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メモリー・リブート  作者: 愛生 佑城
第一章
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第三話 『一時の幸せでも、不幸よりはいいだろう』後編

 夜。ご飯を食べ、風呂に入り、明日の準備をしている頃、親父が帰ってきた。いつもよりは早いな。

「紘幸!ちょっと来てくれ!」

 珍しく呼び出される。いつも勝手に帰ってきて、勝手に飯食って、勝手に風呂に入って、勝手に寝るのに。

「どうした?親父。珍しいな」

「まあまあ、たまには親子で話をしようじゃないか」

 ダイニングのテーブルに座っている親父に促され、正面に座る。

「今日はどうだった?真白ちゃんとのデートは」

「デートじゃねえよ」

「海外では一緒に出掛けることをデートと呼ぶらしいぞ」

「間違った文法で病名付けた人が海外の知識を語るな」

「うっ……それより、どうだったんだ?」

 ばつが悪くなったのか、親父は声を張って本題に戻した。

「どう、って。まあ、楽しんでくれたと思うよ。それなりに」

「だろうな。帰ってきた真白ちゃん、顔色良かったぞ。塞ぎ込む前の無邪気だった幼少期の真白ちゃんを思い出したよ。紘幸のおかげだと思う」

「そっか」

 なら、素直に嬉しい。

「で、これからどうするんだ?」

「これから?」

「付き合うのか?」

「つきっ!?」

 突拍子もないことを言われ、取り乱してしまう。

「どうした?付き合うって、別に恋人関係になることだけを指しているわけじゃないぞ」

「何で今日はやけに言葉で引っ掛けてくるんだ」

「はっはっは!悪い悪い。お前の反応が面白くてつい」

 親父といい、黒沢といい、僕を弄んでくれやがる。

「で、真白と関わり続けるのか、ってことか?」

「ああ、知っての通りいつかは記憶がなくなる。それも一度や二度じゃない。一生付きまとう。いつまで付き合っていくか知らんが、それを分かったうえでお前はどうするのか聞きたい。俺はお前の親であり、真白ちゃんの『親』でもある」

 その言葉にからかいの意はなく、親としての責任を言葉の奥に感じた。いつになく真剣な面持ちと声色。その姿勢に、不思議と背筋が伸びる。

 これがいつもの調子の親父に対してだったら、「関わっていくよ」と即答できただろう。もちろん、生返事とかではなく、本気でそう思って。だが、今この状況で即答することはできなかった。

 僕の中で、思考が駆け巡る。

 多分、いざ真白の記憶が消えたら、僕はその現実から逃げたくなるだろう。真白は僕との記憶を覚えていられないから、その瞬間から僕と真白の関係や思い出を全てなかったことにして関係を断つのは容易だ。関係を保つ選択をしても、0から関係を作り、忘れられ、また0から作り、忘れられを僕は何度繰り返すのだろうか。いや、繰り返せるのだろうか。

「簡単なことじゃない。紘幸。お前の人生だ。お前がどっちを選ぼうが俺はお前を責めたりしない。お前は、自分が真白ちゃんとの関わりを断つことを選んだら、俺がお前のことを軽蔑すると思っているかもしれないが、決してそんなことはない。俺としても、お前に苦しい思いをしてほしくない。そりゃ、最初はああ言ったが、俺はお前に逃げてほしくないと思ったんだ。お前は今まで人付き合いから逃げてきた。人付き合いの大切さや、その中で生まれる苦難を経験してほしかった。嫌でももうすぐ分かるようになる。その時俺は思うだろう。紘幸、頑張ったな、と。だから、その後も無理に付き合っていく必要はない。お前が壊れてしまっては俺も辛いからな」

 親父の言葉にはっとする。僕が恐れていたことかもしれない。

 軽蔑。

 関わりを断つことの方が楽に決まっている。じゃあ、なぜそれを選ばない?それは、僕が真白と関わっていて、真白の事情を知っている人から軽蔑されるのが怖いからじゃないのか。

 なら、関わる方を選べない理由はなんだ?自分が苦しい思いをするからに決まっている。

 僕は絶望した。自分のことしか考えられない自分に。

「悪い。親父」

「ん?」

「少し時間をくれないか?考えさせてほしい」

 僕はそう言って席を立った。親父に背を向け、自室に戻ろうとする。

「そうか……お前は本当に優しいな。人のために自分の時間を費やせるなんてさ」

 親父。違うんだ。僕は優しくなんかない。自分に甘いだけだ。今もこうして、どんな選択が自分にとって都合がいいか考えてる。大体、そんなことを言ってしまうと親父の方が僕の何倍も優しい。何人もの人のために、どれだけの自分の時間を費やしているんだ。

「僕は……」

「そんなお前にヒントをやろう」

 僕の言葉を遮ったのか、はたまた聞こえていなかったのか、親父は話し始めた。

 振り返ると、いつもの笑みを浮かべた親父がいた。

「真白ちゃんと過ごした時間は楽しかったか?」




 翌日。

「紘幸君、大丈夫?」

 自分の席に座り、頭を抱える僕に、真白が声をかけてきた。

「ああ、うん。大丈夫」

「どうしたの?目も赤いし」

「本当、何でもないから」

「考え事?」

「まあ、ちょっとね」

 お前のことで悩んでる、なんて言えないよな。

 昨日は結局一睡もできなかった。これまでの人生、悩んだことはあったけど、ここまで悩んだことはなかった。真白と関わり始めて日は浅いが、こんなに悩むことになるとは。それほど真白が僕にとって大きな存在になっているのだろう。まあ、他に友達がいるわけでもなし、大きいも小さいもないのかもしれないが。

「私に言えないこと?」

 根は優しい彼女のことだ。本気で心配してくれているのだろう。ちょっと心が痛むが、ここは少しごまかそう。

「今月末中間試験があるからな。高校生活最初の定期試験だからいろいろ不安で」

「そっか……」

 本心を察しているのか、察せていないのか。真白はそれ以上追及してこなかった。どちらにしても早いうちに結論を出さなければならない。そうでないと中間に頭が回らなくなってしまう。友達関係も大事だが、そっちをおろそかにしてはいけない。

「よう!お二人さん!元気か?」

 背後から陽気な声が聞こえた。振り返るのも嫌になるような声だが、彼の方から回り込んできた。

「朝から元気だなお前は」

「ははは!お前に比べりゃみんな元気だろ」

 まあ、そうだな。

「何か用か?」

「そんなとこだ。ここじゃ何だし、昼休みちょっとついてきてくれないか?諸星も」

「わ、私も?」

「僕だけじゃだめなのか?」

「俺は二人に用があるからな」

「そうは言っても」

 僕の言葉を遮るように、授業開始のチャイムが鳴る。

「んじゃ、そういうことで!」

 黒沢は自分の席へと戻って行った。

「どうする?」

 不安そうに訊いてくる諸星。

「行かなかったら後がめんどくさそうだし、行った方がいいかもな」

「そう、だね……あ、とりあえず戻るね」

 真白も自分の席に戻って行った。

 黒沢は真白が〈メモリー・リブート〉患者であることを知っているが、真白は自分が〈メモリー・リブート〉患者であると黒沢が知っていることを知らない。

 その時点でフェアな関係ではないから、不安にさせてしまうだろう。

 って、悩みの種増やしてくるなよあいつ!




 頭を抱えつつ授業を乗り越え、昼休み。

「そんなわけでお二人さん!集まってくれてありがとう!」

「お前が連れてきたんだろうが」

「まあまあ。というか月山、やつれた?」

「そう見えるか?」

「そんな顔されちゃ私心配になってくるわ」

「ふいに出るお前のオカマキャラは何なんだ」

「まあ、そんなことはいいんだ。手短に用件を済ますぞ」

 そう言うと、黒沢は真白に視線を移した。

 真白はまだ黒沢のことが怖いのか、僕の後ろに半身を隠した。

「単刀直入に聞くけど、お前らは何で一緒にいるんだ?」

 茶化す様子もない、単純に気になったから聞いた、という感じ。

「それは、私たちが親友だから」

 先陣を切ったのは真白だった。

「それは分かるんだけど、何で月山なんだ?普段の様子を見てると諸星他に仲いい人いないでしょ?」

「それは……」

「月山も」

「え?」

「お前も他に仲いい人いないだろ?何で男子じゃなく、異性の諸星とつるんでるんだ?」

 はっきり言うなこいつ、と思いつつ、本当のことなので言い返せない。

「いいだろ?そんなこと。誰と仲良くしようが勝手じゃないか」

「ああ、勝手だ。でも何事にも理由はあるだろ?今まで人を避けるように過ごしてきた二人が、何で関わるようになったのか、気になってな」

「そんなの……」

 言ってやろうと思ったが、言えなかった。

 何故なら、分からないから。

 仲良くなりたいと思ったきっかけもよく分かっていなかった。その後も。ただ仲良くなりたいという思いだけ。そこに理由なんてなかったし、理由を追求しようともしなかった。

「私は…」

 僕の後ろにいた真白が、少し前に出て口を開いた。

「紘幸君とは、仲良くしたいから一緒にいるだけ。私のことを理解してくれる。そんな人と一緒にいたいだけ」

「他の人は理解してくれないの?」

「分からない。でも、紘幸君は理解してくれてる。他に理解してくれる子がいるなら、その子とも仲良くしたいと思う。事情が事情だから難しいとは思うけど」

 少し俯きがちにだが、ゆっくりと言葉を紡いでいった。その事情も、黒沢は知っているし、難しいことだということも知っている。だからなのか、黒沢もうんうんと首を縦に振っていた。

「諸星の言いたいことはよく分かった。ごめんな。無理させて。で、月山は?」

 再びこちらに目を合わせてくる。その顔は何かを見透かしたように笑っている。

 もしかしてこいつ、僕の悩みに気づいているのか。

「どうした?諸星はちゃんと答えたぞ?お前も応えなきゃいけないんじゃないか?」

「それは……」

「黒沢君、そんなに責めなくても」

「責めるって、そんなつもりはない。ただ、人付き合いの中ではっきりさせておかなくちゃいけないものなんだ。二人が人付き合い初心者なのは知ってる。だから、はっきりさせたい」

「何で黒沢君がそこまで……」

 直後、黒沢の笑みが消えた。


「失敗したことがあるからだよ」


 いつもヘラヘラしている彼から聞いたことがないような声色だった。

「俺はお前らとも仲良くしたい。その理由は、仲良くなったら今より面白い日々が送れそうだから。今こうしてお前らに理由を問う理由は、お前らに俺と同じ思いをしてほしくないからだ」

「失敗って……」

「お前が俺のことを、諸星と同じように親友だと認めてくれたら、その時に話すよ。重い話だ。ペラペラと話せることじゃない」

 僕は恐怖を感じた。無表情で淡々と語りかけてくる黒沢はとても怖かった。ただ、僕のためを思って言ってくれているのは伝わった。

「分かった。じゃあ、今は聞かない」

「お前と親友になるのはハードルが高いな……」

「お前が僕を心配してくれてるのは伝わった。素直に嬉しいよ」

「そりゃどうも。で、答えは出たか?」

「いや、正直分からん。僕はお前とは違って、仲良くしたいという気持ちに理由なんていらない、って思ってたから。今はまだ、その答えを言ってやることはできない」

 それを聞いた黒沢は静かに頷いた。

「そっか。いつか見つけられるといいな」

 もしかしたら黒沢は気づいていたのかもしれない。僕が悩んでいることに。

 今後真白と関わり続けるかどうかは、この答えにかかっている。この答え次第なんだ。

「じゃ、俺は戻るとするか。お二人さんはお昼ご飯楽しんで」

「ああ……って、何で知って……!」

 言い終わるより早く、黒沢の姿は見えなくなった。あいつは僕のことをどこまで知ってるんだ?

「大丈夫か?」

「うん……。あ、あの…」

「ん?」

 顔を上げた真白と目が合ったが、すぐに逸らされた。

「……いや、何でもない。お昼食べよっか」

 笑って言っていたが、その顔はどこか寂しげだった。




 放課後。

 いつものように病院前で真白と別れ、家に帰ろうとしたその時。

「おーい!紘幸!」

 病院から出てきた親父に声をかけられた。

「親父、早いな。もう終わりか?」

「いや、飯食ったら戻る。大事な日なんだ」

 切羽詰まった表情と声。ただ事ではないと思った。

「何があった?」

「外じゃまずい。中で話す」

 そう言い、僕より先に家の中に入って行った。追いかけるように僕も帰宅した。

 家に入るなり親父はキッチンに行き、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

「これからまた仕事っていうのにビール飲む医者がどこにいる」

「俺にとってのビールは、車にとってのガソリンなんだよ」

「そうですか」

 僕は親父の前に座った。

「で、何があったんだ?真白関係か?」

「ああ。昨日の答えは出たか?」

「昨日?ああ、真白とこれからも関わり続けるのか、って話か。正直その時にならないと分からないと言いたい」

「だよな……だがな、時間は待ってくれない」

「まさか」

 ドン、と缶をテーブルの上に置いて、

「真白ちゃんの記憶は日付が変わる頃に消える」

 近々、こういう日が来ることは分かっていたが、いざ突きつけられると受け入れがたいものだ。いや、今それを感じるのは早いか。記憶がなくなった時。その時が一番辛い。

「そのことを真白本人は知ってるのか?」

「今病院のスタッフが伝えてると思う」

「そんなギリギリに言うのか?」

「一応二週間前くらいには分かるけど、正確な時間まで分かるのは当日なんだ。今日真白ちゃんが学校に行く前に検査して、その結果が分かったのは学校に行ってからだった。大体の時期は伝えていたよ」

 まさか今日が最後だとは思わなかった。もう少し、一緒にいる時間を大切にすればよかったと、今更ながら思えてきた。今日もいつも通り、一緒に学校に行き、他愛のない話をし、昼ごはんも一緒に食べ、一緒に帰ってきた。ただそれだけ。

「しばらくあいつに会えないのか」

「三日は入院かな。初日はお前も面会できない。最短で二日目か」

「何で初日は面会できないんだ?」

「あぁ、患者が混乱するのを防ぐためだよ。まずは状況を説明しなければならない。それだけでも混乱するだろ?人間関係とか他の情報は更なる混乱の元だ。だから、初日に会えるのは主治医、つまり俺だけ。次の日に会えるのは近親者。その次の日は友人とか。そして退院って流れだな。まあ、あの子の場合近親者がいないから、二日目にお前が会うことは許可できる」

「なるほどな」

「さて、そろそろ」

 一通り話を済ませ、親父が病院に戻ろうと腰を上げた、その時だった。

 ピンポーン。

「ん?お客さん?」

「これから忙しいのに……はーい!」

 親父が玄関へ向かった様子を見て、僕も立ち上がり、冷蔵庫を開け、ジュースを取り出した。

「何だって!?」

 玄関の方から聞こえてきたのは親父の声。

「どうした?」

 僕がそう尋ねながら玄関に向かっていると、親父が血相を変えて戻ってきた。

「真白ちゃんが……逃げ出した」

「え?」

「まずいぞ。まだ薬を投与してない」

 最悪の事態を想像してしまった。

「投与してないと……どうなるんだ」

「記憶が、全て・・なくなる」

「全て……?」

「そうだ。言葉も話せなくなる。生まれたての赤ん坊のようにな」

 息が詰まるような感覚。

「すぐに探さないと!」

「ああ、君は病院に戻っていてくれ。真白ちゃん担当の医者はいるか?」

「今日は二人ともいます」

「よし、その二人に応援を頼んでくれ」

「真白の担当ってそんなにいるのか?」

「俺含めて三人だ。お前も協力してくれ」

「協力って、何を……」

 僕が戸惑っていると、親父はある錠剤を渡してきた。

「これが例の薬だ。真白ちゃんを見つけたら飲ませてやってくれ」

 僕はそれを受け取った。

「分かった……タイムリミットは?」

「今六時か……最大でも五時間くらいだな」

 五時間……ヒントもないまま探すともなれば、難しい。

 でも、

「急ごう。早く見つけないと」

 見つけるしかない。

「頼んだぞ、紘幸!」

 僕にはまだ、お前に言えていないことがあるんだ。

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