ナイル上空の演習-3
8月29日 0925時 エジプト ナイル川上空
マームード・アリ・カジム中佐が乗る機体を除く、2機のエジプト空軍機が散り散りになって逃げ出した。ラファールCは急降下して、一旦"敵機"を躱そうとした。そもそも、この演習にカジム中佐が連れてきていたのは、飛行時間が少ない若手たちだった。そのうちの1人は、K-8練習機からラファールへ機種転換訓練を終えたばかりで、操縦資格を得て間もない最若手であった。
「全機、俺について来い!」
カジムが無線に怒鳴った。2番機が即座に飛行コースを変えて、カジムの僚機の位置に付く。どうやら、チャフとフレアを散布し、即座に電子対抗手段を取ったおかげで、演習ソフトウェアがミサイルを躱したと判断したらしい。
「"サンド3"、聞こえるか?」
応答が無い。
「"サンド3"どうした?応答しろ」
沈黙。
「"サンド3"、返事をしろ!」
カジムは緊急事態だと判断し、演習の打ち切りを決めた。
「"ウォーバード1"、こちら"サンド1"。トラブルだ。"サンド3"から応答が無い」
佐藤勇はF-15Cの高度を一旦下げて、"サンド3"の捜索をすることにした。後ろからは仲間たちもついてきている。幸いにも、AN/APG-82(v)1レーダーで、機影を捉えることができた。
「"ウォーバード1"から"ゴッドアイ"へ。"サンド3"をレーダーで捕らえた。だが、かなり低空を飛んでいる。何をしているんだ?」
佐藤はF-15Cの高度を下げ、もう少しラファールCへと接近してみた。もしかすると、何か機体にトラブルが発生しているのかもしれない。
「"サンド3"、聞こえるか?"ウォーバード1"だ」
『こちら"サンド3"。左エンジンの推力が急に下がってきた。なんとか飛べているが、長くは持たないかもしれない。万が一に備えて、基地で救助ヘリの準備をさせてもらいたい』
「わかった"サンド3"、基地までエスコートする。無理だけはするな」
『"サンド1"より"サンド3"、どんな調子だ?』
『左エンジンの推力が急に下がって、そのまま回復しません。まだフレームアウトはしていませんが、そうなるのも時間の問題でしょう。念の為、救助ヘリの要請をお願いします』
『ベイルアウトするか?』
『いえ。まだ飛ぶことはできそうです。ですが、至急、基地へ戻る必要があります』
『わかった。我々でエスコートする。しかし、無理だけはするな。どうしようも無くなった場合は、戦闘機を捨てろ。いいな?』
『わかりました』
『右エンジンの状態はどうだ?』
『右エンジンは正常です』
8月29日 0934時 エジプト上空
「何が起きた?」
ゴードン・スタンリーはE-737の機内でリー・ミンに訊いた。
「エジプト空軍のラファールにトラブルです。どうやら、エンジンの調子が悪いようで、訓練を打ち切らざるを得なくなりそうです」
「ううむ。こればかりは仕方がないか。状態はどうだと報告してきている?」
「左エンジンの推力が急に低下して、そのまま上がらないようです。飛行自体は続けられそうですが、至急、着陸する必要があります」
「わかった。カジム中佐は何と言っている」
「安全のため訓練を打ち切って、全機、帰還するそうです」
「ああ。その方がいいだろう。空軍が手塩にかけて育てたパイロットと、8000万ドルの戦闘機を失うわけにはいかないからな。やれ、我々も帰還することにしよう。ミン、トラブルに巻き込まれている戦闘機の誘導をしてやってくれ」
「わかりました」
ラファールCは慎重に機体を旋回させ、基地の方向へと転進させた。エンジンにトラブルを抱えており、余計な負荷をかけられないことから、緩やかな大回りとなった。
8月29日 0937時 カイロ西空軍基地
基地のエプロンがにわかに慌ただしくなった。2機のUH-60Aヘリにパイロットと救難隊員が乗り込み、待機状態となった。そんな中、ロバート・ブリッグズとイアン・コナリーも、整備員たちと共にCV-22Bの状態を点検していた。ブライアン・ニールセンとキャシー・ゲイツも、隣に置かれているHH-60Wの状態を確認している。もしかしたら、自分たちも出動する必要が出てくるかもしれないと考えたためだ。
「それで、何が起きたんだ?」
バック・コーエンが相棒のトーマス・ボーンに訊いた。
「エジプト空軍の戦闘機にエンジントラブルだ。今の所はまだ飛んでいるらしいが、墜落か不時着するのも時間の問題だ」
「位置は?」
「ちょうどこの辺りだ。ここでユウたちと空戦訓練中だったらしい。我らが司令官殿が、戦闘機にエスコートさせている。すぐにでも俺たちの出番が来るかもしれん」
「わかった。今のうちにヘリの準備をしておこう。ロバート、オスプレイの状態はどうだ?」
ブリッグズがコードで電源車に繋がれたオスプレイのコックピットの後ろの扉を開け、顔を覗かせた。
「バッチリだ。いつでも飛び立てる。任せてくれ」
2機のUH-60Aの低いローター音のピッチが上がり、誘導路をタキシングし始めた。どうやら戦闘機は墜落してしまったらしい。
「俺たちの出番が来るまでも無ければいいが」
ブリッグズは飛んでいくヘリを見上げて、そう一人ごちた。




