魔剣エクスと名刀湯揉み長船
▽▲▽▲▽▲▽▲▽ドル視点
禁断の森①の中で見つけた洞窟。洞窟の中を調査し始め今日で3日目。今は3日目の夜だ。
クエストに野宿は付きものだ。野宿に見張りは付きものだ。例えそれが、袖から出したロッジに寝泊まりする快適な野宿であってもだ。
俺は洞窟の中に設置したロッジの屋根に上り一人で見張当番の真っ最中だ。
何故、屋根に上っているのか。
それは、屋根の上からでないと全方位の警戒が出来ないからだ。ロッジが視界を遮るからだ。
見張りは退屈だ。見張りに於いて暇は天敵だ。緊張を欠くと途端に睡魔に襲われるからだ。
だからといって、睡魔に負けじと思考を巡らし頭を使い過ぎるのも良くない。
何故なら、異変に気付くのが遅れ惨事に繋がる恐れがあるからだ。
ユラユラと揺れる焚火の炎も天敵だ。焚火の温もりは睡魔を元気付け、ユラユラと揺れ動く炎は緊張感や闘争心を和らげ警戒心や注意力を奪ってしまうからだ。
俺には、近衛騎士団の夜間野営警護警備の経験がそれなりにある。実戦重視の優れたマニュアルだ。マニュアルには、単独での警備を愚行。必ず一班三人以上で行動する事とあった。
軍と冒険者とでは根本的に違うって事か……。
名前も知らない洞窟の中に設置した丈夫なロッジの屋根の上に一人佇み周囲を警戒する。
想像以上に孤独だ。そして、何よりも眠い。
もう直ぐ交代の時間だ。それまでの辛抱だ。そう言い聞かせながら周囲を見渡し、そして暫し物思いに耽る。
俺には、視覚強化Sと嗅覚強化Aと聴覚強化Aがある。
修練度やレベルが上がったからかもしれないが、3000m先まで視える様になっていた。嗅覚も聴覚もかなり使える。
360度全方位を3000m分確認した後は暫く暇になる。3000mの距離を一瞬の内に詰められる者などいない。
▽▲▽
そろそろ、周囲を再確認する時間だな。
俺は、周囲3000mを見渡す。
異常が無い事を確認し、また思考する。
▽▲▽
鑑定の修練度がNだから魔剣エクスを鑑定出来なかったのか。もしかしたら、鑑定不能な剣という事もありえる。
鑑定不能かぁ~。……不能な訳が無い。父上は何らかの方法であの剣を魔剣エクスだと鑑定した。
御祖母様から聞いた剣と鞘の眩しい話からも、父上には何らかの方法手段があると思われる。
あの声は、いったい……。
▽▲▽
「ドル。ここに居たのか。ロッジを一周してしまった」
「ここの方が良く視えるんです」
「暗がりだろうが関係無しとは、実に便利な眼だ」
「母上を追い駆けていた時には、1600m先までしか視えなかったのに、今は3000m先まで視えています」
「視覚強化の能力を持つ前から1000m先まで見えていた眼が、レベルが1から31に上がった際に、視覚強化の能力を習得し1600m先まで見える様になった。取得時の修練度はAの☆1。そして、今は視覚強化の修練度はS☆10で3000m先まで見えている。ドルの視覚強化は、私の知っている視覚強化とはかなり違う様だ」
「取得時の修練度がA☆1の時点でおかしいと思います」
「2~3日で上限に達してしまうのもどうかと思うが」
「父上は強化系の能力を何か持ってますか」
「ミュスクルとムイースリを持ってるぞ」
「それ、持ってるだけじゃ……」
「折角の機会だし、ドルには教えておくとしよう」
「えっ。交代ですよね」
「交代だな」
「聞かなきゃダメな感じですかね……」
▽▲▽
ドゥ―シャーの能力を知る良い機会だ。俺は父上の隣に腰掛け話を聞く事にした。
▽▲▽
「そのヘンテコな服って、そんなに凄い武具だったんですかぁっ」
「武具……確かに防具ではあるし、武具か」
「そのヘンテコな服が、神話級品ですか……」
「少し違うな。これは、大上神級品だ」
「大上神級品。……って、何ですかぁっ」
「神級品よりワンランク上の等級が上神級品。神級品よりツゥーランク上の等級が大上神級品らしいのだが、私も詳しくは知らん」
「ようするに神話級じゃないですか」
「そうなのか」
「そうですよ。神話や伝説に登場するレベルの武具や道具は神話級って呼ばれるそうです。物語の中だけの話だと思っていました。実際に存在してたなんて」
ヘンテコな服にしか見えないけど……。
▽▲▽
「この高級浴衣の凄さを理解したな。次は、この高級手拭だ」
「ちょっと待ってください。各耐性が☆2って事は、上があるって事ですよね……」
「だと思うぞ。現状では99%のカットと、30%の確率で反射する訳だ。反射は70%、カットは1%分だけだが伸び代がある」
「どんな攻撃も、100の内99を無効にして、30%の確率で100を反射攻撃するんですよね」
「少し違うぞ。同時反射なら威力は100のままだが、10秒後の反射なら威力は110%だ。反射では無く蓄積の場合は反射しないから0だな。おっと良く見たら、HPへのダメージ1分は寿命が1年延長するらしい」
「攻撃されて寿命が延びるって、それ何ですかぁっ」
「高級浴衣だ。……それにだ。私はこの浴衣を着る様になってからダメージという物を受けた記憶が1度も無い。寿命が延長する効果はおまけみたいな物だろう」
寿命が延びる効果がおまけ……。普通は、寿命が延びる効果がメインで、あらゆる攻撃を99%カットする効果がサブメインで、30%の確率で反射攻撃する効果がサブなんじゃ……。
「今迄気付かなかったのだが、効果3と4もあるみたいだ」
「まだあるんですかぁっ」
「これは笑えるぞ」
「空笑いならいつでも準備OKです」
「レベルが低い者からの攻撃を全て回避し、蓄積か寿命変換するらしいぞ。私のレベルは就寝前の入浴で11801になった。面白い事に、生きてる限り寿命が延びる事は無さそうだ」
違う気がする。回避し受けてもいない攻撃の威力をダメージとして蓄積したり寿命として変換してるって事なんじゃ……。
レベル差から、まず間違い無く100%の確率で回避していた訳で……。
攻撃され、ダメージ0で、延命してた。……これってドゥ―シャーの奇跡の一つなのか。
「更に笑えるぞ」
「まだあるんですか……」
何だか凄過ぎて、何が凄いんだか分から無く成って来た。
「敵の動きが、20分の1に成ってたらしい」
「えっ」
「あくまでも戦闘中のみの効果らしいが、移動と行動の速度が遅く見え……それでかぁっ。ずっと皆の動きが鈍いと思っていたのだが、20分の1で見えていたからだったのか。納得だ」
「……一応、聞きますが、他に隠してる事はありませんか」
「隠すも何も今知った事の方が多い位で、正直私自身驚いている」
「まだあるんですね」
「発動する機会に恵まれ無さそうな効果が後2つある。私のHPやMPが30%以下に成ると何度でも自動的に全回復する効果と、聖人教会で私の家族として加護を受けた者のHPとMPが10%以下に成ると半径20m圏内にいる場合に限り全回復する効果だ」
「父上を倒せる人っているんですかね」
「今のところ会った事はないと思うが……」
▽▲▽
「その高級手拭も大上神級な訳ですか」
「そうだ」
「で、防具にも武器にも成って、更に入浴の際に異性と一緒に入浴するとレベル99の壁を突破出来る。しかも、異性の人数が多ければ多い程、獲得経験値がUPする。人数分だけレベルが上がるって考えて良さそうです」
「そうなるかな……」
ドゥ―シャーって、ここまでインチキな存在だったとは……。
「後は、この下駄だ。この下駄は神級品で、防御力速度共に9999。しかも、不燃性だ」
「不燃性って……」
「燃えないって事だな」
「そ、それ木ですよね」
「ただの木ではないぞ。何とこの下駄は、鼻緒こそ残念だが桐白木右近だ」
下駄その物がとっても珍品。キリなんたらと言われても良く分からない。分かっている事は、防御力9999。速度9999。火属性が無効。
肌向き出しの靴の防御がプラス9999。……ありえない。
あんな歩き難そうな靴の速度がプラス9999。……信じられない。
木。……ただの木なのに、火属性の耐性が100%。……嘘だろう。
「そして、最後にこの腕輪だ」
「下駄で最後じゃ」
あれって、何処に居ても時間が分かるガントレットだよな。
「取り外し出来ず、腕に馴染過ぎて忘れていた」
肌身離さず、常に装備してたのって、外せなかっただけだったのか。
「この腕輪は神様から直接いただいた物でな。腕時計と言って聖魔法のヒールを☆1~10で自由に使えて」
「聖魔法のヒール。って、何ですかぁっ」
「驚くのはまだ早いぞ」
驚くというか、疑問。質問のつもり……。
「しかも、ヒールが使い放題。MPを消費しない」
「……えっ。……う、嘘ですよね。MPを消費しない魔法だなんて……」
ありえない。……それにだ。
「聖魔法のヒール。って、いったい何ですか。神聖魔法の聖属性習得難易度☆7の【ヒール】じゃないって事ですよねぇっ。……いったい何が違うんですかぁっ」
「かなり前に確かめた事がある」
「それでぇっ」
「この腕時計の聖魔法【ヒール】は、神聖魔法の聖属性習得難易度☆3【キュア】、習得難易度☆5【リカバリー】、習得難易度☆7【ヒール】。3つの神聖魔法の効果を全て持っている」
「その腕輪がですかぁっ」
「そうだ」
「ドゥ―シャーの奇跡【キュア】【リカバリー】【ヒール】より優れてるって事ですかぁっ。聖人教会の教えでは、神々より与えられし神聖魔法は最上位の魔法です。最上位の魔法より。あっ神々……」
「この腕時計そもそもが神様より直接いただいた物だ。神様にも都合があるのだろう」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽トシ視点
ドルの奴、随分と疲れた顔をしていたが、大丈夫なのか。具合が悪い時は言えとあれ程、言い聞かせて来たと言うのに、全く誰に似たんだか。
それに、成長が進み、転生前や転生直後の記憶が益々褪せている。ドルの人生は今が現実でこれからだ。過去や前世に囚われる必要は無い。
今を大切に生きて欲しい。
▽▲▽
空耳じゃ無い。……かぁっ。
魔剣エクスを左袖から取り出す。
『エクス。私との約束はどうしたんですか』
『貴様と違い、からかいがいがあって気に入ったぞ。本当に貴様の息子なのか』
『生物学的には、間違い無くローザと私の息子ですね』
『真面目に答えるな。面白く無いわ』
魔剣エクスは相変わらずだな。
『貴様も良い度胸をしている』
『私がですか』
『勇者だろう。……貴様の息子はぁっ』
『気付きましたか』
『当り前じゃっ。勇者を討つ刃を勇者に持たせるとは、いったい何を考えておる』
『他に持ち合わせがなかっただけですよ』
『貴様が名刀だと自称する湯揉み長船があったではないか』
『10年以上も前に鍛えた湯揉み長船を良く覚えてましたね』
『刃物、刃のある物なら任せるが良い』
『腐っても魔剣ですか』
『腐った覚えなど無いわ』
『湯揉み長船は、名湯と名刀をかけたユーモラスに富んだ素晴らしい一品です。レベル99の祝いに相応しいと思ったのですが……』
『刃と湯程度を同等に考えるで無いわ』
『刃を研ぐと同じ様に、人には湯が必要なのです。湯を否定する是即ち刃を否定する事』
『貴様は口を開けばいつもそれだ。他に言う事はないのか』
『貴方が風呂の良さを理解した時、貴方とは語り合いたいものです』
『貴様と話す事など何も無いわ』
散々話をしておいて……相変わらずの照れ屋さんだ。確か、巷ではツンデレと言ったかな……。
ん!!!?
『おいっ』
『えぇ、分かってます。……天井より上の様です。これ、こっちに来ると思いますか』
『……これは……フッ、懐かしい』
今、懐かしい。って、……。
『知り合いですか。もしそうなら、1つ提案があります』
『何だ』
『今は就寝中です。話し合いによる解決を希望します』
『話し合いだと』
『そうです。ここは、穏便に収めたいなと』
『無理だ』
『無理ですか』
そうだと思いました。……ここで騒ぐのもなんだ。さて、どうしたものか。どうする私。
1.1人で、この場で迎え撃つ。
2.皆を起こし、この場で迎え撃つ。
3.皆を起こし、この場から逃走。
4.1人で、この場から逃走。
5.エクスに説得交渉を依頼。
6.平謝り【秘儀・土下座】を試みる。
7.賄賂又は貢物を贈る。
8.ご挨拶に伺う。
9.腕時計。
……毎度思うが【9】は無いだろう。腕時計で何が出来る。ありえない。
エクスの知り合いらしいが【5】は無理だ。エクスは魔剣、1本で移動不可能。振り回す以外で役に立つと思えない。浴衣を掛ける事も出来るが、却下だ却下。
では【6】ならどうだろうか。私の数少ない得意技の1つだった土下座。一度も上司や同僚にした事は無いが得意技だった。最上級の低姿勢……この世界に土下座文化。土下座の習慣は無い。やっても意味がないだろう。それに、何について謝れば良いのか分からない。下げろと言われればこの頭位幾らでも下げられる。だが、意味も無く下げる頭にどれ程の価値がある。無いな。そんな安い物に価値などある訳が無い。つまり【6】も却下だ。
そうなるとやはり賄賂かぁっ。……相手の好みが不明な現状にあって何を贈る。場合によっては状況を悪化させてしまうかもしれない。それに、初めから弱腰過ぎるのもどうかと思う。今回は【7】は無しだ。
逃走【3】か【4】ならどうだ。【4】は当然の事だが却下だ。愛する家族を置き去りにし、一人で逃げてどうする。相手は私より確実に弱い。つまり、この件は一人で対処出来ると言う事だ。【3】【4】に限らず、【2】【5】【6】【7】【9】は、却下。却下だ。
やはり【1】か【8】かになったか。【1】か……。ダメだな。睡眠の妨げになってしまう。温泉でケアー出来る事には限界がある。温泉はこの上なく素薔薇しい物だが決して万能では無い。美容と健康と八つ当たり回避の為にも【1】は却下で正解だろう。それならば【8】が正解かぁっ。……だがしかしどうだろうか。本当に【8】が正解なのだろうか。……考えろ、良く考えろ私。……何事も始めが肝心だ。物事は挨拶に始まり挨拶に終わる。とりあえず挨拶。迷ったら挨拶。…………【8】で、良い気がして来た。
選択は8だ。
▽▲▽
『貴様。何を考えておる』
『想像通りだと思います。エクス。相手の名前も把握せず挨拶に行くのは失礼極まりない行為です。挨拶する意味がありません』
『奴の名は、アフグリエーフ』
『アフグリエーフさんですね。序に、好みとか分かりませんか』
『好みだと』
『そうです。手土産の一つ位有った方が良いと思いませんか』
ありがとうございました。




