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不審機

 9月8日 0523時 エジプト南東部上空


 2機のラファールBは編隊を組み、レーダーマップの表示に従って国籍不明機に向かって飛び続けた。ターゲットは1機で、低速で飛行しているらしい。恐らくはターボプロップの中型機か大型機であろう。

『司令部よりスワン隊へ。ターゲットは紅海から領空に向かって接近中。フライトプランを再度確認したが提出されていない上に、トランスポンダーも切られているらしい。目視で確認し、領空に侵入する前に退去させるか、強制着陸させよ。当該機が敵対行動をとった場合は報告せよ』

 ここ数年、エジプト周辺で見つかる不審機は、大抵は密輸や密航を行う飛行機だ。少し前は、スーダンの空軍機が接近してくることがあったが、ここ数年ではそのようなケースは減少傾向にある。

 スワン1のパイロットはレーダーを確認し、正面を向いた。HUD越しに水平線から太陽が昇ってくるのが見える。あまり好ましくない。できれば太陽を背にして敵に近づきたいのだが、エジプトという国の地理的要因から、それは叶わぬ願いであった。

「"スワン1"から"スワン2"へ。ターゲットは確認できているか?」

『レーダーサイトからの情報によれば、ここから東へ300マイル先を南西に向かって飛行中です。しかも、領空ギリギリを飛んでいるようですよ。何を考えているんですかね』

「俺に訊くな、"スワン2"。とにかく、奴を確認したら写真を撮って監視し、領空から離れたら帰るぞ」


 1機のY-20輸送機が南西に向かって飛んでいた。薄いグレーの機体が陽光を反射し、ややオレンジ色がかかって見える。機体にはマーキングも登録記号も一切描かれていない。近年は、こうした登録外の飛行機をテロリストや犯罪組織が利用するケースが急増している。各国の軍や警察がICAOやIATAの勧告のもとで取り締まりを行っているが、全く成果は無く、無法者たちはほぼ野放しの状態になっているのが現状だ。

「おい、李。そろそろ高度を下げろ。エジプトの早期警戒レーダーに捕まるぞ」

「わかった。海面ギリギリまで下げるとするか」

 中国人の男は大きな輸送機の高度をゆっくりと高度を下げていった。海面がみるみるうちに窓の外いっぱいに広がる。ある程度高度を下げてから、再び機首を上げ、かなりの低空で高度を保ちながら自動操縦に切り替えた。

「ふう。ここからはあまり高く飛んでいると、エジプト空軍のレーダーサイトに捕まる可能性があるからな。そろそろ防空識別圏は脱出したか?」

「いや、まだだ。だが、もうすぐスーダンの空域に入るはずだ。連中だって、そこまで追いかけてくるほど馬鹿じゃないさ」

「そうか。それにしても、あんたはなんでルーマニアから離れたんだ?」

「勿論、カネのためさ。今の時代、真っ当な商売で稼ごうだなんて大バカ者のやる事さ。こういう商売の方が少々リスクがあっても、大儲けできる」

「そういや、護衛機はまだなのか?エジプト空軍に見つかりでもしたら、厄介なことになるぞ」

「もうすぐやって来るはずだが・・・・・・遅れているか?全く、ウォーマーズの野郎、こういう所ではケチな奴だな」

『"ヒヨドリ"こちら"ネスト"聞こえるか?』

「"ヒヨドリ"から"ネスト"へ。どうぞ」

『滑走路の場所は事前に確認したか?』

「ああ、確認している。こんな荒野の真ん中に作ったのか?」

『そうだ。そこに移動式管制装置と管制官を待機させている。滑走路への着陸まではGCAで誘導する』

 ウォーマーズは、スーダンの荒れ地の真ん中の一部をならし、急ごしらえの未舗装滑走路を建設したのだ。その方が、偵察衛星などに捉えられにくく、怪しまれる心配も少ないからだ。


『"スワン1"より司令部へ。ターゲットが南東方向へと転進した。領空近くから離れて行く』

 国籍不明機がエジプトから離れて行く。それにしても、こいつは一体何をしていたんだか。ラファールのパイロットは少々気になったが、軍の行動指針に従えばこれ以上追撃することはできない。

『司令部より"スワン1"へ。奴が領空ギリギリのラインから離れるのを確認したら帰還せよ。繰り返す。ターゲットが領空のラインから離れたら帰還せよ』

『"スワン1"、了解。奴が領空との境界から離れたら帰還します。"スワン2"、聞こえたな?』

『"スワン2"、ターゲットが領空から離れたら監視活動を中止します』

 スワン1のパイロットには、この中国製輸送機の目的が何かはわからなかったが、どうも引っかかるものを感じていた。しかしながら、それが何であるかを具体的に説明しろと言われたら、それができるものでは無かった。とはいえ、命令は命令だ。自分にこれ以上、この不審な航空機を追撃する権限は与えられていない。パイロットは仕方なくカイロ西空軍基地へと戻っていった。


 9月8日 0704時 エジプト カイロ西空軍基地


『タワーより"スワン1"へ。着陸まで残り15マイル。風は方位340から風速1メートル』

『"スワン1"了解。ギアダウン確認』

 向こうに見慣れた基地が見えてきた。軍民共用飛行場なので、エジプト航空やナイル航空といったエアバスA330-300やナイル航空のA320-200といった旅客機も確認できる。民間空港はそろそろ活動を始める頃だろう。管制官は軍と傭兵部隊、民間便のコントロールに忙殺されるはずだ。

 例の国籍不明機は、しっかりと日本製の一眼レフカメラで姿を撮影しておいた。戻ったら、まずは司令部にSDカードのデータを提出し、こいつが何者であるかきっちり調べてもらうことになるだろう。

 ドシンとギアが滑走路にタッチダウンし、2機のラファールはタキシングしながらエプロンに向かう。既に傭兵部隊の戦闘機はエプロンに並び、タンクローリーから燃料を入れられている。

 さて、撮った写真を司令部に提出して報告を終えたら24時間の休養だ。2人のパイロットはラファールのエンジンを切って地上に降り立ち、機体の周りを歩き回ってざっと状態を確認した。整備員がアクセスパネルを開き、フライトレコーダーを取り出している。これはデジタル式なので、専用のPCに繋ぐことですぐに記録を見ることができる。F-4Eファントムのレコーダーはアナログ式で、解像度もお世辞にも良いとは言えなかった。しかしながら、この最新鋭の戦闘機に更新されてからは、デブリーフィングの時間がぐっと短縮されたのだ。

 4人のパイロットたちは、今日、自分たちが見たものが何であったのか、お互いに話し合いながらその見解を確認していた。しかしながら、最終的な結論を出すのは、下っ端のパイロットなどではなく、空軍司令部や国防省である。そのことは、4人とも百も承知であったのだが。

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