ナイル上空の演習-2
8月29日 0923時 エジプト上空
"ウォーバーズ"の戦闘機部隊は、エジプト空軍の部隊を発見した。と、言うよりは、E-737のレーダーが捉えた対抗部隊の位置情報をデータリンクで転送してもらっただけであった。
「こちら"ウォーバード1"、中射程ミサイルを用意せよ」
佐藤は兵装選択画面でAIM-120Cを選択した。あと数十秒で対抗部隊は射程圏内に入る。
『"ウォーバード3"、ミサイル発射準備完了』
『"ウォーバード4"、いつでも攻撃可能だ』
『"ウォーバード7"、敵機射程圏内』
ハンス・シュナイダーが乗るタイフーンFGR.4に搭載されているミーティアは更に射程が長いので、"敵機"はとっくのとうにミサイルの射程圏内に捉えられているはずだ。
佐藤はレーダーモードを索敵から交戦に切り替えた。ミサイル・シミュレーターを起動する。武装はAIM-120CとAIM-9Xをそれぞれ4発ずつ搭載しているという想定だ。実際には、翼の下のパイロンに取り付けられたLAU-128に1基だけ、AIM-9Xのキャプティブ弾を搭載しているだけだ。これは、シーカーだけが機能する訓練用の模擬ミサイルであり、敵を撃墜する能力は皆無だ。他のメンバーも、これと同様に、赤外線誘導ミサイルの模擬弾を搭載していた。
マームード・アリ・カジム中佐は、3機のラファールCを引き連れて訓練空域へと向かっていた。敵はF-15CとF/A-18C、Su-35S、ユーロファイターの4機だ。どれも非常に空戦性能に長け、油断のならない機体だ。しかも、乗っているのが、各地の紛争で修羅場をくぐり抜けてきた百戦錬磨の傭兵ときている。相手にとって不足は無い。GPSデジタルマップを確認すると、もうすぐ交戦予定空域に入る。とは言え、あいつらはズルをしている、とカジム中佐は思っていた。こっちは地上のレーダーサイトからのデータリンクのみに頼っているが、向こうは常にAWACSの援護が付いているのだ。これは、はっきり言ってフェアでは無いが、実際の戦争はお互いにフェアプレーなど、まず、ありえない。いかにズルをして、相手を先に撃ち落とすか。それがルールだ。
「敵機は正面から来ているぞ。あと少しでミサイルの射程距離だ。優先ターゲットの情報を送る」
ゴードン・スタンリーはタッチパネル上のエジプト空軍の戦闘機のアイコンをタッチペンで突いた。これで、味方の戦闘機部隊には、"敵機"の正確な方位、速度、高度が伝わったはずだ。
F-15Cのデジタルディスプレイに"敵機"の数、距離、高度、速度が表示された。データリンクで僚機にも送信される。
『"ウォーバード7"、敵機ミサイル射程内』
『"ウォーバード3"、敵機を捉えたが、まだミサイルの射程外だ』
『"ウォーバード4"、こちらも敵を捉えた』
「"ウォーバード1"より全機へ。一斉攻撃を仕掛ける。合図があるまで攻撃待て」
『"4"了解』
『"3"了解。合図まで待機する』
『"7"了解』
カジム中佐は地上のレーダーサイトからようやく"敵機"の情報を得た。遅すぎる。エジプト空軍のレーダーサイトとデータリンクシステムは、"ウォーバーズ"が持っているそれと比べて1世代ほど旧式のものだ。近年は、自由に資金を使えるPMCや傭兵部隊の方が、軍よりも高価で性能の良い電子機器を使用しているケースが多い。昨日、E-737に搭載されていたデータリンク装置を見学させてもらったが、それは驚くべきものだった。それは、Link16の発展型で、ほぼ完全にリアルタイムで戦場の動向を確認することができる。
ラファールBにはフランス製のチャフ・フレアディスペンサー、電子防御装置、ミサイル警報装置が搭載されている。フランス空軍の機体に搭載されているものと同じものだ。
"敵機"は、とっくのとうに自分たちを発見し、追跡しているはずだ。だが、こちらからは敵機は"見えない"。だが、こっちには先日と違い、心強い味方がいた。
エジプト空軍のE-2Cホークアイ早期警戒機が、訓練空域の上空を飛んでいた。この機体に乗るクルーが、エジプト空軍の"目"となる。E-2Cはアメリカ製のLink16を搭載し、F-16C、ラファール、MiG-29Mとのデジタルデータリンクが可能だ。お互いに、AEWの援護がある中での空中戦となる。これはなかなか面白いことになりそうだ。
カジム中佐はE-2Cからのデータリンクで"敵機"の位置を確認した。しかし、E-2Cに比べて、E-737は大型のレーダーを使う分、より広い範囲を"見る"ことができる。きっと、連中は既に自分たちの位置を確認済みの筈だ。カジムはそう自分に言い聞かせた。
佐藤勇はF-15Cのコックピットの中で、ディスプレイ上に表示される"敵機"との距離の数字を眺めながら、リズムを取っていた。そして、ある程度の距離まで近づくのを待ってから、レーダーモードを遠距離追跡モードから中距離交戦モードに切り替え、AIM-120Cの発射準備に取り掛かった。そして、1番機を標的に選んだ。
「"ウォーバード1"、ミサイル発射準備完了」
『"ウォーバード3"、敵機ロックオン』
『"ウォーバード4"、攻撃準備完了』
『"7"、戦闘準備完了』
「撃て」
ミサイルが"発射"された。但し、演習用ソフトウェア上での事だ。しかし、エジプト空軍部隊の戦闘機の機内では、けたたましく警報音が鳴り始めた。
「畜生!」
カジム中佐はラファールCの操縦桿を倒し、回避機動を取った。3機の僚機も一斉に同じ行動を取る。しかし、この班の最若手の少尉が乗る4番機が、一瞬遅れた。そのせいで彼が乗るラファールCはAMRAAMに捕らえられ、"撃墜"された。少尉はかぶりを振ると方向転換し、基地へと帰還していった。




