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ナイル上空の演習-4

 8月29日 0937時 エジプト ナイル川上空


 "サンド3"ことアリー・ビン・ラシード少尉が乗るラファールCの左エンジンが完全にフレームアウトした。コックピット内では警報が鳴り響き、電子化された女性の声が『Warning, Engine Flame Out』と警告を繰り返す。まだ正常に作動していた右エンジンのコンプレッサーの圧力も下がってきた。このまま飛び続けて基地に帰還できるかどうか、かなり怪しくなってきた。

「"サンド3"より"サンド1"へ。右エンジンの状態も悪くなってきました。推力が下がっています。このまま飛び続けるのは、かなり難しくなってきました」

『"サンド3"、ベイルアウトするか?』

「まだ何とかなりそうですが、墜落も時間の問題になってきそうです」

『無理はするな。いざとなったら機体を捨てて、救難信号を送れ』

「わかりました。そうします」


 ラファールCの高度が下がってきた。ラシード少尉はグライダーのように戦闘機を滑空させながら、何度もエンジンのリスタートを試みた。だが、エンジンは全く反応せず、息を吹き返す様子は無い。この最新鋭機は、少しずつ、地面に向かって降下しつつある。HUDの高度メーターの数字がだんだんと減っていくのを見ながら、ラシード少尉は戦闘機を操作し、少しでも基地に近づけ、可能であれば滑空着陸を試みようと努力していた。


 佐藤勇はF-15Cのコックピットの中で、ラファールの降下速度と高度を計算していた。どう考えてもカイロ西空軍基地にたどり着くのは不可能だ。では、近くに飛行場は?ラファールくらいの戦闘機ならば、2000m級の滑走路さえあれば、滑空着陸をさせることも不可能ではない。勿論、成功率は決して高いとは言えない。だが、ベイルアウトをさせるというのならば、パイロットがいなくなった戦闘機をどこに落とすということをしっかり考えなければならない。間違っても、住民がいる地域の真上に落とす訳にはいかないのだ。


 8月29日 0938時 エジプト上空


 ゴードン・スタンリーはE-737の機内でレーダースコープとにらめっこをしていた。"サンド3"のアイコンが示す飛行高度が毎秒ごとにどんどん下がっている。ラファールならば高度ゼロ、速度ゼロでも比較的安全に脱出することができる。もし、エンジンが回復しない場合、ラシード少尉を緊急脱出させなければ非常に危険だ。先ほど、ラシード少尉とは無線で連絡を取ることはできた。彼は、現状は滑空状態で機体を制御できているため、緊急脱出は暫く様子を見て行う、と返事をしてきた。

「これは・・・・・とても大丈夫とは思えんな。カジム中佐がどう判断するか次第だが・・・・・・」

 基本的に、"ウォーバーズ"とエジプト空軍は、演習中における指揮系統を別々とするという取り決めを行っていたため、スタンリーが命令を出せるのは"ウォーバーズ"のメンバーに対してのみだ。

「しかし、このままではエンジンを再始動させることができたとしても、回復が間に合うかどうかは微妙なところです」とリー・ミン。

 現代の射出座席は高度ゼロ、速度ゼロでも安全にパイロットを脱出させることができるとされてはいるものの、それも状況によって異なる。 

「このまま滑空させた場合は、あと10分で地面に衝突します」レーダースコープを確認しながら原田景が言った。

「この先は・・・・・何もない砂漠か。ベイルアウトさせるとしたら、あの辺りでさせないとな」


 ラシード少尉のラファールの高度はじわじわと下がり続けていた。ラダーとカナード、フラップが動いているのを見る限り、バッテリーはまだ生きているようだ。だとしたら、滑空による不時着ができない場合、緊急脱出をさせることは可能のはずだ。

「""サンド3"、"サンド1"だ。状態はどうだ?」

『電気系統はまだ生きています。コクピットの表示は正常です。エンジン停止の警報が出ている以外は』

「エンジンはリスタートできそうか?」

『一度やってみます』

 ラファールCは暫く滑空を続けた。エンジンからアフターバーナーが出ていないところを見る限り、リスタートはできていないようだ。

『ダメです。フレームアウトの表示のままです。バッテリーも残り少なくなってきました』

 フライバイワイヤの機体にとって、電源を失うことは、すなわち、機体のコントロールを失うことになる。コンピューターからの電気信号で全ての操縦翼面を動かすからだ。


 カジム中佐は考えた。ラシード少尉のラファールと並走するように飛んでいる傭兵のF-15Cの高度を考えると、もう時間はあまり残されていない。そろそろ滑空させたまま基地へ向かわせるか、それともベイルアウトさせるか、決断しなければならない。バッテリーがゼロになると、射出座席を使うことすらできなくなるだろう。

「仕方がない。"サンド1"より"サンド3"へ。ベイルアウトしろ。すぐに迎えのヘリを呼ぶ。脱出した後、救難無線を作動させろ」

『了解です。"サンド3"、ベイルアウト』


 ラシード少尉が射出ハンドルを引くと、ラファールCのキャノピーが吹き飛び、直後に射出座席のロケットモーターが作動し、すさまじい勢いでパイロットを空へと撃ちだした。その直後、パラシュートが開き、ラシード少尉は宙吊りになったまま空を漂い始めた。主のなくなった戦闘機は、重力の法則に従い、数秒間落下した後、砂漠に叩きつけられ爆発した。どうやら、燃料は十分残った状態だったらしい。それにしても、なぜ、突然、機体の電源が失われ、エンジンは停止してしまったのか。事故原因の究明には、数か月から1年以上はかかるだろう。


「"ウォーバード1"より"ゴッドアイ"へ。救難部隊はどうなっている?」

『既にエジプト空軍の救難部隊が離陸しています。あと30分程度で現着予定です』リー・ミンが答えた。

「わかった。後はどうする?」

『カイロ西空軍基地より、訓練を打ち切り、撤収せよとのことです』

「わかった。では、帰還する。ウォーバード全機、RTB」

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