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戦術要撃訓練-2

 9月2日 0905時 エジプト上空


 ゴードン・スタンリーはE-737の機内でコーヒーを啜りながらレーダー画面を眺め、戦況を確かめていた。このAEWのオペレーターを長年務めていると、チェスや将棋に強くなる。常に相手の数手先を読み、味方により的確な手を素早く伝える。"ウォーバーズ"では、スタンリー、原田景、リー・ミンの3人が、チェスの強さランキングで常にトップ3の中で順位入れ替えをしていた。他の隊員たち―――警備員やカーゴマスター、整備クルー―――の中にも、かなり強い者もいるが、やはりこの3人にはなかなか勝てないでいた。

 この傭兵部隊の戦闘機乗りの中で、最もチェスが強いのはレベッカ・クロンヘイムだった。聞けば、中学生、高校生の時には、校内の学生どころか、教師の中でもクロンヘイムに勝てる者は殆どいなかったらしい。彼女が高校生の頃、学生の間で非公式的に校内でチェス・トーナメントが何度か開かれたが、その全ての試合でクロンヘイムは勝利し、見事優勝を勝ち取ったそうだ。そして、クロンヘイムは地区大会でも優勝し、多額の賞金を手にしたという。彼女の両親は、この道で十分食べていけるのではと、当時のクロンヘイムに提案したが、元々、空軍の戦闘機乗りになりたかったというレベッカはその提案を蹴り、空軍飛行学校に進学し、JAS-39Cグリペン多目的戦闘機のパイロットになるための訓練を受け始めた。


 まあ、彼女からしてみたら、チェスよりも戦闘機の方がずっと得意だったのだろう。現に、"ウォーバーズ"の内部での訓練では、戦闘機飛行隊長である佐藤勇を、数回打ち負かすことだってあるのだから。


 9月2日 0907時 エジプト上空


『ノックイットオフ。ノックイットオフ』


 レベッカ・クロンヘイムに"撃墜"されたラファールBが翼を振って離脱した。攻撃編隊8機のうち3機がこれで"撃ち落とされた"。護衛を務めていた別のラファールの編隊はすでに姿を消し、今はカイロ西空軍基地の滑走路に向かっている頃だった。


 やはりエジプト空軍のパイロットの技量はかなり低くなってしまっていると言わざるを得ない状況だった。サイード・バリス大佐曰く、国防予算の削減が続いたことで、ここ数年でパイロットの飛行時間は緩やかに減っていき、更には10~15年という、戦闘機パイロットとしては最も脂が乗って、技量がどんどん向上している時期により良い収入を求めて傭兵組織やPMCに鞍替えしてしまうパイロットがかなり多いという。この時、バリス大佐は、スタンリーたちにやや非難めいたような口調で言った。

 実際、飽和状態とは言え、重武装化したテロリストが宣戦布告なき戦争を国家に平気で仕掛けてくる今、傭兵パイロットの需要は安定しているどころか、右肩上がりだ。


 マームード・アル・カルム少尉のF-16CがF-15Cの猛追を受けてた。しかも、場所が悪い。22000フィートという高高度にいつの間にか追い込まれていたのだ。戦闘機乗りの鉄則の一つとして、10000フィート以上の高高度でF-15Cとまともにやりあうのは避けるべきというものがあるが、このイーグルドライバーは巧妙な罠を仕掛け、シャリク大尉を高空へ高空へとどんどん追い詰めていき、結果として、自分が有利になる高度帯へと"敵機"を追い込んでいったのだ。

 しかも悪いことに、そのF-15Cに援軍が現れた。Su-35Sだ。2対1、しかも相手はフランカーとイーグルという、空力面だけで考えれば、世界最高峰の機体である。カルム少尉はあまりにも不利な状況に追い込まれ、即座に低空へと逃げることにした。

『こちらホッグ1、援護を!』

『ホッグ4、ネガティブ!敵に追われている!』

『ホッグ3、やられた!離脱する!』


 9月2日 0911時 エジプト上空


 アフマド・アリー・シャリク大尉はE-737の機内で空中戦の訓練の様子をレーダースコープ越しに観察していた。訓練生の戦闘機を表すアイコンがまた緑から赤に変化した。胸を借りるつもりでいたが、百戦錬磨の傭兵部隊と新米戦闘機パイロットを戦わせたら、この結果である。オペレーターたちはレーダー画面をにらみ、タッチパネルを操作し、戦闘機パイロットに指示を出す。この傭兵部隊が優れた戦力を持っている理由が分かった気がした。"ウォーバーズ"がこれほどまでの戦力を持っている理由は、戦闘機パイロット自身の腕前もさることながら、この要撃管制官たちの適格な指示があってこそということであるという結論に至った。

 司令官のゴードン・スタンリーがタッチパネルとキーボードを操作し、ゆっくりとした口調で確実に戦闘機パイロットに指示を出している。この男の様子は冷静沈着そのもの。若い日本人の女性オペレーターはじっとレーダースコープの画面を眺め、ヘッドセットのマイクに向かって話し、キーボードを操作してデータリンクで戦況を戦闘機パイロットに送る。まるで、空の戦場のというオーケストラの指揮者と言うべきか、映画作品の監督と言うべきか。このE-737のオペレーションルームにいる男女たちは、空中戦の支配者というべき存在だ。是非とも、空軍のE-2Cのオペレーターを訓練目的でここに送り込むようバリス大佐に進言しよう、とシャリク大尉は決めた。それを"ウォーバーズ"のクルーが受け入れてくれるかどうかは別問題になってくるが。


 9月2日 0914時 エジプト上空


 2機のエジプト空軍のF-16Cが慌てた様子でブレイクし、低空に向かった。後ろからはF/A-18Cとタイフーンが迫る。F/A-18Cに乗るパトリック・コガワは、正直、このエジプト空軍の空戦の技量の低下が心配になってきた。これは、原因を抜本的に追及する必要がある。それにしても酷すぎる。1年前に共同訓練を行ったUAE空軍のパイロットはここまで技量が低い者はいなかったはずなのに。

 コガワは正面の戦闘機をレーダーでロックし、AMRAAMで"撃墜"した。続いて、そいつの二番機も同様に"撃ち落とす"。これは、訓練を中止して、エジプト空軍の訓練シラバスを抜本的に見直すべきなのではないのだろうか。ただ、思い当たる節が無いことは無かった。この訓練の前のブリーフィングで、若いパイロットが最近、訓練飛行の時間が去年と比べて6割程度まで削減されてしまっているとコガワに漏らしていたのだ。しかし、飛行時間と訓練内容がものを言う戦闘機パイロットの訓練時間を削るというのは、航空戦力にとっては致命的なやり方だ。デブリーフィングでバリス大佐とシャリク大尉には、パイロットの飛行時間を増やすよう進言する必要がありそうだ。しかし、それは空軍全体の問題であるだろうから、そう簡単に解決できそうな問題ではないことは、コガワ自身も頭の中では理解できていた。

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