射爆訓練-2
9月1日 0821時 エジプト南部
佐藤勇はF-15Cのコックピットの物入からタブレット端末を取り出し、ブリーフィング資料を表示させた。そろそろスモーキーSAMが配置されているとされる地点に差し掛かる。
「"ウォーバード1"から全機へ。そろそろ地対空ミサイルサイトに入り込む。レーダー警報装置に注意しろ」
そう言った矢先、レーダー警報装置が耳障りな電子音を立ててレーダー照射を受けていることを知らせてきた。
「Xバンドレーダー検知!ECM作動!」
佐藤はAN/ALQ-188(v)5を作動させた。これは最新型の模擬戦用のECM装置で、Su-27やMiG-29が持つECM性能をシミュレートできる。この装置は、ウェイン・ラッセルのF-15Eとジェイソン・ヒラタのF-16Vにも搭載されている。更に、ニコライ・コルチャックのSu-35Sの翼端のミサイルランチャーは、L265M10-02ヒービヌィ-Mジャミングポッドに換装されていた。強力な電子戦環境を作り出すことができるそれらの装置は、訓練でも実戦でも多いに役に立っている。
『こちら"ウォーバード4"、ECMレベルを確認してくれ、隊長』
佐藤はコックピットの戦術ディスプレイを見た。かなり強烈なECMが相手側に仕掛けられている。4機の戦闘機によって、4つの周波数に対してジャミングが仕掛けられているため、相手側はかなり難儀しているはずだ。電子戦装置は能力向上改修が施され、一部、周波数のスクランブル化もなされている。
アフマド・アリー・シャリク大尉は部下が乗る2機のラファールCと1機のラファールBを引き連れて"ウォーバーズ"の編隊の後ろから射爆場へと向かっていた。主翼のハードポイントにそれぞれ1つずつ取り付けた三連ラックを介して6発のAASMを搭載している。
「"サンド1"より各機へ。ミサイルサイトにジャミングを仕掛ける。だからと言って、奴らがミサイルを外すとは限らん、油断するな!」
一方で、スモーキーSAMの管制室のレーダー画面は強烈なジャミングによって乱れていた。傭兵部隊がここまでの電子線能力を持っているのは、エジプト空軍からしてみたら予想外だったようだ。
「くそっ、ECCM!レーダーを回復させろ!」
「畜生!かなり強烈なECMだ。しかも、4つの周波数に同時に仕掛けられている!」
「ダメだ!砂嵐で、ちっとも見えやしない!」
「なんなんだこれは!?このままだと"敵機"が通過しちまうぞ!」
レーダー士官がそう言った直後、戦闘機が上空を通り抜ける爆音が聞こえてきた。
9月1日 0828時 エジプト カイロ西空軍基地
「攻撃部隊がウェイポイント・デルタを通過。順調にターゲットに向かっています」
リー・ミンがゴードン・スタンリーに報告した。どうやら、コルチャックが乗るSu-35Sに搭載した新型の電子戦装置はしっかりと役割を果たした。スモーキーSAM照準用レーダーには、より実戦に近い状況を作り出すために高度なECCM機能が備わっているが、L265M10-02とAN/ALQ-188(v)5は完璧に仕事をこなし、敵の地対空ミサイルのレーダーに手も足も出させなかった。ウェイポイント・デルタには、スモーキーSAMサイトがあり、もし、相手側が攻撃機編隊に狙いをつけていた場合、戦術レーダー画面に地対空ミサイルを表す光点が表示されるのだが、それが一切表示されていない。
この関門を通り抜けた攻撃部隊を待ち受けているのは迎撃機だ。今回の演習でその役目を演じるのは、エジプト空軍の8機のMiG-35S戦闘機だ。
9月1日 0831時 エジプト上空
「"ヘリオス"よりキャット隊全機へ。敵攻撃機編隊がSAMサイトを潜り抜けて弾薬庫を目指している!急ぎ迎撃に向かえ!」
エジプト空軍のE-2Cホークアイ早期警戒機が迎撃部隊に指示を出した。SAMサイトを突破されたのは予想外だった。なにせ、スモーキーSAMの照準に使用したのは、最新鋭のS-300地対空ミサイルの照準・索敵に利用する索敵レーダーの76N6と96L6E、追跡レーダーの30N6E1だ。それをジャミングで妨害し、あまつさえその電波の追跡を躱して見せたのだ。ホークアイのレーダー管制官は、まるで馬鹿にされたような気持ちになった。ここ数年で多額の予算をかけて構築したエジプト軍の地対空ミサイルによる防空システムを、完全に突破して見せたのだ。それも、たった数機の戦闘機に搭載した、ちっぽけな電子妨害装置で、だ。
『"キャット1"了解。敵は何機だ?』
「全部で13機だ!くそっ、奴らの電子戦能力を甘く見すぎていたか!」
レーダー管制官は、8つの輝点が"敵機"に向かっているのをモニター上で確認した。だが、電子妨害のせいなのか、画面が乱れ、"敵機"の追跡が困難になった。
「ダメだ!ECMが強すぎて、こっちのレーダーで追跡できない!あとは、自分で何とかしてくれ!」
「"キャット1"より全機へ!AEWが使えなくなった!後は自分たちで何とかするしかなくなった!畜生!」
ハッサン・アル・ハキーム少佐はMiG-29Mの機内で、如何に自分たちが電子機器に頼り切った戦い方をしているのかを痛感した。多機能ディスプレイのレーダー画面は乱れ、使い物にならなくなった。こうなったら、昔ながらの戦い方をするしかない。幸いにも、無線機にまでジャミングは及んでいなかった。
「"キャット1"より、キャット隊全機へ。こうなったら、機関砲と赤外線ミサイルだけで攻撃する。IRSTと、自分の目を信じろ!目を凝らして敵機をよく探せ!以上だ!」




