物資補給とスポンサー
9月26日 1001時 エジプト カイロ西空軍基地
基地では緊急のブリーフィングが開かれていた。何でも、スーダンから例の正体不明の中規模な地上部隊と航空部隊が侵入したらしい。国境付近に配置されていた軍の部隊が迎撃に向かったが現場は混乱しており、旗色も悪い、という程度した把握できていない。
「詰まるところ、敵は大規模なECMを仕掛けてきており、そのせいで通信がうまく繋がらず、現地の状況を把握できていない状況だ。わかっていることは、例の敵がかなりの規模で侵攻してきたという点だけだ。また、我々のE-2Cホークアイを2機、事態掌握のために出撃させたが、そのうちの1機と連絡が取れなくなっている。恐らく、撃墜されたか、電子妨害のために通信が繋がらなくなっているかのどちらかだろう。諸君は状況を偵察し、可能であれば侵入者の排除を頼みたい。スタンリー司令官、当面のところ、君らはバックアップとして基地で待機してもらいたい。空軍総司令部に問い合わせたが、我々が主力となって対応せよとの命令を受けた。君らには不本意だろうが、それでも可能であればいつでも出撃できる状態にしてもらいたい。以上だ。解散」
基地の一角、"ウォーバーズ"が占拠している掩体壕とエプロン、弾薬庫がある1角では戦闘機が整備を受けていた。ローダーでAMRAAMやミーティア、R77といった兵器が弾薬庫へと運ばれる。これらの兵装はヨルダンの兵器市で調達して運び込んだものだ。
整備員たちが運び込まれてきた兵器の検品をしていた。タウルスKEPD350、Kh-59、AMRAAM、R73といったミサイル。更にはMk82、Mk83、Mk84、FAB250、FAB500など各種汎用爆弾とJDAM、ペイブウェイ、LJDAM、KABの改装キットなども運び込まれてくる。
「やっぱりこいつも無いと、張り合いが無いよな」
ジェイソン・ヒラタは列車のように連なったウェポンローダーに載せられた、円筒形の物体に右手を置いて言った。CBU-97SFWで、ヒラタのお気に入りの兵装だ。この爆弾が投下されると、10個のユニットが分離し、更にそれぞれのユニットからは4つの"スキート"と呼ばれる子爆弾が分離される。
"スキート"には赤外線センサーが搭載されており、そのセンサーが車両のエンジンなどの熱源を捉えると"スキート"が爆発し、自己鍛造弾を放つ。自己鍛造弾は高温のまま地面の車両の上部から貫くのだ。
オスロ条約の影響からか、このクラスター爆弾は軍向けの製造は減少しているが、傭兵組織からは注文が殺到しているために生産ラインは健在だ。
「おいおい、あれ、見てみろよ」
技術班を手伝って兵器の検品をしていた佐藤勇が指さす先をヒラタが見た。C-5Mギャラクシーから出てきたのは、全長5.6m、直径40cmの超巨大な爆弾だ。これはGBU-28バンカーバスター。"ウォーバーズ"が保有する機体の中で、これを搭載・運用できる戦闘機はF-15Eストライクイーグルのみだ。
「うわっ、本気かよ。何かの冗談にしか思えないが、奴らが地下深くに基地を構えている可能性を考えると、使う場面は出てきそうだな」
ヒラタはローダーに載せられて兵器庫へと運ばれていく巨大な爆弾を目で追いながら言った。
9月26日 1011時 エジプト南部 アスワン上空
4機のMiG-29M2が4機、編隊を組んで哨戒飛行をしていた。センターパイロンに増槽を搭載し、R73とR77の2種類の空対空ミサイルを4発ずつ吊り下げている。
上空を哨戒飛行する空軍の戦闘機部隊は、地上のレーダーサイトやバックアップのために警戒飛行を行うE-2Cホークアイ早期警戒機と連携し、再度不審な航空機が領空内に入り込んできていないか確認していた。
9月26日 1014時 スーダン北部 ワジ・ハルファ郊外
付近に幹線道路も建物も無い、広大な荒れ地に大きなトラックやトレーラー、ジープ、SUV、タンクローリーなどが混在するコンボイが現れた。この車列は一定間隔を空けて停止し、車のドアが開くと砂漠用の迷彩服を着て自動小銃を持つ集団が降りてきた。
トレーラーに積まれていたタイヤローラーが下ろされ、荒れていた地面を手早くならしていく。瞬く間に2000mの急ごしらえの仮滑走路が完成した。最後に対空レーダーを搭載した車両がその脇に停車する。
テロリスト連中は滑走路の状態を慎重に確認した後、素早く無線機を取り出し、上空を飛ぶ輸送機と連絡を取った。
「"フォーゲル1"、こちら"ネスト"。ランウェイオープン。こちらで誘導する」
『"ネスト"。こちら"フォーゲル1"だ。計画通り、一度滑走路上をローパスした後に旋回し、タッチアンドゴーを行ってから着陸する』
当然ながら、この急ごしらえの飛行場にはILSも無く、誘導に使われるのはトラックやジープに搭載された移動式の対空レーダー、誘導レーダー、ビーコン機能付きの無線装置だけだ。おまけにアスファルトで舗装すらされていないため、着陸できるのはC-130などの中型のターボプロップ機が関の山だ。
やがて暑い砂漠の陽炎の向こうから現れたのは、ウクライナ製のターボプロップ輸送機、An-32Pだ。この輸送機は汎用性に富み、様々な国の軍や省庁、果ては民間の航空会社にまで採用されている。
An-32Pは無線で知らせた通り、一度滑走路上空のやや低いところを通過してから地平線の向こうへと飛び去り、遠くを旋回し始めた。
「"フォーゲル1"、こちら"ネスト"。タッチアンドゴーと着陸の際はビーコンで誘導する。確認せよ」
『"フォーゲル1"了解。信号を確認したらコールする』
An-32Pは旋回し、パイロットはビーコン信号を確認した。ILSほど精密な着陸進入誘導はできないが、こんな場所にそれを設置するのは難しい。おまけに、そんな大規模な飛行場を建設していれば、必ずや誰かに怪しまれる。機長と副操縦士は管制官の指示に従い、舗装されていない滑走路にタッチダウンした。An-32Pはその場で回頭し、マーシャラーの誘導に従って滑走路の反対側の端までタキシングを行い、離陸に備えて旋回して、エンジンを回したまま停止する。
An-32Pのドアが開くと、中から武装した連中がぞろぞろと現れた。全員がグラント・ウォーマーズの仲間たちだ。
「スーダンにようこそ、ミスター・ラヴォーチキン」
この連中を迎えに来たのは、エフゲニー・ラヴォーチキンという名のロシア人だ。ラヴォーチキンは、かつてロシア緊急事態省の特殊部隊アルファに所属していた。
「君は誰だ?ウォーマーズはどこにいる?」
「私はフリオ・ポルテサ。ボスからあなたを迎えに来るよう言われました」
「ふむ、そうか。さて、早速で悪いが、ビジネスの話を・・・・・」
「これですね。わかっております」
ポルテサはジャケットから小切手を差し出した。それにはかなりの金額が書かれている。ラヴォーチキンはそれを受け取り、内容を確認してから自分のカバンにしまい込んだ。
「随分用意がいいな」
「全てボスの命令通りにしているだけです」
「そうか。それで、ここからの移動方法は?」
「既に用意してあります」
その言葉通り、飛行場の北側からヘリのローター音が聞こえてきた。やって来たのはMi-24PハインドとMi-8ヒップが6機ずつ。
「随分と豪勢だな」
ラヴォーチキンがヘリを双眼鏡で眺めながら言う。
「ここを守る部隊が必要でしたから。飛行機は我々がここで預かります。勿論、燃料の補給や機体の整備も済ませておきます」
「費用は?」ラヴォーチキンがポルテサをやや睨むようにして言う。
「我々持ちです。あなたは大切な客故、しっかりもてなすようにとボスが」
「なるほど」
程なくして、砂塵を巻き上げながらヘリが着地し、客人を乗せてから飛び去った。ラヴォーチキンはウォーマーズのスポンサーの一人だ。このラヴォーチキンという男、株の不正操作や資金洗浄など、経済犯罪のプロであり、複数の国から指名手配されていた。
今回、ラヴォーチキンがウォーマーズの作戦に協力することを決めたのは、ウォーマーズが強奪するつもりでいる鉱山やガス田、油田の利権のためだ。それに、ラヴォーチキン自身、このようなテロ活動に資金援助をすることを好む人間でもある。後は、邪魔者さえ現れなければ問題が無いだろう、とラヴォーチキンは考えながら、ヘリの窓から、殺風景な砂漠を見下ろしていた。




