三題噺ーー「宮本武蔵」「ホットカーペット」「盆踊り」
某文学少女が好きです。
こうじて三題噺を自己満足で書きました。
残念ながらおふざけな内容になっております。
携帯が鳴る。たっぷり1分鳴り続けて止んだ。
携帯がまた鳴る。これまたたっぷりと1分鳴り続けて切れた。
それからすぐ三度目の着信。今度は10秒で止んだ。彼女は決意の頷きとともにようやく携帯に手を伸ばした。
「おかけになった番号は、現在使われておりません」
「――っざけんな!もう何回コール音したと思ってんだ!?」
予想通りの怒鳴り声に、彼女はうろたえもせずカーペットに横になったまま対応する。
「どちら様ですか?」
「どちらさまって、俺だよ俺!」
「あー、キミだね。はいはい、今振り込みに行くから、ちょっと待っててね」
「詐欺違うわ!着信表示出てただろ!っつーか振り込みに行こうとするな!」
「もしもしお巡りさんですか」
「……お前、マジ怒るぞ」
「あはは、ごめんごめん」
部屋にある壁掛け時計に目をやりながら、彼女は続く。
「それで、小次郎ちゃんどうかしたの?」
「えっ、小次郎ちゃん?」
「あ、ひょっとして昨日の続き、したいの?」
「え、お前、昨日の続きって――」
「もー、小次郎ちゃんのえっち!」
「はぁ!?お前、その小次郎ちゃんってやつと昨日なにしてんの!?」
「ほぇ、小次郎ちゃんじゃないの?」
「………………いや、大丈夫。オレがキミの小次郎ちゃんだ。さっきちょっと宮本武蔵のやつと打ち合って燕返しの峰打ちくらって記憶が少々混線していて……して、昨日どこまでヤったっけ?」
「そっちの99連敗だから、あと1回負ければ100点になるね、よかったね!」
「適当にホラ吹くな!昨日の格ゲーはお互い9敗9勝のはず――って、やっぱ小次郎って俺のこと?」
「ほかに小次郎なんて昭和臭い名前の人なんてあたし知らないし」
「いや俺だって小次郎なんて名前じゃねえし!」
「小川の『お』に佑士朗の『じろう』で『こじろう』ちゃん」
「それ『おじろう』な!『次』も違うし!」
「字だけにね」
「やかましい!ってか、俺は今までお前にも誰にもそんな名前で呼ばれたことないぞ」
「……と、自分の独りよがりでそう思っているだけだってことに、彼はこの後知ることとなる」
「神妙に語るな!」
「それで、小次郎ちゃんどうかしたの?」
「……ああもう、何一つ話が進んでないのに疲れた!」
「うん、あたしもちょうど疲れたところだから、もう一回寝るね」
「寝るな!それとさっきも寝ていたようだけど、お前、まさか俺が電話してきた用件わかってねえとかほざくんじゃねえだろうな!」
「えっと……おやすみの電話?」
「違うわ!」
「ぐぅ……ぐぅ……」
「だから寝るなっ!」
「あはは、ごめんごめん――それで、小次郎ちゃんどうかしたの?」
「ループさせるなぁぁぁああああああ!」
携帯を耳から話し、予測したハウリング攻撃を軽々しくかわす彼女。むしろ電話の向こうの彼――つい先日やっと告白してきてくれた幼馴染の彼――のぜいぜい息切れするのが楽しくて、ぞくぞくする。
やがて向こうが落ち着きを取り戻したのか、諦めの入った声で話を進めてきた。
「あのなぁ、今日の盆踊り大会、一緒に行こうって神社の前で待ち合わせしようって言ったの、お前だよな。なんで当の本人が遅刻すんのさ……今どこいんの?」
「家だよ」
「家?なんでまだ家にいんの?完璧にアウトの距離じゃねえか?!」
「だってホットカーペットが気持ちよくてそこから離れたくないもん」
「今8月ですけど!?」
「そうよ、だから冷房対策にホットカーペットを使ってるじゃない」
「恐るべしゆとり!」
「お陰さまで」
「俺はお前をそんな風に育てた覚えがないわ――って、もうこんな茶番やめてくれ!頼むから、もうやめて!」
電話の向こうからそろそろ泣き出しそうな空気が流れてくる。
こんな意味のないやりとりを彼女は大好きで、おそらく彼も口で愚痴るほど嫌ではない。いやよいやよ好きのうちとは本当によく纏められた経験則だ。
もう一度壁掛け時計に目をやり、すでに必要な分を稼げたことを確認した彼女。
「ところで、小次郎ちゃんは今どこから電話かけてきてるの?」
「だからさっきからずっと鳥居のところで待ってんだよ」
「ちなみに鳥居のうち側?外がわ?」
「そりゃ外だし、お前との電話うるさいからちょっと離れてるけど……それがなに?」
「よしよし、ってことは、小次郎ちゃんも約束の時間に神社の前に行けなかったわけね」
「はぁ?お前なに――」
「お互い遅刻ってことでおあいこね」
「はぁぁああああ!?」
時計の三本針は約束の時間が過ぎていることを示している。まさにこの一発逆転を狙って彼女が電話で無駄話をえんえんと続けてきたのだ。これで計画通り――半分は。
「というわけで、その約束はノーカンにして、今からうちに来ない?」
「お前またそんな勝手な……」
「浴衣、見せてあげるよ?」
「……」
「大丈夫、家に誰もいないから」
「……来てみたらお前もいないってオチじゃねえだろうな」
「チッ、バレたか……」
「おい!」
「あはは、大丈夫大丈夫。あたしがちゃんといるから、ね?」
「……」
「家で、二人で踊ろ」
「……わかった。今行く」
「うん、待ってるね」
こうして彼女は前日の夜、楽しみすぎて眠れず朝になってからぐっすりしてしまった自分の失態をうやむやにすることに成功したのだった。めでたし、めでたし。あとは彼が来るまでの時間に、ちゃんと浴衣に着替えれば、あとは楽しい楽しい二人の時間の始まりだ。
「――あ、そうそう」
「まだなにか?」
電話を切る前に、最後に一つ。
「燕返しって宮本武蔵じゃなくて、佐々木小次郎の技だからね」
「………………え?」
おしまい。