空戦演習-3
8月17日 1117時 エジプト上空
ハッサン・ケマルとハリー・トムソンは、E-737の自動操縦をカットし、操縦輪に手を添えた。訓練空域はエジプト空軍によって飛行禁止区域に指定されているが、フラフラと個人所有機などが入ってくる可能性もある。ケマルはコックピットの窓ごしに外の様子を確認した。空は真っ青に晴れ渡り、雲も殆ど見えない。遥か数百マイル先では、戦闘機が模擬空中戦を繰り広げているはずだが、勿論、自分たちの目には見えないが、ゴードン・スタンリー司令官以下、レーダー士官は"電子の目"を通して、戦場を"見下ろしている"はずだ。
ゴードン・スタンリーは、レーダー画面を眺め、それぞれの機体の動きをよく見た。エジプト空軍のラファールは編隊を組み直し、再び"ウォーバーズ"編隊へ攻撃を仕掛ける動きを見せていた。それに対して、"ウォーバーズ"は、2機ずつの編隊を3つ、3機編隊を1つ、編成して迎え撃つ態勢を整えている。
「"ゴッドアイ"から"ウォーバード1"へ。敵編隊が11時方向から接近中。5分でAMRAAMの射程に入ります」
原田景が警告を出した。MICA-EMの射程は約80km。こちらのAIM-120Cの射程とほぼ同じだ。どちらが先に槍を放つかで勝負が決まる。
『"ウォーバード1"了解。後はシナリオ通りに』
原田がどういう意味なのかを問いただす間もなく、レーダー画面上の戦闘機を示す光点は動き始めていた。
8月17日 1117時 エジプト上空
F-15C、ミラージュ2000C、Su-35S、MiG-29Kが編隊を組み、上昇しながら敵機へ向かって右側へ飛び去っていった。ラファールの編隊うち4機が、すれ違った後、旋回して"敵機"を追い始める。残る4機は爆撃を担当する5機の方へ飛んでいく。シナリオ上の防衛拠点は、まだスタンドオフミサイルの射程外だ。今、攻撃すれば、迎撃に間に合うはずだ。
ジェーソン・ヒラタはレーダー画面と戦術マップ画面を見て、ほぼこちらの予想通りにエジプト空軍部隊が動いているのを確認した。爆撃を担当するのは、F-15E、F-16V、F/A-18C、JAS-39C、タイフーンFGR.4だが、そのうち、グリペンとタイフーン以外はダミーだ。2機は、護衛される爆撃編隊の中に紛れ、"敵機"が襲撃を行ってきた場合、護衛機の本体が離れた隙を狙ってくるであろう"敵"の迎撃機を撃墜する任務を任されている。
「"ウォーバード2"より"ウォーバード6"へ。敵が引っかかった。やるぞ!」
F-15Eの胴体下からAGM-154Bのダミー弾が投棄された。F-16VとF/A-18Cの翼の下に搭載されている、同じダミー弾も砂漠の上に落とされる。3機は反転し、自分たちへ向かってくる敵機とヘッドオンする方向へ飛び始めた。それを尻目に、グリペンとタイフーンは、ターゲットへどんどん距離を縮めていく。
エジプト空軍のパイロットは面食らった。爆撃に向かっているはずの"敵"戦闘機が反転し、こちらに向かってくる。すると、レーダー警報装置が、敵にロックされていることを知らせてきた。パイロットはラファールを降下させ、避けようとしたが、AMRAAMは既に"発射"されていた。しかも、悪いことに演習用のトレーニング・ミッションソフトウェアは、既にAMRAAMのノーエスケープ・ゾーンにはまり込んでいると判断し、パイロットに"死亡"を宣告した。この演習で使われているミッションソフトウェアは、機体の起動データは事細かに記録するため、デブリーフィングで誤魔化すことは一切できない。パイロットは翼を振り、基地へ帰還していった。
8月17日 1119時 エジプト カイロ西空軍基地
演習空域のリアルタイム情報が表示されている大モニターを眺め、サイード・バリスは不満げに鼻を鳴らした。エジプト空軍側の戦闘機1機が撃墜判定を食らったのだ。"撃墜"された戦闘機のアイコンの色が青から黄色に変わり、その戦闘機は基地へと帰還していく。そして、更に1機が撃墜判定を受け、演習を打ち切って、訓練空域から離れていく。
「くそっ、、まさかこれ程までとはな・・・・・」
「連中の実力を甘く見てはいけません。例えば、この"ウォーバーズ"は保有航空機数と所属人員は通常規模の空軍飛行隊の半数程度ですが、どちらかと言えば"ミニ航空団"と言った方が正確でしょう。戦闘機とAEWだけではありません。輸送機と対潜哨戒機、救難ヘリとそれを護衛する攻撃ヘリ。ほぼ完全に自己完結で作戦行動を行えます。各地に散らばっている傭兵部隊の、ほぼ全てがこのような組織体制になっています。更には、複数の傭兵部隊が同盟関係を結び、片方が正面作戦を行い、もう片方が後方支援を行う、というケースも多数報告されています。それに、彼らは場数を多く踏んでいます。下手したら、訓練よりも実戦の方を多く経験している連中も少なくありません」
近くで一緒にモニターを見ていた、訓練部隊の教官の一人の中尉が話しかけた。
「実戦経験豊富。おまけに、装備も充実しているとなると、敵に回したら厄介だな。味方にしたら、かなり心強いが」
「ええ。なので、最近は、各国で傭兵部隊の"囲い込み"が行われています。が、連中は自由気ままな気風を守る傾向が強く、どんな餌を吊り下げようが、特定の国の味方をするような傭兵部隊は、まず、存在しません」
「ううむ」
「元々、軍から除隊した人間によって組織されていますが、かつて所属していた軍との関係を半ば、または完全に断ち切っている連中がほとんどです。簡単に味方に引き入れられると思わない方が良いでしょう」




