夕日と帰還
9月10日 1632時 スーダン某所
グラント・ウォーマーズは急ごしらえの航空拠点を見回した。コンクリートで舗装された滑走路、誘導路、エプロンが出来上がり、エプロンにはSu-24M、J-11B、J-10Bといった戦闘機や攻撃機が並んでいる。
轟音と共に着陸したIl-76輸送機がエンジンを逆噴射させ、滑走路を半分ほど進んだところで停止した。輸送機がフォローミーカーのジープに先導され、エプロンに入っていく。エプロンで停止したIl-76はすぐに後部扉を開き、中から梱包された航空機の部品が運び出された。これらの部品は、イエメン、イラン、北朝鮮、ベネズエラ、パキスタンなどで密造されたものだ。これらの国は、密かにウォーマーズのようなならず者に武器を売り渡し、外貨を稼いでいる。
MiG-21MF"フィッシュベッド"が4機、エプロンから誘導路に向かって行った。この機体は北朝鮮からMiG-29Sとトレードで手に入れたものにウクライナ製の最先端の電子機器を搭載することで近代化改修と延命改修を施した機体で、ヘルメット照準装置にも対応し、PL-8やR-73M3を運用できるようになっている。確かに旧式の機体であり、この戦闘機自体も小さいため、近代化改修に限界はあるが、安価で手に入りやすいため、一部の傭兵組織やPMCなどでは西側の新型電子装置パッケージを搭載して運用しているところも少なくない。
この戦闘機は確かに中射程のアクティブレーダー誘導のミサイルを搭載することはできず、中長距離での戦いは圧倒的な苦戦を強いられることになるが、接近戦になると小型、軽量、高機動という機体の特性を活かし、腕の良いベテランパイロットの腕が合わさるとかなり有利に立ち回ることも可能だ。おまけに、市場では引き合いがかなり多いため、闇工場で安価に大量生産されていることもあり、今ではテロリストや傭兵部隊御用達兵器の一つだ。
4機の小さな戦闘機がアフターバーナーの轟音を響かせて離陸していった。操縦しているのはシリア人、北朝鮮人、バングラデシュ人、ウガンダ人と国籍はバラバラだ。戦闘機はここだけでは無く、スーダン国内の数カ所の飛行場に分散させて配置している。日はまだそれほど傾いてはおらず、白い雲が青い空に浮かんでいる。この時期はそれほど雨が降らないため、飛行訓練にはもってこいの時期だ。
自分が抱えている組織の細胞の一部には、早いところ侵攻作戦を実行すべきとの声が上がっているのをウォーマーズは知っていた。しかしながら、十分な戦力を整えなければ、アフリカトップクラスの戦力を持つ空軍とまともに戦うのは難しいと理解していた。
決して焦ってはいけない。状況を見極め、ここぞという時に侵攻する。まだ戦力が整っていない中で作戦を実行するのは愚の骨頂だ。ウォーマーズはこれまでの経験から、それを十分に理解していた。まだ駆け出しの傭兵だった頃、大胆な作戦に打って出たがために、手痛い敗北を経験していたからこその判断であった。
9月10日 1645時 エジプト カイロ西空軍基地
傾き始めた太陽に照らされた滑走路と管制塔、格納庫などの設備が見えてきた。佐藤勇はF-15CのHUDに表示される高度、速度、グライドスロープ、ローカライザーが着陸に適正な数値になっているかどうか再度確認する。
今日の訓練で彼は3機のエジプト空軍機を血祭りに上げていた。訓練時間はだいたい1時間半ほど。"ウォーバーズ"と航空自衛隊の1度の訓練の時間よりはやや長めだ。
『カイロタワーより"ウォーバード1"へ。着陸を許可する。GCAで誘導する』
「"ウォーバード1"了解」
佐藤はギアが下がり、速度と機体角度が着陸に適正な数字かどうかを再度確認した。スロットルレバーを動かしてエンジンの出力を調整する。
『カイロタワーより"ウォーバード1"へ。着陸まで30マイル』
黄色い砂漠に囲まれた長い滑走路がどんどん近づいてくる。数十秒後、後輪をコンクリートの地面にタッチダウンさせ、暫くウィリー走行した後にそっと機首を下げた。F-15の前部ギアは細いため、緊急時を除いてマニュアル通りの適性な着陸手順を守らなければあっさりと折れてしまう。佐藤は航空自衛隊にいた時に、そうなった事故を1度、実際にこの目で見ている。
F-15Cを滑走路上で走らせ、エプロンに向かわせた。バックミラーにはミラージュ2000CやSu-35S、MiG-29Kが滑走路にタッチダウンしている様子が映っている。急に轟音が響き渡った。ふと上を見ると、オレンジ色の光に照らされたハンス・シュナイダーが乗るタイフーンFGR.4とレベッカ・クロンヘイムが操縦するJAS-39Cグリペンが仲良く編隊を組んでオーバーヘッドするのが見えた。その後ろからウェイン・ラッセルとケイシー・ロックウェルが乗るガンシップグレーのF-15Eストライクイーグルが追随する。着陸機が多いため、一部の戦闘機はゴーアラウンドと上空待機を余儀なくさせられているようだ。
佐藤はマーシャラーの誘導に従い、エプロンの決められた区域にイーグルを停止させ、キャノピーを開いた。掛けられたタラップを降りて、すぐに機体の周囲を歩き回り、状態を確認する。そのすぐ隣にジェイソン・ヒラタが乗るF-16Vが停止した。エジプト空軍機が誘導路に入ったすぐ後に、グリペンとタイフーンが続いて着陸した。今日はE-737ウェッジテイル管制機は出番が無かったので、エプロンで一日中昼寝をしていたらしい。しかしながら、ゴードン・スタンリーと原田景、リー・ミンはディエゴガルシア島から持ち込んでいた移動用管制施設で自分たちの要撃管制を行っていた。
上空では激しくF-15Cを急上昇、急降下、急旋回させていたため、体のあちこちが痛い。HUDに表示されるGの数値が8.7~8.9の間になることが何度もあった。後でスペンサー・マグワイヤ以下、技術・整備部隊に報告しておかなければ。機体が疲労しているようならば、ディエゴガルシア島の基地から"アーセナル・ロジスティックス"のC-5M戦略輸送機で運び込んだ予備機を使い、この機体はこの場で整備を行わなければならない。整備員の一人が機体のアクセスパネルを開き、デジタルフライトレコーダーを取り出してブリーフィングルームに持って行った。フライトスーツの下に着た薄い長袖のシャツやトランクスが汗で体に張り付いて気持ち悪い。しかしながら、まずは大事な戦闘機の状態を確認せねばならない。佐藤はF-15Cイーグルの周囲を歩き回り、機体に大きな損傷が無いかどうかを確認して回った。
ワン・シュウランはミラージュ2000Cの左主翼に吊り下げられた燃料タンクが整備員の手によって取り外されるのを見守っていた。着陸アプローチに入った時、そこにカラスがぶつかったのだ。不運なカラスは燃料タンクの前部にめり込み、頭を潰されて死んでいた。エアーインテイクの中に入り込まなかったのが不幸中の幸いだ。ミラージュ2000Cは単発機なので、エンジンがやられたら、パイロットは射出座席を作動させなければならなくなる。つまり、それは戦闘機の廃棄を意味する。大量生産されており、市場で簡単に手に入るとはいえ、数百万ユーロもの損害を部隊に与えてしまうのは関心ならない。今回は非常に幸運だった。
「よお、シュウラン。運が良かったみたいだな」
話しかけてきたのはオレグ・カジンスキーだ。
「ああ。一時はどうなるかと思った。まさかカラスが突撃してくるとはな」
「なあに、珍しいことじゃないだろ。それに、ディエゴガルシアじゃ俺もやられた。あの時ぶつかってきたのはウミガラスだったけどな」
「まあ、機体自体にぶつからなかったのは不幸中の幸いだな。下手したら今頃砂漠の真ん中で、ブライアンたちが迎えに来るのを待っていなきゃならなかったところだ」
「早いところデブリを終わらせて、ゆっくり休むとしよう。さて、またエジプト空軍連中はバリス大佐にどやされることになるのか」
今日の訓練では、エジプト空軍の若いパイロットたちは、途中までは善戦していたとはいえ、後半は何かが決壊したかのようにあっという間に"ウォーバーズ"に"殲滅"させられていたのだった。




