薬草採集の知識と最前線の騎士団
▽▲▽▲▽▲▽▲▽ドル視点
今日は朝5時に起床。朝6時少し前、父上からの指名依頼をオーダーしやる気満々のエレーナさんと合流。冒険者ギルドベリョーザ支部で、薬草採集のクエストをオーダー。朝7時、9時の門で手続きを済ませ目的地スヴェーリの森を目指す。ベリョーザの9時の門からスヴェーリの森までは最短約15Kmの距離だ。
「ドル様。良い天気ですね」
「そうですね。……知ってますか。人間が普通の速度で歩いた時に進む平均距離って、整備された道で4Km/h。整備されていませんがここの様に比較的なだらかな草原で3.4Km/h。森の中や山だと2Km/h以下になるんです」
「それって遅いのでしょうか、速いのでしょうか」
「整備された道を馬に乗り速歩で13Km/h。駆歩だと20Km/h。馬車だと馬の数や馬車の大きさで変わります」
「馬と人間を比べても分かりません」
「そうかもしれませんが、移動速度と距離が分かれば凡その時間が割り出せるので、計画を立て易く成ります。このペースで歩くとスヴェーリの森に到着するのは昼過ぎです。夕方にはベリョーザに戻るとして、1時間~1時間半しか薬草を採集する時間がありません。ですので、走りませんか」
「私、走るのは得意じゃなくて……」
「それでも歩くよりは速いですよね」
「歩くよりは速いのですが、10分以上走り続ける自信がありません」
「えっ……それ本当ですか」
「はい」
ベリョーザのレンタローシャチで、馬を借りるべきだったか……。でもなぁ~……大青銅貨3枚の報酬の為に、中銀貨3枚は痛い。大青銅貨60枚分を大青銅貨3枚の為に支払うのは馬鹿だ。
今日は今迄の様には成らないだろう。買取で大銀貨10枚。青銅貨1000枚分を確実に得られる。そんな奇跡は父上や母上にしか起こせないと思う。
やはり、走るしか手段が残されていない様だ。俺は勇者。時速58~62Kmで走れる。父上には何をどうやっても勝てないが、それでもルシミール王国の近衛騎士団や騎士団では誰よりも、馬よりも速く走れた。
「走りましょう。エレーナさんを抱えようが背負おうが、俺なら20分位で到着するはずです」
俺は、エレーナさんは抱き抱えると走り出した。
「えっ、ちょ、ちょっと待って……」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
朝8時少し前、目的地スヴェーリの森に到着した。
「目が回ってますぅ~~~」
「始めに言っておきます。俺は薬草採集の才能がありません。冒険者ギルドに登録してから今迄薬草採集に明け暮れて来ましたが、上物級以上の薬草を自力で採集した事がありません。17時頃までは粘りますが時間に成ったら戻ります。良いですね」
「落ち着いてからでぇ~~~。もう1度始めからお願いしますぅ~~~」
「そうですね……」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽トシ視点
「準備は良いかな」
「私はいつでも大丈夫よ」
「それでは久々に禁断の森①のアタマンキパリースが生えていた場所に行きますか」
「トシ。ルシミールでは、エルダーサイプレスだって何度言ったら分かるのかしら……」
「私にとっては、最高級の桧葉の材木を提供してくれた桧葉の大木。どちらでも差し当って問題ありません」
「今日は、伐採が目的ではありませんからね」
「分かってます。行きましょう」
私はローザを御姫様抱っこすると、禁断の森①へ向かった。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
禁断の森①の手前では、ベリョーザの騎士団が陣を構え警戒を強めていた。
「ローザ。森に入る前に、挨拶しますか」
「そうね」
陣の傍まで近付くとそれは、みすぼらしい柵で囲んだだけの。即席の砦だった。私は、門の前に立つ門兵に話し掛けた。
「冒険者ギルドから依頼を受け禁断の森に来たトシと言います。森に入る前に挨拶をと思いまして伺いました」
「お前達が……冒険者ギルドから派遣されて来た上級冒険者だとぉ~……」
「ローザ。ベリョーザの騎士団の団長はアーロンさんの後は誰が引き継いだか知ってますか」
「いえ」
「そうですか」
「挨拶って、何か他に目的があったのでしょう」
「はい、負傷者が居たら治してからと思ったのですが……」
「トシのそういうところ私は好きよ」
「取り得がこれくらいしかないですから」
「いっぱいあるじゃない」
「そうですね。湯船をこよなく愛しているとかですかね」
「そうね」
「デートならベリョーザでやってな。ここは危険なんだ」
「門兵さん。だから、私達は冒険者ギルドから指名依頼を受けて派遣されて来た冒険者です」
「はいはい。冒険者が援軍で来るのは上から聞いてます。もし挨拶に来たら通せって言われてますよぉ~・・・。ただ、上級冒険者が来たらって上からの命令でな。お前達はどう見たって駆け出し良くてギルドランクC位だろう。悪い事は言わないからベリョーザに帰りな」
「トシ。ギルドカードを見せたサッサと挨拶を済ませて森に入りましょう」
「そうですね」
ローザと私はギルドカードを門兵に見せた。
▽
▼
▽
「あぁ~えぇ―――ギルドランク【My】にギルドランク【SSS】。ほ、本物かどうか、かか確認するからな。そこを動くなよ。そこで、待ってろっ」
「ギルドカードって偽装が不可能な魔法カードですよね」
「そうよ」
「まぁ~私でも、私達が上級冒険者です。と、目の前に現れたら疑うだろうから、彼の気持ちが分からないでもないが……」
「さっきの門兵、何処かで見覚えがあるのですが……。当時10代20代30代だった騎士団の団員達は、指揮官クラスか退団してるでしょうし。さっきの門兵は20歳位かしら」
「どうでしょうね。ドルよりは年上だと思います」
「わだ若いわよね」
「戻って来たら名前を聞いてみますか。もしかしたら思い出すかもしれません」
「どうかしら、あれから16年17年経ってるし……」
当時16歳だったとして現在32歳か33歳。さっきの門兵はどう見ても20歳位だ。他人の空似という奴だろう。
「たぶん、気のせいでしょう。当時から騎士団に所属していて、未だに門番は流石に無いでしょうから」
「そうね…………でも、……確かに何処かで見覚えがあるのよねぇ~」
「ん。……何か凄い数で向かって来ましたよ」
「たぶん、私達の正体を知って慌ててるだけよ」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽ドル視点
「これは、どうですか。通常級よりは間違い無く上だと思います」
俺は、エレーナさんに、南アルブス州の名産尻火付草を手渡した。エレーナさんは受け取ると同時に唸り声をあげる。
「う~ん……。ギリギリ上物級。厳しく査定すると通常級です。真面目に採集する気、ありますよね」
「無かったら朝から森に来ませんよ。最初に言いましたよね。俺、薬草採集の才能は皆無です。って……」
「自信満々に言わないでください」
「俺は自分の発言に責任を持ってるだけで、決してこれは自信等ではありません」
「ドル様。責任の持ち方がちょっと…………。えっと、2、3確認します」
「はい。どうぞ」
「薬草は、種類が代っても基本等級の鑑定査定基準は変わりません。先程説明しましたよね」
「はい。それは両親からもギルドの人からも以前教わりました」
「葉の色、茎の色、葉の厚み、茎の太さ、虫食いの有無。他に注意する点は何か御存じですか」
「今上げた物の他にですか。そうですねぇ~…………分かりません」
「やっぱり」
「おっ、何か原因が分かったんですね」
「原因と言いますか、薬草採集において最も大切な知識が欠けています」
「あっちゃぁ~それは大変ですねぇ~」
「大変ですねぇ~って、何を他人事みたいに……ドル様自身の事なんですよ」
「……それで、何が欠けているんでしょうか」
「そうですねぇ~。ドル様は薬草を採集する時に、……ちょっと待てくださいね」
エレーナさんは、少しだけ辺りを歩き周り薬草を3本採集し、俺に見せた。
「この中で1番よい薬草はどれですか」
右の薬草は美しく淡い黄緑色。中央の薬草は艶やかで瑞々しい緑色。左の薬草は生命力に溢れた深緑色。
「左でしょうか」
「そうなりますよね。ドル様は先程からこの左の薬草に近い状態にある物ばかり採集し持って来ています」
「はい。近衛騎士団でも寄宿学校でも、座学でしたがその様に教わりました」
「確かに薬草としてそのまま摂取するのでしたら、成熟した尻火付草が最も効率が良いです。ですが、魔法薬や一般的な飲料の素材して用いるには成熟し過ぎていて調剤や加工に向きません」
「苦いですからね」
「薬草採集の時に、上物級、特上級、最上級、極上級、奇跡の神級品を見た事はありますか」
「はい。王都ではずっと極上級品を10本納品していましたから」
「えっと……。どうして通常級やギリギリ上物級ばかり採集を」
「どうしてでしょう」
「私が聞いてるんですけどね……」
「因みにですが、この黄緑色だと等級は何ですか」
「これは、良くて粗悪級か特上級です」
「良くてですか」
「はい。場合によってですが、薬草認定されないからです。見分けが素人や初心者では難しいのでお奨めしません」
「カウント外か粗悪級か特上級ですか。ちょっとした賭けですね」
「ドル様のレベルだと、確かに賭けかもしれません」
「この緑色はどうなんですか」
「これは、丈が短く葉が肉厚なら最上級品です。丈が短く葉がそれなりなら特上級品です。丈が長く葉が肉厚なら特上級品です。丈が長く葉がそれなりなら上物級品です。それ以外は、通常級品ですね」
「あれっ。それだと、極上級品はどうなるんですか」
「何度も見てるのですよね」
「はい」
「思い出してみてください。葉の色や厚さや大きさ、茎の長さ太さ色」
「そうですねぇ~……葉の色は緑色よりは少し濃い様なぁ~……厚さは薄かった様なそうじゃ無い様なぁ~……大きさはぁ~……あれ……そういえば何か皺がいっぱいあった様なチリチリしていた様なぁ~……」
「そうです。極上級品は、一見すると粗悪品に似ているんです。丈の短い粗悪品と間違え易いので、経験が必要なんです。ずっと見ていたのに、お気付きに成らなかったのですか」
「何て言いますか。どう見ても中央や左の薬草の方が上質に思えてしまって」
「潜入感ですね。ドル様が先程採集しましたこの薬草ですが、これの隣にあった薬草は1本だけですが最上級か極上級の様ですよ」
「えっ……」
俺は、さっき薬草を採集した場所の前にしゃがみこむ。
「これかな」
そして、それらしい1本を採集しエレーナさんに見せた。
「やっぱりそうですね。間違い無く極上級です」
いつも母上が俺の後で極上級を採集出来ていたのはこれかぁっ……。俺が陰を作る通常級を採集した後だったから、簡単に最上級や極上級がみつけられたのか。
それも理由の1つだが、ローザは植物鑑定S☆2を所持しており、薬草は当然の事ながら植物、触れるだけで種類や等級が何と無く分かる。トシの薬草採取や樹木伐採、キノコ狩り、木の実拾い、山菜採集、他に付き合い草原や川や湖や森や山、時には墓地でもスキルや能力を磨き続けた結果が現状とも言える。
「何かが分かった気がします。これなら直ぐ終わるかもしれません」
「ドル様。頑張ってください」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽トシ視点
ローザと私は、駐屯地の指令部が置かれたテントに案内され、騎士団の団長と副団長と参謀長と治癒長から挨拶を受けた。そして、話題は私が1番気になっていた負傷者の件になった。
「重傷3人。軽傷21人。軽傷者の治療は治癒長殿以下騎士団のヒーラーがおりますので、治療回復魔法を施し少し休ませ現場復帰させている状況です」
「団長。討伐隊は何名なのかしら」
「1人の脱落者も出しておりませんので、騎馬隊17騎×20班、計340騎。歩兵15人×10班、計150人。遠距部隊魔法部隊8人×2班、計16人、弓部隊15人×3班、計45人、治癒士部隊8人×1班、計8人。それに団長の私、治癒長殿、副団長、参謀長の4人。合計555人であります」
「負傷者以外を整列させて」
「休憩中の者もでしょうか」
「当然です」
「か、畏まりました。副団長っ」
「はぁっ」
副団長は団長の指示を受けテントを後にした。
「トシ様。私達は、負傷者の治療を済ませてから、皆の所に行きましょう。団長。参謀長。治癒長。負傷者のテントは何処ですか」
「はっ。御案内致します」
「治癒長殿。先に行き準備をお願いします」
「はい」
「参謀長は私に付いて来い」
「はっ」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「≪ヒール≫≪キュア≫≪リカバリー≫」
私は、重軽傷者全員に治癒治療精神気力の回復魔法を施した。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「あれっ。あいつ意識不明の重体だったんじゃ」
「おっ。すげぇ~可愛い女の子が来たぞ」
「すげぇ~良い女じゃん」
「馬鹿。ああ言う女には十中八九男がいんだよ」
「男が居たって構わねぇって一回位あいてして欲しいぜぇ~」
「お前何か話もして貰えねぇ~って」
「知った様な口聞くなよ。俺はこれでも意外に少しはモテるんだよ」
「結構あるよなっ……胸が、あれで男を騙してるんだぜ、きっとそうだ」
「いや意外に、純情で可憐で初心かもしんねぇ~じゃん」
「在り得ないって。あの感じは場馴れしてるって」
「あっ。おい治癒長様と話してる男。あれ誰だよ」
「俺等と同じく位だよな……治癒長様がペコペコしてるぞ」
「治癒長様は男爵様だよな」
「ああ」(彼等全員)
当然、トシの耳には丸聞こえだ。
ローザと私は、団長、参謀長、治癒長、回復した24人と共に、副団長を先頭に整列する騎士団の団員達の正面に移動した。
「お前等、うるせぇーぞ……あっ。あぁ~静粛に」
「団長落ち着いてください」
「参謀長。後は任せた」
「わ、私にですかっ。だ、団長の仕事です。参謀風情が名誉ある団長の代行等……はい」
「あのぉ~どうしたんですか」
「団長も参謀長も緊張しているのです。私が代わりに話ましょう」
「治癒長殿に任せよう」
「そ、それが良いです」
団長や参謀長がこの程度。ベリョーザの騎士団は相変わらず軟弱なのだろう。団員の前で喋るだけ。それすら緊張して出来て無いとはな。……指揮官として機能するのか。疑問だ。
「皆に紹介しよう。こちらは、トシ・ニノマエ・ルシミール卿。ルシミールの英雄であり、世界のドゥ―シャー様と、ローザ・ルシミール王女様です」
騒めき立つ騎士団員達。
「御二人は、禁断の森の中に入り魔物を討伐する前に、我々の仲間を救ってくれたのです。死の淵を彷徨う3人をたった1度の魔法でです」
「おぉ~」(大勢)
「そして、我々に勝利の魔法を施してくれるそうです」
勝利の魔法では無いのだが……。精神や気力を回復させるだけなのですが……
「ドゥ―シャー様。お願いします」
「はい。≪リカバリー≫」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽ドル視点
「ドル様。お昼休憩にしませんか」
「そうですね」
俺は、切り株に腰掛けると、鞄から干し肉と水筒を取り出す。
「あぁ~もう。それは非常食です。良い仕事が出来なくなりますよ」
「はぁ~。これ、軍なら基本的な食事です。これにパンと野菜の少ないスープが付きます」
「……今日は、サンドウィッチとお茶を持って来てます。ドル様の分も容易してあります。一緒に食べましょう」
「エレーナさんが作ったんですか」
「サンドウィッチは誰でも作れると思いますよ。お茶も葉とお湯があれば誰でも煎れられるかと」
「いやいや有難いです。サンドウィッチはマヨネーズでしたっけ。バターか。あれの分量や胡椒やマスタードの配分。奥が深い料理です。寄宿学校時代に背伸びしてマスタード100%でレタスサンドを試した事があったのですが、あれは止めておいた方が良いですよ」
「マスタードとレタスだけですか……。随分と冒険したんですね。あ、熱いので気を付けてください。どうぞ」
「ありがとうございます」
俺は、お茶を受け取り一口飲む。言われた通り熱い。熱いが懐かしさを感じた。
「おっ。これは良いお茶を使ってますね」
「調合用に定期的に花や草を採集しに森に来るのですが、その時に自分用に上物級の尻火付草も採集してるんです。自分で加工してお茶にして飲むならタダですからね」
「そうなりますね」
「飲んでみて何か気付きませんでしたか」
何か……。懐かしいと思ったんだけど。そういう事じゃないだろうし……。あっ。あああぁぁぁ。はいはい、そっか。
「えっと……これ御祖母ちゃんの味だ」
「はい。祖母の味に近付ける為、研究の合間に試行錯誤して、この味を実現する事に成功しました」
エレーナさんは、とても嬉しそうに楽しそうに話してくれた。
「これって、乾燥させて煎じて飲むのと違いますよね。芳ばしい感じがするし」
「はい。内緒ですよ」
「誰にも言いません」
「祖母は、洗浄してから乾燥させる通常の過程に、蒸して炙りながら揉むという工程を加えていたみたいなんです」
「茎を炙って飲む茶はあるけど、あれは孔雀羽茶だし。葉を蒸して揉んで飲む茶は聞いた事が無いです」
「探すとあるのかもしれませんが、尻火付草のお茶ではやらない製法だと思います。それでですね。祖母の工程を加えるとですね。最上級品や極上級品の葉に似た感じになるんです。それでなのかは分かりませんが、煎じると通常の葉を煎じるよりも抽出の度合いや香りが良くなるんです」
「この製法で売り出したら、上物級品の嗜好品の茶より上のお茶として人気が出そうです。素材は同じ上物級の葉なのに、1段上とか凄くないですか」
「これ、手間暇がかかるので、大量に作れないんですよね」
「そこはビジネスですよ。得意な人に任せれば良いんです。エレーナさんは特許料や使用料を安定収入として貰うんです。研究し放題になりますよ」
「調合や研究は好きですが、それだと益々外に出なくなっちゃいそうで怖いです」
「俺が無理矢理でも連れ出します」
「そ、そうですか。考えておきます」
「さて、後4本。1時間で見つけてみせます」
「はい。ドル様。ファイトです」
ありがとうございました。




