射撃訓練-1
8月4日 0958時 ディエゴ・ガルシア島
"ウォーバーズ"司令官、ゴードン・スタンリーは執務室でPCのキーボードを叩き、エジプト空軍司令部へのメッセージを打ち込んでいた。2ヶ月前、エジプト政府から持ちかけられた演習は、予期しないものだった。アゼルバイジャン、UAE、コソボなどでの活躍により、自分たちの評判は上々のようだ。だが、ここ最近は、多方面外交をを行っている中小規模の国は、こうした傭兵部隊を招聘しての演習に力を入れている。例えば、フィンランドやスウェーデンは、様々な傭兵部隊を自国軍のアグレッサーとして演習に招き、経験豊富な傭兵部隊の戦術を学び、更には南アフリカやインドネシア、カザフスタンのように、軍の基地に雇った傭兵部隊を配置し、アグレッサー部隊の役割をさせたり、国の防衛の任務を肩代わりしてもらったりしている国もある。
あらゆる武器が氾濫し、誰でもそれを簡単に手に入れることができ、いつ、どの国が、企業が、そして個人が、誰から攻撃を受けるかわからないのが現状だ。
スタンリーは、ネットのニュース・サイトのページを開き、世の中の現状を確認することにした。第1面には『無人機がミサイルで住宅を攻撃。麻薬組織の抗争か』という表題の記事が、写真付きで出ていた。どうやら、ベリーズで複数のMQ-1Bプレデターが麻薬組織の幹部の家を爆撃し、中にいた幹部自身と使用人が死亡、家族が重軽傷を負ったらしい。
スタンリーは、PCの電源を落とし、部屋から出た。あと2時間程で飛行訓練だ。準備を始めねばならない。
それから1時間後、スタンリーはブリーフィング・ルームにいた。今日の訓練は、実弾を使って、無人標的機を撃墜するという内容だ。勿論、普段通りやっている訓練だが、実弾を使う以上、慎重に行わなければならない。
「今日は、実弾で無人機を撃ち落としてもらう。使うミサイルは、各自、短射程と中射程を2発ずつ。機関砲弾はフル装填だ。無人機は素早い上に回避行動を取るから油断するな。それに、チャフとフレアも搭載している」
最近は、安価な空対空・地対空両用射撃訓練用の無人標的機というものが、複数の兵器メーカーから、軍や傭兵部隊向けに製造・販売されている。これらの無人機は、地上の管制装置から無線通信や衛星通信で操作される他、予め入力されたプログラムに従って飛行させるという事もできる。
スタンリーがキーボードを叩くと、無人機の姿がスクリーンに映し出された。ターボジェットエンジンを1基搭載した、翼の生えたサーフボードのような形をしている。見た目は、AGM-158やJSMを二回りほど大型化したような感じだ。
「こいつは誰の機体に搭載するんです?そうでなければ、輸送機から投下ですか?」
ウェイン・ラッセルが手を挙げ、司令官に訊いた。
「ああ。こいつは、大型トラックに載せたランチャーから発射される。翼は折りたたみ式でな。射出と同時に広がって、最長で3時間は飛び続ける。万が一、撃墜しそこなったら、タイマーが作動して自動的に自爆するし、地上の管制装置から遠隔操作で自爆させたり、不時着させることもできる」
スタンリーが、再びキーボードを叩いた。断面が横長の長方形になったランチャーのCGイメージが表示された。そして、ランチャーの先端部分が開き、無人標的機が飛び出していくイメージ動画が流れる。
「今までは、イーグルの翼にぶら下げたり、輸送機から投下したりする手間がかかったが、今度からはその手間が無くなったのは大きい。その分、演習の準備にかかる手間が省けるからな。おまけに、今まで使っていた無人標的機より、こっちの方が値段も4割近く安いときている。どう考えても、こいつを使わない手は無いだろ」
8月4日 1107時 ディエゴ・ガルシア島
大型トラックが何台も基地から出発し、南北へ展開を始めた。無人標的機は、このトラックに載せられた、四角柱のランチャーから発射される。無人機を載せたトラックがどこに配置されるかは、勿論、戦闘機パイロットたちには知らされていない。
エプロンでは、戦闘機への燃料補給が始まっていた。ミサイルは既に搭載されている。全ての機体が、短射程空対空ミサイルと中射程空対空ミサイルが2発ずつ。増槽が2つずつという軽装だ。タンクローリーから燃料が戦闘機にホースで送られていき、更に、非常用に待機しているKC-46Aにも大量の燃料が供給されていく。KC-46Aを運用するのは、以前はKC-135Rに乗っていたドミンゴ・ヴェガ、ピーター・ギブソン、シャルル・ユベールの3人だ。
「よお、新しいシステムには慣れたか?」
ギブソンがユベールに話しかけた。
「ああ。赤外線カメラのお陰で、夜でもはっきり見えるし、何より、椅子に座って作業できるからな。135よりはずっと楽だよ」
"ウォーバーズ"は老朽化したKC-135RストラトタンカーをKC-46Aペガサスに更新した。機体のデリバリーは、つい先月。ヴェガたちはフィンランドの民間の航空アカデミーで4月から7月までの間、B767-200の操縦訓練を受けていた。そして、彼らは訓練を修了した後、カタールで機体を受け取り、そのままKC-46Aを操縦してディエゴ・ガルシア島に帰ってきた。予備機は、その後一週間以内に、フリーランスの2人のパイロットの手によって島へ飛来した。その後、そのフリーのパイロットは、"ウォーバーズ"の不要になったKC-135Rを操縦して、どこかへ飛んでいってしまった。
「よし。今日が、この飛行機での訓練の杮落としのようなものだ。気合入れていくぞ」