防空戦闘-5
9月19日 1120時 エジプト南部上空
ハンス・シュナイダーとニコライ・コルチャックはそれぞれ1機ずつ、正体不明の敵が乗るMiG-21MFを撃墜した。シュナイダーはそのミグを27㎜機関砲で攻撃したのだが、左翼外側のステーションにR73が吊り下げられているのを見逃さなかった。
恐らく、このミグにはウクライナ製か中国製のヘルメット搭載照準装置が装備されているのだろう。MiG-21はWVRミサイルしか搭載できない旧式の機体だが、最新鋭の電子装置やパワーアップされたエンジンを搭載する改造機が数多く闇市場やオープンな市場において、格安価格で出回っている。こういった機体は、北朝鮮、シリア、イランなど正規のルートで表立って戦闘機を購入できない国や、犯罪組織に需要があるため、闇工場で大量生産されて出回っている。
「こちら"ウォーバード4"。"バンカー"、状況を知らせてくれ」
『"ウォーバード4"、こちら"バンカー"。敵編隊が南から接近中。4機だ。それと、早期警戒機を1機、そっちに向かわせた。コールサインは"ブルーアイ1"だ』
「了解。通信終了」
コルチャックは周囲を見回した。敵機も味方機も、距離が離れているせいで姿は目視できない。だがレーダーで捉えることはできる。レーダーサイトからのデータリンクにより、戦術マップ上に味方機と敵機のアイコンが表示される。
「"ウォーバード6"、ハンス、聞こえるか?」
『ああ、聞こえるぜ。どいつを攻撃するか決めたか?』
「11時方向、高度9500フィートに敵機が4機いる。そいつらを攻撃したいところだが、援護が必要だな」
『隊長を呼び出そう。手が空いているようなら、援護してもらうのが一番だ』
佐藤勇はミサイルと燃料の残りをチェックした。僚機の位置にいるジェイソン・ヒラタのF-16VはAMRAAMが残り3発、AIM-9Xが残り2発。パトリック・コガワのF/A-18Cはサイドワインダーが2発、AMRAAMの残りは4発だ。自分のF-15Cが残しているのは、パイソン5を4発、AMRAAMが3発。
『"ウォーバード1"、隊長。聞こえるか?"ウォーバード4"だ。南からやって来ている敵を撃墜してやりたいところだが、俺たち2人だと手が足りない。そこで、隊長たちには東から奴らの側面を叩いて欲しい。その間に、俺たちが正面から敵を潰す。やってくれるか?』
「"ウォーバード1"、了解した。データリンクで要撃コースを確認する」
佐藤はコックピットの多機能ディスプレイの表示を戦術マップに切り替え、ターゲットを確認した。射程内に入ったら、AMRAAMでやっつけるのが良いだろう。
9月19日 1122時 エジプト南部上空
「ああ、もうしつこい!こいつったらいつまで追いかけて来る気よ!」
レベッカ・クロンヘイムは雲の中に入っては出るということを繰り返し、さらにスプリットSやバレルロール、インメルマンターン、スライスバックといった機動で後ろからやって来るJF-17サンダーを振り切ろうとした。先ほど、ウェイン・ラッセルとケイシー・ロックウェルが乗るF-15Eストライクイーグルの僚機の位置にいたのだが、エジプト空軍とテロリストの戦闘機が数多く混戦している空域に入ってしまい、離れ離れになってしまったのだ。
クロンヘイムは後ろを見た。明るいグレーの小さな機体がこちらに向かってくる。自分が乗っている、JAS-39Cグリペンとそれほど変わらないサイズの戦闘機だ。小型・軽量な分、運動性に優れ、ドッグファイトを仕掛けたいとは思わない相手だ。
クロンヘイムは敵の攻撃に備え、ECMを作動させた。だが、この距離だと、いよいよ赤外線誘導ミサイルを放ってくるはずだ。そうなると、殆ど逃げられるチャンスは無くなる。
「ちょっと、誰か援護できる人はいないの!?こっちは・・・・・」
『待たせたな!』
JF-17の後ろから、ライトブルーとライトグレーの斑模様に塗られたMiG-29Kフルクラムが現れた。左後ろの位置にはミラージュ2000Cがいる。そのミグは翼に搭載されたR73を1発放った。小さなミサイルは赤外線シーカーで見つけたJF-17のエンジンノズルに向かって飛び、弾頭を炸裂させた。無数の金属片が機体を切り裂き、その一部はコックピットの中に侵入し、パイロットに致命的な裂傷を負わせた。ミグはあっという間に落下し、脅威ではなくなった。
「ふう、ようやく白馬の騎士様の登場って訳ね」
『おいおい、らしくないな。戦闘中に僚機からはぐれるなんて』
オレグ・カジンスキーの声が無線から聞こえてきた。クロンヘイムは、戦闘機を飛ばしていて、これほどほっとしたことは無かった。
「しくじったのよ。敵を追いかけているうちに、ウェインたちを見失って」
『よし、レベッカ。俺たちの3番機の位置につけ。今度ははぐれないように気を付けろよ』
グリペンが減速し、フルクラムとミラージュの後ろの位置についた。自分が僚機を見失った以上、ウェインたちも1機でいるに違いない。
「多分、ウェインたちもたった1機で飛んでいるはずよ。さっさと拾って、敵を撃ち落としてやりましょう」
9月19日 1123時 エジプト南部上空
ウェイン・ラッセルは僚機であるレベッカ・クロンヘイムのJAS-39Cと離れ離れになってしまったが、同じように僚機を欠いていたエジプト空軍のラファールCを2番機の位置に迎えていた。
『くそっ、これが実戦か』
「ああ、そんなもんさ。訓練通りにやればいいなんて嘘っぱちだ。はっきり言って、訓練は統制されているが、実戦はそうもいかない。こっちも管制官も大混乱で、ちっとも美味くいきやしない。ほら、敵だぞ」
F-15Eストライクイーグルの後席で、ケイシー・ロックウェルがエジプト人パイロットに答えた。レーダー画面を見ると、2機の敵機がこちらに向かって飛んできているのがわかる。
『ああ、畜生!』
「俺たちは敵の一番機を攻撃する。お前は2番機をやれ。いいな?」
沈黙。
「いいか、お前は2番機を攻撃するんだ。わかったな!」
『りょ・・・・・了解』
ラッセルたちの2番機の位置にいるパイロットは、ラファールでの総飛行時間が僅か450時間という若手だった。しかも、つい先週、ようやくアラート待機をする資格を取得したばかりだというひよっこである。
これが奴にとって、初めての実戦だ。残念ながら、統計上、奴が生き残れる確率は極めて低い。アメリカ空軍のデータでは、生存率を上げたいなら、最低でも10回の実戦での出撃を生き残る必要があるとされているという。まあ、どうなるかはそいつ次第だ。あまり考えたくは無いことであるが、この2番機のパイロットが無事に基地に帰還できる可能性は極めて低いだろう。




