薬草の楽園と大蛇の死骸
▽▲▽▲▽▲▽▲▽ドル視点
南アルブス東高原南部より禁断の森①の西側から森へ踏み入り、約10Kmの地点に設置した拠点までランチを摂る為に戻った俺達(エレーナさん、父上、母上、俺)は、当然の事ながら現在ランチ中だ。
「……」
スープを口に運んだエレーナさんは、目を見開き俺を見た。
「どうしました」
「ドル様。この袖から取り出したスープですが……。アイテム袋やアイテムボックスに朝入れたとして、どうしてこんなに温かいのでしょうか……」
普通なら収納してる間に冷めてしまうからなぁ~。時間が経過してるにも関わらず取り出した時に温かいってのには驚いて当然かぁっ。
「ほらぁっ。トシさんは、ドゥ―シャー様じゃないですか。俺達の知らない魔法とか技術を沢山知ってて当然かなって……」
これ、かなり苦しいか……。
「そ、そうですよね。ドゥ―シャー様は奇跡の人ですからね。この位で驚いては失礼ですよね。…………。流石ドゥ―シャー様です」
▽▲▽
デザートタイムは、シュークリームと紅茶だった。
「討伐や調査クエストの最中に、優雅に紅茶を飲む何て初めての経験です。しかも……」
エレーナさんは。キョロキョロと辺りを見回している。
「あの禁断の森の中でですよぉっ」
あの禁断の森の中……。ここって、魔王が居城を構える森の中なんだよなぁ~。魔物が1匹も見当たらないけど……。
「こんなにのんびり紅茶を飲んでいられる事が信じられません」
「えっ。でも、エレーナさんも美味しいお茶を持ち歩いてるじゃないですか」
「お茶は、お弁当や非常食を食べる時に喉を詰まらせない為で、水分として常に持ち歩いてる物です。この様に立派なダイニングテーブルとティーセットと御菓子。私の小休止と一緒に考えるのはちょっと違う気がします」
「この紅茶も美味しいですが、あのお茶はもっと美味しかったと思います」
「ドルが言ってた例のお茶ね。私も飲んでみたいわ」
母上が、エレーナさんと俺の会話に喰い付いて来た。
「蒸して炙りながら揉むお茶。私も興味があります。1口いただけませんか」
父上まで食い付いて来た。
「こ、この高級な紅茶と比べると恥ずかしいお茶ですが宜しいのですか」
「ドルから聞いて、ずっと気になっていたのよ。是非、飲んでみたいわ」
「私もです。それに、この紅茶は私の手作りで高級な物では無いです。通常級の舌薄荷草を加工しただけです」
「これがぁっ。この香りと味で、通常級の舌薄荷草ぁっ……。凄い…………もしかして、私のお茶を飲んでください。改善点や何か足らない工程を御存じでしたら是非教えてください」
エレーナさんは、父上に身を乗り出し言い寄る。凄い迫力だ……。ちょっと怖い位だ。
▽▲▽
「あら、ドルが言う通り、本当に美味しいわね」
「エレーナさん。これはサスナーの名物茶と同じ上物級の尻火付草を加工したお茶ですね。ですが、サスナーのお茶は茶色いのが特徴です。これは緑色をしていて清涼感があり私の故郷のグリーンティーに良く似ています」
「グリーンティーですか」
「はい。この紅茶は発醸茶ようするに発酵させた物ですが、グリーンティーようするに緑茶は発酵させず蒸製して作るのが特徴のお茶で、私の故郷には【SENCHA】【GYOKURO】【KABUSECHA】【BANCHA】緑色では無いのですが緑茶の一種に含まれる【HOUZICHA】少し製法が異なりますが【MATCHA】他にも沢山のお茶があります」
「グリーンティー、緑茶にはそんなにも種類があるのですね」
「製法以前の問題で、茶葉を摘む前の工程に大きな違いがあります」
「それは、どの様な工程なのですか」
「日光を遮断し葉を陽射しから守ります」
「えっ……。そんな事をしたら植物は育ちませんよ」
「7日~20日間程なので枯れたり、生育の妨げに成る事は無いと聞いた事があります」
「そうなのですね」
「あと、お茶を煎れる水の温度も大切です。良いお茶や紅茶を高温で煎れてしまっては台無しですからね」
「苦くて渋くなったりするのは高温で抽出した時に多いです」
「そんな感じです」
「トシ様。御時間に余裕がある時に、グリーンティーの製法を教えていただけませんか。出来れば、この紅茶の製法もお願いします」
「えぇ」
2人の会話が終わった様だ。
「父……。トシさんが、お茶に詳しいのは知ってましたが、エレーナさんの祖母のお茶はグリーンティーって、お茶に近い訳ですか」
「近いのは確かだ。茶葉を加工した物ではない以上、茶と言うべきか難しいとは思うが」
「どうしたのよ。食べ物も飲み物も美味しければ良いじゃない。難しい事を考えながら飲食したら味が分からないわ」
母上の言う通りだ。考え事をしながらの食事は食べたのかさえ忘れている時がある位だ。
「そうですね」
「そうかっ。どうやって調理したのかとかっ。どうやって加工したのかって、考えながら食べるのも味や食材の探求になって楽しいと思うが……」
「トシ。それは知識がある人の食べ方なの。ドルや私は食べる専門なのよ。考えたって出て来ない物を考える何て意味が無いわ。何に悩んでるのか分からないで悩んでる様な物よ。悩むだけ無駄。考えるだけ無駄って事なの。分かった」
「ローザらしいと言うか。堂々と食べるだけ宣言するのもどうかと思うが……」
「私の手料理食べたい」
「「遠慮しておきます」」
父上と俺の力強い拒否がハモった。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽トシ視点
ランチとデザートタイムを終え調査を開始した。ランチ前の時点で辿り着いていた地点から5時間も禁断の森の中を奥へと進んだ。だが、獣や魔物には1匹も遭遇する事は無かった。虫や鳥の姿1つ見かけていない。
「ドルっ。ローザっ。何か見えませんか」
「駄目ね」
「木と草ばかりみたいです」
私は、周囲の地面を確認する。
「エレーナさん。ここは凄い森ですね」
「はい」
「何、トシ。何が凄いのよ。教えなさいよ」
「何が凄いんですか」
「地面に生えている薬草の殆どが最上級品か極上級品です」
「そういえばそうね」
ローザは、今気付いたみたいだ。
「そうなんですか」
ドルは、まだまだこれからってところだな。
「虫がいないから花を咲かせる植物は種子が出来難い。虫がいないから鳥は他の場所へ移動する。植物の種子が出来難いから小動物が減る」
「トシ様。草を食べる獣は何処に行ってしまったのでしょうか」
「種子を餌にする小動物が減った事で、それを捕食する獣や魔物が減る。唯一残った草食獣は獲物が減り飢えた肉食獣や魔物に乱獲された。草食獣や小動物は食い尽くされたか、他の場所に逃げたのかもしれません」
「それで、薬草や希少な植物が高品質な状態でこんなに生えてる訳ですね」
「あくまでも私の推測でしかありません。ですが、可能性は高いと思います」
「あっ」
「ドルどうした」
「この先、1500m位の場所に、開けた場所があるんですが、蛇みたいな長い生き物……。動かないから死んでるかもしれないけど、それが地面に転がってます」
「ふむ」
夕陽が沈みかけ薄暗い森の1500m先を、裸眼でそこまで認識出来るのか。最初から薄暗い森ではあるが勇者か凄い能力だな。
「行きましょう」
「まってください。ローザ」
「どうかしたの」
「ドル、ローザ。その開けた場所は、どの位の広さがありますか」
「拠点より少し狭いかな」
「そうね。それと」
ローザにも見えてる訳か……。勇者というよりも、ローザの遺伝なのかもな。
「トシには朗報よ。あなたの好きな桧葉の木に囲まれてるわ」
なるほど……。実に素晴らしい。良い森じゃないか。って、今はそれどころじゃないな。
初日とはいえ1日かけて調査に進展は無し。午前中は拠点から薬草を採取しながら3時間半かけて約11Km歩いた。午後は昼食後に拠点から約11Kmの地点に戻り5時間かけて約22Km。
禁断の森に踏み入り、約8時間30分で43Kmか……。拠点を設置した10Km地点までは調査を無視して突っ走った。実際は、8時間30分かけて33Km進んだ事になる。3.88Km/hか。
明日の調査も薬草採集は控えめにした方が良さそうだ。それに、拠点を固定して行ったり来たりするのは時間が勿体ない気がする。明日からは拠点を持ち歩く事にしよう。
そうなると、まずは桧葉の木に囲まれた広場に拠点を移設するか。
「ローザ。ちょっと拠点を取りに行って来る」
「前方の調査はどうするの」
「直ぐ戻ります。ドル」
「はい」
「エレーナさんとこの辺りの薬草を採集していてください」
「分かりました」
「ローザは、警戒しつつエレーナさんとドルを手伝ってやってください。10分で戻ります」
「分かったわ。気を付けてね」
「私よりも3人の方が心配です。ローザ。2人を頼みました」
「まかせて」
生い茂る樹木によって陽射しが遮られ、薬草に茶葉と同じ効果が齎されているのかもしれない。碾茶とか抹茶みたいな薬草……。見た事が無い草も生えてる様だし。このクエストが終わったら改めて、薬草や素材採集に来るとしよう。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽ドル視点
「もう見え無く成りました」
「トシ1人でだとあんな感じよ」
「そうなのですか」
「音よりも速く走れる人よ。この森の木とかを気にしなくて良いならもっと速いわよぉ~」
「あの速度で木にぶつかったら大怪我ですからね」
エレーナさんは、母上の言葉を勘違いしている。木を気にしないってのは衝突したら怪我をするからでは無い。木が粉砕してしまうからだ。それは、生態系や大自然域を破壊する事になる。
「エレーナさん。トシさんは木にぶつかっても怪我何てしません。木の方が大変な事に成ってしまうので、気を付けて移動する必要があるんです。昨日の野良犬達みたいに、トシさんの進路上に居ると跡形も無く粉砕って目に……」
「そ、そうですね……。ドゥ―シャー様って世界最高のヒーラーですよね……」
「トシはドゥ―シャーだけど、基本的な接近戦闘用の武器なら大抵世界TOPクラスよ。それに魔法使いとしても世界TOPクラスね」
「新しい魔法薬や魔導具や魔法の開発も沢山してますね」
「そうね。ドルが今腰に装備している魔剣エクスは違いますが、トシが開発した技術を使って製造された特殊な武具も多いわね」
「前衛として接近戦闘が出来て、後衛として高火力攻撃や神聖支援が出来て、魔法薬や魔導具や魔法の研究開発。錬金練成加工生成……。ドゥ―シャー様って人間ですよね」
そう来たか。
「当たり前じゃない。人間に決まってるでしょう」
「そ、そうですよ。トシさんは何処からどう見たって人間じゃないですか。エレーナさんも面白い冗談とか言うんですね。ハッハッハ」
「そ、そうですよね。私たっらどうかしてますね。魔族とか人族とか差別的な発言何かして済みませんでした」
あっ。そっちでとったのか。聞かれても答えられない事が多いしこのまま流してしまった方が良いかな。
「さっ。薬草採集しましょう。等級関係無く採集して良いんですよね」
「そうだと思います」
「私は2人を護りながら、目立つ薬草だけ採集するわね」
母上は、後方に仁王立ちして警戒態勢に入る。
「ローザ様。お願いします」
「分かりました」
▽▲▽
「回収して来てぞぉ~。さぁ~。桧葉の木の広場へ行こうじゃないか」
「もう戻って来られたのですか」
薬草採集を開始したと思ったら、父上がもう戻って来た。エレーナさんは昨日から驚いてばかりだ。
「早かったわね」
「今から採集のつもりだったんですが……」
「そっか。今19時34分だから。日の入りはあと16分後だろう……」
「トシ様っ。陽が沈む時間が分かるのですか」
「陽が昇る時間と沈む時間位は分かります」
「す、凄いです」
「さぁ~。エレーナさんも、ドルも、ローザも、私も採集しますから、16分で採集出来るだけ採集しますよぉ~」
「分かりました」
エレーナさんは、周囲の薬草を千切っては只管に竹籠へ入れ始めた。
「そうね」
母上は、父上の左隣にしゃがみ込み、たぶん薬草を千切っては父上の左袖に放り投げ始める。
「はい」
俺も負けじと、無心で千切った。
▽▲▽
父上の言った通り。19時50分。陽が完全に沈み薄暗かった森は、闇に包まれた。
「はい。作業終了」
「いっぱい採集出来たわね」
「はい。ローザ様。全面に尻火付草が生えてる場所何てそうそうありません。ここは薬草の楽園です」
「月明かりや星明かりも期待出来ない様です。日中も薄暗い森だからこそ良い薬草が群生しているのでしょうが、この闇の中で気配だけを頼りに移動するのは難しいと思います。短い時間なら光が当たっても問題無いでしょうから≪スヴェート≫」
父上は、生活魔法の光属性習得難易度☆1のスヴェートを魔法の名称だけで発動させる。
すると、俺達の周囲。頭の高さより少し上に光の球体が16個出現した。
「4人しか居ませんし、16個もあれば足りますね」
「これだけ明るいと薬草の採集が続けられそうだな」
「ドルがやりたいなら止めはしないが」
「遠慮しておきます」
「若い者が遠慮何かし無くて良いぞ」
「いやいや。俺って謙虚が売り何で……」
「ドルより私の方が謙虚だな」
「そうですかね」
「何、2人で馬鹿やってるのよ。エレーナさんが呆れてるわよ」
母上は、父上と俺の額を軽く叩いた。
「おっと。そうだった。エレーナさん。ドル。ローザ。桧葉の木の広場に拠点を移設したいと思います。状況を確認しに行きましょう」
「あっ。はい。ここまで明るいと日中よりも歩き易い位です」
薄暗い日中の森を歩く事すら、エレーナさんにはきつかったのか……。
▽▲▽
俺達は、30分程かけて、桧葉の木に囲まれた開けた地へ移動した。
「ロッジを設置する前に、あの蛇さんを確認したいと思います」
「そうね。サッサと済ませて、お風呂に入りたいわ」
「だな。今日もいっぱい働いたし。御褒美が必要だ」
父上。母上。ブレませんね……。ここは、禁断の森ですから。魔物に一匹も遭遇してませんけど、禁断の森ですからね。
「本当に入浴するんですね」
「汗を流した後に冷たい牛乳を飲むの。あれは至福の時間よ」
「牛乳って、チーズの素材ですよね」
「そうよ。エレーナさんも、お風呂上りにトシから貰うと良いわ」
「鮮度も温度も確り管理してあります。沢山保管してあるので遠慮しないで飲んでみてください」
「あ、ありがとうございます……トシ様」
まぁ~退くわな。牛乳をそのまま飲む何て普通は考えられない事だし。……だが今の問題は、牛乳何かじゃ無い。……蛇…。
「さっ。蛇さんを確認しに行くぞ」
蛇かぁ~……。
▽▲▽
「六角大角蛇か、この大きさだと種としてはリーダークラスだったかもな。ローザはどう思う」
「そうね。かなり大きいし」
母上は、その辺で拾った木の棒で、大蛇の死骸を引っ繰り返したり突いたりしている。
「角の色も上位の雄に見られる黒光りしてるみたいだし。リーダークラスかキングクラスだと思うわ」
「ドルは……。お前、そんな離れた場所からじゃ、歯形とか分からないだろう」
「だ、大丈夫です。俺って視力だけが売りなんで……」
「謙虚はもう良いから、良く見てお前の意見も聞かせてくれ」
蛇……。
「わ、分かりました」
▽▲▽
俺は、蛇へと続く長い道程を、身体中に滝の様な冷や汗をかきながら踏破し、そして一瞬だけ蛇を確認した。
「ろ、ローザさんと同じ意見です」
そして、10歩程離れた。
「お前、もしかして蛇が苦手なのか」
「あら。そうなのドル」
「へ、平気ですよ。ハッハッハ。蛇位どうって事は無いですよ。……ちょっと疲れただけです」
「そっか」
「ふぅ~ん」
父上と母上は、微笑していた。
「7~8mはありそうです。こんなに大きな蛇が近くに水場も無いのに、どうしてこんな所にいるのでしょうか」
俺が死んだ蛇と死闘を繰り広げ苦い勝利を収めていた頃、エレーナさんは蛇から完全勝利を捥ぎ取ろうとしていた。
「エレーナさんは、知識が豊富ですね。私もそれが気に成って、ラダールで周囲を探索してみたのですが、周囲7Km圏内に沼や池や川は無いみたいなんです」
「この六角大角蛇はリーダークラスかもしれないのですよね。近くに水場が無いのに居るってだけでもおかしな話なのに、仲間が居た可能性があるのですよね」
俺は、エレーナさんの言葉を聞き、慌てて周囲を確認する。
よしっ。大丈夫だ。周囲1600mには絶対に居ない。
母上は、キョロキョロと周囲を見渡し安堵の表情を浮かべた俺の顔を見て微笑んだ。
「エレーナさん。トシ。私が周囲を見た限りでは蛇どころか、獣も魔物も居ないみたいよ」
「ラダールにも反応はありません」
「俺も確認したけど、獣一匹居ないみたいです」
「この蛇は何かに追われて逃げて来たのかもな。そして、ここで捕食された。取り合えず、2本の角は素材として貰っておくかな」
父上は、左袖からナイフを取り出すと慣れた手付きで角を切り落とし、右袖に角を放り投げた。
「ドル様。ここって禁断の森の中なんですよね……」
「禁断の森の中のはずなんですが」
ありがとうございました。




