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メモリー・リブート  作者: 愛生 佑城
第一章
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第一話 『人は何をもって友達を定義するのか』 中編

 翌日。

 僕は今日も諸星に話しかける。

「あ、あの」

 相変わらずたどたどしい切り出し。

「またあなた?今度は何?」

 こちらも相変わらず辛辣である。

「昨日と同じ。諸星と仲良くしたいんだ」

「……昨日も言ったけど、私にその気は無いの。ごめんなさい」

「何でそんなに……あっ」

 チャイムが鳴った。仕方ない。またの機会に。

「また声かけるから」

 席に戻る直前に言った言葉に、返事はなかった。




 僕は友達の作り方が分からない。なろうと言ってなるものではないことは分かっている。自然になっているものなのだろう。でも、僕に友達はできたことがないため、分からないと言っておく。

 それに、彼女の場合一筋縄ではいかないだろう。正直、他の仲良しグループに入る方がずっと簡単なんじゃないかと思う。でもなぜか、諸星のことを放ってはおけなかった。

 同じような境遇だからとか、ましてや特別な感情を抱いているからとか、決してそのようなことはない。

 じゃあ何で?そう訊かれたとしても、僕はその疑問を解消する答えを持ち合わせてはいなかった。

 そんな曖昧な気持ちを抱いたまま、次の日も、その次の日も、諸星に話しかけにいった。諸星の態度が辛辣であることには変わりなかったが、僕はあることに気が付いた。

 友達になりたい、ということを言うと、少し間ができる。

 その間が何を表しているのかは知らないが、彼女は本気で友達が不要だと言っているわけではないかもしれない。ただ、何か事情があって友達というものを拒否しているのかもしれない。

 例えば、そう。親父が言っていたように、裏切られた過去がある、とか。友達が欲しいという思いはあるが、過去に囚われ、複雑な心境なのかもしれない。

 こういう時、相談できる相手がいればいいのだが、前述のとおり僕には友達がいない。

 先生……は、あてにならない。

 ……。

「親父か」

 まあ、一応人間の心に関してはプロだからな。並大抵の人よりはずっと頼れる。

 頼れる……けど、少し恥ずかしい。

 しかし、その恥ずかしさを押し切ってまで親父に相談を持ち掛けようとするほど、僕にとって諸星のことは重要なことになっていた。




 例の地下室。今日も奥の机に親父はいた。

「親父。ちょっといいか?」

 僕の呼びかけに親父はすぐに振り向いた。

「どうした?改まって」

 いつもと違う、真剣な目。それを見ていると何だか緊張してきた。これはそう、親しくない人と面と向かった時のあの感覚に似ている。

 筋肉が徐々に硬直し始めた。口も思うように開かない。

 落ち着け、自分。目の前にいるのは親父だぞ。普段なら普通に喋れてるじゃないか。何で真面目な話の一つもできないんだ。

 情けない僕の姿に見かねたのか、親父は、

「なーに緊張してんだよ」

 と僕の背中を叩いた。その表情はいつもの親父だ。それを見ていると不思議と力が抜けてきた。

 今なら話せる。

「親父に相談があって」

 僕は思い切って切り出した。




 親父に相談するのは早まったかもしれない、と今僕は思っている。

「はっはっは!そりゃ災難だったな!」

 思いっきり笑われてしまった。何事に対しても遠慮が無いのが、この人の長所であり、時に短所になるところである。この笑い声と笑顔は、確実に僕の心を抉っている。

「笑うなよ!こっちは真剣に悩んでるんだ!」

「悪い悪い。病院にいるとなかなか面白い話が聞けないから、久しぶりに面白い話を聞けて嬉しかったんだよ」

 謝る気がないな、この人は。

「で、どうしたらいい?」

 早まったとは言ったものの、考えたところで埒が明かない上に他に頼りになる人いない。結果的にこの屈辱を味わうことにはなっていた。ここはグッとこらえて、解決策を探る。

 うーん、と真剣な表情になってしばらく考えていた親父だったが、その表情のまま顔を上げ、口を開いた。

「その子って、女の子か?」

「え?いや、その」

 異性相手に悩んでいたことが悟られて少し戸惑う。この人のことだから余計に笑われてしまう。できれば知られたくないところだ。

「それ、関係あるのか?」

「さあ?で、どうなんだ?」

 親父はどうしても聞き出したいらしい。まあいい。本当のことを言おう。

「お、女の子だ……」

 恥ずかしい。何が悲しくて実の親にこんな相談をしているんだ。

 また笑われる。そう思っていたのだが、

「うーん……」

 親父は笑ったり、馬鹿にしたりする様子はなく、ただ真剣に考えてくれているようだった。

 そして、僕の方に向き直って驚きの言葉を口にする。

「その相手って、諸星真白ちゃんか?」

 ……。

「……え?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。だってまさか親父の口から「諸星真白」という名前が出てくるとは思わなかったから。

 どういうことだ?親父は諸星のことを知っているのか?だとしたら何で?

「どうした?そんなまぬけな顔して」

「いやいやいや、こんな顔にもなるだろ!何で親父が諸星のこと知ってるんだよ!」

「おお、当たってたのか」

「当たってたのか、じゃない!質問に答えてくれ!」

「まあまあ、落ち着け」

 親父はゆっくり立ち上がると、僕に背中を向けて歩き出し、棚の前で止まった。その棚の中にある一冊のアルバムを取り出し、開いた。

「お前には言ってなかったな。真白ちゃんがお前と同じクラスなのは知ってたんだ。彼女のことは誰よりも知っていると自負している」

「話が見えてこない」

「これを見ろ」

 言われて、先ほど開いたアルバムを覗き込んだ。

 たくさんの写真。しかし、写っているのは僕でも親父でもない。女の子だ。

「この子がもしかして」

「ああ、真白ちゃんだ」

「何で……」

 親父はふぅ、と息をつき、

「重い話になるけどいいか?」

 と問うた。

「ああ」

 迷わず僕も応えた。

 そして、親父は語り始めた。

「真白ちゃんは病院の駐車場に捨てられていたんだ。当時二歳でな。ぐっすり眠っていた。見たときは戸惑ったけど、置き手紙があったからとりあえず読んだんだよ。『私たちではどうにもできません。引き取ってください』だってよ。怒り狂ってどうにかなっちまいそうだったよ。で、放っておくわけにもいかないから俺が引き取ったわけだが、当時は紘幸も小さかったし、俺もまだ院長になったばかりで忙しかった。だから病室を一部屋あの子にあげたんだ」

「じゃあ、その時から諸星はそこに住んでいるのか?」

「ああ、今も住んでるぞ」

 今まで全く気が付かなかった。こんなにすぐ近くにいたのに。行きや帰りの電車でばったり会いそうなものだが。

 僕の考えていることを察したのか、親父は、

「彼女は電車通学じゃないからな。俺や病院のスタッフの誰かが送り迎えしてるんだ。彼女、一応患者さんだしな」

「どこか悪いのか?」

「ああ。ここからが本題だ。真白ちゃんのその態度の原因」

 親父と諸星の関係の話が衝撃過ぎて忘れてた。もともとこんな話をするつもりじゃなかったんだった。

「病気とあの態度の関係性?」

「そう、彼女……真白ちゃんはある病気を持っている。その病名は<メモリー・リブート>」

「え⁉」

 驚きを隠せなかった。

 諸星が、<メモリー・リブート>患者?

「おかしいと思ったんだ。二歳の彼女を拾った時。二歳って言ったら、そこそこ言葉を覚えて、喋るくらいのことはできる年だ。なのに彼女は全く言葉を知らなかった。そこで頭に浮かんだのは、同じような症状をもった患者さんたちだった。またか、って思った。調べても、知り合いの先生に訊いても全然分からない。新種の病気だそうだった。そこで初めて研究することにした。真白ちゃんを検体にして」

「他にそんな患者さんがいるんだったら、それまでに研究してたんじゃないのか?」

「記憶喪失の一種だって解決してる医者が多かったんだ。だから細かく調べようとする人がいなかった。それに何故か、当時患者は二歳以下の子どもの例しかなかった。そんなに精密な検査はできなかったんだ。で、真白ちゃんが六歳になる年、今から十年前だな。その年に検査を行った。そこで出た結果を元に他の患者さんの検査を行っても同じ結果が出たことで、この病気の発見に繋がった。一応、記憶喪失の一種としたが、原因は全く別物。まず、記憶喪失は後天性なのに対し、<メモリー・リブート>は先天性。<メモリー・リブート>は妊婦にある薬を投与することで稀に起こることが分かった。それが今ではもう使われていない薬で、流産を防ぐためのもの。うちの病院の研究室で作られたものだったんだ。母体も胎児も百パーセント無事に出産を行えるが、約0.01パーセントの確率で新生児が<メモリー・リブート>を患う。そうと分かる前は画期的な薬ができたって大騒ぎだったが、原因がそれだと分かってから使われなくなった。俺が<メモリー・リブート>を学会で発表した時は、『月山精神科医療センターの自作自演だ』って一部では言われた。俺が名の知れた医者になっても病院を大きくしないのはそういう意味だ」

 そんなことが。僕はただ新種の病気を発見して有名になっただけだと思っていた。

「話が逸れちまったな。そうやって病気を発見した俺はすぐに治療法や薬の開発に取り組んだ。完璧に阻止するのはほぼ不可能。なら、言語の問題だけでも解決できないかと考えたんだ。そしてできたのがお前も知っているあの薬だ。まあ、最初は信用してもらえなかったが、徐々にその効果と安全性が広まり、今ではよく使われる薬になったわけだが、今でも俺は完璧に阻止する治療法を探している。この十年間、真白ちゃんを娘のように育ててきた傍ら、検体になってもらっていた。それは少し胸が痛むことだが、何度記憶を失っても真白ちゃんは俺を信じてくれる。本当にいい子だな」

「あの諸星が?」

「そう。だから紘幸」

 親父は真っすぐ僕の目を見て、

「学校でそばにいてやれるのはお前だけだ。真白ちゃんを頼む」

「いやいや、その方法が分からないから訊いてるんだろ?」

「今の話で分からなかったか?要は時間をかけて信頼を得ろ、ってことだよ」

 時間をかけて、ねえ。いや、待てよ。

「親父。次に諸星が発症するのはいつだ?」

 親父はしばらく考えて、

「最後に発症したのが今年の初めで、真白ちゃんの発症の周期が大体半年だから、あと一か月ってとこか」

「はあ⁉」

 一か月って。

「そんな短期間で何ができるっていうんだよ!」

「知るかよ。お前が訊いてきたんじゃねえか」

「そんな、無責任な……」

 一か月。頑張ったところで諸星の記憶は消える。一か月待つか?いや、どうせその半年後には忘れられてる。それなら。

「それなら……」

「どうせ忘れられるなら関わらない方がいい、なんて考えるんじゃないぞ」

「え?」

「時間をかけて信頼を得て、忘れられたら無駄になる、なんてことはない。俺が言った『時間をかけて』っていうのは、一か月や二か月の話じゃない。一年、二年、十年かけて模索してきた。今だって探り探りだ。だからお前も、何年かかったとしても真白ちゃんと打ち解ける方法を探すんだな」

 そう言うと、親父は床に置いてあったカバンを持って歩き始めた。

「どこか行くのか?」

「病院。真白ちゃんの検査の日だ。夜には戻ってくるから」

 親父は部屋を出た。あとに残されたのは僕だけ。

 一人になって考える。

 親父の言う通り、忘れられたとしても時間をかけて打ち解ける方法を模索するのか。

 それとも、一思いに諦めるのか。

 決まっている。

 あんな寂しそうな顔を見せられた上に、事情まで知らされてしまった。今更引き下がれないだろう。

「やってみるか」

 一人決心を固め、僕もこの部屋を後にした。

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