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メモリー・リブート  作者: 愛生 佑城
第一章
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第三話 『一時の幸せでも、不幸よりはいいだろう』中編

 いくら友達とのお出かけとはいえ相手は女子だ。店のチョイスは少し考えた。結果、リーズナブルなイタリアンの店に入った。

 メニューを一通り見て、

「僕はカルボナーラにしようかな」

 とメニューを向かい側に座っている真白の方に近づけた。

「は、早いね……え、えっと、私は……」

「焦らなくていいよ」

 こういうところに慣れていないのだろう。先のページや前のページを行ったり来たりしている。これいいな、こっちもいいな、と迷っているようだ。そういえば真白がイタリアンを好むのか分からないまま入店してしまったが大丈夫だったか?ここでいいか、と訊いて、いいよ、と言ってくれたから入っただけだ。こういう時嫌でも嫌と言えなさそうだから少し不安になる。

 しばらく悩んだ末、

「じゃあ、私はペペロンチーノにするね」

 と言った。

 僕は店員さんを呼んで、二人分の注文をした。

 店員さんが厨房に戻った後、

「ペペロンチーノ好きなのか?」

「食べたことないんだ。テレビで見て美味しそうって思ったのを思い出して」

「そっか」

「紘幸君はペペロンチーノ好き?」

「あんまり頻繁には食べないけど、どちらかというと好き、かな」

「そうなんだ。ふふっ、楽しみ」

 僕の話を聞いて微笑む。真白は、記憶を失う以前にペペロンチーノを食べたことがあるのかもしれないし、本当に食べたことが無いのかもしれない。今日食べても、すぐに食べたことを忘れるのかもしれない。でも、一瞬でも僕とこれを食べたという記憶が真白の中に楽しい思い出として残ってほしい。僕はそう思った。

 日曜の昼。クレーンゲームに熱中して少し遅い時間になっていたのが幸いしたのか待たずに入ることができた。しかし、満席に近い状態。すぐに料理が運ばれてくるとも考えにくい。何か間を持たせるための話題を。

 そう思い真白の方を見る。

 あれ?

 何を話そう。

 真白とこうやって向かい合うのは初めてではない。学校ではよくあること。なのに、一瞬頭が真っ白になった。真白だけに。いやいや、そんなこと言っている場合ではない。

 一旦心を落ち着かせる。そうか、普段は制服。今日は私服。私服の真白を正面から見るのは今この瞬間が初めてかもしれない。規則通りであまり着崩していない普段の制服姿に見慣れていて、私服が余計に眩しく見える。鮮やかな青のブラウス。白いスカート。席に着いてから脱いでしまったが、ワインレッドのベレー帽。ファッションに疎い僕だが、それでもかわいらしいと思える装いだ。

「どうかした?」

「あ、いや」

 不思議そうな顔でこちらを見る。変に意識してしまい、今は真白を見れない。

「お待たせいたしました」

 と、いいタイミングで料理が運ばれてきた。意外と早かったな。いや、自分が思っているより時間が経っているのかもしれないが。

「食べようか」

 ごまかすようにそう促し、先に食べ始める。

「うん。いただきます」

 真白も続けて食べ始める。楽しい思い出は忘れないでほしいが、今僕が見惚れていたことは忘れていただきたい。

「どうだ?初めてのペペロンチーノは?」

 訊くと、しかめっ面になっていた。

「濃いね……」

 なるほど。物心ついた時にはすでに病院にいた真白のことだ。病院食に慣れていて、こういうところの料理は味が濃く感じるのだろう。

「大丈夫か?無理なら残しても……」

「大丈夫」

 真白は再びフォークを動かして食べ始めた。

「濃いけど……美味しい」

 無理しているのかとも思ったが、笑った顔を見ていると、それは無理して笑っているようには見えない。こういう濃い味に慣れるのもいいかもしれないが、人の健康を考えて作られた病院食を薄いと感じない程度にしてほしいものだ。あまり外食に連れまわすのは良くないかもしれない。今回の反省点。

 久しぶりに食べるカルボナーラは美味しい。そういえば最近コンビニ弁当か購買の弁当しか食べてなかった。久しぶりにレンジを使わずに温められた料理を食べた気がする。自炊しようかな。


 しばらくはいつも通り他愛のない話をしていた。だいぶこの状況にも慣れてきた。

「ごめんね。ちょっとお手洗いに行ってくる」

 真白はそう言って立ち上がる。

「ああ」

 急ぎ足で遠ざかる背中を見て息をつく。自分が思っている以上に緊張していたのだろう。全身の力が抜けていくのが分かる。もしや、家の前で真白に会った時から緊張状態だったのではないだろうか。

 僕が背もたれに身体を委ね、天井を仰ぐと、

「楽しんでるね」

 と、聞き覚えのある声がした。

「え?」

 慌てて周りを見渡す。

「後ろ」

 振り返ると、

「黒沢……か?」

 キャップを深くかぶって、眼鏡をかけた男。見慣れない格好だが、それは確かに黒沢だった。

「本当についてきていたのか」

「当たり前だ。こっちから声かけるまで気づかないとは、俺の尾行が上手いのか、お前らが鈍感なのか」

 黒沢は背を向けたまま話し始める。

「そりゃ最初は警戒したさ。でもそれっぽい人を見かけなかったから気にするのをやめたら、忘れていた」

「ひどいな。バスから一緒だったのに」

 背筋が凍るのを感じた。だとしたら尾行が上手すぎる。

「楽しそうで何より。お前も諸星も」

「元々あいつを楽しませるのが目的だ」

「胸を張ってそう言える姿勢。嫌いじゃない」

「で、お前は結局何がしたいんだ?」

「〈メモリー・リブート〉患者との接し方の参考だ。これから俺は、多くの患者を相手にしていくつもりでいるからな。学校だけでは見られない部分もあると思ってついてきた」

「何か発見はあったのか?」

「いや、諸星は元々友達ができれば遠慮しない性格だ。仲のいい人と二人きりになったところで、普段と態度が変わるなんてこともなかった。結局は人間なんだ。記憶が消えること以外、健常者と変わらないんだろうな」

「用は済んだか?」

「今日のところは、な。問題は記憶がなくなる前後だな」

 それは僕自身も危惧している。全くもって想像がつかない。最近はあまり考えないようにしていたが、近いうちにその時が来る。あまり能天気ではいられない。

「いいか、月山。人は、楽しい思い出より辛い思い出の方が忘れない。お前とあいつは、この楽しい思い出も、後に来る辛い思い出も共有することになる。あいつはいいかもしれない。全部忘れるのだから。でも、お前は覚えている。恐らくその辛さは想像を絶する。よく知る人と『はじめまして』をするのだから。そしてその辛い思い出は、楽しい思い出を上書きする。それを繰り返す。それを分かっておいてほしい」

 いやに説得力のある語り口。

「お前……〈メモリー・リブート〉患者と接するの初めてじゃないのか?」

「……さあな」

 後ろで立ち上がる音が聞こえる。その直後、足音が近づき、真横で止まる。

「関わってしまった以上は仕方ない。『友達』としての責任を取れ。あいつの親みたいにはなるな」

 そう言い残し、店を後にした。

 あいつ、ふざけたやつだけど、悪い奴じゃないんだよな。それにしても最後のあいつの言葉が気になる。僕が〈メモリー・リブート〉患者と関わるのは真白が初めてだが、もしかしたら黒沢にとっては初めてではないのかもしれない。過去に関わりがあったからこそ〈メモリー・リブート〉患者を相手にする仕事をしたいと思い立ったのかもしれない。興味本位だけでなりたいと思う人はなかなかいないだろうし。

「おまたせ」

 そう思考を巡らせていると、真白が帰ってきた。

「そろそろ出ようか。長居しちゃったし」

「そうだね」

 席を立つ。テーブルの上に置かれた伝票を手に取り、そこに書かれた数字をちらりと見て歩き出す。真白も僕の後ろをついてくるように歩き出した。

「1960円です」

 そう言われ、僕は1000円札を2枚出した。

「え……」

 真白が何か言いかけたが、それには気づかないふりをしてお釣りとレシートを受け取り、

「ごちそうさまでした」

 とだけ言って出口へ。

「えっ、ご、ごちそうさまでした!」

 真白も続いて退店。

 振り向くと、僕を追いかけながら財布をごそごそと漁っていた。

「はい!」

 差し出されたのは1000円札。僕は右手を手のひらを真白の方に向けて突き出す。

「いいよ」

「いや、でも」

「誘ったのは僕だし」

「悪いよ」

「嫌味じゃないけど、金には困ってない。このくらいいいよ」

 そう言うと真白は渋々といった感じで1000円札をしまった。

「じゃあ、今度何かお返しするね」

 気にしなくていい、と言おうとしたが、多分真白の気が済まないんだろう。

「今度な」

 お礼を受けるのには慣れていない。人のために何かをすること自体に慣れていないからだ。だからどういう気持ちで受け止めればいいのかも正直分からない。だから、不謹慎にもこう思った。

 僕にペペロンチーノを奢られたことを忘れてくれ。


 店を出てからは適当にデパート内を見て回った。本屋を覗いては参考書を見ていた。小説やマンガは読まないのか、と訊くと、どうやら登場人物に関する情報も消えてしまうのではないかと思い、読めないのだとか。

 家電量販店を覗いては電球を見ていた。真白は普段、病院と学校しか行き来しないし、夜に出歩くこともない。白以外の電色を知らないようで、黄色や青の電球に興味津々だった。

 女の子らしくない、と言ってしまうと女性に失礼かもしれないが、服屋には行かなかった。興味がないのか、僕に気を遣ってなのか。ファッションに疎い僕でも今日の真白のコーディネートはおしゃれなのでは、と思うが。

 ただ、ファッションの類でいうなら、アクセサリーショップには行った。

「何か見たいものでもあるのか?」

「ちょっとね」

 そう言うと、きょろきょろと店内のあちこちに目をやる。すぐに何か見つけたのか、レジ横の棚に向かって歩き出す。僕もそれについていく。彼女が見ていたのはキーホルダーだった。宝石を模した物に紐を通し、先には金具が取り付けられ、おそらくバッグなどに取り付けるものなのだろう。

 しかし、いろいろなものがあるな。ブレスレットにネックレス、イヤリング、リング、腕時計。どれも僕が好んでつけるようなものではないな。

 そうしている間に、真白は買うものが決まったのかレジへ向かっていた。商品が二つ見えたが、よりどり二つで1000円という張り紙の通り、合計は1000円。

 会計を済ませ、僕の方に歩いてくる真白。

「目当ての物は買えたか?」

「うん!」

 真白は商品が入った紙袋の口を閉じてあるテープを剥がし、中身を取り出す。キーホルダー。僕が店内で見ていたような宝石を模した物ではなく、アルファベットを模った金属だった。Mの文字。真白のMだろう。

 その下にはもう一つキーホルダーがあった。

「これは紘幸君にあげる」

 そのもう一つのキーホルダーを僕に差し出してきた。真白と同じもの。しかしアルファベットはMではなくH。

「いいのか?」

「うん!」

 彼女の顔を見るとそういう意識は無いのだろうが、こういうのはカップルが着けるのでは?変に意識するのもおかしいだろうと思い、平静を装って受け取った。

「ありがとう」

 彼女は満足そうに笑っていた。


 時計を見ると時刻は午後四時を指していた。そろそろお開きか。

「十分後に駅行きのバスが出る。それで帰ろうか」

「そうだね」

 僕たちはバス停に向かった。ゆっくり歩いて。

 五分ほど歩いてバス停に着くと、すでにバスは到着していた。バスに乗り込み、往路と同じように僕が窓側に座り、その隣りに真白が座った。みんなもっと遅い時間に帰るのだろうか。休日とはいえ乗客はまばらだ。

 バスは空席を埋めないまま走り出した。往路とは逆側の景色を眺める。ふと思い出して周りを見る。さすがにもうついてきてないか。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 真白はあいつがついてきていたことを知らない。少し怖がっていたような気もするし、なるべく近づけたくないな。


 駅に着き、帰路につく。互いに無言だった。それを気まずいと思えてしまうあたり、まだ仲は深まっていないんだろうと思い知らされる。仕方ない。まだ日も浅いからな。というのは言い訳かもしれない。僕が単に人付き合いに不慣れだからかもしれない。

 結局何も話をしないまま病院が見えてきた。まあ、特に話すネタもない。どうせ明日も会うんだ。今日はこれでいい。と思っていたのだが、

「今日は楽しかった?」

 真白が僕に訊いてきた。

「まあ、楽しかったよ」

 嘘ではないが、気を遣ってると思われるような言い方になってしまったと少し反省。

「よかった。私といてもつまらないんじゃないかって」

 誘ったの僕なのに、そんなことを考えていたのか。

「それを言うならお前はどうなんだ?」

「楽しかったよ。とても」

 返答は早かった。さっきから目が合っていないが、声色から、穏やかに笑っている真白の顔が想像できた。

「それならよかった」

 そう思ってもらえたなら当初の目的は達成だ。僕は同年代の異性を楽しませることができたのだ。昨夜の苦労は無駄にはならなかった。一安心。

 気づけば病院の前まで来た。親父はまだ勤務中かな。

「じゃあ、明日な」

 僕が帰ろうとすると、

「紘幸君!」

 真白の声に足を止められた。

「どうした?」

 振り返ると、スカートを掴んで俯きがちな真白の姿が。

「ありが、とう、ね」

 たどたどしい口調で紡がれたのは、おそらく僕に対する感謝。そんな態度を見せられると素直に嬉しいが、どこか気恥ずかしい。

「こちらこそ、ありがとう」

 俯く真白の顔が少し綻んだのが分かった。それを見て、自然に僕の顔の口角も上がる。何故かそれを見られるのが恥ずかしいと思い、早々に背を向けた。

「じゃあな」

「うん。また明日」

 僕は家に向かって歩き出した。

 今日は本当に楽しかった。もらったキーホルダーを眺め、余韻に浸りながら家の玄関へ。

「おかえり」

 何故かそこにいたのは、

「黒沢!?何で」

 つい数時間前にデパートにいた男。

「ずいぶん楽しかったみたいだな」

「ほっとけ。それより何か用か?どうやって入った?」

「月山先生から鍵を預かった。返しとくよ。地下室にお邪魔して調べ物をさせてもらってたんだ」

「何か分かったか?」

「おかげさまで」

 一見満足そうな顔をしているようだったが、少し寂しそうに見えた。

「帰るのか?」

「ああ。日が落ちるまでには帰りたい。月山先生にお礼言っといてくれ」

「分かった」

「そうそう」

 靴を履いて、玄関の扉に手をかけ、思い出したように振り返った。

「一日一日を大切にな」

 そう言い残し帰って行った。

 一日一日を大切に、か。

 それは僕に対してか、真白に対してか、はたまた両方か。

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