防空戦闘-4
9月19日 1047時 エジプト南部上空
4機のJ-10Bが一斉にYJ-91対レーダーミサイルを放った。ミサイルはマッハ4.5という目にも止まらぬ速度で飛翔し、エジプトの防空レーダーを破壊する。このミサイルを迎撃できる兵器は、この世には存在しない。
『こちら"コックス1"、ターゲット破壊確認』
『"コックス2"より"コックス1"へ。敵機が接近中』
『了解だ。攻撃する』
J-10BはPL-12とPL-10を2発ずつ装備している。増槽は3つ。このまま空戦に入るには、この重たい増槽が邪魔だ。パイロットはスイッチを押し、中にまだ多くの航空燃料が残っている3つの増槽を砂漠の上に投棄した。
4機の中国製戦闘機のパイロットはレーダーを確認した。全部で9つのターゲットが確認できる。圧倒的不利な状況だ。そのため、編隊長はやや考えた。このまま攻撃すべきか、それとも数的不利を鑑みて撤退するか。
突如として、レーダー警報装置が鳴りだした。敵がレーダー誘導式ミサイルを放ってきた。狙われていると気づいた隊長機はECMを作動させ、チャフをばら撒きながら旋回しつつ、高度を落とす。ところが、ミサイルはJ-10Bに追いつき弾頭を炸裂させた。中国製戦闘機は金属の破片に切り裂かれ、落下していく。
『くそっ!』
『ミサイルアラート!避けろ!』
佐藤勇はミサイルの残弾数を確認した。パイソン5が4発、AMRAAMが3発だ。今しがた放ったAMRAAMでJ-10Bを葬った。
『"ウォーバード4"、Fox1!』
Su-35SからR77が1発、放たれた。ミサイルはJF-17に向かって飛び、ターゲットのすぐ近くで爆発し、破壊する。
『ウォーバード隊へ。こちら"バンカー"。方位174に4機の敵機を確認。距離180マイル、高度10000、マッハ1.3で接近中』
「こちら"ウォーバード1"、了解だ、迎撃する」
佐藤が操縦するF-15Cの僚機の位置にジェイソン・ヒラタが乗るF-16Vが付いた。その戦闘機には、増槽が3つ、AMRAAMが4発とAIM-9Xが2発という空対空戦闘用のレギュレーションだ。
『隊長、次は俺にやらせてくれ。ミサイルがまだたっぷり残っているからな』
無線からニコライ・コルチャックの声が聞こえてきた。コルチャックが乗るSu-35Sは、オレグ・カジンスキーのMiG-29Kと編隊を組み、佐藤とヒラタの編隊から北に50マイル程離れた場所を飛んでいる。
「わかった。北にいる奴らを任せる。"ウォーバード6"、"ウォーバード7"聞こえるか?」
『あいよ』
『隊長、俺たちは何をすればいい?』
「"ウォーバード8"と"ウォーバード9"と合流して、東にいる連中を排除してくれ」
『任せてくれ。だが、そうなるとそっちを援護する機体が無くなるぞ。どうするんだ?』
「"ウォーバード3"を呼び戻す。そうすれば問題ないだろ」
『なるほどな。それならそれで決まりだ。奴らをやっつけてやるとしよう』
9月19日 1053時 エジプト カイロ西空軍基地
基地の防空司令部では、数名のオペレーターがレーダー画面を注視していた。まだ国籍不明の機体が幾つもスーダンとの国境を越え、エジプト側に侵入してきている。空軍兵たちは、航空局とも連絡を取り、国籍不明機がうろついている空域を飛行禁止空域とし、不用意に旅客機が入って来ないようにした。だが、この措置が全面的に周知されているかどうかは疑問だ。先ほど、紅海からやって来たビジネスジェットが戦闘空域に入りかけ、慌てて管制官がその空域で戦闘が行われていると警告し、飛行コースをなんとか変えさせたのだ。
ここから飛び立ったF-16やラファールは数機が犠牲となっており、救難信号も数多く探知してる。早いところヘリを離陸させて救助に向かいたいところではあるが、敵味方の戦闘機が入り乱れている場所に下手にヘリコプターを向かわせるのは自殺行為だ。
そして、問題が発生した。たった今、防空レーダーからの通信が途絶え、一部の空域の状況を把握することができなくなったのだ。対レーダーミサイルによって破壊されたのだろう。
「大佐、どうします?防空軍の対空ミサイルサイトはかなりの損害を受けました。おまけに、地上のレーダーサイトだけでは敵の動きを追跡しきれません」
「ふむ。アフマド少佐、君はどう思うんだ?」
「E-2Cホークアイを出撃させることを進言します。あの程度の空域であれば、1機で哨戒し、戦闘機を管制することができるでしょう。しかし、決して前に出してはいけません。もし、下手に前線まで飛ばしたら、敵のミサイルによって貴重な空中管制機を失うことになりかねません」
「そうか。ならばそうしよう。パイロットには、くれぐれも交戦空域に進入しないよう、しっかりと命令してくれ」
9月19日 1116時 エジプト カイロ西空軍基地
給油を終えたE-2Cが特徴的なターボプロップエンジンの音を響かせながら離陸した。これは、元々は空母に搭載する早期警戒機のE-1Bトレーサーの後継機として開発され、世界6か国でも採用されているが、空母に載せているのはアメリカとフランスだけだ。
E-2Cのパイロットは急な任務に面食らったが、まずはこの機体を飛ばすことに専念した。一体、何事が起きているのか、彼は全く知らされていなかった。ただ、命令された空域に向かい、戦闘機を管制しろ、と。隊の司令部から言われたのは、ただそれだけ。恐らく、不法侵入した小型飛行機か何かを地上のレーダーサイトが見失ってその捜索にでも駆り出されたのだろう、と考えていた。しかし、入ってはいけない空域まで指定されたのは奇妙だった。そこで陸軍が地対空ミサイルの射撃演習でもしているのだろう、とパイロットは考えていた。
「大尉、一体何事でしょう?」
「さあな。だが、こんな事になったのは初めてだ・・・・・なんだ、これは?戦術データリンクから、IFF情報を更新しろだと?どうしてこんなものが?」
ホークアイの戦術指揮官は命令通り、データリンクに接続して防空司令部からIFF情報をダウンロードしてミッションソフトウェアに適用させた。
さて、これから何が起きるのか。レーダー士官がそんな事を考えていると、防空司令部から通信が入った。
『"ブルーアイ1"。こちら""バンカー"だ。現在、スーダンとの国境付近で空軍の戦闘機部隊が国籍不明機と交戦中だ。君らはその空域に向かい、味方を援護せよ。繰り返す、南部で味方の戦闘機部隊が国籍不明の敵と交戦中だ。君らはただちに命令通りの空域に向かい・・・・・』
「なんてこった!これは大変だ・・・・・」
E-2Cは急いで命令された空域に向かって飛行し始めた。ターボプロップ機ゆえ、速度性能には限界があるが、レーダーの覆域は非常に広いためわざわざ最前線にまで出向く必要は無い。そもそも、そんなことをしたら、この無防備な早期警戒機はあっという間に敵のミサイルを食らって撃墜されてしまう。
防空司令部から更にももたらされた情報によれば、対レーダーミサイルによって早期警戒レーダーが幾つか破壊されてしまい、南部における対空警戒態勢が全くと言ってよいほど取れていないという。
パイロットは命令通りに交戦中の戦闘機部隊の掩護に向かったが、その途中、一体何者が、どういう目的で、いきなりエジプトを攻撃し始めたのだろうという考えを頭の中で張り巡らせ続けていた。




