もしそういう飛行機を見つけたら、そいつから目を離すな」
9月26日 1622時 スーダン某所
薄暗くなり始めた砂漠の上空にY-8輸送機が現れた。Y-8のクルーはトランスポンダーを完全に切り、周囲の航空機や航空管制レーダー、空港に自分が飛んでいることを一切知らせずに飛行していた。極めて危険な行動ではあるが、この中国製の中型輸送機を操縦しているパイロットは数え切れないくらい同じようなことをしていたため、何一つ気にかけるような事は無かった。
パイロットの蒋浩宇は慣性飛行装置とGPSを使い、予定通りのポイントに到達したことを確認した。そして、予め決められていた通りにビーコン信号を送信する。暫くすると、無線から声が聞こえてきた。
『"ライバーン1"こちら"ネスト"。聞こえるか?』
「"ネスト"、こちら"ライバーン1"。感度良好」
『"ネスト"より"ライバーン1"へ。こちらのレーダーで捉えた。これより滑走路へ誘導する。こちらの指示に従え』
「"ライバーン1"了解」
9月26日 1624時 スーダン ドンゴラ空港
滑走路に大きなジェット輸送機がかなりの勢いをつけて着陸した。その輸送機は滑走路上でエンジンを逆噴射させ、急減速させる。輸送機は真っ白に塗られ、マークやロゴはおろか、飛行機の国籍を示すレジナンバーすら描かれていない。
このY-20輸送機はゆっくりと貨物ターミナルに向かってタキシングを開始した。貨物ターミナルでは、自動小銃を持って武装した兵士の姿が何人も見える。
Y-20はターミナルに到達して駐機すると、即座に後部ランプを開いた。中から出てきたのは、主翼を取り外されたSu-30MK2戦闘攻撃機だ。その機体の主翼は、続いて着陸した別のY-20のカーゴベイの中に入れられている。
グラント・ウォーマーズは、空港の管制塔の上から部下たちが届いた荷物を点検し、格納庫へと運びこんでいる様子を見ていた。
やがて、滑走路に2機の飛行機がタッチダウンした。二時間程前に訓練飛行に向かったJ-16EW電子攻撃機だ。更に東の向こうからも機影が見える。恐らくはJ-16EWと共に訓練に出かけたJH-7やSu-27SKだろう。
作戦計画の進捗は上々だった。タイムラインも完成間近で、間もなく侵攻作戦は実行可能となる。
エジプト南部の軍の施設、飛行場、レーダーサイトなどは徹底的に破壊する予定だが、強奪するはずの鉱山やガス田、油田はターゲットから全て除外していた。もし、それらを破壊してしまった場合、この攻撃計画そのものが意味をなさなくなる。油田や鉱山は無傷で手に入れなければならない。
そして、それらを手に入れた暁には、天然資源を闇市場に流し、それを使って資金を手に入れ、この統治する政府が無くなった国を自分の王国とするのだ。




