厳戒態勢
9月21日 1003時 エジプト ナイル川沿岸の砂漠上空
"ウォーバーズ"のCV-22BとHH-60W、AH-64Eが編隊を組んでやや高いところを飛んでいる。その編隊から2km程西に離れた位置に、エジプト空軍のAH-64DやUH-60A、Mi-8の姿も見えた。
デイヴィッド・ベングリオンはアパッチのコックピットから広大な砂漠と、世界一長い川を眺めていた。時折、小さな集落もちらほら見える。ここをフライトしているとイスラエル空軍にいた頃を思い出す。ベングリオンはこのアパッチに一緒に乗っているデイヴィッド・ベングリオンと共に、現役の空軍兵だった頃、パレスチナのテロリスト組織の隠れ家にヘルファイアミサイルをぶち込んで帰るという仕事を毎週のようにこなしていた。
大抵の場合はアウトレンジから攻撃するので、空に向けて放たれるRPGを見ては馬鹿にしていたが、時折、SA-7やSA-16などがアパッチの近くを飛び去るという恐ろしい体験もしていた。
『"パイソン1"より"アナコンダ"へ。そちらに異常は無いか?』
「"パイソン1"、こちら"アナコンダ"。今のところ、ロングボウレーダーでもTADSSでもおかしなものは捉えていない」CV-22Bオスプレイの機長、ロバート・ブリッグスの声にシモン・ツァハレムが答える。
『了解だ。上に見張りが付いているとはいえ、あまり油断できない状況だな。戦闘機でも飛んで来たらひとたまりもないぞ』
「だから我らがボスと、戦闘機の援護が付いているんだろ。それに、こんなところまで敵が侵入してきていたら防空レーダーが捉えているだろ」
『おいおい、UAEでのことを忘れたのか?奴らがSu-57やJ-31といったステルス戦闘機を持っていたら、地上のレーダーサイトはおろか、こっちのAWACSのレーダーで捕捉できるとは限らないだろ』
「確かにな。用心するに越したことは無いが、それは心配のし過ぎじゃないのか?」
『だといいがな。さて、しっかりと目を見開いて地上に怪しいものが無いかどうか確認しておけよ』
9月21日 1007時 エジプト上空
佐藤勇はF-15Cのコックピットの中でレーダー画面をちらりと見た。ウィングマンの位置にはウェイン・ラッセルとケイシー・ロックウェルが乗るF-15Eストライクイーグルの姿が見える。
2機とも増槽を3つ吊り下げ、AMRAAMとサイドワインダーを4発ずつ搭載している。実は、この2機はいよいよ更新の時を迎えつつあった。司令官であるゴードン・スタンリーがF-15CXとEXが、イスラエルの航空機メーカーから発売されているのを見つけ、佐藤、ラッセル、ロックウェルと相談した上で、そそくさと実機をそれぞれ5機ずつとシミュレーター2台を注文したのだ。
乗り慣れたこのF-15Cともそろそろお別れだ。他のメンバーが乗る機体と違い、佐藤のイーグルだけはアナログ計器が多く並ぶ旧来の戦闘機のレイアウトだった。とはいえ、航空自衛隊からこの手の戦闘機に乗り慣れていたので、若干、慣れるまでに時間はかかりそうだと覚悟はしているが。
今日は"ウォーバーズ"とエジプト空軍による上空警戒が行われていた。8機の戦闘機が編隊を組み、地上のレーダーサイトやE-2Cホークアイと連携してエジプト領空に不審な機体が侵入してきていないかどうか見張っていた。
『"ブルーアイ"より"ウォーバード1"へ。現在のところレーダーサイトからは不審な機体が飛行しているとの情報は無い』
佐藤は無線のスイッチを2回動かして返答した。今日からエジプト上空は、民間の航空機が通るルートは大きく制限されることになった。旅客機は勿論、企業や個人が所有する小型航空機やヘリコプターも同様の措置が取られている。
昨夜の全体ブリーフィングの時に得た情報によれば、エジプトに対して攻撃を仕掛けてきたのは、スーダンを占領している武装勢力らしい。詳細は不明だが、連中は無政府状態のスーダンに侵入、軍の基地を占領しながら兵器を接収、更には油田や鉱山まで占領しているようだ。石油の精製施設や兵器の工場まで建設していると、連中は現地で補給物資や兵器を調達できる可能性がある。電子機器に必要なシリコンはスーダン国内で調達可能、後はレアアースであるが、それもそれほど調達は難しい事ではない。
もし、連中を倒すとなると、鉱山や工場、石油プラントなどを破壊する必要がある。空は雲一つなく、視界は極めて良好だ。
上空警戒を行っているのは、勿論、エジプト空軍も同様だった。F-16CやMiG-29M、ラファールCなどがエジプト空軍の各基地から出撃し、リレー方式で上空警戒が行われている。また、各都市の郊外では防空軍の地対空ミサイル部隊が展開し、正体不明の敵からの空爆に備えていた。
9月21日 1033時 エジプト カイロ西空軍基地
カイロ西空軍基地の宿舎の一室で、ゴードン・スタンリーはエジプトとスーダンが描かれた地図を広げていた。敵の目的は不明だが、スーダンで天然資源の鉱脈を抑える行動を取っている辺り、エジプト南部の油田やガス田などを占領するのが目的になるだろう。
また、先日、自分たちと交戦した時の状況を考えるとかなりの戦力を整えているとみなすことができる。
そして、スーダンに拠点を構えているとなると、兵器を運び込むとなると空輸または海上輸送となる。輸送機を使ってスーダン国内に運び込んでいるのだろう。エジプト空軍のレーダーサイトなどでスーダンに向かう不審な飛行機が引っかからないことを考えると、紅海沿岸に輸送船団がいたり、飛行機が飛来したりしているのだろう。そして、そのような違法な武器の調達先は小自ずと絞られてくる。シリア、イラン、北朝鮮、ウクライナ、パキスタンなどだ。
敵がどの程度の戦力を備え、スーダン国内のどこに拠点を構えているのかは不明だ。もし、RQ-4BグローバルホークやRQ-4Cトライトンがあれば良いのだが、そんなものは無い。偵察に使えるものは、こっちに持ち込んでいるMQ-9リーパー、そしてグリペンに搭載するMRPS偵察ポッドが関の山だ。
それに、戦術偵察に機体を割けるほどこちらの戦力は充実していない。その役目を担うとすれば、エジプト空軍のラファールBとなるだろう。今は佐藤、ラッセル、ロックウェル、ヒラタ、コガワの機体が離陸していて、"ウォーバーズ"の他の戦闘機パイロットたちは武装した戦闘機の格納庫の中で待機状態になっている。
スタンリーはペットボトルの蓋を開け、水を一口飲んだ。やはり乾燥が酷く、高温多湿なディエゴガルシア島と違い、頻繁に水分を取らないと危険な状態になる。ディエゴガルシア島では、潮風と湿気との戦いだったが、今度は砂との戦いだ。特に、低空を飛ぶアパッチとオスプレイ、ジョリーグリーンⅡはダウンウォッシュで巻き上がる砂を被り、APUやエンジンの吸気口にまで砂塵が入り込む有様だ。そのため、機体の整備がフライトをしたその日の晩には終わらず、翌日のフライトには予備機を使うことも少なくない。
基地のエプロンで4機のF-16Cがエンジンを回転させ始めた。燃料タンクを3つ搭載し、AIM-9Mサイドワインダーを2発、AIM-120C AMRAAMを4発搭載している。エジプト空軍は、まだ新型のF-16Vを導入していないが、導入する計画は無いとは言い切れない。パイロットが一連のチェックを終え、整備員が車輪止めを外し、管制官の許可が出ると戦闘機が続々と誘導路へと向かい始めた。
F-16Cが間隔を空けて滑走路に向かっている途中、4機の別のF-16の編隊が基地上空を通過した。先ほど、上空警戒を終えた編隊だ。エジプト空軍は、いつ行われるともしれない、正体不明の武装勢力の攻撃への対応に忙殺されていた。




