子供達にヒール
宜しくお願いします。
冒険者ギルドの職員サザンカさんから教会の場所を教えて貰い、ギルドから徒歩で30分程離れた聖人教会へ歩いて移動した。
ここサスナーの街には、聖サスナー教会とサスナー聖人教会2つの教会がある。魔法による治療を行っているのは聖人教会だ。
ここが、聖人教会かぁ~。……って、何か想像してた以上に地味だ。まぁ~教会に派手さは必要無いし当然と言えば当然か。
3つある建物の中央。三角屋根の建物が礼拝堂だ。礼拝堂の中へ移動する。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「こんにちはぁ~」
おぉ~。何だこの豪華さは……。
礼拝堂は、天井、壁、床、4本の大きな柱、その全てが鏡の様に磨かれた大理石。そして、祭壇の奥には天井まで届く大きなステンドグラスが一際異彩を放っていた。
実におしい。何ともおしい。何と言うかモチーフが非常に良く無い。中性的と表現すると良いのだろうが、何処と無く貪欲な印象を受ける。ふくよかな何か生理的に苦手な何かだ。異彩を放つモチーフは両腕を広げ空へと舞い上がる瞬間を表現しているようだ。見ているとそこはかとなく気分が悪く成る。
ステンドグラスから視線を外し礼拝堂を見回す。
誰もいないみたいだ。
……しかし、ステンドグラスは別にしても、この鏡の様に磨かれた大理石は凄い。まるで合わせ鏡の様に何重にも反射して幻想的だ。吸い込まれる。そんな錯覚すら覚える。
「あらぁ~。本日の礼拝は終了しましたよ」
おっと、吃驚。祭壇の奥に女性がいたのか。
「こんにちは、冒険者のトシって言います。礼拝では無く、治療の話が聞きたくて参りました」
「治療ですか……冒険者の方が教会にお見えになるなんて珍しいですね」
ステンドグラスを磨いていたのだろう。女性は作業の手を止め立ち上がると、微笑みながら近付いて来た。何だこの物凄い違和感は……。あぁ~。そうか、礼拝堂に巫女装束姿の若い女性。違和感の正体はこの巫女だ。
「冒険者は教会に来ませんか」
「はい。軍や冒険者ギルドには、保健診療室がありますから」
ふむ。……冒険者ギルドに登録した時、注意事項や説明に、保健診療室の名前は無かった。サザンカさんから聞いた覚えも無い。明日、聞いてみるか。
「ギルドに登録したばかりなので、まだ分からない事が多いんです」
「初心者さんでしたか。なるほどです。えっと……治療でしたよね。それでは、介護福祉施設のある孤児院へ移動しましょう。御案内致します」
「ありがとうございます」
孤児院に介護福祉施設がある訳か。中央の建物は礼拝堂。もう1つの建物は何だろう。
「あのぉ~巫女さん。この教会には3つ建物がありますが、礼拝堂と孤児院ともう1つは何ですか」
「あっ。聖なる職に就く者が名を名乗り忘れるなんて、私は、サスナー聖人教会の巫女ヤナと申します。宜しくお願いします。えっと冒険者の……」
「トシです」
「冒険者のトシさんですね」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします。ヤナさん」
「トシさんはこの国の生まれでは無いのですね」
「やっぱり分かりますか」
浴衣に下駄。こんな格好しているのは僕くらいだ。察しの良い人なら直ぐに気付くだろう。
「はい。この国に生まれ、この国で育った者なら、聖教会と聖人教会の違いを知っていますからね」
3つある建物の内の残り1つを聞いたつもりだったのだが。まぁ~。聞いておいて損は無いだろう。
「聖教会は、講堂と懺悔の部屋と教会事務所と神官(男性)居住区と巫女(女性)居住区が教会の中にひとまとめに成っています。講堂と神官巫女居住区の規模が大きい教会は、大聖堂と呼び名が変わります。聖人教会は、礼拝堂と教会事務所と神官居住区がひとまとめに成った中央礼拝堂と、礼拝堂の祭壇に向かって左側の孤児院。介護福祉施設や安置所や隔離施設があります。そして向かって右側の修道院。巫女を目指す巫女見習い居住区と巫女居住区があります。中央礼拝堂と孤児院と修道院。この3つをまとめて聖人教会と呼びます」
なるほどぉ~。
「勉強になりました」
親切な人で良かった。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
孤児院に入ると、介護福祉施設エリアにある介護部屋に案内された。そこには、石畳の上に薄い布団を敷いただけの病床が16個2列で並んでいた。
「巫女主輔祭様」
「どうしまた。姫巫女ヤナ。礼拝堂の掃除は終わったのですか」
どうやら、教会で働く女性は巫女装束で統一されているみたいだ。2人しか知らないけど……
「治療を希望する者がおりましたので、お連れしました」
「そうでしたか。後はこちらに任せて、貴方は礼拝堂に戻りなさい」
「はい。……トシさん。私は礼拝堂に戻ります」
「あっ。はい」
「はい。それではまた。貴方に創造神様の御導きがありますよに……」
ヤナさんは、祈りの言葉を残し、介護福祉施設を後にした。
えっと、あぁ~せめてこちらの初老の女性を紹介してから戻って欲しかったです。さて、どうしたものか。しかし、見れは見る程、違和感が凄いなぁ~。記憶の何処かに巫女装束に対してコンプレックスでもあるのか……。う~ん。考えても分から無いや。
「私は、サスナー聖人教会巫女主輔祭のインガと申します。獣人とのハーフです」
じゅうじん……。親のどちらかが外国人って事か。
「そうなんですね。僕は、イポーニィから来ました。冒険者のトシと言います」
記憶が断片でしか残って無いけど、イポーニィって国が故郷だって事だけはちゃんと覚えていた。
「イポーニィですか。トシさんは、どちらなのですか」
どちら……あれ。前にもこんな感じで聞かれた様な気が……ダメだ断片的にしか思い出せ無い。
『バタバタバタバタバタバタタッタッタッタ』
駆ける足音が複数人分響く。
「巫女主輔祭様ぁ~。神官修道司祭クレメント様はどちらに」
「何事ですか。巫女コニー。巫女ユタ。巫女カーナ」
「商業地区の西三条通で学校帰りの子供達が、貴族様が所有する馬車から逃げ出した愛玩動物に襲われたそうです。重体の子もいるそうです」
「そうでしたか。巫女コニー。巫女ユタは、急いでお湯の準備です。兎に角大量にです」
「「はい。巫女主輔祭様」」
「巫女カーナ。貴方は滞在介護者を診察中の神官修道司祭クレメント殿に、この事を伝えに行きなさい。滞在介護部屋の方ですよ」
「はい。巫女主輔祭様」
慌ただしく成って来た。手伝える事は無いだろうか。
「治療ってこの部屋でやるんですか」
「そうです。今からここは死との戦いの場になります。急ぎの治療で無いのでしたら、明日正規の時間の治療希望者の列に並んで順番を待っていただけますか」
「治療を受けに来た訳では無いので、明日でもいつでも構いません。正規の治療時間以外の時間を教えていただけますか」
「治療では無いのですか。では、ここへは何をしに……」
「ですから、治療の話を聞きたくて参りました」
「相談礼拝を希望されていたのですね。姫巫女ヤナは勘違いした様です。教会事務所で予約の受付をしておりますので、受付の者に神官修道司祭クレメントに相談礼拝を予約したいと伝えてください」
治癒治療で手伝える事が無いか聞きたいだけなのに予約する必要があるのか。今も重体の子供達がここへ向かって来ている。慢性的なヒーラー不足が数少ないヒーラーに過密労働を強いてるって感じか。
「分かりました。ですが、このまま帰るのも何なので、手伝います。何か手伝える事はありませんか」
「そうですか。ありがとうございます。それでは、扱える魔法の属性か魔法を教えていただけますか」
「はい。便利魔法しか使えませんが、土魔法のピソーク、グリャージ。水魔法のヴァダー、リュート。火魔法のアゴーニ。風魔法のウラガーン。無魔法のミュスクル、ムイースリ。光魔法のスヴェート。聖魔法のヒール、キュアが使えます」
「そうですか。それでは、申し訳ありませんが、お湯の準備をお願いします」
「分かりました。何処に行けば良いですか」
「はい。この部屋を出て左に真っ直ぐ進んでいただいてぇ―――……」
「どうしたんですか」
「い、今、ヒールとキュアが使えると仰いませんでしたか」
「はい。ヒールの方が専門です。キュアはまだ人に試した事が無いので何処まで何が出来るか分かりません」
「他人に試した事が無いだけですね。……神官修道司祭のクレメントが来ましたら、即席の検査になりますが魔力の確認を行いましょう。☆1でも反応が出る様でしたら、立派な神聖者。神聖なる者の1人です」
しんせいじゃ。また聞いた事の無い言葉が出て来たぞ。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『タッタッタッタッタッタ』
30代後半の男性が部屋に駆け込んで来た。
「インガ殿。運ばれて来る子供の数は……」
「クレメント殿。分かりません。重体の子供がいるとだけ報告が来ています」
「そうですか。お湯の準備は出来ていますか」
「はい。巫女が2人で準備しております」
「そうですか。……えっと、君は誰かな」
白衣を着たクレメントさんと目が合った。
「そうでした。クレメント殿。紹介します。イポーニィ出身の冒険者でシトさんです」
「インガさん。シトでは無く、トシです」
「あぁ、これは失礼致しました。トシさん。……こちらは、当教会で唯一のヒーラー神官修道司祭のクレメントです」
「冒険者のトシと言います。宜しくお願いします」
「あぁ~・・・今日は新人の神官が来る日だったか。神官修道司祭のクレメントだ。宜しく頼むよ」
「クレメント殿。トシさんは冒険者で、神官ではありません。聖魔法が使えるそうなので、今は即席検査だけで、問題が無ければ手伝っていただく予定です」
「なるほど。冒険者ですか。御協力感謝致します」
「困った時はお互い様ですから。……それで、何をすればいいのでしょうか」
「神聖魔法の何が使えるのかにもよります」
「トシさんは、ヒールとキュアが使えるそうです」
「ほ、本当ですか……ヒールを使える人が私を尋ねて来た時に使おうと思い用意していた魔法アイテムがあります。取って来ます」
『タッタッタッタッタ』
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『タッタッタッタッタッタ』
「はぁ~はぁ~はぁ~ふぅー。まだ、到着していませんね」
「クレメント殿。治療を開始する前から、疲れ果ててどうするのですか」
「いやいや疲れるだけの価値があります。これには」
何だ。銀色の棒……。長さは15~16cmってところか。
「それは何ですか」
「良くぞ聞いてくれました。これは、聖魔法を扱える者が持つと白く輝く魔法アイテムなのです。しかもですよ。3つの機能を10段階で確認する事が出来るのです。ただし、使用すると最初に使用した人しか使え無く成ります」
微妙に使い勝手の悪い道具だ。一度使ったら大抵の場合二度目は不要だ。
「変わった道具ですね」
「ラビリンス産の魔法アイテムです。手に持ったら魔力をこの銀の枝に流し込んでください」
ラビリンス。また聞いた事の無い単語が出て来たぞ。魔導具か……
考え事をしていると、クレメントさんから、銀色の棒を渡されてしまった。銀色の棒は持った瞬間白く輝き出した。
「おぉ~。まさに神聖なる輝き。素晴らしい。……神聖魔法を扱える証拠です。さぁ~ヒールを使うイメージで杖に魔力を流してみてください」
☆10の方がこの場合は良いのかな。
「分かりました≪ヒール≫」
銀色の棒は全体が神々しい白色の光で力強く輝く。
「何と……クレメント殿。この輝きは姫巫女が啓示を授かる際の輝きそのものではありませんか」
「はい。この銀の杖がここまで輝くとは思ってもいませんでした」
「≪キュア≫」
銀色の棒の輝きが、手に持った時よりは強い白色の輝きへと変化した。
「これでも凄い事のはずなのですが、先程の輝きを目にした後で、この輝きですと何か物足りなさを感じますね」
「はい。クレメント殿」
「冒険者殿は、キュアの☆は幾つなのですか」
「キュアは、9日前に覚えたばかりなので☆1です」
「覚えた……聖魔法を何かで習得したと」
「はい。魔法資料館で読んで覚えました」
「……魔法書を読んだだけで覚えたのでしょうか」
「その後で、色々やりましたが、まずは読んで覚えました」
変な空気になったけど、何か変な事言ったか……
その時だった。
『ガラガラガラガラ バタン』
孤児院が戦いの場へと変わった。
「危険域超過1名。危険域4名。警戒域マイナス3名。警戒域7名。警戒域プラス2名」
えっと。今にも死にそうな子が1人。重症4人。重症手前3人。軽傷7人。一応治療2人ってところかな。
「こっちの男の子は、フラッシュレッド。ポーションを飲ませ続け何とか繋いでいる状態です」
「分かりました」
「この子は、ライトレッドの状態からHPが回復しません。身体の中に魔物の唾液が入り込み化膿している可能性があります」
「こっちの子は、右足の膝から下を食い千切られ、左足は何度も噛み付かれ壊死の危険あり」
「分かりました」
「軽傷の子は、隣の介護部屋で応急処置を先に済ませておいてください。重症の子の治療が終わり次第そちらに行きます」
「分かりました。クレメント様」
「冒険者殿。足を失った女の子の治療を頼めますか」
「はい」
HPが2割切ってる。ヒールで回復させてから、キュアで状態異常を回復させれば良いのかな。
「≪ヒール≫」
介護部屋全体が神々しい白色の光に包まれる。
「冒険者殿ぉ~眩し過ぎて治療が出来ません。神聖魔法の輝きを少し抑えてはいただけませんか」
「それが、どうしてこんなに強く輝いてるのか、自分でも理由が全く分から無くて」
介護部屋を神々しい白色一色に染めていた輝きは30秒程続き収束した。
「クレメント殿。こちらの子の怪我が完治しています」
「インガ殿。私の方もです……」
「巫女主輔祭様。神官修道司祭様。これはいったい何が」
「結論から言うとだな。冒険者殿の神聖魔法が、子供達全員の命を救った」
僕は目の前で起こっている不可思議な現象を良く理解出来ずにいた。
「クレメントさん。確認したい事があります」
「どうしまた」
「この女の子は右足が無かったはずなんです。ですが、生えたと言うか再生したと言うか、あるんですけど……どうしたら良いですか」
ありがとうございました。