返り討ち
9月18日 0008時 エジプト カイロ西空軍基地
ゴードン・スタンリーはけたたましい警報音に叩き起こされた。先ほど、違う警報音が鳴ったばかりだというのに。先ほどの警報は、確か、スクランブル発進を知らせるものだったはずだ。
スタンリーは上下迷彩服姿でベッドから起き上がり、明かりを点けた。机のすぐ上に置いてあるシグP226拳銃を手にして点検し、ホルスターに戻す。扉の向こうから何やら人が慌ただしく駆け回っている足音が聞こえてくる。
暫くすると、戦闘機が離陸するためにアフターバーナーに点火する音が聞こえてきた。それが4連続で鳴り響く。
どうやらただ事では無さそうだ。何かが起きている。スタンリーは部屋から出て廊下に向かった。叩き起こされたばかりと思しきエジプト空軍兵たちが慌ただしく走り回っている。さて、どうするべきか。
廊下も真っすぐ進み、普段、部下たちが屯している小さなホールに向かった。そこには、コーヒーの自動販売機と長いソファが2つ設置されている。そこには既にレベッカ・クロンヘイムとリー・ミン、ジェイソン・ヒラタがいて、立ち話をしていた。
「ボス。さっきのは何です?」ヒラタがスタンリーに話しかける。
「いや。俺は今しがた起きたばかりだから、何も聞いちゃいないぞ」
「そうですか。それにしても、スクランブル発進にしては大仰ですね。普通じゃ無い感じがします」
再び轟音。これで、先程離陸した機体と合わせて8機が離陸したことになる。
「どうします?他の奴らを叩き起こして出撃する準備でもしておきますか?」
「いや・・・・・・その必要は無さそうだ」
スタンリーは廊下の向こうを見た。佐藤勇を始め、"ウォーバーズ"のメンバーが続々とこちらにやって来るのが見えたからだ。
「スペンサーは部下を連れて掩体壕に向かいました。今頃、ミサイルと燃料の搭載を始めているはずです」
オレグ・カジンスキーの言葉にスタンリーは頷いた。自分たちの出番が来るとは思えないが、用心をするに越したことは無い。もし、テロリストがこの基地を空爆しに来たとなると、黙って死ぬのを待つ気は全くないからだ。
9月18日 0011時 エジプト上空
極めて黒に近い藍色の夜空の上を4機のラファールC戦闘機が飛行していた。下はやや薄い雲に覆われているが、上空の視界は至って良好だ。そのため、眩しく思えるくらいの満月の明かりと星の瞬きをはっきりと見ることができる。それも、HMDに追加装備された暗視装置が要らないと思えてくるくらいに。
パイロットのムハンマド・ビン・アル・マルーク少佐はレーダーサイトからデータリンクで送信されてくる情報を確認した。相変わらず標的はエジプト領空に入ったまま、北に向かって飛行し続けている。
全く。無礼な奴らだ。トランスポンダーの信号やスコークを確認した限り。何かトラブルに巻き込まれているとかそういう事では無い可能性が高そうだ。つまり、こいつは、フライトプランを出さず、更には正体を明かすことも無くわざと領空に侵入し、エジプト空軍を大騒ぎさせている。
アル・マルークはだんだん腹が立ってきた。ふざけやがって。アラート待機というのは、確かに非常に重要な仕事であるが、大抵の場合はゆっくりと新聞や本を読んだり、トランプゲームやチェスに興じながらコーヒーを啜って終わることが多い。そのため、いい塩梅に緊張感とリラックスを保てる、アル・マムークにとってはお気に入りの時間帯だった。ラファールのコックピットに座り、エンジンを回し始めるまでの間、アル・マムークはのんびりと分厚いペーパーバックを読んでいたのだ。
『HQより"ヴァイパー1"へ。目標方位167。高度12000、マッハ0.9で接近中』
「"ヴァイパー1"了解。方位、167」
アル・マムークはラダーペダルに置いた足に少し力を込め、機首をやや東に向けた。敵はどうやらスーダンからやって来たらしい。
スーダンか。経済危機で政権が不安定となり、武装勢力の巣窟になっているとかいう話を聞いていた。そこで何が起きているのかという情報が全く入って来ないのだ。
しかしながら、軍の司令部では警戒を強めるようとの通達が出ていた。ああいう空白地帯には、良からぬ輩がすぐに入り込んでアジトにしてしまうものである。
『HQよりヴァイパー各機へ。レーダーで新たな目標を捉えた。方位166、高度8000、マッハ0.85。数4』
「了解。警戒する。そいつも領空内か?」
『ああ。領空内だ』
ラファール戦闘機はレーダーサイトからのデータリンクを利用して目標に接近していった。目標がレーダー画面の戦術マップ画面に表示された。標的は全部で6つ。一体何者なのか。
アル・マムークは国籍不明機に向けて飛行し続けた。間もなく戦闘機のレーダーの覆域にそいつらが入ってくる。
もうすぐ目標を捉えられると思ったその時、レーダーの画面が真っ白になった。ジャミングだ。
「くそっ!なんだこれは!?」
『ECCM!ジャミングか!』
『これは・・・・・防空司令部に繋がらん!遠距離通信まで妨害されてやがる!』
『こいつら、何者なんだ!?』
エジプト空軍に電子攻撃を仕掛けてきたのはJ-16EW。中国の瀋陽航空工業がSu-30MKKを元に設計したJ-16の電子攻撃機型だ。機体からは30mm機関砲と一部の兵装システムが取り除かれ、その代わりに電子戦システムが載せられている。人民解放軍はこの機体をEA-18Gグラウラーに匹敵する電子攻撃機であると主張しており、密かに闇市場にも流していた。
グラント・ウォーマーズはこの機体を闇市場で手に入れて実戦投入試験として、エジプトに対する最初の一撃を担わせることにしたのだ。
J-16EWの後ろからは4機のJ-11Bがやってきている。この機体はエジプト空軍機が迎撃に向かって来た場合、排除する役割をする。
『こちら"スパイダー1"、間もなくターゲットに到達する』
J-16EWにはYJ-91対レーダーミサイルが搭載されている。これでエジプトのレーダーサイトの一部を破壊し、後続の爆撃部隊に道を開くのだ。
『"スパイダー1"。こちら"マンティス1"。お客さんを確認。排除する』
J-11Bの編隊が方向を変え、迎撃にやって来るエジプト空軍機を排除しに向う。一方、J-16EWはそのまま早期警戒レーダーの排除に向かった。
ラファールCは五里霧中の状態に陥っていた。レーダーがジャミングによって殆ど役に立たなくなっていた。それどころか、防空司令部とのデータリンクすら妨害されている。真っ暗な空の中、目と耳を失っている状態だ。
「"ヴァイパー1"よりヴァイパー隊各機、聞こえるか!?」
無線から聞こえるのは雑音だけ。レーダーもまともに作動していない。しかし、ジャミングを仕掛けてくるとは、こいつら何者だ?
『・・・・パー4、・・・・-し・・・・・』
やがて、ジャミングが一瞬だけ晴れた。しかし、アル・マルーク少佐は愕然となった。4番機のアイコンが戦術マップから消えていたのだ。
「"ヴァイパー4"!聞こえるか!?」
無言。
「"ヴァイパー1"より誰か、"ヴァイパー4"を見なかったか!?」
無線からは雑音が聞こえてくるだけ。まるで・・・・・・・。
やがて、アラート音が聞こえてきた。ミサイル警報だ。
「くそっ!ミサイルだと!どこから!?」
アル・マムークはチャフとフレアをリリースしながら回避機動をとった。しかしながら、ミサイルは騙される事なく迎撃に上がった戦闘機の近くに到達し、近接信管を作動させ、機体を破壊し、パイロットを殺傷した。




