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メモリー・リブート  作者: 愛生 佑城
第一章
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第二話 『いつか忘れるものだとしても』中編

 親父にとっては初めて会う人物である黒沢。

「おう、いらっしゃい!紘幸の友達か?」

 その言葉に反応して、黒沢は勢いよく立ち上がった。

「はい!同じクラスの黒沢陸といいます!紘幸君とは日頃から仲良くさせてもらってて」

「嘘つけ。今日初めて喋っただろ」

「はっはっは!まあ、ゆっくりしていけ!ここに入ったってことは俺に何か用だったか?」

「はい。実は」

 急に神妙な顔つきになって親父と対面する黒沢。それにつられてか、親父も真剣な表情になる。

「実は、月山先生にお話を伺いたかったんです」

「何かな?」

「<メモリー・リブート>についてです」

「ほう?」

「俺は、この病気に関して苦い過去がありまして。俺を、そいつを苦しめたこの病気の真相を、突き止めたくて、三年ほど前から調べているんです」

 あれ?これ僕がいちゃいけないやつ?何か本当に真剣な話じゃん。

「その苦い過去とは?」

「それは……すみません。正直まだ割り切れてなくて。いずれお話ししますが、今は……」

 親父はしばらく考えるような素振りを見せて、やがて頷いた。

「なるほど。まあいいだろう。だが俺も遊びで研究してるわけじゃない。そこらへんは大丈夫か?」

「はい。俺とて遊びでやろうと言ってるんじゃないです」

「よし。で、どこまでわかっているんだ?」

「それは……」

 訊かれた黒沢はあからさまに親父から目をそらし、

「まだ全然」

 あはは、と笑って言った。




 シリアスな雰囲気は黒沢の一言で吹き飛び、完全にいつもの空気になった。

「ところで何で俺のところに来たんだ?」

「そりゃあ、この病気と言えば月山先生でしょう!世界で初めて<メモリー・リブート>を発見し、その後もいろいろな成果を出している!そんな方が同じ街に住んでいるともなれば頼るのは必然的!」

「いやぁ!照れるなぁ!あっははは!」

 何なんだこれは。僕は何を見せられているんだ。

 そう思っていると、親父が僕に耳打ちした。

「こいつは真白ちゃんのこと知ってるのか?」

「ああ。察しはついていたらしい」

「そうか」

 ごほん、と咳払いをし、再び黒沢の方に向き直る親父。そして、またも真剣な面持ちで口を開いた。

「黒沢陸といったか」

「はい!」

「陸君。お前がどこまでこの病気のことを知っているか分からんが、とても厄介な病気なんだ。お前も知っている通り、お前のクラスメートの諸星真白は<メモリー・リブート>患者。で、俺がその主治医なんだ。お前も真白ちゃんと仲良くしてる紘幸を見て、紘幸についてきたんだと思うが、今の真白ちゃんには紘幸が必要だ。関わり方には気を付けてくれ。な?」

「はい!」

「それから、真白ちゃんは確かに俺の、この病気を研究している者にとっての検体だ。それは否めない。だがそれ以前に家族だ。お前にとって最も身近な<メモリー・リブート>患者の一人だろうが、あまり手荒なことはしないでほしい」

「分かっています」

「よし。じゃあ本題に入ろう」

 こうして親父は、この病気について分かっていることを説明した。

 黒沢も知っているであろう、この病気の症状。

 原因。

 そして、真白のこと。

 全て話し終えて、一息ついた親父とは対照的に、黒沢は思いつめた表情をしていた。

「大丈夫か?黒沢」

「え?あ、あぁ!大丈夫大丈夫!」

「無理してやることじゃない。本当に無理なら」

「大丈夫ですから!」

 親父の言葉を、強気で否定する黒沢。そこには堅い意志が見えた。何が黒沢をその気にさせるのか。過去にどんなことがあったのか。僕には全く分からないけど、彼の意志は本物のように思えた。

「諸星の過去の話は、知らなかったもので……動揺してしまって。でも、もう大丈夫です」

「分かった。そこまで言うなら止めない。正直、<メモリー・リブート>患者の家庭環境は悪いケースが多い。いろいろな患者と関わっていく中で今のような話を聞くことは少なくないだろう。覚悟はしておけ」

「はい」

 僕は真白以外の<メモリー・リブート>患者を知らない。真白の過去を聞いた時はショックだった。だから、これ同等、これ以上のエピソードがあると考えると恐ろしい世界である。世の親というものの中には無責任な人もいるものだ。子どもを作る行為は親同士の都合でできうるもの。言わば、突然変異とか、不可避な現象ではない。だから、親としての覚悟、責任を持って子作り、子育てをしてもらいたいものだ。<メモリー・リブート>患者は今のところ未成年だけ。子の病気と真剣に向き合っている親もいれば、真白の一件のように放棄した親も少なくはない。むしろ親父の現場ではそちらのケースの方が多いらしい。職員が親代わり。ここの収入は、大半が国からの補助金でできている。




 親父との話を終え、僕と黒沢は一階の玄関前にいた。

「やっぱすげえよ。お前の親父さん」

「まあ、否定はしないけど」

 僕が思っていた以上に黒沢は親父をリスペクトしていたようだ。親父のことを師匠と呼んでいた。対する親父もまんざらでもない様子だったが。

「それでそれで?諸星とはどこまで行ったんだ?」

「ぶっ!?」

 唐突に通常モードに入った黒沢の発言に思わず吹き出してしまう。

「なあなあ?どこまで行ったんだよ?」

「仲良くなった次の日にクラスメートの男子に割り込まれて進展も何もないんじゃないですかね?」

 皮肉交じりに言ってみたのだが、

「そうか。邪魔して悪かったな」

「冗談だよ。そういうのじゃないから」

 僕の記憶上、初めてできた友達。これからも仲良くしたい、大切な存在。それ以上でも以下でもない。

 それを聞いた黒沢は納得いかないといった表情だった。

「お前はそうかもしれないが、向こうは違うかもしれないぞ?」

「どういうこと?」

「だから、諸星はお前との進展を望んでいるかもしれないってこと」

「はあ?ないない。散々拒否られてやっと仲良くなれたんだ。もし向こうにその気があるならもっと早く仲良くなれてるよ」

「そこだよ!今まで頑なに断ってきたけど、そういう気持ちが芽生えてきたから受け入れた。そうじゃないのか!?」

「知らないよ!」

 中高生はこういう話が好きで困る。まあ僕も中高生の一人ではあるが、孤独に過ごしてきた僕にとって、こういう話は小耳にはさむ程度にしか経験がない。

「でも、そういうのだとしたら険しい道のりだな」

「え?」

「仮に付き合ったにしても、その記憶がなくなってしまう。そうなった時にお前は耐えられるのか?お前との関係を告げられた諸星はどう思う?恋人との記憶がないことを苦痛に思うんじゃないか?」

 確かに。

 <メモリー・リブート>患者とそういった関係になったりしたら、色々と大変だろう。

 覚えていられない患者の苦悩。

 忘れられる人の苦悩。

 僕には縁がないだろうが、そういった関係になる人も中にはいるのだとか。しかし、

「前に親父から聞いたことがある。<メモリー・リブート>患者の女性と、その人の恋人になった男性の話を」

「前例があるのか?」

「ああ。聞くか?あまり気持ちのいい話ではないけど」

 そう訊くと、目を下に向け、浮かない顔をした。さっき諸星の話を聞いたばかりだからな。今日はもうこれ以上重い話は聞きたくないだろう。そう思ったのだが、

「聞かせてくれ」

 黒沢の覚悟は確かなもの。それだけの覚悟があるなら話そう。

「分かった。つい二年前の話だ。当時中学一年生の男の子が<メモリー・リブート>患者である女の子と出会った。同じ学校のクラスメート同士だったらしい。その女の子は真白ほど人間関係に消極的な性格ではなくて、男の子ともすぐに仲良くなった。次第に男の子は女の子に惹かれていった。そしてある日、女の子に告白した。どうやら女の子にもその気があったらしいけど、やっぱり自分の病気のことを気にしていた。それでもいいと、忘れられても君を好きでい続けると、男の子は誓った。その言葉が嬉しかったらしい。女の子も誓った。何回忘れてもまたあなたを好きになる、と。そう誓い合って付き合い始めた。交際は順調だった。でも、その時は残酷に訪れる」

「女の子が、記憶を失う日……」

「そう。親父の助手の人に連れられ病室に入る寸前、二人は寂しそうな顔をしながらも、男の子は笑って『またね』といった。女の子も精一杯の強がりで手を振った。その二日後、男の子と記憶を失った彼女の初対面の時。男の子は、自分は君の恋人だ、と言った。女の子は最初戸惑ったそうだが、主治医の先生からも同じ説明を受け、そのことを受け入れた。すぐに打ち解け、順調かと思われた」

「何かあったのか?」

「お前が言ったことだ。自分のことを忘れられた男の子は次第に苦痛を感じ始め、恋人との記憶がないことで女の子は病んでいった。しかし、男の子は変わらず女の子のことが好きで、記憶がなくなった女の子も男の子に対して好意を抱いていった」

「だったら病むこともないだろうに」

 そう、過去のことだと割り切れていればそれで済んだのだ。

「割り切れなかったんだ。二人は『永遠』を選んだ」

「まさか……」

「彼女の病室で自殺したんだ。二人一緒に」

「っ!」

 驚いた顔になる黒沢。僕も聞かされた当初はこんな顔になった。

「病室には遺書が遺されていた。『甘かった。本気だと思っていた僕の気持ちは、中途半端だったらしい。彼女のことも、自分自身のことも傷つけた。またいずれ忘れられる時が来る。それはとても辛い。耐えられる気がしない。でも彼女のことは好き。誰よりも。だから、僕らは永遠を選択する。』これが男の子の遺書」

「女の子は?」

「『私が病気でなければ……今ほどこう思ったことはない。病気でも前向きに生きていればいいことがあると思っていた。でも、前向きでも乗り越えられない壁があった。ごめんね。私は、最愛の人を殺してしまう。以前の私を裏切ってしまう。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。』とにかく、それまでの彼女らしくない悲痛の叫びを文字にしたような文面だったらしい」

 この話を自分で語るのは初めてだ。

 親父から聞いた時、とても胸が痛かった。

 今も。

 親父もこんな気持ちだったのだろうか。口にするだけでも、この悲劇は語り手の胸を締め付ける。

「そんなことも、あるんだな。こういう現場って」

「ああ。お前の言う通り仮に僕とあいつがそういう関係になったとして、そういう結末にならんとも言えないんだ。もちろん友達だとか親友の関係でもな」

 だから、この先の真白との付き合いは慎重にしていかないといけない。僕も真白も不幸になってしまうから。

 そんな感じでシリアスな空気になったのも束の間。

「え?何?やっぱり諸星とのこと考えてるのか?付き合うのか!?」

 再びからかいモード。

 くぅ!あえてシリアスに話してその話からに逃げようと思ったのに!

「もう帰れ!」

「え~!?……まあいいや。今日の目的は果たせたし」

「『今日の』!?お前、まさか毎日来る気か?」

「まさか。わざわざ電車に乗ってきてるんだ。片道二百円と言っても毎日なんてとてもじゃないけど通えないよ。何?交通費出してくれるのか?」

「何で僕がお前に来てほしいみたいになってるんだ。冗談じゃない」

 ちぇ~、と言って扉を開けて外に出る。再度振り返った時にはふてくされていた顔もいつも通りに戻っていた。

「来週あたりに来るよ。お前に会いにじゃねえぞ?師匠と諸星に会いに、な!」

 僕はフッと笑って、

「勝手にしろ」

 と応えた。

 今日初めて話したとは思えないくらい関わってしまった。まあ、悪くない。面白いやつだった。

「珍しいな」

 その声に振り返ると、いつの間にか親父がいた。

「親父。いつの間に……」

「ついさっき。今日初めて話したにしては慣れてたな。お前はいつも人前になると借りてきた猫状態なのにな」

 言われてみればそうだ。僕は最初から黒沢の前ではいつもの人見知りを発動しなかった。もしかすると真白との一件で人見知りを克服したのかもしれない。自分にとって大きな一歩である。明日思い切って話したことのないクラスメートに話しかけてみようかな。

 そんなことを考えつつ、自室に戻ろうとしていたその時、コンコン、とノックの音が響いた。扉が開き、入ってきたのは白衣の男性。どうやら病院の関係者のようだ。

「月山先生!何やってるんですか!?会議の時間とっくに過ぎてますよ!?あ、紘幸君!こんにちは!」

「こ、こここ、こんに、ち、は……」

 前言撤回。僕はまだ人見知りのままだ。

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