その国の名は『ルガキタイル』
桧葉の大木を葉っぱから小枝まで余す事無く右袖に放り込み回収した。ベリョーザの禁断の森。なかなか良い森だ。樹齢3000年の桧葉の大木の伐採。この国でなら許される。木を切り倒す事がこんなにも快感だったとは思ってもいなかった。
だが、こんな快感程度で私が満足すると思って貰っては困る。最高の湯船。……うん。……待て待て……大変な事に気付いてしまった。家に帰ってから乾燥させたとして、完成するのはいつになる……
「ト、トシ様……天災級の魔物を討伐されたのに、どうしてそんなに落ち込んでるのですかっ……顔色が悪いですよ」
「はっはっはぁ~……へ、平気ですよ……」
はぁ~。桧や桧葉は水分量が多い。だから雨や雪の多い地域の家屋、浴槽に向いていると聞いた事がある。通常の木材より乾燥期間が長くかかると考えるべきだろう。まして大きな板を用いる予定だ。つまり断面が広い。1ヶ月やそこらで乾燥が完了すると思え無い。3年、4年、5年……極楽は遠いという事か。
「ローザ姫様。もうこの森に用事はありません。家に帰りますか。埃も被りました。戻ったら風呂で汗や埃を流した方が良いでしょう」
「そ、そうですね……ですが、先に冒険者ギルドなり王国に天災級の魔物の討伐を報告した方が良いと思います」
「あの桧葉の大木は天災級の魔物だったのですかっ」
「えぇ」
「信じられません」
「私も目の前で起こった現実が信じられません」
「ですよね」
あれは素晴らしい木材。最高級桧葉。
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帰りも行と同様に、ローザ姫様をお姫様抱っこしルシミール王国を全力疾走した。背負うよりも走り易い理由はそれだけだ。
そして、仕方が無いので、王都に寄り道した。
黙っていれば露呈する事は無いだろうと考えた。だが、ローザ姫様にカードの履歴を閲覧されたら騒ぎに成りますよ。と、諭された。報告義務を果たしていないと責任や違反を追求され押し付けられる事もある。実に迷惑この上無い話だ。
王宮へ押しかけ、内務卿と政務卿と深刻な話の真っ只中の国王陛下に、天災級の魔物アタマンキパリースを討伐したので、後は宜しくお願いしますと報告した。
国王陛下と王妃様とは、妊活の指導者として、家族として親密な関係を維持している。こういった事態の為では無いが、私は宝の持ち腐れはし無い主義だ。後生大事にしていた私の物が1つまた1つまたまた1つ消える。奇怪な現象が私の家だった場所で頻繁した。その時に悟ったのだ。形有る物は勝手に売られる。大事な物から売られていく。大切な物から奪われていく。命が最初で無くて良かったとあの鬼達に感謝したい。皮肉のつもりであるが、あれ達には理解する事は出来無いだろう。何処ぞの何処かの様に……
カードの履歴を見せ。納得して貰い帰路の途へつこうとローザ姫様を抱き抱えようとした時だった。
「ドゥ―シャー殿」
ドゥ―シャー殿……国王陛下が私をドゥ―シャー殿と呼称する時は、国家レベルの相談だ。家に帰って入浴を満喫する予定なのだが……無視する訳にもいくまい。
「はい」
「実は、我がルシミール王国の南にある『歴史の大国ルガキタイル』が、ラザー大草原に発生した魔物の討伐を理由に国境周辺に軍を展開していると報告があったのだよ」
魔物の討伐を他国の兵士が代行してくれる。願ったり叶ったり良い話ではないか。
「ドゥ―シャー様。3年前にも同じ事があったのです」
「3年前にも魔物が発生して討伐して貰ったのですかっ……」
何度も何度も他国の兵士に魔物を討伐して貰っていては国としての立場が無い。そう考えると確かに深刻な話題だ。
「今回と全く同じなのです」
「内務卿閣下、陛下。あいつらの横暴をこれ以上見過ごす事は出来ません」
なるほどなぁ~……って、横暴……
「政務卿閣下の言う通りでございます。陛下。数に物言わせてのルガキタイルのやり方を許してはいけません」
「だが、国力も兵士の数も違い過ぎる。軍を動かし言い掛かりでも付けられでもしたら厄介な国だぞ」
「「そうなのですよねぇ~……」」
自国の魔物を討伐する為に軍を動かして、他国から非難される。……他国に魔物を討伐する為だからと許可無く進攻する国。
「どうなってるのですか」
「ドゥ―シャー殿はルシミールに来たばかり。知らなくても当然だと思う。3年前も今回と同じ様に、国境を越えラザー大草原に進攻されているのだよ」
「魔物の討伐なのですよね」
「それはあくまでもルガキタイルが軍を進める口実でしかない。奴等は故意にルシミールへ魔物を追い立て旅人や商人達に魔物の被害が出る様に姑息な事を続けている」
「追い立てておいて討伐するって軍を進攻してるって事ですか」
「そうなる。前回は、討伐を達成した後3ヶ月も居座られ、撤退させるのに、魔物討伐の謝礼金として大白金貨500枚を支払ったのだよ」
大白金貨500だと……日本円だと約100億円。……これはただの集りだ。この国でも同じ。人間がいる所では何処でも同じ事が行われている。悲しい現実だ。
私を呼び止めた。ようするに、ラザー大草原の魔物を討伐すれば良い訳だな。ルシミール王国の兵士が組織的に動く事が一番の抑止効果に成る。だが、相手は倫理も道徳も常識も無い。凡そ皮肉の1つも通じない愚か者な国なのだろう。
冒険者がコンプリート出来る程度の討伐に、大軍を動員し他国へ進攻しようとした国。……なるほど、皮肉が通じ無い相手だ。国王陛下は愚か者の国では無く他の国に対しルガキタイルという笑いを広めるつもりだ。……活用出来る物は何でも活用する。活用しに来て活用される。……う~ん。家族の為だ。一肌脱ぎましょう。
「国王陛下。私がラザーの魔物を討伐してきます」
「ドゥ―シャー殿を指名して討伐依頼を出すのは……」
何だ。何か予想と反応が違うぞ。
「世界のドゥ―シャーとして我が国の王族の一員として、歴史の大国ルガキタイルへ赴き兵を退く様に交渉して貰おうと考えていたのだが……」
甘い。温い。そんな事で、愚か者がどうにかなる訳が無い。私は知っている。甘い顔し見逃し続け、こちら側が呆れ果て関わりたく無いと思えば思う程に、付け上がり増長し横暴が慢性化する。
日常化した非常識な行為を窘め様物なら、窘めたこちらが常識が無いと非難され、謂れの無い中傷や訴えを起こされる。貴重な時間まで搾取され続ける事になる。イヤだ。絶対に嫌だ。死して尚、非常識極まりない阿呆に付き纏われ破滅の階段を上る。私は既に死んだ身。執行を待つ身では無い。
「国王陛下。それでは意味がありません。例え今回退かせる事が出来たとしても、またやって来るでしょう。金銭に困った時、体制が揺らいだ時、ルシミール王国を槍玉にする事で存続を図る愚かな国を延命させるだけになります」
「だが、まかり間違って戦争にでもなったら……我がルシミールは蹂躙され滅亡するだろう……」
「国力にそこまでの差があるのですか」
「内務卿。ルシミール王国とルガキタイルの軍事力の差をドゥ―シャー殿に」
「はっ」
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国王陛下や内務卿、政務卿が深刻になるはずだ。
私が思っていた以上に凄い差だ。
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ルシミール王国 ルガキタイル
総人口 約870万人 約1億5640万人
騎兵隊 約3万 約40万
魔導士 約4千 約5万
兵士 約15万 約200万
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「軍事力もそうですが、人口が違い過ぎますね」
「ルガキタイルは、スィリディーナ大陸で五強に入る大国なのです」
「他の四強は何も言わ無いのですか」
「残念だが期待するだけ無駄なのです」
期待はしていないので、それはどうでも良い。問題は大国が5つもあるのに均衡が取れ膠着状態な訳が無い事だ。
「スィリディーナ大陸の地図と国の配置を見せて貰えませんか」
「直ぐに用意致します」
内務卿は、国王陛下の執務室を後にした。
「あ、あのぉ~トシ様……」
「どうかしましたか」
「お、降ろしていただけませんか……」
「お……これはうっかりしていました。抱き抱えたままでした」
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「ルシミール王国以外は海に面しているのですね」
「はい」
「大陸の中央に取り残された感じが凄いですね」
「はい」
「地図に書いてある事を確認します。中央大陸スィリディーナの大国は、【シチート王国】【シレーム王国】【プーシカ王国】【ラヴーシュカ王国】【ルガキタイル】の5ヵ国であってますか。ルガキタイルは王国じゃ無いのですか」
「五大国は今ので間違いありません。ルガキタイルは賢民党率いる重騎兵団が11年前にクーデターを起こし重騎兵団の団長による独裁状態で名ばかりの国家です。ですが、軍事力では大陸トップクラスです」
「首都と4つの都市に1億6千万人もの人口がいるのですか」
「いえ、他にも小さな町や村があります。人口の9割は都市部に集中しているそうですが……」
「北のグラナード大公国とアクトプラーン・グラナード王国は名前が似ていますが、どういう関係にある国なのですか」
「世界的に有名な事件で書籍にも成っていますよ。トシ様はお読みになった事が無いのですか」
「残念ながら……」
有名な話なのか。……今後の事を考えると、歴史や伝承伝説の類の書籍も目を通した方が良さそうだ。
「アクトプラーン・グラナード王国と、グラナード大公国と、ルゥビーン議長国は、108年戦争と呼ばれる内戦の末に、3ヵ国に分裂しました。大公国はアクトプラーン・グラナード王国の当時の国王の叔父にあたる大公が建国した国です。議長国は商人ギルド、冒険者ギルド、魔導士ギルドが協力し国民議会と呼ばれる議会の議長を元首として建国した国です。5年~10年の任期で元首が変わる変化の激しい国です」
俗に言う共和制って奴だ。西側のアガート共和国と何が違うのだろうか。
「分裂前の、グラナード王国は、スィリディーナ大陸の中心的存在でした」
「なるほどぉ~……あえぇぇぇ……」
「ドゥ―シャー殿。どうしたのだ」
「中央大陸って思ってた以上に大きな大陸なので、驚いてしまって、つい声が……」
「古の大陸ヴェーチノスチと比べてしまってはどの大陸も小さいですからな。中央大陸は、これでも古の大陸の半分程の大きさを誇る。この世界で2番目に大きな大陸です」
あぁ~……自称私の生まれ故郷の大陸は、そんなに大きな大陸だったのか。しかもイポーニィは全土を統治してると言っていた。守衛の若者達が畏れ慄き気絶するはずだ。
「えっと……各国の同盟の状況とか分かりますか」
「内務卿。我が国が把握している各国の条約の状況を持って参れ」
「畏まりました」
内務卿は部下を伴い国王陛下の執務室を後にした。
しかし、あれだ。ここルシミール王国はそれなりに広い。
【ルシミール中央州】の西を流れる【ルシミール川】と【トラバー山脈】に挟まれた【トラバー高原】地区。直線距離なら家から最も近い【トプリの町】という集落がある様だ。
ルシミール中央州の王都や【ベルシークの町】、【リーモン州】の【州都ロートス】や【リーリヤの町】がある【クリョーン大高原】地区。
【北アルブス州】の【州都ピアン】がある【北アルブス高原】地区。厳密にはクリョーン大高原地区にある州都の1つだ。だが、【西アルブス北樹海】【リーモン大森林】【禁断の森⑤】【アルブス山脈】に囲まれた一帯は【北アルブス高原】地区と呼ばれる。
【マーク州】の【州都ラザー】や【アドニスの町】がある【ラザー大草原】地区。
【南アルブス州】の【領都ベリョーザ】がある【南アルブス東高原】や【サスナーの町】がある【南アルブス西高原】、この南アルブス西高原は、【イーリス湖】から流れる【イーリス川】によって南北に分断されていて、サスナーの町がある【イーリス北高原】と、【ケードル山脈】側の【イーリス南高原】2つの高原の総称だ。そして、南アルブス東高原と西高原の総称が【南アルブス大高原】地区。
王都を中心に4つ州都と5つの町と幾つかの集落。国土は大きく3つに分かれている感じだ。
ベリョーザの禁断の森①を抜けてルシミール王国に入国したと言ってしまったが、地図で見る限り、かなり無理がある。というか、ベリョーザのある南アルブス州は、王都へ移動する為の道としてアルブス山脈【山岳ルート】といつから存在しているのか分から無い【洞窟ルート】この2つのルートしか他所と繋がってい無い。南の【サプフィール王国】や東の【芸術の大国プーシカ王国】や【マルフィール教王国】が森を抜け国境を越えて来る事は殆ど無いそうだ。
そして、今回は、二回目らしいが……南西のラザー大草原。【禁断の森②】と【ヤーブラカ南森林】に挟まれたラザー大草原の端。その名が【アーセン大平野】に切り替わる国境付近に性懲りも無くまた【歴史の大国ルガキタイル】が軍を進めて来た。
「ローザ姫様。中央州とマーク州の間にある黒い四角はなんですか」
「それは【イーリス要塞】です。要塞とは名ばかりで、木で作られた関所みたい感じです」
関所って箱根みたいな物だろう。木造の様だしな。
「王国内に街道の安全や治安維持の為に要塞や関所があるのは分かるのですが、国境の警備はどうなっているのですか」
「【スィリディーナ大陸】では、【グラナード条約】と言って旧六大国によって定められた大陸法がありまして、魔物や盗賊を討伐する目的以外で、国境周辺に10人以上の正規軍を7日間以上駐留させてはいけないんです」
随分変わった決まりがある物だ。
「国境周辺って具体的に何メートルとか何キロメートルとか決まってるのですか」
「ありません。ですので、正規軍が国境に近付く事はほとんどありません」
ありがとうございました。




