Four by Four-1
8月25日 0919時 エジプト上空
佐藤勇はラファールB戦闘機の後席に座り、若手パイロットである少尉の操縦を観察していた。4機のラファールBの後ろには佐藤の他、パトリック・コガワ、ニコライ・コルチャック、オレグ・カジンスキーが乗っている。
ラファールBのWSO兼副操縦士席にはHUDが無く、大きなカラー表示式ディスプレイが3枚ある。操縦桿とスロットルが両サイドに備え付けられ、ラダーペダルもある。
今回は、エジプト空軍のラファールBとF-16Cによる、4対4の空戦訓練が行われる。その前に、佐藤たちは、ラファールの簡単な操縦訓練を受けていた。何のことはない。外観が変わっただけで、やることは同じだった。だが、油圧式操縦系統であるF-15Cに慣れていた佐藤にとっては、ラダーペダル、スロットル、操縦桿が一切動かない、フライバイワイヤ式のラファールの操縦操作は、少し違和感を感じた。
最近、佐藤のF-15Cとウェイン・ラッセル、ケイシー・ロックウェルのF-15Eを改修する話が持ち上がっていた。ボーイングのPMC・傭兵部隊への販売部門の人間が、F-15X型を提案してきたのだ。現在、アメリカの他、日本とカタール、イスラエル、シンガポール、サウジアラビアに売り込みを開始している。また、アメリカにとって有益となる傭兵組織や、PMCへの販売も許可されているようだ。
確かに、F-15Cでは、現状として、訓練に於いても、コルチャックのSu-35Sやシュナイダーのユーロファイター相手では、厳しいと感じる事が少なくない。おまけに、テロリストが、そういった最新鋭機を保有し、テロ攻撃を仕掛けてくるケースも多々ある。
戦闘機の改修は喫緊の課題だ。それは、数々の実戦をこなした、佐藤たちがよくわかっていた。
教官たちは、学生パイロットの編隊とは別ルートから訓練空域へと向かっていた。新米たちが、戦闘機での総飛行時間が200時間前後なのに対して、教官たちは1000時間と、5倍近い開きがあった。しかし、強力な空軍戦力を持つ、アメリカ、イスラエル、中国、日本、ロシアといった国の戦闘機パイロットたちと比べると、エジプト空軍の戦闘機パイロットの飛行時間はかなり短かった。
更に、"ウォーバーズ"のパイロットと比べたら、彼らの技量は正に雲泥の差である。だが、教官相手では、どうなるのかは未知数であった。
「そろそろ敵がレーダーで捉えられるはずだ。警戒しろ」
佐藤が無線で僚機へ言った。
『"サンド2"了解』コガワが答える。
『"サンド3"了解』コルチャックも続く。
8月25日 0920時 エジプト上空
教官パイロットたちは、MiG-29Mに乗り、学生パイロットを迎え討つ体制を整えていた。エジプト空軍は現在、F-16C/D、ラファールB/C、MiG-29M/UBMの3種類の戦闘機を運用している。
「こちら"スコープ1"、敵を捉えた。攻撃する」
『"スコープ2"了解』
『"スコープ3"了解』
『"4"了解』
オレグ・カジンスキーは、自分がMiG-29Kに乗っている事もあって、フルクラムのことは熟知していた。その長所も、弱点も、全てだ。カジンスキーのMiG-29Kは、ロシア海軍とインド海軍が採用している、最新型の«9.41»バージョンである。機体構造と電子装置はMiG-29Mに準じたものになっている。
「ハキーム。フルクラムはすばしっこい。注意しろよ。エジプト空軍はフルクラムを買った時は、電子装置は何を載せているか聞いたことがあるか?」
「確か、ロシアから丸ごと全部買ったはずです。レーダーも、何もかも」
「フランスやイスラエルからの電子装置を載せたとかいう話は?」
「自分が知る限りでは、そういうのは全くありません」
「と、言うことは、ロシアのオリジナルの電子機器を、そっくりそのまま載せているということになるか」
1990年代から2000年代頃までは、ロシアの戦闘機の電子機器類は、西側のそれと比べて大きく遅れを取っていた。だが、状況が変わったのは、2010年台に入ってからだ。当時PAK-FAと呼ばれていたSu-57とSu-35Sの開発に於いて、スホーイとミコヤンに戦闘機用の電子機器を納入していたメーカーが、西側のそれと比べて遜色ない性能のものを開発し、量産を開始していた。
それまでは、PMCや傭兵部隊は、MiG-29SMTやSu-27SKMを使う場合、電子機器をフランス製やイスラエル製のものに換装するケースが多く見られ、フルクラムやフランカーを保有する多くの空軍も、それに倣っていた。が、最近では、ロシア製の電子機器の性能も向上したため、そういった措置を取る必要が無くなってきたのだ。
また、近年は、中国が、この分野で急成長を遂げており、中国製の電子機器を搭載したF-16やF/A-18なんかも傭兵部隊やPMCで使われてきているという話も聞く。
戦闘機を運用する組織が、国家が抱える海空軍のみでは無くなった今日では、こうした軍事技術は大きな市場であるため、日々進化している。それを、国同士の衝突では無く、傭兵部隊やPMC、あるいは武装勢力同士の小競り合いが加速させているというのは、何とも奇妙な話ではあった。
暫く飛び続けると、E-737に乗るリー・ミンから連絡が入った。
『こちら"ゴッドアイ"。そちらの正面から"敵機"接近中。方位358、距離3000、速度0.78です』
「サンド1了解。迎撃体制に移る。ムハンマド、大丈夫か?」佐藤が前席の学生パイロットに話しかけた。
「ええ。大丈夫です、教官殿」
「無茶はするな。そして、空戦機動の基本を忘れるな。奇をてらう必要は無い。但し、ミスには気をつけろ。自分の腕前を過信するな」
佐藤は、かつて所属していた部隊の空戦の心得を、ムハンマドに言った。
「わかりました。仰せのとおりに」
レーダー画面を見てみると、"敵機"との距離はどんどん縮まりつつあった。もうすぐ、MICA-EM中射程空対空ミサイルの射程距離に入るだろう。しかし、その前にこちらが"敵機"のAIM-120Cの射程距離に入ってしまうのだが。




