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異世界で幸せを手に入れました。  作者: 諏訪弘
プロローグ
2/40

異世界は手拭と浴衣と下駄で始まる

宜しくお願いします。

『ボヨヨヨォォォ~ン』


 考えよう。さっきは盾で叩いて倒したはずだ。


 考えよう。左手に俗に言う盾って奴は無い。どうする私。


 1.今、私が持っている物は何だ。下駄。某アニメの主人公にでも成らない限り、下駄で倒すのは無理だろう。それにこれは厳密には履いている物だ。


 2.今、私が持っている物は何だ。手拭。……テレビで見た覚えがある。確か柔術なる格闘術に手拭を用いた不審者撃退法があったはず。為せば成る為さねば成らぬ何事も為さぬは人の為さぬなりけり。厳密には頭に乗せているが正しい。


 私は2を選択した。


 頭に乗せた手拭を右手に取り構える……


 ダメだ。手拭の持ち方や使い方は分かる。だが、手拭を使った戦い方は習った覚えが無い。


 学生時代の私はお世辞にも優秀な生徒と呼べる代物では無かったが、この様な事態になると知っていたら……もう少し真面目に先生の話を聞いておくべきだった。


 ダメじゃないか。考えてもみろ、私はあれ()への恨みを忘れぬ様に過去を引き摺りここまでやって来てしまったはずだ。私が取得した資格は何だ。漢字検定1級。何て事だ……今思えば何て必要の無い無意味な資格を……


 いや待て、生前の資格や免許は放棄したはずだ。今となっては関係の無い話ではないか。


 だが、現状にあっては、藁にも縋るべきだろう。考えるんだ。他に私が、所持していたのは何だ。大型第二種運転免許資格。忘れてしまっても差し当たり差支えの無い資格だ。成仏先で自動車を運転する機会に恵まれる事は無いだろう。……何て事だ。生前の私や今では家族でも何でも無い究極の他人を養って来た公共交通機構の運転手としての私のキャリアは死後何の役にも立たないと言うのか。


 乗り降りするお客様からの、ありがとうの一言が嬉しかった。……いかん。今は思い出に浸っている時では無い。生前の資格や免許は放棄したはずだ。何より死んだ身だ。今更、ありがとうと言われても複雑な気分にしかならない。死んでくれてありがとう。そんな意味ではないのだろうが……


「お―――――い 君ぃ―――――」


 何て事だ。あのタメグチの女の子が私に気付いてしまった。来るな来るな。来ないでくれ。頼む。


 私の願いが聞き届けられる事は無かった。女の子は駆け寄って来る。前方10mだ。


 おや、オレンジ色の物体が、女の子の方へ向かって行ったがどういう事だ。


『ドーン』


「きゃぁ~」


 え。どういう事だ。あのオレンジ色の体当たりは泡みたいな感じで、悲鳴を上げる程の物では無いと思う。やはり若者達の迷惑な遊びの一環だったか。出来れば成仏までのんびり心を落ち着かせ疲れた精神を癒しておきたい。若者の迷惑な遊びにいちいち目くじらを立ててどうする。私は大人だぞ。しかも死んだ身だ。優しく接してあげようじゃ無いか。


「お嬢ちゃん。楽しそうだねぇ~」


 こんな感じで良いだろう。


『ドーン』


 オレンジ色の物体は、女の子の腹部に体当たりした。


「グハァッ」

『ザザァ――――』

「ゴホゴハッゴホッ」


 女の子は、5m程後方に吹き飛ばされ、そして倒れたまま咳込んでいる。随分本格的な鬼気迫った遊びだ。まさに迫真の演技だ。ここは邪魔しない様に、そっと離れてあげよう。それが大人としての優しさだろう。


 私は、オレンジ色の物体と女の子から離れる決意を固め、後方へと身体を方向転換する。


「役者の勉強か何か知らないが、頑張るんだよ。人間生きていれば何とかなる人もいるものだ。私はダメだったがね。お嬢ちゃんはまだ若い未来がある」


 私が右足を踏み出そうとした時だった。


「お願い。だったら……ゴホッ……助けて……」


 実に上手い演技だ。ここ数年テレビで見る日本語のおかしな役者の芝居とは雲泥の差だ。こういう若者を日本のテレビ業界は大切にするべきだと私は思う。日本人と何かが違う何者かを否定する気は無い。私は……


「助けて……」


 何だろう。とても芝居とは思えない。この心から訴えかけて来る助かりたい生きたいという強い気持ちは、いったいなんだ。


『ドーン』


「ゴホォッ」


 何だ。女の子の頭の上に赤色の点滅が見える。あれは何だ。


 点滅はドンドン早くなる。


 いかん。点滅の速度に合わせ動悸が激しく……血圧が上がる。既に死んでいる身で更に死ぬなど冗談じゃない。どうする私。


 ①手拭で助ける。


 ②下駄で助ける。


 ③腕時計で助ける。


 ④見捨てる。


 ②はさっき考えたが私には確実に出来ない。④はさっきも考えたが人間としてダメだろう。そうなると①か③だ。私のラッキーナンバーは、1と10と4。今は4と10は無い。


 選択は①だ。


 私は、手拭を既に右手に持っている。ここからどうする。……あれしか無い。


『パチーン』


 私は手首のスナップを利かせ、オレンジ色の物体を、手拭で叩いた。


 オレンジ色の物体は10m程吹っ飛んだ。動く気配は無い。やはり弱い。女の子の演技にまんまと騙されてしまった。私には見る事が出来ない今後のテレビドラマ映画の世界でこの子なら素晴らしい女優になるだろう。


「あ、……ありがとう……」


「練習の邪魔をして申し訳無かった。お嬢ちゃんの芝居が余りに素晴らしく本当に苦しんでいると騙されてしまった」


「わ、私の……カバンからポ、ポーションを、取って……ゴホッ」


 なるほど、優しく接した私を巻き込んで、1人芝居から、2人芝居に切り替えたと見るべきだろう。仕方が無いもう少しだけ付き合ってやる事にしよう。私もお人好しだ。だから、あれ()に付け込まれ騙されたのだろうな。


 私は、女の子の近くまで移動すると、地面に倒れ苦しそうな芝居を続ける女の子の腰に装備されたカバンの口を開けた。


「ポーションとはどの瓶だろうか」


 カバンの中は、何かがおかしい。縦20cm横15cm奥行3cm程のカバンの中には、同じ様な形の瓶が30本も入っていた。


「水色……ゴホッ」


「これか」


 私は、水色の瓶のフタを開け、女の子に手渡そうとした。だが、女の子は受け取る力も無い体の芝居を続ける。


「口を開けなさい。飲ませてあげよう」


「あ、ありがとう……ございます」


 ちゃんとお礼が言える子だったのか。娘の様に成る事なく立派に成長して欲しい物だ。


「ゴホッ」


 女の子はポーションを飲み込む事が出来ない体の芝居を続ける。実に本格的な芝居の稽古と褒めるべきなのだろうな。最近の若者はと私も年寄達に言われるのが嫌だった。だから私は極力この単語を避けて通る人生を歩んで来た。最後まで使わずに死んだ自分を誇れる気がした。


「ゴホッ ゴホッ ガハァッ」


 女の子は吐血した。


 どうい事だ。これは芝居では無かったのか。血まで準備してこの子は芝居の稽古をしていたというのか。様子がおかしいぞ。赤色の点滅がまた早くなった気がする。


「た、助けて……死にたくないよ…ゴホッ ゴホッ」


「1つ尋ねるが、これは俗に言うノンフィクションという奴だろうか」


「ゴホッ ゴホッ ゴホッ」


 良く分からないが、目の前の女の子は、良く分からないオレンジ色の物体の攻撃を3度受け死にかけている。そう解釈するべきなのだろう。


「ゴホッ」


 どうする私。


 ①ポーションをもう1度飲ませる。


 ②ポーションをもう1度飲ませても吐き出す可能性が高い。口移しでトライ。人命救助の為だ。


 ③医者を呼ぶ看護師を呼ぶ。


 ④医者を探しに行く。


 ⑤時計


 ①は無理だろう。③はどうだ。「誰かこの中にお医者様はいませんか」この草原の何処に医者がいる。女の子と私とオレンジ色……あれ。オレンジ色の物体が無い。これは後だ。③はどう考えても現実的じゃ無い。④は論外だ。そうなると②か⑤だ。⑤の時計……いった何故時計を私はエントリーした。臨終の時を正確に遺族に伝えるつもりだったか。冷た過ぎるだろう私。


 ②しか残っていないか。だが、ここで口移しで飲ませたとして、本当は全てが芝居だったらどうする。私はうら若き乙女の唇を奪った65歳初老の変態として成仏する事になる。果たして成仏させて貰えるか怪しい。


 だからと言って、もし仮にだこのまま本当に女の子が死んでしまったらどうする。遺棄したとしてやはり成仏させて貰える気がしない。……何て事だ。どちらを選択した所で、変態か遺棄のレッテルを張られるのか。死んでまで他人に笑われるのか。「奥さんに捨てられたんだって。浮気されてたみたいよ。でも、本当は旦那さんがあの顔で浮気してたんだってさ。娘さんにも見捨てられるはずよ」それは全てあの家族の皮を被った鬼達の作り話、嘘なんだ。信じてください。


 ……いったい何の拷問だ。これが地獄に落ちた者が受ける俗に言う責め苦と言う奴か。


「ゴホッ ゴホッ」


 いかん。ええぃ仕方が無い。何もし無いで後悔する位なら口付して後悔した方がましだ。


 私は変態の道を選択した。


 私は、ポーションを口に含むと女の子の唇に自分の唇を重ね合わせ。液体を移動させた。


「ゴクゴクゴクゴク」


 女の子が液体を飲み込むのが分かった。そして、頭の上の赤色の点滅が消えた。


「あ、あり、がとう……」


 女の子は意識を失った。


 どうやら、この女の子は、どう転んでも気絶する運命にあったようだ。さて、どうする私。


 ①見捨てて立ち去る。


 ②近くの家なり店まで運ぶ。


 やはり、②を選択するしか道はないだろう。その前に、オレンジ色の物体が何か落としていないか確認しておこう。


 私は、オレンジ色の物体の近くへ移動した。綺麗なオレンジ色の石が6つ落ちていた。


 この綺麗な石は、落とし物では無く。あのオレンジ色の物体が落とした物だと考えるべきだろう。


 さて、どうした物か。今の私の装いに物を収納する場所は……合った。浴衣の袖が……私は浴衣の袖に綺麗な石を6つ放り込んだ。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 女の子を背負い2時間は歩いただろう。前方に集落の壁の様な物が見えて来た。あれは街だ。


「おい。見慣れない奴だな。何だその恰好は。随分軽装じゃないか。それにその娘はどうした」


「オレンジ色の物体に襲われているところを助けたのですが意識を失ったまま動かくなってしまったので運んで来たのです。誰かこの女の子の事を知りませんか」


「何だと……オレンジポヨポヨだと。今そいつは何処だ」


「私が倒した様で綺麗な石を残して消えてしまいました」


「倒しただと。素手で倒したと言うのか」


「手拭でですね」


てぬぐい(・・・・)それはいったいどんな武器だ」


 何、この人達は手拭を知らないのだろうか。これだから日本人の中に混ざった日本人じゃない日本人は困る。日本人に手拭とは何か説明する日が死んでから来るとは実に嘆かわしい。


「あれ。この子。ミランダとこの、エミリーじゃないか」


「お、エミリーじゃないか。君がこの子を助けてくれたのか」


 何が起こったんだ。


「俺はミランダに知らせに行って来る」


「よし、俺は教会のヒーラーを」


「私はどうしたら良いでしょうか」


「通行受付所の休憩室にベッドがある。エミリーをベッドに寝かせるから手伝ってくれ」


「はい」


 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 私は、女の子を無事届ける事が出来た。人間として最低限の事は出来ただろう。死んでから天国へ歩み寄ろうとする何て実に私らしいじゃないか。


 しかし、この女の子はエミリーという名前なのか。ハイカラな名前が増えているとは聞いていたが、もはや異国人の名前ではないか。


 しかも、この壁に囲まれた街で母娘2人で店を切り盛りしている働き者だという。富士のあの辺りに城郭に囲まれた市町村が存在していたとはな。いや、奥多の辺りなのかもしれないな。観光PRの一環なのだろう。住民は良くこんな税金の使い方を認めたものだ。


 はて、先程から視界内で点滅している【☆UP☆】とは何だ……


 それに、先程から視界内に浮かんでいる【☆GET☆】とは何だ……

ありがとうございました。

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