魔王アフグリエーフ子爵
▽▲▽▲▽▲▽▲▽トシ視点
「はじめまして、私の名前はトシと言います。貴方は……貴女は、アフグリエーフさんでしょうか」
おっとまさかの女の子。3Km以上も離れた場所までビリビリと伝わって来る力の波動の持ち主がまさかまさか10歳位の少女だったとは予想外の展開だ。
「左様。吾はここメタノイア大緑地を統べる者。メタノイアの魔王カチューシャ・ル・アフグリエーフ・ヴィリーキイである。我の剣を返して貰おう」
「貴女は魔王なのですか」
「左様。吾はメタノイア大緑地を統べる者。メタノイアの魔王カチューシャ・ル・アフグリエーフ・ヴィリーキイである」
「まさかですが、貴女は禁断の森①の魔王アフグリエーフ子爵なのですか」
「左様。吾は、……なぁ、2回も名乗ったのだ。もう名乗らなくても良いか」
「はい。貴女がメタノイアの魔王カチューシャ・ル・アフグリエーフ・ヴィリーキイ。禁断の森①に居城を構える魔王アフグリエーフ子爵だと分かりましたので、名乗りはもう大丈夫です」
「おぉぉぉ―――。そうかそうか。助かったぞ。ここまで走り尽くめで少々疲れておるのだ。座るぞ」
魔王アフグリエーフは、地べたに直接胡坐で座った。
胡坐か。胡坐で座ってる人を見るのは久方ぶりだ。
「いつまで吾を見下す気でおるのだ」
立っていようが座っていようがそこまで状況に違いがあったとは思えない。だが、ここは交渉相手に合わせ私も座る事にしよう。膝を割って話す。大切な事じゃないか。
私も地べたに直接胡坐で座る。
▽▲▽
「剣とはこの刃剥き出しの剣の事でしょうか。それともこの名刀湯揉み長船の事でしょうか」
左の袖から魔剣エクスと湯揉み長船を取り出し、魔王アフグリエーフに見せる。
「その魔剣エクスに決まっておるであろうが。さあ吾に吾の剣を渡して貰おう」
『返せって言ってますがどうしたいですか』
『断れ』
「戻りたくないそうです」
「魔剣エクスがそう申しておるのか」
「はい」
「理由は……理由を言え」
『理由が欲しいそうです』
『簡単な話だ。地面に引き摺られる毎日に嫌気が差したのだ』
『引き摺られるとは』
『見て分からんのか。あの背丈で腰に装備し歩いてもみろ』
『あぁ―――、なるほど』
『断れ』
「地面に引き摺られるのが嫌だったそうです」
「何だと。吾をチビと罵倒するか」
「私ではありません。今のは魔剣エクスの言葉を伝えただけです」
「まぁ良いわ。吾が成長し大きくなった暁には吾の元に戻って来ると言う事であるな」
切り返しが早い人で良かった。
『どうなんですか』
『検討の余地ありだ』
「考えておくそうです」
「そうか。ならば、これで話は終わりだ。さぁ、吾を案内せよ」
「案内とは、何処にでしょうか」
「何を分かり切った事を申しておる。お主の屋敷に決まっておるであろうが」
▽▲▽
洞窟の中に陽の光は入らない、だが一夜明け。
「紹介します。魔王アフグリエーフ子爵様です」
「吾は、メタノイア大緑地を統べる者。メタノイアの魔王カチューシャ・ル・アフグリエーフ・ヴィリーキイである。訳合って成長し大きくなるまで世話になる」
「ちょっとトシ。誰なのこの女の子は」
「ですから、魔王アフグリエーフ子爵です」
「ち……トシさん。ま、ま、ま、魔王アフ、アフ、アフグリエーフ子爵って、あ、あのアフグリエーフ子爵で、ですか」
「禁断の森①に居城を構えると言われているあの魔王アフグリエーフ子爵で間違いないぞ」
「トシ様。こ、こんな幼女が魔王アフグリエーフ子爵……なのですか」
「おい。小娘。吾をこんな幼女呼ばわりするとは貴様屠殺するぞ」
魔王アフグリエーフは、全身から殺意と狂気と瘴気を帯びた力の波動を放出する。その波動は洞窟内の瘴気レベルを何百倍にも押上、体感温度を下げる。
「え……あ……あ…………」
≪ドサッ
それ以前の問題かもしれない。エレーナさんは恐怖の余り尻餅を付き全身を震わせる。
≪パァ―――ン
手拭いで軽く叩いた。これは、教育的指導であって、間違っても虐待行為では無い。
「いたぁ―――。何をするのだ。吾の頭を打つとは覚悟は出来ているであろうな」
「私の言う事を聞く。我が家のルールを守る。とっても物凄く良い子にする。と、約束しましたよね。破ったらサヨナラで構わない。そう言ってましたが、もう忘れてしまったのですか」
「……そ、そうであった。吾は良い子なのだ」
「良い子は人に殺意を向けません」
「……そ、その通りだ。良い子の殺意は愛らしくなくてはならんのだ」
ちょっと違うが今はこれでよしとしよう。教育は追い追いだ。
「それで、トシ。魔王アフグリエーフ子爵は家に来るって事かしら」
「そのつもりらしい」
「そっか。家は広いし部屋も余ってるし、帰ったらどの部屋にするか決めましょう」
「はは……じゃなかった。ローザさん。何言ってるんですか。分かってるんですか。魔王ですよ。幼女な身形をしてますが、目の前にいるのは魔王アフグリエーフ子爵なんですよ。一緒に住むとか有り得ないですよ」
「そ、そうですよ。わ、わ私も今回のクエストが終わったら住み込みでぇへぇぇぇぇ――――」
「あっ、気絶しちゃった。大丈夫ですか。エレーナさん」
「ドル。そのまま気絶……寝かせておきなさい。それが優しさです。それに、その方が話が早く終わりると思います」
「そうかもしれませんが……って、終わりませよ。おかしいですよね。俺が間違ってるんですか。違いますよね。魔王と住むとかって言ってる方がおかしいですよね。ですよね。母上からも言ってやってください」
「おい」
「なんですか」
「魔王魔王だ。母上母上だ騒がしいぞ子供。吾にはカチューシャ・ル・アフグリエーフ・ヴィリーキイという名があるのだ。吾を親し気に魔王魔王と呼ぶでないわ」
「俺より子ど…………な、何でもありません」
「吾の英断に不服があると申すのか。言うてみよ」
ドル良く我慢した。偉いぞ。それにしても、魔王とは親しい間柄での呼称だったとはな。覚えておくことにしよう。
「そ、そんなつもりじゃ…………ありませんです。はい」
魔王のこの波動に抗うだけの力は、今のドルには無い。
「おい子供。名は何と申す」
「ド、ドルです」
「ドドルか。良い名だな」
「ち、違います。ド、ドルです」
「ドドルであってるおるではないか」
「魔王アフグリエーフ子爵。私は貴女を何と呼べば良いのでしょうか。魔王とは親しい間柄での呼称なのですよね」
「吾の家来下僕奴隷達は吾を畏怖しカシャちゃんと呼んでおる。故にお主に限らずお前達も、吾に畏怖し敬意を持ってカシュちゃんと呼ぶ事を厳命する」
ほう。カシュちゃんですか。可愛くて良い名ではないですか。
「カシュちゃんですね。分かりました」
「カシュちゃん。カシュちゃん。カシュちゃん。可愛い。どんなお菓子が好きなの。ごはんのおかずは何がすきなのかしら。帰ったら一緒にお風呂に入りましょうね。カシュちゃん。カシュちゃん」
ローザは、魔王アフグリエーフ子爵に抱き付くと、激しい頬ずりを繰り返していた。
「な、何をする。放せ。放さぬか」
「何、言ってるのよ。もう放さないんだからぁ―――。ねぇ~トシッ」
「どうしました」
「カシュちゃん。カシュちゃんを連れて帰っても良いわよね」
「母上」
「……そのつもりです」
初めから……。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽ドル視点
父上が魔王アフグリエーフ子爵を俺達の前に連れて来てから、3ヶ月が過ぎた。
禁断の森①。有史以来名を持たざる瘴気の森(カシュちゃん曰く『メタノイア大緑地』)は、魔王アフグリエーフ子爵ことカシュちゃんと父上の手によって瘴気が除去され、今ではセクレート大森林と呼ばれている。
ドゥ―シャー様が魔王アフグリエーフ子爵を単身で討伐し禁断の森①を解放したというニュースは、瞬く間に大陸全土へと広がり、父上は各国から競う様に報酬や恩賞を一方的に送り付けられていた。
▽▲▽
父上は、ルシミール王国から、セクレート大森林とルシミールの森を自治権付きで拝領され、国王や王国の師であり相談役であり顧問を兼任する新設の爵位名誉師爵を授爵された。ルシミール王国では師と呼称される機会が増えた。
▽▲▽
父上と母上の手によって解放され王政復古した5大国の内の1大国。歴史の大国ルガキタイルからは第1王女が金銀財宝嵩張る家具246人の召使いと共にやって来た。不思議な事に一方的な降嫁宣言を非難する国は無く、不可思議な事に父上も母上も第1王女を拒む事は無かった。母上曰く「大人の事情・思惑が複雑に絡み合って複雑なの。トシって世界のドゥ―シャー様でしょう。仕方がないわよ」父上曰く「…………」曰くは無い。終始無言を貫いていた。
第1王女の降嫁によって我が家は歴史の大国ルガキタイル王国の王家とも外戚になった。父上は義公爵位を授爵され、ルガキタイル王国では義公殿と呼称されている。
▽▲▽
忍耐の王国シチート王国。文化の大国シレーム王国。秩序の大国ラヴーシュカ王国。芸術の大国プーシカ王国。5大国の内の4大国は平和的均衡の抑止を最優先し共同で全ての特権や権利や義務を免除免責した4大国共通名誉子爵位を父上に授爵した。公式の場でに於いては大陸子爵と呼称されている。
▽▲▽
ルシミール王国が議長を務めるユーク連合加盟国のサプフィール王国。アンバル王国。マルフィール教王国からは、金銀財宝珍しい素材が贈られて来た。因みにユーク連合には歴史の大国ルシミール王国・芸術の大国プーシカ王国も加盟している。
国土がセクレート大森林と隣接するサプフィール王国は、父上に辺境伯爵位を授爵し、セクレート大森林を領地として与える。サプフィール王国領セクレート大森林の治安維持に努めよ。と、宣言した。ルシミール王国とサプフィール王国に領土問題が勃発した瞬間だった。
大陸で唯一の宗教国家マルフィール教王国は、父上にドゥ―シャーofドゥ―シャーの称号を与えた。
▽▲▽
ルゥビーン議長国は、父上に首都ルゥビーンの商業一等地(中央通りに面した土地)を、ルゥビーン議長国と対立するアガート共和国は、首都カルドの商業一等地(中央通りに面した土地)と住宅一等地(高級住宅地)を贈って来た。両国の政治体制は同じ共和制だ。だが、非常に仲が悪く交易商船トラブルが後を絶たない。今回は父上への贈りの豪華さを競い対立した。
アガート共和国「商業地だけとは。フォッフォッフォ」
ルゥビーン議長国「な、何を、うちは新築の建屋(店)もセットなんだぜ。ハァッハァ―――ン」
アガート共和国「そ、それはと、当然の事だな。うちは住居も新築だ。フォッフォッフォ」
ルゥビーン議長国「うちの新築の建屋(店)は3階建ての延べ床面積300㎡。しかも一等地に700㎡の庭付きだぜ。ハァッハァ―――ン」
アガート共和国「な、何をぉ―――」
父上「お気持ちだけ受け取っておきます」
ルゥビーン議長国「えっ」
アガート共和国「はぁっ」
父上「土地や店は必要な人にまわしてやってください」
▽ ……
▼ ……
▽ ……
長い長い目録が両国から贈られて来た。父上曰く「いつか何かの役に立つ。そんな日が来るかもしれない」
▽▲▽
過去の大国アクトプラーン・グラナード王国からは、ドゥ―シャーに関する歴史書や文献が贈られて来た。父上は感謝の気持ちを直接伝えたいと、お礼を兼ねての観光旅行を計画中だ。
▽▲▽
過去の大国から分離独立したグラナード大公国は静観。
父上曰く「有難い限りだ」
計画中の観光旅行の予定では、足を延ばしカシターン川を越えグラナード大公国へも立ち寄る事になっている。
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そうそう。カシュちゃんが魔王アフグリエーフ子爵だと知っているのは、家の家族と信頼信用出来る1部の人だけだ。討伐された事になっている訳で必要不可欠な処置だ。
カシュちゃんが齎した情報は、父上に与えられた使命(本人は否定していたが)ドゥ―シャーの遺跡の調査を再開させる事となった。
当然の話だ。
グラースの遺跡は、中央大陸スィリディーナのルシミール王国の王都の王城に……。
ノースの遺跡は、中央大陸禁断の森⑥(カシュちゃん曰く『クラーイ大緑地』)の魔王アルノリト・ル・プープ・ウプィーリィの居城に……。観光旅行を計画したのは、ノースの遺跡を調査する為でもある。
禁断の森⑦(カシュちゃん曰く『ヴィサター大緑地』)にある廃居城も調査する価値がある。廃居城の地下には怪し気な小部屋が13部屋あり、それぞれの小部屋には怪し気な魔法陣が1陣と、『クルイーサ』『カローヴァ』『チーグル』『クローリク』『ドラコン』『ズミヤー』『ローシャチ』『バラ―ン』『アビジヤーナ』『プチーツァ』『サーバカ』『カバーン』の石像があったそうだ。
俺が思うに、禁断の森②③④⑤も調査した方が良い。父上には禁断の森⑥と⑦の調査が終わったら言うつもりだ。
1つだけ聞いて欲しい事がある。魔剣エクスは意思を持っている。話し掛けて来る。俺の空耳なんかじゃない。気のせいでもない。本当なんだ。嘘じゃない。
……俺の名前を呼ぶ声が聞こえるんだ。
……右だ。左だ。後ろだ。と、突然指示を出して来るんだ。
本当なんだ。嘘じゃない。……嘘じゃないんだ。
ありがとうございました。




