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メモリー・リブート  作者: 愛生 佑城
第一章
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第一話 『人は何をもって友達を定義するのか』 前編

 人付き合いが苦手だ。

 それが僕、月山紘幸つきやまひろゆきの最大の欠点と言えよう。

 高校生活が始まって一か月が経ったが、僕の周りには人っ子一人いやしない。別に人と関わることが嫌いなわけではない。他人を前にすると、どうも全身の筋肉が硬直したように動けなくなり、意思疎通なんてできやしない。

 耳を澄ますと、雑踏の音が聞こえそうなほど人であふれかえった都会の街中で、友達一人作れないのはある意味才能だろうか。あまり誇りたくないものだが。

 さて、僕が今いる教室では四十人弱の生徒が思い思いの休み時間を過ごしているわけだが、孤独な時間を過ごしているのは僕だけではないらしい。

 一人の女子生徒。彼女はいつも独りでいる。

 普段、仲良さげにワイワイやっている同級生を端から見ている僕にとって、その姿は悪目立ちしている。

 長めの綺麗な髪。

 高くも低くもない、理想的な身長。

 少し幼さの残る顔立ち。

 見た目の印象からは、彼女が孤立する理由が見当たらなかった。彼女もまた、僕と同じように人付き合いが苦手なのだろうか。ならばここは僕から歩み寄ってみよう。今更仲良しグループに入るよりは、二人から始める方が良さそうだ。人付き合いが苦手な者同士、仲良くなれるかもしれない。数学では、負の数と負の数をかけると正の数になる。その原理で人の心の数式も成り立つはず。何より自分を変えるきっかけになるかもしれない。人付き合いが苦手な人のことをマイナスと表現するのは如何なるものかと思うが、まあ世間一般から見ればマイナスと捉えられるだろうから良しとしよう。

 僕は席を立ち、彼女の席へ歩く。いくつかの仲良しグループをかき分けて進むが、みんなそれぞれのグループでの会話に夢中で俺の方に見向きもしない。もっとも、これから行うことを考えるとその方がありがたいのだが。

 そうこうしているうちに彼女の席の前まで来た。

「あ、あの…。」

 話しかけてみるも、やはりいつもの癖が出た。全身が固まったような感覚。言葉も上手く発せられない。そんな僕の呼びかけに、彼女は読んでいた本から目を離し、顔を上げた。

「何?」

 ぶっきらぼうで冷たい声。

「僕は月山紘幸。よろしく」

 たどたどしい挨拶に対し、彼女は、

「私は諸星真白もろほしましろ。二度と話しかけないで」

 顔色一つ変えず、僕の勇気を一蹴した。そして、読書を再開する。この態度にさすがの僕も黙ってはいられなかった。

「そ、そんなこと言うなよ。同じクラスなんだし、仲良くしようぜ?」

「何で同じクラスだからって仲良くしなきゃいけないの?」

 言葉に温度を感じない。応えてくれるだけまだましなのかもしれない。できれば本から目を離して言ってもらいたいものだが。

「すまん。同じクラスっていうのは建前だ。単に諸星と仲良くなりたいと思っただけだ」

 そう言うと、彼女は再び顔を上げた。予想外の言葉だったらしく、少し驚いている様子だ。しかし、すぐに睨みつけるような目を向けられる。

「それはありがとう。でも私にその気は無い。ごめんなさい」

「いや、そう言わずに」

「ほら、授業始まるよ。席に戻ったら?」

 言われて時計を見ると、授業が始まる一分前だった。

「ああ、うん。悪い」

 大人しく席に戻る。座って敗因を考える。

 彼女、諸星って言ったっけ?性格きつすぎるだろ。

 いや、僕も悪かった。少し強引すぎて正の数になっていた。正の数と負の数をかけると負の数になるからな。今のは完全にマイナスだった。




 当然のことながら、友達がいない僕は帰り道も独りである。そんな環境にも慣れてしまった。何せ小学生の頃から集団下校以外では独りの帰り道。中学生からは集団下校なんてものはないため、本格的に独り。自分で言ってて悲しくなってくるな。

 学校から歩いて十分のところに最寄り駅。そこから数駅の間電車に揺られ、降りてすぐに大きめの病院がある。その隣りに建つ一軒家が自宅である。

「ただいま」

 玄関に入ると目の前の空間は静まり返っていた。靴を脱ぎ、すぐ右にある階段で下へ。降りきったところに金属でできた扉があり、ノブをひねると扉が開いた。

 ここは地下室だ。主に親父の研究室。扉が開いているということは親父はここにいるのか?

 周りを見渡してみると、見慣れた白衣が目に入った。

「親父?」

「ん?おお、紘幸!帰ったか!」

 この陽気な男は月山嵩幸つきやまたかゆき。僕の父親である。

「今日は病院じゃないんだな」

「ああ。研究だ」

 机の上の資料を一枚手に取り、ペラペラと振った。真っ先に目に入ったのは「メモリー・リブート」の文字。

「治療法でも見つかりそうなのか?」

「いや、皆目見当がつかねえ。まあでも、発見者としての責任だ」

 そう、親父はこの病気の第一発見者である。この陽気な性格からは考えにくいが、彼は日本のみならず世界でも名の知れた名医である。自宅の隣りにある病院・月山精神科医療センターの院長である。親父が言った通り、<メモリー・リブート>を世界で初めて発見したのは親父であり、そのことで有名になったのだ。それ以来親父はずっと、<メモリー・リブート>の患者を診る傍ら、研究に勤しんでいる。

 <メモリー・リブート>とは、今世界規模で問題視されている疾患の一つである。記憶喪失の一種であり、症状が現れるとき、その人の全ての記憶がリセットされるというもの。自分や自分と関わりのある人との記憶だけでなく、覚えた言語なども忘れ、いわば生まれたての赤ちゃん同等の脳になるというもの。しかも、一回にとどまらず、一生の間に何度も発症するのだという。

 最初は精神病と言われていたが、先天性の脳の障害に分類され、医学的な区分で言えば脳外科にあたるらしい。親父はもともと精神科医なので、脳外科の勉強を四十歳を超えた年から始めた。

 皆目見当がつかないと言いつつも、<メモリー・リブート>を発見した十年前に研究を始め、わずか半年で記憶喪失の程度を和らげる薬を開発した。通常の記憶喪失程度に抑えることで、言語の問題を解決したのだ。この時ばかりは親父を尊敬したものだ。

「あまり無理はするなよ」

「余計なお世話だ。それより、友達はできたか?」

「それこそ余計なお世話だ」

 そう言い、地上階に戻ろうとした時だった。親父が僕の背中に言葉をかけた。

「まあ、友達なんて嗜好品に過ぎない。ほどほどがいいぞ。依存すると毒だ」

「何が言いたい?」

「紘幸。人が何をもって友達を定義するのか、考えたことがあるか?」

「あるわけないだろ。自分が定義できてないのに」

 そう言うと、口を押さえながら笑った。

「ああ、そう。なら教えてやるよ。自分の心の拠り所だよ。人間ってのは、独りじゃ生きにくいもんでな。脆いんだよ。だから、支えになってくれる存在が必要なんだ。それが友達ってもんだ」

「じゃあ、何で毒になるんだ?」

「簡単な話さ、裏切るからさ。依存具合が高ければ高いほど裏切られた時のショックが大きい。だから依存するほど毒なんだ」

「裏切らないやつだっているだろう」

「友達はみんな裏切るぞ?自分が不利になったらひょいっと手のひらを返す」

 正直よくわからない。友達ができたことないからなのか。

 何で、あんなに仲良さそうにしているグループ内で裏切りが起こると言えるのだろうか。

 分からない。

 思い悩む僕に向かって、親父はまた言葉をかける。

「あくまで俺の見解だ。お前はお前なりに考えろ」

 難しい話だが、一つ分かった。

 これが、僕が友達を作るためのヒントとなるということだ。

本編に入りました。今回登場したキャラクターは三人です。

月山紘幸。彼が主人公になります。大人しい性格で人付き合いが苦手です。

諸星真白。ヒロインです。彼女もまた大人しい性格ですが、心の内に秘めているものがあるようです。人付き合いは自ら避けています。何故でしょうか。

最後に月山崇幸。彼は紘幸の父親であり、本作を読むにあたって重要となる人物だということはお分かりいただけたでしょうか。


まだ全キャラクターが出揃っていませんが、未登場のキャラクターも今後の展開に大きく関わってくることでしょう。


では、次の投稿をお楽しみに。

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