暗中模索
9月18日 0031時 エジプト カイロ西空軍基地
2機のUH-60Mブラックホークがアンチコリジョンライトを点灯させ、メインローターを回し始めた。周囲では慌ただしく整備兵が駆け回っている。
ヘリの前に立つマーシャラーが両手でライトスティックを動かし、パイロットに合図を送る。エプロンに置かれている別の2機のUH-60Mにも燃料が補給されていった。
『カイロタワーより、ルーク1、ルーク2、離陸を許可する。離陸後は要撃管制官の指示に従え!』
UH-60Mは爆音を巻き散らし、砂ぼこりを巻き上げながら砂漠の夜空へと舞い上がった。僚機もそれに続く。
基地の掩体壕ではアラート待機している2機のラファール戦闘機にパイロットが乗り込んでいた。まだエンジンは作動させてはいないが、命令が出ればいつでも出撃できる体制になっている。
戦いに備えているのは戦闘機だけでは無かった。防空部隊の2K12クープ地対空ミサイルやZSU-23-4自走対空機関砲が移動し、敵の空襲に備え始めていた。
スペンサー・マグワイヤは部下を連れて戦闘機を入念に点検していた。全ての機体に燃料が入れられ、整備員たちの手によってミサイルの搭載が始まっている。
2つ目の編隊が離陸の準備をしていること、そして何より、UH-60が物凄い早さで離陸していったことを考えると、尋常ならざることが起きた可能性が高い。
もしかしたら、自分たちも離陸する必要が出てくるかもしれない。少なくとも、戦闘機パイロットのうち4人くらいは起こしておいた方が良いかもしれない。マグワイヤはF-15Cの機体に手を触れながら思った。この機体は元々はイスラエル製で、電子装置が最新鋭のものに換装され、機体寿命も改修によって延長されている。前回の非破壊検査と静強度試験では予想外の残り飛行時間を算出することができた。
「ボス、どうなっているんです?エジプト空軍の連中、物凄く慌てていましたよ」
整備隊の隊員の一人、ポーラ・カニンガムがマグワイヤに話しかけた。
「わからん。だが、かなり厄介なことになっているかもしれない。見ろ。ミサイルや高射砲がてんやわんやだ。とにかく、いつでも出撃させることができるように準備しておけ。ミサイルを搭載し、燃料を入れておけ。機体の状態もしっかり見るんだ。パイロットは、いざとなったらボスが叩き起こすはずだ。俺たちができるのは、戦闘機がすぐに飛び立てるようにしておくことだ」
9月18日 0043時 エジプト カイロ西空軍基地
ピカピカと光る滑走路の延長線上の上空から、小さな星の瞬きが現れた。それは轟音を立てながらどんどん近づいてくる。それは星では無く、C-5Mギャラクシー戦略輸送機の着陸灯だ。巨大な輸送機は滑走路にタッチダウンすると同時にエンジンを逆噴射させ、滑走距離を可能な限り短縮させようとした。
飛行場の灯火がダークガンシップグレーの機体を照らし、その暗闇巨大な姿を暗闇に浮かび上がらせた。機体にはステンシルで『Arsenal Logistics』と描かれている。それと同じ飛行機がまた滑走路に向かって来た。
C-5Mのコックピットからハーバート・ボイドは基地のエプロンを見下ろした。4機のラファールCにミサイルと増槽が取り付けられ、キャノピーは開けられ、燃料タンク車とホースで繋がれている。
何か起きたのか?アラート機の予備機ならば、即座に出撃できる体制になっているはずだが、この4機は、いかにも慌てて出撃体制を取らせられてるようにも見える。周囲では整備員が歩き回り、機体の状況を確認しているようだった。
「ボス、どうしたのです?」
ボイドの隣に座っている副操縦士のナンシー・ウォンが話しかけた。ボイドはステアリングに集中しながらも、エプロンの様子を注意深く観察しているようだった。
「いや、どうもエプロンが騒がしそうだな、と思ってな。見ろ。連中、大急ぎで戦闘機にミサイルを搭載させて、燃料を入れているようにも見える。何か厄介ごとでも起きているんじゃないのか?」
「後でゴーディの部隊に訊いてみます?」
「そうするしかなさそうだ。いずれにせよ、トラブルは御免だからな」
ボイドは滑走路の方を見た。C-5MやC-17Aが次々と着陸していき、最後にKC-30Aが6機、着陸した。今夜はカイロに滞在し、翌朝にはスペインのバルセロナ・エル・プラット国際空港に向かって飛び立つ予定だ。
この基地はスフィンクス国際空港と空港施設を共用しているため、ボイドたちの輸送機は民間側のエプロンへと移動させられていた。"ウォーバーズ"に届ける物資は、トラックを使って空軍基地側へと届けられる。少々面倒だが、エジプト空軍側がそのように指示してきたため、ほぼ部外者であるボイドたちはそれに従うしかなかった。
予め手配しておいた配送業者の大型トラックがエプロンへとやって来た。ボイドの部下たちが、その荷台にミサイルや航空機などの部品を積み込んでいく。スフィンクス国際空港は、今でこそは国際貨物便の発着が主体であるが、ここ数年でLCCによる国際便の発着が増加傾向にあるという。
市街地のすぐ近くにあるカイロ国際空港とは違い、ここに降り立つ乗客は、カイロ市内へはバスで多少移動するなど、不便な空港であるが、それでも快適さを二の次にしているバックパッカーの利用は多いという。
「あなたがミスター・ボイド?」
荷物の積み下ろし作業を監督していたボイドに若いエジプト空軍兵が話しかけた。スリングでAKMを背負い、砂漠用の迷彩服、ヘルメットといういで立ちだ。
「ああ、そうだ」
「早速ですが、こちらの書類にサインをお願いします」
ボイドは飛行服のポケットからボールペンを取り出し、書類の内容によく目を通してから自分の名前を書いた。
「これでいいか?」
「ええ、結構です」
持ってきた荷物は航空機のスペアパーツやミサイル、工具などだ。それを"ウォーバーズ"の整備隊の隊員たちが格納庫や倉庫へと運び込んでいく。
「ところで、ゴーディは・・・・・」
「俺ならここだ」
ボイドが頭を砲塔のように右に旋回させた先に、ゴードン・スタンリーが立っていた。
「やあ、ゴーディ。明日は早いんじゃないのか?」
「ああ。だが、ちょっとくらい挨拶しておいた方がいいと思ってな。今日はここで一泊するのか?」
「いや。すぐにカタールを中継して荷物を拾って、届け先のシンガポールに向かう。そしたら、故郷に帰って休暇さ」
「オーストラリアか。もう何年も帰っていなかったな」
「お前も、インド洋のちっちゃな島に退屈したら、たまには観光がてら部下を連れて故郷に帰ってみたらどうだ?」
「なるほど。では、考えてみるか」
9月18日 0045時 エジプト南部上空
2機のブラックホークが低空を飛びながら、先程、戦闘機が行方不明になったと考えられる場所の捜索を開始した。
キャビンの扉を開き、空軍の救難隊員が眼下の砂漠を見回した。しかし、そこには、黄色い砂しか見当たらず、飛行機の破片のようなものは見当たらない。
「こちら"ハミングバード"。墜落機らしきものは見当たらない。引き続き、捜索を続ける」
軍用ヘリは捜索範囲を広げることにした。ビーコン信号は受信できていないため、パイロットについては絶望的と言わざるを得ないかもしれない。しかしながら、このような事態になった時に、無事にパイロットを基地まで連れて帰るのが自分たちの使命だ。パイロットはそう、自分に言い聞かせた。
『"ハミングバード"こちら"パロット"。何か見つかったか?』
「いや、ダメだ。機体の破片どころか、パラシュートや射出座席の一部らしきものすら見当たらない」
『どうする?このまま捜索を続けるか?』
「ああ。燃料がビンゴになるまでは、この辺りを飛び回って探し続けるさ。そのために税金から給料をもらっているからな」
2機のヘリは燃料の許す限り、行方不明になった戦闘機を探し続けた。ところが、燃料が限界に達するまでそれを発見することはできなかった。




