雨の島
8月1日 1400時 ディエゴガルシア島
「それでは諸君、再来週に迫った演習について説明する」
ゴードン・スタンリーが、ブリーフィングルームに集まった部下たちを見回した。
「今回は、エジプト空軍との合同演習が行われる。エジプト政府は最近、アメリカやフランスといった、国家間だけとの同盟関係から脱却し、複数の傭兵組織やPMCとの関係を強化している。今回の演習は、その一環となるものだ」
窓の外は、雨が激しく降り、まるで機銃掃射のように雨粒が建物を叩く。この熱帯に近い気候の島では、別に珍しいことではない。
「まあ、時期を考えたら、この島はまだまだ暑苦しい頃だ。勿論、演習が終わったら、恒例の観光旅行だ。エジプトは、歴史的価値のある遺跡がたくさんあるし、博物館も1日では見回れない規模だ。それでは、諸君、各自で、または皆で協力しあって、演習の準備を進めておくように」
それから1時間後、シモン・ツァハレムは、AH-64Eアパッチ・ガーディアンが入れられたハンガーから、外の様子を眺めた。雨はますます激しくなり、視界も悪い。普段は、はっきり見ることができる紺碧の海も、鉛色の雨のカーテンに遮られて見ることができない。今日の飛行訓練は、安全が確保できないという理由で中止となっていた。スクランブル発進する戦闘機も、不明機が基地上空ギリギリのところに来るまで待機することとなった。
「いやー、酷いなこれは。こんな中を飛んでいくだなんて御免だね」
相棒のデイヴィッド・ベングリオンが、アパッチの前部座席から下りて言った。つい最近、彼らのAH-64Dは改修を受け、AH-64Eアパッチ・ガーディアンと呼ばれる機体として生まれ変わったばかりだ。主な特徴は、データリンク機能が強化されたことだ
「確かに、イスラエルじゃ、こんなに酷い雨は経験したことが無いな」ツァハレムが返す。
「そうそう。そいつの使い方は馴れたか?」
ベングリオンが、アパッチの両方のスタブウィングの翼端にそれぞれ取り付けられた、2つの細い筒が一組になっているものを指差した。
「ああ。問題無いさ。スティンガーが追加されたくらい、どうってこと無い」
「じゃあ、大丈夫だな。後は、訓練次第だな」
8月1日 1937時 ディエゴガルシア島
先程まで非常に激しく降っていた雨が、ようやく小降りになった。滑走路もエプロンも水浸しで、スニーカーやランニングシューズでは、足首から水が中に入ってくるくらいだ。なので、基地の人々は、ゴム製のコンバットブーツを履き、防水加工されたポンチョを羽織っている。
夜空の北側に、小さな星の瞬きが見えてきた。そして、それは段々と大きくなり、基地へ近づいてくる。それは、C-5Mギャラクシー輸送機の着陸灯であった。C-5が激しく水飛沫を上げながら着陸し、エプロンへタキシングすると、更にもう1機のギャラクシーが滑走路へアプローチを始めた。
2機の巨人飛行機を、自動小銃や散弾銃で武装した警備員たちが出迎えた。格納庫脇の監視塔からは、バレットM82A1やステアーHi-50といった対物ライフルで、狙撃手が飛行機のコックピットとエンジンに狙いをつける。更には、エプロン脇に設置された、VADS20mm対空機関砲も飛行機に向けられている。その間に3機のKC-10A空中給油機が着陸した。この輸送機は、"ウォーバーズ"と同盟関係にある傭兵部隊"アーセナル・ロジスティックス"のものだ。
「やれやれ、この時期のディエゴ・ガルシアは、酷いものだな」
出迎えに来たゴードン・スタンリーとパトリック・コガワにハーバート・ボイドが話しかけた。ブーツの踝近くまで水に浸かっている。
「また天気が酷くなりそうなようだし、インドからの長旅で疲れただろ。今日は泊まって行けばいい」
スタンリーはボイドにタブレットPCを差し出した。天気図によれば、程なくして、再び強烈な低気圧が島に上陸する予報だ。
「有難い。実は、ここ数日、まともに飯が食えてなくてな。この後は、スリランカを経由して、バリ島に行って休暇にする予定だったんだ。俺たちみたいな後方支援部隊は、どこもかしこも引っ張りだこでね」
大規模な後方支援体制を独自に持つ傭兵部隊というのは、まずは存在せず、陸上戦力を主体にする組織ならばタンクローリーや弾薬車、海戦を専門にする部隊は給油艦や弾薬貨物艦、航空戦力主体ならば、輸送機と救難ヘリ、空中給油機をそれぞれ少数持っている程度で、ほとんどのリソースを正面戦闘用の装備に取られている。そのため、彼らの後方支援を買ってでる傭兵部隊というものが存在している。彼らは、戦地などでの物資の補給や人員輸送、更には駐屯地の建設に至る様々な後方支援を請け負っている。"アーセナル・ロジスティックス"は、そんな業務を行っている傭兵部隊の一つだ。
「お前さんたち、今度はどこか行くのか?」
ボイドがスタンリーに訊いた。
「ああ。エジプトだ。空軍から合同演習を持ちかけられた」
「ほう。ならば、また物資輸送が必要だな。そうなったら、俺たちを使ってくれよ」
「ああ。宜しく頼む」