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異世界で幸せを手に入れました。  作者: 諏訪弘
遺跡を求めて
40/40

深海に咲く水宝の薔薇②~カシュ―ズローザサート~

「おおおぉぉぉ」


 ユリヤさんとエレーナさんと私は、目の前に広がる光景に感嘆の声を漏らした。


 ▽


「素晴らしいであろう。どうだ、素晴らしいであろう。遠慮は要らぬ。存分に楽しむが良いぞぉ。フッハッハッハッハッハァ」


 カシュちゃんは得意気に胸を張る。


「ここ……全部……薔薇」


 ユリヤさんは、カシュちゃんの居城に到着してから、ずっと片言でしか話しをしていない。


「の様ですね」


 エレーナさんに至っては、ユリヤさんの片言の言葉を肯定し繋げることしかしていない。


 大丈夫なのだろうかこの二人は。


「そうであろう。そうであろう。フッハッハッハッハッハァ」


 カシュちゃんは、そんな二人を尻目に、ドヤ顔の連続だ。




 ▽▲▽



 この森、禁断の森①ことメタノイア大緑地。あくまでもカシュちゃん曰くの呼称であり、この大陸の国々にはセクレート大森林としてその名が登録されている。


 セクレート大森林は、ドゥ―シャー自治区セクレート大森林自治管区セクレート大森林として、トシに高度な自治権が認められている。


 トシ曰く、セクレート大森林は家の森であって私有地。誰が何と言おうがルシミール王国のセクレート自治国ではない。勘違いしない様にお願いします。


 ▽


 この森を統べる魔王カチューシャ・ル・アフグリエーフ・ヴィリーキイ子爵ことカシュちゃん。幼女姿の彼女が得意気に胸を張り、何度も何度も頷く姿は見ていて微笑ましい。


 満面の笑みを浮かべながらのドヤ顔でなければ心からそう思えただろう。


 私は、エレーナさん、ユリヤさん、カシュちゃんと、カシュちゃんの居城に草花を採取しに来ている。


 当初の約束では、


「明日の朝焼けの間にロンズデーライトのロングテーブルがセッティングされていた暁には、朝食はロンズデーライトのロングテーブルのみで良い。他は要らぬ。そして、吾の城に咲き乱れる草花をローザサートもろとも全てトシ貴様にくれてやる」


「いっ……いいの」


 探しました。


 必死になって探しました。


 人脈を駆使し自前の能力をフル活用し探しました。


 …………そして、探し出しました。


 ロンズデーライトの鉱石を手に入れました。


 ロンズデーライトは異様なまでに硬く加工するのに難儀しました。


 私は必死でした。


 必死になって加工しました。


 必死に造りました。


 …………そして、完成させました。


 ロングテーブルを。


 約束した日の翌日の朝食に、完成させたロンズデーライトのロングテーブルを出しました。


 カシュちゃんは美味しそうに食べてくれました。


 ………………私は翌日の朝食にも、ロンズデーライトのロングテーブルを出しました。


 約束は変わりました。


「感動した。吾は感動したぞ。くれてやる。全てくれてやる。吾の城の物全部くれてやる。今から行くぞ。付いて来い」


 そして、今現在に至っている訳だ。



 ▽▲▽



「中庭の薔薇園を最後にして正解だったかもしれません」


「ふん。感謝するが良い。千言万語を費やすは徒労。心を傾けよ。感じよ。吾のローザサート(薔薇園)を。フッハッハッハッハッハァ」


 カシュちゃんは。唐突に笑い声を上げた。


 笑い方はぎこちないが喋り慣れている感じがする。…………練習して来たな。


 心を傾け感じろ。


 これはきっと、飾った言葉何て要らないからゆっくり薔薇を楽しんで欲しいと言うカシュちゃんなりの思い遣りに違い無い。


 折角の御好意を無下にするのもなんだし、少しだけ薔薇を楽しむ事にしようじゃないか。


 カシュちゃんの笑い声が定期的に聞こえる中で、ハイビスカスとヒマワリを足して2で割った様な薔薇を観賞していると、


「フッハッハッハッハッハァ。世界の終焉を飾るに相応しい吾のローザサートが、たかが一日の終わり程度を飾れぬ訳が無い。フッハッハッハッハッハァ」


 さっきから地味に煩くて落ち着いて楽しめない。家でゆっくり楽しんだ方が……。あっ、でも、庭園としての美しさを楽しめるのは今だけか。


「素晴らしいであろう。どうだ、素晴らしいであろう。遠慮は要らぬ。存分に楽しむが良いぞぉ。フッハッハッハッハッハァ」


「ここ……全部……薔薇」


「の様ですね」


「そうであろう。そうであろう」


「中庭……全部……薔薇…園」


「の様です……」


「当り前であろう。ここは吾のローザサート。世界一のローザサートである。吾がこの城を居城としメタノイア大緑地を統べた記念にと植樹した薔薇の木がローザサートの始まりなのじゃ。見えるであろう。あれが始まりの薔薇である。許す見るが良いぞ」


 カシュちゃんは更に胸を張る。


 薔薇の木……と、言われてもなぁ。


 皆目見当も付かない。


 諦めて周囲を改めて見渡す。


 素晴らしい。本当に素晴らしい薔薇園だ。見事なまでに見渡す限り360度薔薇園だ。


 正確には後ろは城の東棟なので城の壁な...... ......訳で鏡の様に...... ......と言う訳なのだが……。


「カシュちゃん。どの薔薇の木なのかもう少し詳しく教えて貰えませんか」


「あれじゃ、あれ。そっちではない。真西じゃ中央。中央の方を良く見るのじゃ」


 キョロキョロと違う薔薇ばかりに目をやる私達に、痺れを切らしたカシュちゃんは腕を伸ばし指差した。


 真西、中央に視線が集中する。


 ▽


「トシ様。私の背では薔薇の木が邪魔して、城の西棟が見えません」


 安心して良いですよユリヤさん。私にも西棟は見えません。


 魔王城なのに輝かんばかりに磨き上げられた透明度の高いクリスタルコーティング。もしかしたらあの辺りはクリスタルに映った薔薇なのかもしれませんが何とも言えません。


 ドルやローザが居たらもしかしたら見えたかもしれませんが。


「トシ様。中央の方に始まりの薔薇の木らしき木は見えまか」


 安心してくださいエレーナさん。薔薇の木は沢山見えますが、これだって感じで始まり感を出している薔薇の木は見えません。


 ここはカシュちゃんに聞くのが正解だな。


「カシュちゃん。薔薇の木ばかりでどの木を指差しているのかサッパリ分かりません」


「これだから人間と言うものは……全く。良いか吾は優しいからな一度だけだぞ」


「お願いします」


 こういう時、私達は素直だ。


 何だかんだと三年程の付き合いに成るカシュちゃん。この幼女の正しい使用方法(扱い方)については皆それなりに熟知している。


「ふむ。まずは吾の居城...... ......である」


 一から説明する事に拘りでもあるのだろうか。説明を求めると必ず最初から順を追って説明してくれる。


 最初に回収に向かった正面の噴水庭園の説明を聞いたのは、これが14回目だ。


 ▽▲▽


――――――――――――――――――――――― 


≪カシュちゃんの説明をまとめると≫


正面:噴水庭園(正面西庭園)

※城の南側正面玄関より西側に整備された庭園※

面積:959,364㎡


正面:石像庭園(正面東大庭園)

※城の南側正面玄関より東側に整備された庭園※

面積:1,976,076㎡


東側:メタノイア農園(東農園)

※城の東側にある広大な農園※

面積:53,410,176㎡


北側:蜂蜜庭園(蜂蜜庭園)

※城の北側にある広大な百花畑※

面積:3,614,688㎡


北西側:穴燕群塔(燕の巣の塔)

※城の北側に建つ塔※

高さ:50m(22階層に区切られている)

塔の数:29塔

面積:772,632㎡

※一階は清掃や採取用の道具置き場※

※屋上には見張り役としてガーゴイル※

※メタノイア大緑地の巨大樹より低い※

※塔の周囲には草原が広がる※


西側:無鳴宝石蝉の森(宝石の森)

※城の西側にある広大な森※

面積:47,553,208㎡

※ここより西はメタノイア大緑地※


南西側:メタノイア牧場(家畜広場)

※城の南西にある広大な牧場※

面積:88,852,926㎡

※噴水庭園の南西・南側にも位置する※

※石像庭園の南・南西側にも位置する※


城:アフグリエーフ魔王城(居城)

建築様式:口の字型

地上:3階 地下:8階

増築:4階部分あり(屋根裏部屋ではない)

謁見の間:なし

※カシュちゃん曰く、あくまでも私邸※


城の4階:知の宝物庫

部屋の数:1部屋

面積:60㎡

※別名:書斎※


城の3階:美の宝物庫

部屋の数:52部屋

面積:3,800㎡

※衣類、服飾品、等々(靴、帽子)※


城の1階:食の宝物庫

部屋の数:5部屋

面積:160㎡

※食器やカトラリー等の部屋※


城の地下1階:武の宝物庫

部屋の数:81部屋

面積:11,206㎡

※武具別の部屋※


城の地下2階:魔の宝物庫

部屋の数:6部屋

面積:294㎡

※初級魔法の宝物庫※

※中級魔法の宝物庫※

※高級魔法の宝物庫※

※特級魔法の宝物庫※

※極級魔法の宝物庫※

※究極魔法の宝物庫※


城の中庭:ローザサート(薔薇園)

面積:100,440,484㎡

東西:10,022m

南北:10,022m

※中央には始まりの薔薇の木※

始まりの薔薇の木の高さ:13m

※もう少し大きいかも※


――――――――――――――――――――――― 


 ▽▲▽


 10Kmも先に建つ城の西棟のクリスタルコーティングされた壁が肉眼で見える訳が無い。


 あの辺りで揺らいで見えている薔薇は、ただ単に遠いだけで、視力の限界が原因か。


 13mもの高さに成長した薔薇の木が見えないのは何故だ。


 常識的に考えてみよう。


 約5011m先に生えた高さ13mの薔薇の木。


 私の身長は約171cm。真っ直ぐ先を障害物が全く無い状態で見たとして、見えるのは約4700m先の地面までだ。


 ここで問題になるのは、この薔薇園は中央から広がったと言う事実だ。


 私の目の前に広がる薔薇の木の背丈はせいぜい1.2m。だが少し先の薔薇の木はどうだ。どう見ても5mはあるだろう。


 中央の薔薇の木に近付くにつれ背丈が高くなっている。


 これは誰の目にも明らかだ。


 ようするに、手前の薔薇の木が邪魔をして、始まりの薔薇の木は見えない。


 つまり……あれは……。


「カシュちゃん。あの空に反射してるのは、もしかして城ですか」


「陽が西に傾き屋根だけを照らす時間になると、あの辺りだけが輝くのだな」


「城の壁や屋根全面をクリスタルコーティングにしたのは何故ですか」


「それ私も気になります」


「もともとはどんなお城だったのですか」


 エレーナさんは私と同じ事を考えていた様だ。ユリヤさんはコーティング前の状態が気になっている様だ。


「それはな。さっき回収した宝石の森の樹木や土があるであろう。その森で採取出来る宝石の中で一番多いのがクリスタルだからだ」


「採取する宝石ですか……」


「そうだぞ。長年の研究の結果、一年蝉はクリスタルが多い。たまにアンバーやラピスラズリも採取出来るそうだが吾は見た事が無い。二年蝉は主にオパールやターコイズ。他にもあるらしいが吾は見た事が無い。三年四年五年蝉はジェイド。六年蝉はエメラルド。九年蝉はルビーかサファイア。十三年蝉はダイヤモンド。百年蝉はブラックダイヤモンドだったぞ」


「蝉と宝石が結び付かないです」


「なんじゃ知らんのか。珍しい人間もおるのだな。人間は金銀財宝宝石の類に溺れ殺し奪い合う醜い生き物だろう。もう少しシャキッとしたらどうだ。シャキッと」


「私の場合は、1に温泉、2に温泉、3に温泉。4あたりで風呂が理想なもので、はい」


「温泉か。……悪くは無いな」


「カシュちゃんも温泉が分かる様になりましたね」


「当然じゃな。1日に少なくとも1回は湯舟への招待を受けておるのだぞ。あの湯の接待を受けてしまっては拒める訳がなかろう」


「あのぉ、御二人は何の話をしておられるのですか」


「温泉だな」


「温泉の話に決まっておろうが」


「トシ様。カシュちゃん。私もですがユリヤさんは温泉の話ではなく、蝉や宝石の話の続きが聞きたいとぉ……」


「トシ。見てみい。これが人間じゃ」


「えっと、カシュちゃん。私達、目が眩んでませんからね」


「そうですよ。私は卑しいハーフ3ですが、ユリヤさんは文化の国の王女様です。絶対に宝石程度で溺れたりしないと思います」


「ほ、宝石程度と言い切ってしまわれるのも誤解がある様な問題な気もしますが……そ、そうですね。私は金銀財宝宝石に目が眩む事はありません」


「エレーナは卑しいハーフスリーなのか」


「え、あっ、はい」


「卑しく貪欲で意地汚く強かなのは人間の美学だと教わっていたのだが、そうかエレーナはその若さで既に卑しさを身に付けていたのだな。上々上々褒めて遣わすぞ」


「エレーナさん。カシュちゃんの話はどうでも良いとして、ハーフスリーというのはもしかして、血の事ですか」


「はい。私はエルフ五十パーセント、魔族二十五パーセント、人間二十五パーセント。三つの血の混血種ですので」


「エレーナは、吾と同じ高尚なる青き魔族の血が流れておるのか」


「高尚では無いと思います。それに血は赤いですが魔族の血は入ってます」


「そうかそうか。三年以上も共に暮らしておきながら気付かなんだ。…………よし決めたぞエレーナ。吾はお前の姉になってやろう。今日から吾の事は御姉様と呼ぶ様に。……返事をせぬか」


「は、はい」


「うん。気分が乗ってきたぞぉ。まずは蝉の話を終わらせてしまおうではないか。トシお前は人間にしては良く物を知っておると思っておったのじゃが実に嘆かわしいその頭はやはり飾りであったのだな。まぁ良いわ。吾は慈愛に満ちておるでな話して聞かせようで」


「帰ったらロンズデーライトのフライでしたよね」


 ぼそりと呟いた私の一言が、カシュちゃんの動きを刹那の間だけ止める。


「は……。トシは良い方だと思うぞ。うん。人間にしてはかなり良い方だな。……なっ、なっ、妹よ」


「えっ」


「えっ、ではない。そこは、気を使って、はい。であろうが。ちっ、使えん奴だ。妹としての教育が足りなかった。……そ、そうだ。ユリヤだ。ユリヤ。お前は親の命でトシに嫁がされた生贄じゃろう。己の心を殺しいやいや渋々トシに差し出され慰み者になってしまった身であっても、微々たる思いではあると考えるが情くらいは湧くであろう。なっ、なっ、トシはそこはかとなく何となくではあれ良いよな」


「おっ」


「おっ、ではない。事情は複雑やもしれぬがお前はそれでもトシの妻であろうが、少しは気を使えぬのか。この愚か者めがっ。ええい仕方が無い。ここは吾が、トシ」


 まだ、続ける気なのか。


「周りの言葉に惑わさてはならぬぞ。吾の言葉だけを真実として受け止めるが良い。お前は心なしか今日だけかもしれぬが良い感じがしないでもない。自信を持つが良い」



 ▲


 誤解や擦れ違いが炸裂したが、結論から言おう。平和的に解決した。


 難しい事は何一つ無い。全て温泉で洗い流してしまえば良いだけなのだから。



 ▽

 

 脱線前の話に戻すと、無鳴宝石蝉は、幼虫としての成長を完了させると土から這い出て木を登り幹や葉の裏側で蛹に成り宝石として羽化する。羽化後は自らの重さで地面へ落下する。


 幼虫として土の中で暮らした年数が羽化後の宝石としての種類を決める。同じ年数にも関わらず幾つかの宝石に分かれてしまうのは、這い出てから羽化するまでの経過時間が影響しているそうだ。これは長年に渡る実験の結果なのだそうだ。


 経過時間の短い蝉は淡く鮮やかな宝石として羽化し。長い蝉は濃く濁った宝石として羽化する。


 また、この無鳴宝石蝉は、桜の木か楓の木の根元の土の中でしか育たない事も分かっているそうで、十三年以上は楓の木に多い様な気がするそうだ。



 ▽▲▽


 私達四人は、薔薇を観賞しながら心豊かな気持ちで、始まりの薔薇の木を目指した。


「疲れましたね」


「そうですね。エレーナさん」


「トシ様。薄暗くなって来ましたね」


「そうですね。ユリヤさん」


「トシ。吾は言ったはずだ。5011mではあるがそれなりの距離だ。楽しみなが散策しよう物なら夕食の時間に遅れてしまうとな」


 東棟の入口から中庭の中央までのんびり歩いて約140分。……薔薇の棘の中を直進すれば約60分ってところだろうが現実的ではない。道なりに進むしか無い様だ。


 いったい何を考えたらこんなに大きな城を建てようと思うんだ。北棟南棟間、東棟西棟間の移動が不便過ぎる。


「トシ。頭は帰ってから使え。ここで最後なのじゃ。まずは袖の中に片付けてしまうがよいぞ」


 この城。要塞兼外壁として活用出来るよな。薔薇園を回収した後の中庭を町にしてみたら面白いかもしれない。


「おい。聞いておるのか」


「カシュちゃん。城を囲む壁にクリスタルコーティングは不要ですよね」


「何の話をしておるのじゃ。そんな事はどうでも良い。それよりも薔薇をさっさと仕舞わぬか」


「……ですよね」

ありがとうございました。

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