野犬の群れと冒険者ドル
▽▲▽▲▽▲▽▲▽ドル視点
『ザシュ。ザシュッ』
「59匹。60匹っと」
「一太刀だと……」
「まだ子供じゃないのか……」
「リーダー彼はいったい……」
「私達ガルボーイの命の恩人だ」
「プリーズラクカーネランダージョ60匹を1人で……。リーダー俺信じらません」
「私もだよ。だが目の前で起こった事は事実だ」
「群れから離脱した数匹を片付けてから俺達を助けに来たみてぇだな」
「群れに突撃する前に、プリーズラクカーネランダージョの死骸を群れに投げ入れるのを見ました」
「彼は、60匹以上……1人で討伐したという事か……」
俺は60匹目の討伐を終えると、8人のもとへ移動し、リーダーらしき男性と話をする。
「皆さん怪我はありませんか」
「は……はい……。あのまま戦闘を続けていたら私達はプリーズラクカーネランダージョの餌食に成っていた。御助勢感謝します」
「クエストの帰りだったんですが、早く切り上げ帰路に着いて良かったです」
「少年。……貴方も冒険者でしたか」
「はい」
「おっと、これは失礼しました。私は、フセヴォロドと言います。冒険者ギルド南アルブス州州都ベリョーザ支部所属のランクAで、パーティーランクACのガルボーイのリーダーをやっています」
パーティーランクとは、正式名【ギルドパーティーランク】の事で、冒険者ギルドに所属する3人以上の冒険者で固定のパーティーを組み、冒険者ギルドに登録した【ギルドパーティー】のランクの事だ。そして、今俺が紹介を受けたギルドパティ―【ガルボーイ】のランクはAC。パーティーに在籍する上位者のギルドランクがAで、下位者のギルドランクがC。ギルドパーティーとしては上級組だ。
「俺は、ルシミール王国近衛騎士団王宮警備隊隊長を務めていましたドルです。先日16歳になりやっと冒険者登録する事が出来ました」
「近衛騎士団ですか……。冒険者ギルドランクをお聞きしても?」
「まだ上げていないので、Nです」
「ランクNが。プリーズラクカーネランダージョを1人で60匹以上……」
「しかも、あの僅かな時間にか……」
「ランクNかもしれないが、ドルさんは近衛騎士団所属の騎士様。ランクや若さに惑わされてはいけないぞ」
「皆さん。落ち着いてるところ申し訳無いのですが……。あっちで10匹。ここで60匹。正面のポルーションストレイドッグ70匹は討伐しましたが、まだ、ここから3時の方角900m程の地点に50匹以上。8時の方角1Km程の地点に90匹以上いるみたいです」
「な、何。後140匹以上居るって言うのか……」
「リーダーどうします」
「どうするも何も。私達とドルさん9人でどうこう出来る数じゃない。まずは、ギルドに戻って報告だ」
「俺も、その方が良いと思います。騎士団も軍も出払ってるって聞いたし、それに2つの群れと交戦している人はいないみたいだし、軍やギルドへの報告が先です」
「ドル様ぁ~~~。待ってくださーい」
「エレーナさん。こっちは終わりました」
「も、もう討伐を……。私、走ってただけです」
「ん。君は確か、魔法薬の」
「お久振りです。フセヴォロドさん」
「エレーナさん。こちらのガルボーイさん達と知り合い何ですか」
「3日前に、HP回復薬を200本納品したんです」
「その200本が無かったら、今さっきの戦闘で私達は終わっていた」
「お役に立てて何よりです」
「しかし、君の連れは凄いね。聞けばまだ16歳だと言うじゃないか」
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「200匹以上のプリーズラクカーネランダージョがベリョーザに向かって来ているじゃと」
「はい。ギルドマスター。その内70匹は彼が1人で討伐。私達8人が証人です」
「カードの討伐履歴を見れば分かる事だ。俄には信じられんが真実なのじゃろう」
「はい。私達ガルボーイは彼に命を助けられました。それと、彼女のHP回復薬は噂以上の物です。1本でほぼ全回復します。彼女の回復薬が無かったら、彼が来る前に私達は全滅していたでしょう」
「ギルドランクAのお前ですら……。この少年が1人で危険度☆4のプリーズラクカーネランダージョを70匹ものぉ~」
冒険者ギルドは、ガルボーイのリーダーでフセヴォロドの報告を受け騒然としていた。
「ドルと言ったかね。君はギルドランクNで間違いないのかね」
「はい。冒険者ギルドルシミール中央州王都支部に所属したばかりのランクNで間違いありません」
「カードを見せて貰えるかな」
「はい」
俺は、ギルドカードをギルドマスターに手渡す。ギルドマスターは履歴機能を使いギルドカードの内容を確認する。
「……10匹が1分以内か。次の60匹も5分以内で討伐とはな。ふむ~……私の部屋に来て貰えるかな」
「ギルドマスターの部屋にですか」
「何、2~3確認したい事があるだけじゃよ」
「分かりました」
「それと、フセヴォロドお前も来てくれ」
「はい」
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俺は、受付フロアーにエレーナさんを残し、ギルドマスターの部屋へ移動した。
「ドル様」
部屋に入るなり、ギルドマスターは俺に対し深々と頭を下げた。
「えっ。ギルドマスターどうしたんですか」
「馬鹿者。こちらの御方は、ドル・ニノマエ・ル・ルシミール殿ですじゃ」
「はっ……。ルシミールっ……」
「フセヴォロド」
「あ、えっと……ルシミール王家……王族の……」
「そうじゃ。ドゥ―シャー様とローザ王女様の御長男。ドル殿下ですじゃ」
「と、ととと、とんだ、だご無礼を」
フセヴォロドさんは、額を床に擦り付け、大変綺麗な土下座をしてくれました。
「な、何やってるんですか。御辞儀も土下座も必要ありません。今は、ポルーションストレイドッグをどうするかの方が大事です」
「あ、ありがとうございます。ドル殿下様っ」
「何の御礼ですか……。それと、俺は殿下じゃ無いんで、殿下は止めてください」
「何を仰いますのですじゃ。御母上ローザ王女様は、ルシミール王国第5王女殿下。ドル殿下様は殿下様ですじゃ」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽トシ視点
「トシ。反応はありますか」
「いえ。魔物の反応は全くありません。禁断の森を抜けたこの先に軍が非常線を張っている計画だったはずなのですが、軍の反応もありません」
「魔物の討伐が予定よりも早く終わり帰還したのではありませんか」
「可能性はあるのか。森に入ってから1度も魔物に遭遇してませんからね」
「えぇ」
「ここから森の境界を北上しながら、騎士団の砦の手前まで移動しましょう」
「そうね。……あらっ」
「どうしました」
「あれって、馬車だけ……。馬は何処に行ったのかしら」
「馬車だけと言うか。テントや軍旗や王国旗を放置しての帰還はありえますか」
「ありえません」
「確認した方が良さそうです」
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「武器。防具。旗。馬車。テント。血痕……」
「トシ。これってまさかですが……」
「そのまさかでしょうね。非常線が破られたと見て良いかと」
「通信兵はベリョーザに」
「たぶんですが、ここは全滅です。北に向かう足跡に馬の蹄や軍靴の後が1つありません。犬か狼と思われる足跡が多数。非常線が破られた報告は届いていないと考えるべきだと思います」
「森で魔物に遭遇しなかったのは、もしかして」
「この足跡の主達が原因でしょうね」
「禁断の森①に生息している犬や狼ですよねぇ~……。賢い魔狼は待ちの狩りですし、普通の狼は家族単位で狩りをする獣ですし……」
「まずは、足跡を追い駆けますか」
「そうね。この数が高原中に散ったとなると被害が」
「群れで移動している様ですから、せいぜい大きな群れが幾つかと言った所だと思います。えっと、ここにある物は、左袖に入れておきます」
「そうね。遺品だものね……」
「ベリョーザに全力で走ります」
「はい」
私は、ローザをお姫様抱っこし駆け出した。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽ドル視点
「俺が、ドゥ―シャーの息子だって事と、ルシミールだって事は内密でお願いします。駆け出しの冒険者ドルとして頑張りたいんです」
「……自信はありませんが、出来る限り努力いたします」
「はっ」
はっ。って、フセヴォロドさん反応がおかしな事に……。
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受付フロアーに戻った俺は、ギルドマスターとギルドランクAのフセヴォロドさんを中心に緊急の対策会議に参加した。
「城壁から確認したところ、プリーズラクカーネランダージョの大きな群れが2つありました」
「70匹は既に討伐したと聞きましたが……」
「その通りじゃ。彼がその70匹も討伐し、ガルボーイの8名を救出した本人じゃよ」
「彼がですか……まだ子供じゃないですか」
「だが、ギルドカードは正確じゃ」
「今、ガルボーイを救出したと言わなかったかっ」
「ちょっと待ってくれ。ランクAのフセヴォロドさん達ですら勝てないのに、俺達でどうするんだよ」
「そうだそうだ。これは冒険者のレベルじゃないぞ。これは軍の問題だ」
「うろたえるでない。軍不在のベリョーザを死守してこその儂等冒険者じゃろうて」
ギルドマスターの一喝で騒ぎだした冒険者達が静まり返る。
「彼は、近衛騎士団王宮警備隊隊長のドル殿です。彼の腕は私とガルボーイが保証する」
「近衛騎士団だと……。まだ子供だぞ」
「ドル様は。7歳で近衛騎士団に入団を認められた本物なんです」
「その通りじゃ。彼は7歳で寄宿学校を卒業し、僅か7歳にして近衛騎士団に入団。16歳にして王宮警備隊の隊長に任命される程の男じゃ」
「あのぉ~。エレーナさんもギルドマスターもその辺でお願いします」
「お……そ、そうですな」
「はい。ドル様」
「それで、ギルドマスター。どうするんだよ」
「うむ。計画は至ってシンプルじゃ」
発案者は俺だ。
ベリョーザ支部に所属するランクCからAの冒険者は強制参加。他の支部に所属する冒険者は任意参加。結果的に討伐隊の人数はエレーナさんや俺を含めて209人。
まず、俺が2つの群れを9時の門まで誘導する。
「ドル殿が、御一人で、90匹以上のプリーズラクカーネランダージョをですか」
「俺1人で走る分には、彼等に追い付かれる事はありませんから」
「はぁっ。彼等は犬です。馬に劣りますが人間が走って勝てる相手では……」
「大丈夫です。ルシミール王国の近衛騎士団や騎士団に、俺より足の速かった馬は1頭もいませんでした。馬に劣る犬が俺より速く走れるはずがありません」
「馬より速いって……」
「本当です。ドル様は私を抱き抱えた状態で、9時の門からズヴェーリの森まで約20分で移動しました」
「まじかよ……」
「エレーナさんを抱き抱えただと……許せん」
何か、討伐と関係無い声が聞こえた様な……。
「ここは、ドル殿を信じ、ベリョーザを死守するしかあるまいて」
「ですが、彼が失敗したら」
「その為に儂等大人が居るんじゃろうが、城壁の上から遠距離攻撃が得意な者は後方支援を中心に援護射撃。前衛は盾役に専念。中衛が隙を付いて攻撃。前衛より前に出てはならん」
「でも、それだと、どうやって中衛は攻撃すれば良いんだ」
「前衛の盾役は攻撃を凌いだと同時に、人1人が通れる位の道を作ります。予め斜め後ろに下がる担当を決めておくと良いでしょう。道が出来たと同時に中衛は踏み込み攻撃を与え、直ぐ後方へ退きます。盾役は中衛が退いたと同時に道を塞ぎます。これを繰り返します。後方支援と城壁からの攻撃は味方に当たらない様にだけ気を付けてください。それと、これは9時の門の外壁門を背に180度の円形の布陣で行います。陣の中に魔物が侵入した場合は、中に待機する中衛でボコ殴りにしてください」
「上手く行くだろうか……」
「後方専門と戦闘経験が少ない者は安全な場所からの攻撃と支援が主です。焦らず冷静に与えられた事を熟し、魔物の気を引き付けてくれさいすれば、後は俺が何とかします。あの数が一度に襲って来たら俺でも無理です。餌に群がるまでの辛抱です」
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俺は、身体に鈴を付け。口に笛を加えながら、プリーズラクカーネランダージョ140匹以上に追い駆けられている。
『シャンシャンシャンシャン』
『ピー ピー ピー』
追い付かれる心配は無い。俺の方がどうやっても速く走れている。心配はしていない。だが、このマヌケな恰好には問題があるだろう。絶対に噂になる。人間は喉元を過ぎると忘れる希薄な生き物だ。1日2日の内は良いだろうが、3日過ぎれば尾鰭が付いて滑稽な笑い話として広がってしまうだろう。
『ピー ピー ピー』
『シャンシャンシャンシャン』
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「ドルさんが」
「ドル君が」
「ドル殿が見えたぞぉ~」
俺は、9時の門正面の陣へ向かって走る。
さっき討伐したプリーズラクカーネランダージョの肉とか活用出来たら良かったんだけどなぁ~。流石にあの距離を60匹とか10人で運ぶのは無理だったしなぁ~。
父上の袖の下って便利だよなぁ~……。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽トシ視点
「ローザ。止まります」
「了解よ。どうしたの」
「ベリョーザの西側8時9時の門に向かって物凄い数の魔物が移動してるみたいです。門の前には人が沢山いるみたいです。城壁にもいるみたいなので、迎え撃つつもりかもしれません。それとですね」
「何かしら」
「魔物を先導しているのは、家のドルみたいです」
「あらま。皆の為に頑張ってるのね」
「そうみたいです。子供の成長は早いものです」
「そうね」
「さてさて、どうしますか。少し様子を見ますか。それとも私達で終わらせてしまいますか」
「ドルに頑張って貰いたいところですが、禁断の森の魔物の討伐依頼を受けたのは私達ですし、ここは私達も討伐に参加で良いのではないでしょうか」
「分かりました。それでは、ドルに討伐計画を確認しましょう」
「はい」
私は再び走り出す。
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「ギルドマスター」
「何じゃ」
「後方から、何か凄い速さで向かって来ます」
「何かとは何じゃ。ちゃんと説明せい」
「ですが……」
「ギルドマスター。私達にもあれが何なのか……風が巻き上がって」
「ギルドマスター」
「さっきから何じゃ。報告は1人で十分じゃ」
「プリーズラクカーネランダージョの群れに何かが突っ込みました」
「はぁっ。何じゃと。何が起こってる誰でも良い早く説明せい」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽ドル視点
何だ。後ろから凄い勢いで何かが迫って来る様な……
俺は、後方を確認した。
父上っ。母上っ。……。
そこには、母上を抱えながらこちらに向かって走って来る。父上の姿があった。
父上に接触したプリーズラクカーネランダージョは粉砕、文字通り粉々に吹き飛び。衝撃波を受けた個体は気絶或いは絶命し、それを喰らおうと飢えた個体が飛び掛かる。信じられない光景だった。
父上は、あっという間に俺に追い付いた。
「ドル。迎撃計画を教えてくれないかな」
「えっと……。もう必要無いかな……」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽トシ視点
「トシ。ドルが見えたわ」
「何だ。あいつ。披露目屋みたいな恰好なんかして」
「可愛くて良いじゃない」
「嫌々ダメでしょう。男の子が可愛いって、ドルは喜ばないかと」
「魔物の群れの中に突っ込んじゃったみたいだけど大丈夫なのかしら」
「時速500km以上で走ってるので、急には曲がれません。風属性の魔法で全体を包み込んでいるので問題ありません」
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「ドル。迎撃計画を教えてくれないかな」
「えっと……。もう必要無いかな……」
ドルは立ち止まる。私も急停止する。
「彼等は共食いをする魔物なのか」
「余程飢えていたのか、違う群れは簡単に討伐出来た」
「おぉ~そうなのか。ドル凄いじゃないか」
「……走って来ただけで、この群れを壊滅に導いた父上には敵いませんけどね」
「ローザ。これって、何て魔物なのかわかりますか」
「ポルーションストレイドッグです。本来は10匹程で群れる魔物です。この規模ですと、プリーズラクカーネランダージョですね」
「見分け方は何ですか」
「規模です」
「なるほど。同じ個体な訳ですね」
「10匹程度なら危険度☆3以内の魔物扱いです。それ以上なら危険度☆3~4の魔物扱いです」
「何か腐ってるみたいだし、亡者扱いですかね」
「亡者と魔物の中間だと言われています」
「それなら、聖属性でも火属性でも効果あるのかな」
「だと思います。図鑑でしか見た事が無いもので何とも言えません」
「父上。剣で簡単に切る事が出来ました」
「剣かぁ~……。でも、臭いしなぁ~。手拭が汚れるのはちょっとなぁ~。魔法で燃やてしまいたいのだが、どうだろうか」
「手拭って汚れを洗い落とす為にあるのでは」
「ドル君。君は何年の私の子供をやっているのかな。手拭は神聖な装備にもあるのだよ」
「そうよ。ドル。手拭は儀式の際の帽子なのよ」
「見た事が無いのですが」
「私の故郷の儀式だからそれは仕方ない事さ。臭いから燃やして終わりにしよう。≪フランメクーゲル≫」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽ドル視点
父上の魔法を久々に見た。
母を抱えて走って来たと思ったら、魔物達を撥ね飛ばしながら、全力疾走の俺に簡単に追い付いた。
仲間を喰らっているプリーズラクカーネランダージョを、火属性の魔法1発で討伐した。騎士団に所属する魔導士達のフランメクーゲルって、10cm~100cmの火の玉が1つ飛ぶ程度だ。父上のフランメクーゲルは数え切れない程の火の玉が対象に降り注ぐ。あれは誰にも避けられないと思う。
「さて、9時の門にギルドマスターも居るみたいだし、報告して家に帰るとしよう」
「あっ。俺、エレーナさんの家に行く約束があるから、夕方まで時間潰しててくれないか」
「おっと。ローザさん。息子から問題発言ですよ……」
ありがとうございました。




