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異世界で幸せを手に入れました。  作者: 諏訪弘
プロローグ
19/40

その樹の名は『冥府の長老』

宜しくお願いします。

「トシ様は、歩いてこの森を抜け、ベリョーザに来られたのですよね」


 ……う~む。


「はい」


「従者は何人だったのですか」


 ……私の死を悼み従死する人はいない。まっ、実際いたら困るのは私だ。散々な生前だった。死して尚も他人によって私が利用される。死んで迄責任を負わされる何て願い下げだ。


「二人……三人……だったかなぁ~……」


「イポーニィから従者と僅か四人で旅に出られたのですか」


 ……う~む。禁断の森の中が暇過ぎてローザ姫様の興味の矛先が私になっている。これは由々しき事態だ。


「そうですねぇ~……私自身がそれなりに強い方なので、護衛は不要でしたから」


「あぁ~そういう事でしたのですね」


 えっ……そういう事ってどういう事だっ。


「雑務全般の召使いと荷物持ちを従者として連れていたのですね」


 えっと……これって、肯定して良いのか。


 私は、ローザ姫様と2人で、南アルブス州の州都ベリョーザの南東約192Km。ベリョーザの禁断の森の中を、桧葉の大木を求め彷徨っている。


 装備は、頭の上に乗せた手拭1本。吉原つなぎの浴衣1枚+二本線の兵児帯1本。鼻緒の柄が梟の桐白木右近の下駄一足。レベル99、HP1999、MP2399。


 ローザ姫様の装備は、淡いピンク色のシャツの上にホワイト色のライトアーマー(軽装の鎧)。淡いピンク色のパレオを腰に巻きウェストポーチや暗器用のバッグを隠す。濃いピンク色のスカートの裾は膝上10cm。短い様に思えてヒラヒラする度に気になってしまう。左右の腰にはスモールソードを1本ずつ装備。手首から肘にかけては左右共に小さな盾の様なプロテクター。髪はサラサラのロングヘア―のままで風に靡く度に気になってしまう。軍靴は鞣革と金属の練成合金で日本では見た事が無い。レベル11、HP87、MP65。


 革製品と金属製品が化学反応して1つの金属に成る。この国独自の何からしい。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 30分程、当ても無く歩いていると、それなりに規模の大きな武力衝突。つまり戦闘が行われたと思われる場所に出た。


「おかしいです。足跡が人間の物しかありません」


 考え得る事は2つだけだ。人間同士で争った。飛行移動出来る何かと人間が争った。……人間同士で争ったにしては森の木々への被害が多き過ぎる。……目の前のあの木はへし折られている。人間の力だとは到底思えない程に素晴らしい折れっぷりだ。


「魔物と争ったと考えるべきでしょう」


「魔物ですか」


「あんな事は人間には普通出来ません」


 人間同士では無いと結論付けた木を指差す。


「ですが、この森へは人間は踏み込ま無いはずです……」


 人間が踏み込まないという先入観を利用している何者かがいるとしたらどうだろうか。魔王で子爵という結局何者なのか分かり難い何かを利用している何者かがいるのではないか。


「今更なのですが、この森には本当に魔王は居るのですか」


「禁断の森の魔王の討伐に成功すると禁断の森や周囲の森の生態系が大きく変わります」


「どんな風にですか」


「分かり易い変化としては、亡者や魂が湧かなくなります」


「どうしてですか」


「魔王を討伐したからです」


 ……この世界独自の何かって事か。追求しても永久に謎のままだろう。


「討伐した方が良いのに討伐しないのは何故ですか」


「魔王だからです」


 ……えっと。どういう意味だっ。


「魔王は討伐して良いのですか、してはいけないのですか」


「討伐するにこした事はありません。ですが、魔王を討伐出来る者は勇者様か英雄様か賢者様だけなのです」


「どうしてまた」


「状態異常攻撃に対し、強力な耐性を持つ人間は、勇者様か英雄様か賢者様だけだからです」


「魔王は状態異常攻撃が得意な訳ですね」


「いえ」


 えっと、つまりどういう事なんだっ。


「……状態異常攻撃をして来る訳では無いのですか」


「はい。状態異常耐性が低いと魔王の討伐に成功しても止めを刺した者が次の魔王に成ってしまうのです」


 また随分と無情で阿漕な。……魔王に勝る者が魔王を継承する。


「勇者や英雄や賢者は何処で何をやっているのですか」


「この広い世界の何処かに居るかもしれませんし、いないかもしれません」


「状態異常攻撃に耐性を持つJOBや、状態異常耐性を高めたり回避する装備は無いのですか」


「そうですねぇ~。…………私の知っている限りでは、トシ様でしょうか」


「私ですかっ」


「はい」


 あっ。……なるほど、確かにそうだ。頭の手拭は状態異常を100%で回避する。英雄王の剣と英雄王の盾を腕時計と交換した。そういう事だったのか。身分証も荷物も持たずに剣や盾を片手に領内を彷徨い歩く見ず知らずの男。不審者でしかない。だが、それが浴衣と下駄ならどうだ。まして所持している物は手拭。実に健全な温泉入浴後のスタイルだ。


 いかんな。風呂の事を考えていたら、入浴な気分に成ってしまったではないか。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「トシ様ぁ~。本当にこんなところで入浴するつもりですか」


「家からこの森までかなりの距離を走りましたからね。汗を流してスッキリした気分で桧葉の大木を探した方が効率が良いかもしれません」


「効率ですか……」


『ザバァ~』


「フゥゥ――ウィ――オゥ 良いお湯だぁ~。景色はいまいちですが開けた場所があって良かったです」


「戦闘が行われた場所ですし……それに禁断の森に景色を求めるのもどうかと思いますが……」


「それもそうですね。所で、湯船の外から見つめられながら入浴するのは微妙に恥ずかしいのですが、何とかなりませんか」


「と、言われましても……危険ですし。見張りは必要だと思いますが……」


 堂々と覗いていたのでは無く。私を護ってくれていたのかっ……何て良い子だ。優しさに甘えてもう少し湯船で寛ぐ事にしよう。……う~ん。極楽極楽……あぁ~成仏かぁ~湯船が私の逝き付くべき場所なのかもしれないなぁ~。大きな湯船の次は温泉の源泉でも探してみるのもありだな。


『ジャブジャブザバァ~』


 私の湯船への愛が入浴の神様へ届いたのだろうか。近頃湯の感じが頗る良く成った気がする。これは気のせいでは無い。間違い無い。


「ローザ姫様」


「な、なんでしょうか」


「私が出すお湯ですが、以前より良い感じがしませんか」


「はい。入浴する度に、肌が白くキメ細やかで滑々に、そしてハリや弾力が増していくそんな感じがします。それに、小さな傷や打ち身なら一度の入浴で回復する様になりました」


「傷が治る様になってたのですね」


「はい」


 私は怪我をする事が無い。私では気付けなかった効能だ。私の湯の効能特効に付け加えておくことにしようではないか。


 しかし、肌の白さかっ。……ローザ姫様は元々白く綺麗な肌をしている。女性は男性よりも肌の変化に敏感な生き物だと聞いた事がある。……なるほどなぁ~。


 汗を流す事が目的だ。私は、湯を浴び汚れや汗を流し、暫しの入浴時間を満喫した。ローザ姫様は入浴は家に戻ってからで良いそうだ。実に勿体無い話である。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽



「禁断の森に来ているというのに緊張感が……」


「緊張感ですか」


「はい」


「ラダールという周囲を警戒感知探索する探知の魔法を常に発動しているので大丈夫ですよ」


「ラダールですかっ……聞いた事の無い魔法です」


「雷魔法の能力を手に入れた時に、水魔法と雷魔法を条件に覚える事が出来ました。使える様になって吃驚何と無属性魔法でした」


「そ、そうなのですね……」


「どうかしましたか」


「雷とは天より落とされる光と音の稲妻の事ですよね」


 あれ。まさかだけど、雷は神様の鉄槌だ。とか、そんな次元なのか……


「雷魔法は、雷属性ですが、電気の事です」


「電気とは何ですか」


 そこからかぁ~。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 私は、ローザ姫様に説明した。


「乾燥した冬の日に起こるバチィンと痛いあの現象も雷属性の1つなのですか」


「平たく言えばそうなります」


「……土や水や火や風の様に、私達の日々の生活に普通に存在している事は分かりました。ですが、魔法でそんな属性は聞いた事がありません」


「と、言われましても……現に雷属性の魔法を応用して、ラダールの魔法を使ってるので何とも言えないです」


「周囲を警戒しているのですよね」


「そうですよ。自分を中心に、半径20m圏内で動く物を探知している感じです。瞼を閉じると地形とか建物とかが何となくですが立体で感じ取れます」


「建物の中や物陰に潜んでいる者も分かるのですか」


「分かりますよ。さっきも言いましたが、瞼さえ閉じれば、装備状況も何と無くですが分かります」


「ドゥ―シャー様の能力の1つなのでしょうね」


 不明な事はドゥ―シャーだからで片付けておくに限り。実に素晴らしい称号だ。


「だと思います。……覚えたばかりで修練度☆1なので、この先が楽しみな魔法です」


「そ、そうですね…………森に入ってからたまに瞼を閉じていたのは、大木をそのラダールという魔法で探していたのですね」


「そういう事です。半径20mしか探知出来無いのでまだ不便ですが無いよりはましです」


「森の中を闇雲に歩き回らなくても、1歩で約1257㎡の広さを確認してるのですよ」


「でも、1歩だと被る土地ばかりですからね」


「そうでしょうが……凄い魔法です。40~50人が休まずに2時間程かかる事を一瞬で済ませているのですよ」


 数字にされると確かに凄いな。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 入浴した戦闘跡地から2時間程森の奥へ進んだ頃だった。


「おっ」


 この感じは……


「大木が見つかったのですか」


 間違い無い。幹周りが正面の探知状況だけでも3m以上ある。高さにいたっては上が分から無い。


「かなり大きな木です。探知圏内のギリギリの場所なので高さは全く分かりませんが、正面の幹回りだけで3m以上ありそうです」


「随分大きな木ですね。御神木でしょうか」


「えっ。この森は禁断の森で人が踏み入らない場所なのですよね」


「はい」


「御神木ですか」


「人が近付かないので御神木です」


「な、なるほどぉ~」


 この世界の信仰の感覚がいまいち良く理解出来ない。だが、今はそんな事はどうでも良い。大木を確認しなくてはいけない。これは私に課せられた使命。最高の入浴。湯船への招待状。極楽へ誘う浴槽。バスロンド。


「さぁ~ローザ姫様。招待状を受け取りに行きましょう」


「しょ、招待状ですか……」


「そうです。招待状です」



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽



『フゥオォォォ――― ブゥオゥーン ドッゴォッ―――ン』


「ローザ姫様は下がっていてください」


「は、はい」


 燃やしたく無い。出来れば木材として回収したい。でも、弱点は火だとローザ姫様は言っていた。


「トシ様ぁ~。どうして、有効属性で攻撃されないのですかぁ~」


 どうしてって、これ桧葉の大木だったんですよねぇ~……勿体ない。


「火魔法なんか使ったら燃えちゃうじゃないですかっ」


『ブゥオォ―――ン ブーン ブーン


 う~ん。実に見事だ。あの太く立派な枝。枝であの太さだ。しかし、これでは手足の数が多過ぎて近付けない。考えるんだ私……う~ん……。


「トシ様。危なぁ~い」


『スゥー』


「えっ……今、攻撃が当たった……えっ」


 ローザ姫様の大きな目がいつもよりも大き目に見開きこちらを見据えている。


 ……そんな事は今どうでも良い。う~ん……


『スゥー』


『スゥー』


『スゥー』


「と、トシ・サ・マっ……」


『スゥー』


 何だ今のは、顔の前を何かが通り過ぎた様な……


『ブゥオ―――ン』


『スゥー』


 あああぁぁぁ。桧葉の木の事ばかり考えていて忘れてた。この桧葉の大木より私の方がレベルが上なのか。……それなら答えは考えるまでも無いな。


 私は、桧葉の大木に普通に歩きながら近付く事にした。


「えっ。トシ様。危ないですよ。近付いたら的に……えええぇぇぇ―――」


『スゥー スゥー スススススススッ スゥー』


 木を伐採した事等無い。ようするに幹を斧やチェーンソーで切り倒す要領で良い訳だから……


『ペタッペタッ』


 う~ん。実に良い感じで太くて立派だ。


 右袖から魔剣エクスを取り出し両手で構える。


「せぇ~の」


『シュッ キーン シュッ キーン シュッ キーン』


『スゥー』


「剣で御神木と戦っているのですかぁ~」


「せぇ~の……えっとぉ~これ御神木じゃないですよぉ~。これぇ~樹齢3000年以上の桧葉の木で、さっき触った分析した所、魔物の一種で【アタマンキパリース】という名前みたいです。ヨイショ」


『キーン』


「アタマンキバリースぅっ……。そ、そそそれってぇっ、エルダーサイプレス(冥府(死)の長老)の事です。撤退しましょうぉ~」


「エルダーサイプレスですかぁ~」


「はい、冥府の長老。生き物を死の世界へ誘う冥府の大樹の事ですぅ~」


 死へ誘うとは。流石は桧様桧葉様だ。これで浴槽を作れば極楽間違い無しという事だな。


「なるほどぉ~。今、切り倒しちゃいますから、そこで待っててください。フーン」


『シュ―――ン』


 お、魔剣エクスが幹を抜けた。


『グゥオォォォ――― グガガガァッ ドッォス―ンズシ―――ン...』


 土煙砂塵が大量に舞う。


 さっき汗流したばかりなのに……こりゃぁ~もう一度風呂だな。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 ローザ姫様が震えながら近付いて来た。


「し、仕留めたのですか……」


「良い桧葉の木が手に入りました。招待状GETです」


「冥府の長老は……植物系の魔物の長です。天災級の悪魔……」


「イヤイヤイヤァ~御冗談をぉ~。桧葉の木に悪い奴はいませんぜ旦那ぁ~」

ありがとうございました。

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