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メモリー・リブート  作者: 愛生 佑城
第一章
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第二話 『いつか忘れるものだとしても』後編

 黒沢は帰り、親父も引っ張り出されてしまい、僕は一人取り残された。呆然と開きっぱなしになった扉を眺めていた僕だったが、ふと我に返り、扉を閉めようとノブに手を伸ばした。その時、

「お父さん、また会議サボって……うわっ!紘幸君!」

 扉の̪死界から真白が現れた。

「おまっ、何でここに!?」

「黒沢君、何か企んでるような顔だったから心配で見に来たのだけれど、病院の人が私を追い抜いて中に入って行って、すごい勢いで出てきたからびっくりして扉の陰に隠れてたの」

 なるほど。確かにあれは一瞬の出来事で驚いた。

「そっか。親父がどうなのかは分からないけど、僕の方はまあ大丈夫。上がってく?」

「いいの?」

「いいよ。今ちょうど誰もいなくて」

「え?」

 短く声を漏らし固まる真白。徐々にその顔は紅くなる。

 どうしたんだ?と口に出す前に、僕は自分の言葉を思い出した。

「あ、いや!そういうことじゃなくて!誰もいなくて暇だったってことで!その!」

「そそ、そうよね!誰もいないと暇だものね!」

 恥ずかしさからか、お互いに赤面状態で落ち着かない会話をする。誰もいなくて暇。考えてみればおかしな話である。今まで散々独りの時間を過ごしてきた僕たちなのに。

「おじゃま、します」

「ど、うぞ」

 そんなたどたどしいやりとりをして真白を家に上げる。ごめんな、僕の不用意な言葉のせいで。

「僕の部屋、階段上がって右だから。先に行ってて」

「うん」

 とりあえず真白を先に部屋に行かせ、僕は台所へ。飲み物とお菓子くらい出すのが礼儀ってものだろう。黒沢には出さなかったじゃないか、って?だって僕の客じゃないし。まあ、真白が僕の客かって言うと微妙だけど、上げたのは僕だし。

 台所へ行くといつもため息が出る。

 綺麗なシンク。対照的に大量のゴミが入れられたゴミ袋。

 いかにこの家で「料理」という行為が行われていないかが窺える。

 冷蔵庫を開け、飲み物を探す。

「うぅ……」

 ビールばっかり。親父、医者の家の冷蔵庫の光景とは思えんぞ。

 僕はそのビールの山からジュースを見つけ出し、取り出す。食器棚からグラスを二つ取り出し、あとはお菓子だ。

 しかし、棚の中身は冷蔵庫の中を見た時点で予想はついていた。それを裏切らないのが親父だ。

「さきいか、アーモンド、カシューナッツ……酒のつまみばっかだな」

 僕はその中からポテトチップスを見つけた。まあ無難なとこだろう。これは未成年が集まった時に食べることも、酒のつまみとして出すこともできる万能なお菓子だ。

 ジュース、グラス、ポテトチップスの三点をお盆に乗せ、部屋に向かった。

「おまたせ」

 扉を開けて入ると、真白は部屋の隅っこの方でちょこんと体育座りをしていた。

「う、うん」

「そんな端っこに座らなくても……お菓子とジュース持ってきたから」

 僕は部屋の真ん中にあるテーブルにお盆を置いた。

「ごめんね?気を遣わせちゃって」

「そんなこと言うなよ。僕たちの関係を『親友』って言い表したのはお前だろ?」

「そ、そうね……じゃあ、遠慮なく」

 真白は徐にテーブルの方に近づき、その前に座りなおした。

 遠慮なく。そう言ったものの、その態度には未だ遠慮が残る。

 正座をして、両手は拳を作って膝の上に。

 かたい……。学校とは大違いだ。

 仕方ないか。真白にとって誰かの家で二人きりという状況に慣れないのだろう。そう考えると僕まで緊張してきてしまった。

 いかんいかん。僕がこんな調子だと真白がここに居づらくなる。何とか平静を装わなければ。

 僕は真白の対面に腰を下ろした。

「何で紘幸君まで正座なの?」

「うっ……」

 言われて慌てて足を崩す。

 僕は気分転換も兼ねてジュースを注いだ。炭酸飲料は気分もスカッとする。これで気持ちを入れ替えよう。

「お前、炭酸大丈夫だったか?」

「う、うん!好き、だよ?」

 炭酸が、ということは分かっているのにドキドキしてしまう。キンキンに冷えたジュースを注いだグラスでも、持つだけで一気に炭酸が抜けてしまうんじゃないか、というくらい熱を帯びていた。

 落ち着け落ち着け。そう言い聞かせながら一気に飲み干すと、少しばかり落ち着いた。それは真白も同じなようで、ふぅ、と小さく息をつくと、さっきより肩の位置が下がっていた。

 ここで何か気の利いた話ができれば……そうだ。

「親父はよくあんな感じで引っ張られていくのか?」

「日常茶飯事ね。日中地下室にいる時は大半が逃げてきてる時って考えていいかも」

「何やってんだか……」

 普段部屋にこもっていることが多いから気づかなかった。よく客が来るとは思っていたが。

「仕方ないわ。大事なことだから」

 真白の声色の変化に気づき、視線を上げる。

「私や、この病気で苦しんでいる大勢の人の人生に関わるものだから。逃げたくなる時もあるでしょ?」

「いや、そうじゃないと思う」

「え?」

「親父はああ見えて責任感は強い方だ。この難しい病気に関わることに容易に答えを出してはいけない。そう思って逃げてきてるんじゃないか?いや、『逃げてきてる』って言い方はふさわしくないか」

 親父は単なる医師会議が面倒で逃げてきているのだと思った。でもその内容がこの病気に関することなら話は別だ。普段ああやって愉快な性格だという印象を与えるように振舞っていても、抱えている者は大きいだろう。でなきゃ、医者という立場でありながらあんな不摂生な食生活にはならないだろう。そのくせそれが体形に表れないともなると心配になってくる。

「お父さんのこと心配?」

 少しの間黙ってしまった僕の様子を見て、真白は訊いてきた。

「いや、そんなことは……」

「そう……実は私も私なりにこの病気のことは調べてるの。当事者にしか分からないこともあると思ってね」

「そう、なんだ。患者の立場で病気を研究、ね」

「それだけじゃなくて……お父さんには、特に私のせいで負担をかけてしまってるから。その負担を少しでも軽減できれば、と」

「負担なんかじゃない」

 僕は立ち上がって言った。

「親父は医者だ。患者のために働くのが仕事だ。それを『負担』と言ってどうする?教師にとって、生徒に授業を行うのは負担か?調理師にとって、調理は負担か?野球選手にとって、野球をプレイすることは負担なのか?違う。みんなそれぞれやるべきことをやっている。自分が選んだ道だ。それは親父にとってもそうだ。親父は親父のやるべきことをやっているだけだ。それをやりたいから医者になった。知ってるか?親父はお前のことを『患者である前に家族だ』って言ってたんだ。そんなお前のことを親父が重荷だなんて思うと思うか?」

 つい感情的になってしまった。らしくないとは思う。

 客観的に見ると、偉そうなことを言うな、と言われても仕方ないと思うようなことを言った。

 しかし真白は、

「そうね。確かに。何だかもったいないね。それだけ人のことを思えるのに、周りの人は紘幸君のそんな一面を知らないんだものね」

 言って優しく笑った。

 それはこっちのセリフだ。

 そんなに穏やかに笑えるのに普段は無表情で、周りのクラスメートたちはそんな一面を知らないんだ。もったいない。

 そんなこと、本人には言えないが。



 小一時間くらい会話をしただろうか。もっと気まずくなると思ったが、案外会話は弾んだ。とは言え、お互いのプロフィールに関することは学校で大体話しているから、大半は病院での真白について訊いていた。真白も僕が訊いたことに全て答えてくれた。

「それでその時お父さんがね、あっ」

「どうした?」

 窓の外に目をやった真白に倣って外を見ると、空は薄暗かった。

「今何時だか分かる?」

「えーっと……六時前だけど」

「そう……じゃあ、この辺でお暇しようかな。そろそろ夜ご飯の時間だから」

「もう?早くない?」

「うちの病院では、六時に夜ご飯が配膳されるの。戻らなきゃ」

 真白は立ち上がり、微笑んでいた。それは談笑の時のものとは違っていた。自惚れかもしれないが、名残惜しいと思ってくれているのかもしれない。少なくとも僕はそうだ。例えそうだとしても、僕が悟られるわけにはいかない。

 だから僕は、

「また明日、続きは話そうか」

 笑ってそう言った。

「うん」

 安心したような笑み。

 今日で終わりじゃない。明日も明後日も、話す時間はある。

 いつか記憶がなくなってしまうかもしれない。ならその時まで語り合おうじゃないか。

 真白と一緒に部屋を出て、玄関へ降りた。

「じゃあ、明日ね」

「ああ、おやすみ」

 そう言って扉に手をかけた。完全に閉まるその時まで、真白が手を振っているのが見えた。

 今日は早めに夜ご飯食べるか。いつもは八時くらいに食べるからな。食べるものも、たまには健康に気を遣ってみるか。




 とは言ったものの、

「結局こうなるのか……」

 テーブルの上にはインスタントラーメン。

 僕に料理などできるはずがなかった。

「料理、覚えた方がいいかな?」

 そう思ったのも何度目だろうか。

 過去にネットで調べながら料理をしたことがあるが、失敗した。

 教えてくれる友達もいなかった。

 今は仲のいい同級生がいるが、あの二人はどうなのだろうか。

 いや、できなさそうだな。

 黒沢はなんというか、親父をリスペクトしているという点を除けば普通の男子高校生だ。普通の男子高校生で料理ができるやつなんて少ないだろう。僕の偏見かもしれないが。

 そして真白の方だが、小さいころから病院暮らしで、料理は病院で用意される食事ばかり。料理なんてする機会ないだろ。普段の昼ご飯も購買のパンだし。

 わざわざ買い物にまで行って料理に挑戦したのに、ゴミを増やして、シンクを汚しただけになってしまった。ラーメン食べたら片づけないと。結局いつもと同じ時間になってしまったし。

 カップラーメンを持ってリビングへ。テレビを付け、テレビの前のテーブルにカップラーメンを置き、ソファに腰掛ける。適当にチャンネルを切り替えて面白そうな番組を見つけ、ラーメンを食べ始める。

 自分で選んだ番組なのに、内容など入ってこないまま、黙々と食べ続け、食べたらテレビを消して自室に戻る。そんな生活をずっと続けている。学校でも家でも基本独り。団欒と食事、なんて記憶になかった。まあ、最近になってそれを経験したのだが、まだぎこちない雰囲気が流れていたから団欒とは言い難い。

 昼休みの団欒を横目に見ていた立場からすると、あれは結構羨ましいものだ。

 食事なんて摂れればいい、なんて強がる人もいるかもしれないが、実際楽しそうにしているのを見ると羨ましく思える。僕はそっちタイプだ。

 この先、真白といる状況に慣れて、団欒と食事できることを祈るとしよう。

 ふとケータイを見てみると通知が入っていた。

「真白?」

 送り主は真白だった。彼女からメッセージが来るのは初めてだ。

『メール送るのは初めてだね!もう夜ご飯は食べた?私の今日の夜ご飯はこんな感じだったわ』

 添付画像を開く。

 白いご飯。焼き魚。サラダ。味噌汁。

 美味しそうで、僕の夜ご飯よりはるかに栄養価が高そうだ。内容が朝ご飯っぽいが。

『食べたよ』

 短い文章だが返信した。メールは慣れていない。何でとか訊くな。

『何食べたの?』

『カップラーメン』

『それだけ?』

『それだけ』

『身体に悪くない?』

『いつものこと。カップラーメンとかコンビニ弁当とか』

『そっか』

『お前の夜ご飯いいな。美味しそう』

『いいでしょ!料理できないの?』

『できない。挑戦はしてるんだけどな』

『作りに行ってあげようか?(笑)』

『料理できるの?』

『調理実習でしかやったことないけど』

 そいつは不安だ。

『そりゃ楽しみだ』

 正直なことを言うと傷つけてしまうかもしれない。そう言っておこう。

『不安だとか思ったでしょ?』

 心を読んでいるのか、自分は料理が苦手だと自覚しているのか分からないが、言い当てられてしまった。

『そんなこと思ってない。じゃあ、僕は用事があるから』

 そう返信してケータイをベッドの上に放った。

 慣れないメールのやり取り。あれだけのやり取りで親指の付け根が痛くなった。

 用事などない。ただ文字を打つことに疲れただけ。それ以上話題を広げられる自信もなかったし。

 風呂にでも入って、今日は休もう。慣れないことだらけで疲れてしまった。でも、まあ。悪くない一日だった。

 僕は部屋を出て、階段を降り、浴室へ向かう。その途中、

「帰ったぞ~!」

 機嫌の良さそうな声とともに親父が帰ってきた。酔っ払いみたいなテンションだが、素面だ。

「おかえり。今日は早かったな」

「毎日毎日日が変わる直前まで働いていられるか!切り上げてやったよ」

 してやったり、といった様子で笑っている。いつもは僕が寝てから帰ってくる親父。こうして夜に顔を合わせるのはいつぶりだろうか。少なくとも、僕が高校に入学してからは初めてだ。

「今風呂を沸かすところだ。沸いたら先に入るか?」

「ああ、久しぶりにそうしようかな。って、俺が帰ってくる前に沸かしておけといつも言ってんだろ!」

「言われてねえよ!水風呂にするぞ!」

「ったく、冗談の通じねえ息子だ。さっさと沸かしてこい!」

「はいはい」

 相変わらずうるさい親父。賑やかとか、陽気、と言えば聞こえはいいのかもしれないが。

「そうそう」

 親父の声に足を止め、振り返る。

「真白ちゃん、家に来たのか?」

 真白から聞いたのか。

「ああ」

「お?昼間っからお楽しみだったのか?」

「んなことしねえよ!普通に話をしただけだ」

「何だ、つまんねえな」

 実の息子と、本当の娘のように育ててきた子のことなのに何てことを言うんだこの人は。

 僕が呆れていると、

「関わり方には気を付けろ」

「え?」

「お互いを苦しめることがないようにな」

 そう言い残し、リビングへ入って行った。

 親父の言いたいことは分かる。近いうちに消えてしまう記憶を作り、いざ消える時に僕は何もできない。見方によっては今僕がしていることは無責任なことなのかもしれない。

 でも、いつか忘れるものだとしても、空虚な時間を過ごすよりはいいと思うんだ。

 だから僕は、真白に虚無感を抱かせないためにも、今できることをやろうと思う。

 偽善だと言われてもいい。元より善になる気はない。

 今まで真白が過ごした時間が空虚なものだというのも、これから僕が真白にしてあげられることが彼女を満たせるものだというのも、僕の独りよがりなのかもしれないのだから。

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