防空班
8月4日 0600時 ディエゴガルシア島
オルガ・ベルシェンコは、新しく設置されたハンガーの中でSu-27Sを見上げた。このハンガーの中には、単座のSu-27Sが3機と複座のSu-27UBが1機、入れられている。彼女は、ウクライナ空軍出身で、訳あって同僚共々、軍を退役した後、半ば強引に"ウォーバーズ"のメンバーに加わった。
ここに最初にやって来た時は、3ヶ月ちょっと前。丁度、"ウォーバーズ"がバルカン半島から帰って来て程なくした頃だ。事前通告無しにディエゴ・ガルシア島に近づき、燃料が無いなど様々な理由を付けてこの基地に着陸した。が、それからが大変だった。まずは、5人とも、基地の警備員に拘束、営倉に放り込まれた後に尋問、勿論、戦闘機も差し押さえになった。その間、Su-27からはウクライナ空軍のラウンデルとナンバーも剥がされた。
ベルシェンコらは、自分たちが軍にいられなくなったこと、"ウォーバーズ"の噂を聞いたことなど、包み隠さず尋問する隊員やゴードン・スタンリー司令官に話した。スタンリーは、最初は、なかなか信用しなかったが、話を聞くうちに、彼女らが嘘を言っているのでは無いことは確信できた。やがて、彼女たちの『利用価値』を見いだした。
スタンリーは、まず、ベルシェンコらに佐藤勇、パトリック・コガワ、オレグ・カジンスキー、ハンス・シュナイダーと空戦訓練をするよう命じた。結局、ベルシェンコたちは勝つことはできなかったが、それでも、ある程度は佐藤たちを苦しめる結果にはなった。そこで、スタンリーは、即座にベルシェンコたちを引き入れることにした。しかし、外征して戦うメンバーとしてでは無く、主要メンバーが出稼ぎに行っている間、基地を守る部隊として、だ。
ベルシェンコは、それでも一向に構わなかった。居場所さえあれば。そして、彼女らは、懸命に、この基地を守っている。
8月4日 0642時 ディエゴガルシア島
防空ハンガーの中のフランカーにミサイルが搭載されている最中、佐藤勇とワン・シュウランが様子を見に来ていた。
「おはようございます、隊長」
ベルシェンコが佐藤に話しかけ、敬礼した。
「おはよう、オルガ。ここには慣れたかい?」
「皆さんには、よくしてもらっています。しかし・・・・・この蒸し暑さにはまだ慣れないですね」
「ウクライナとは、気候が違い過ぎるからな。それと、海に囲まれているから、機体も電子装置も潮風で寿命が短くなる」
「確か、隊長たちは出張でしたね。この基地のことは、私たちに任せて下さい」
「こんなインド洋のど真ん中のちっこい飛行場に、わざわざ喧嘩をふっかける価値があるとは思えないが・・・・・まあ、いざとなったら、宜しく頼むよ」
「やれやれ、やっとかよ」
その苛立たしげな声に、佐藤とベルシェンコが振り返った。闖入した声の主はアレクサンドル・グラーキン。ベルシェンコの部下の一人だ。ハンガーの外を見ていたグラーキンは、すぐに佐藤とベルシェンコに気づき、気まずそうに姿勢を正した。
「あ、いえ。やっと、あの忌々しい雨が上がったと思いまして」
半開きになった、ハンガーの扉から外を眺めると、雨がすっかり上がり、灰色の雲の隙間から、黄金色の光が差し始めていた。
「日の光を見るのは何日ぶりかな?もしかしたら、天気情報次第では、飛行訓練ができるな」
佐藤は、眩しい陽光に目を細め、眼鏡を度のはいったサングラスにかけ替えた。エプロンの方からは、飛行機のエンジンの音が聞こえてきて、やがて、外来機用エプロンから、C-5MやKC-10Aが次々と滑走路へ向かい、離陸していった。
「ミスター・ボイドたちか。天気が良くなったから、さっさと行ってしまったか」
ワンが飛んでいく巨大な飛行機を見送りながら言った。
「ミスター・ボイドというのは・・・・・」
「ああ。そう言えば、教えて無かったな。ミスター・ハーバート・ボイド。ボスがオーストラリア空軍にいた頃の仲間だよ。よく、機材やら物資やらを運んでもらっている」
佐藤がグラーキンに言った。
「なるほど。後方支援とはいえ、味方がいるのは心強いですね」
「さて、そろそろ朝食にしようか。アレックスとオルガは、夜中待機だっただろ?そろそろセルゲイとエフゲニー、ドミトリーと交代して、休憩するといい」
ワン・シュウランがそう二人に言って、大股で歩き去っていった。
佐藤とワン、ベルシェンコ、グラーキンがアラートハンガーから居住区へ向かっていると、途中で防空班のセルゲイ・チェルノフ、エフゲニー・ロボディン、ドミトリー・ミューシキンとすれ違った。彼らは、お互いに敬礼を交わし、それぞれの持ち場へ向かう。そして、佐藤らは最近、改装されたばかりの食堂に入っていった。
食堂は、朝食にありつこうとしているパイロットや整備員、警備員らでごった返していた。この島に住んでいるのは、総勢200名程度。その3分の2が、警備や防空、技術、地対艦ミサイル部隊の隊員たちだ。人数だけを見たら、傭兵部隊としては、"ウォーバーズ"は中規模な部類に入る。一口に傭兵部隊と言っても、大小様々な組織が存在し、1個歩兵分隊程度の規模から、最大のもので総勢1000人を超える連隊規模の部隊もある。どこかに居場所を構え、大規模な基地を拠点にしている組織もあれば、少人数で、戦場を渡り歩き続けている部隊もある。戦時は大いに暴れ、平時は次の戦場で戦う準備を続ける。それが、彼ら彼女らの日常だ。